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第三章 修行の日々
第15話 それぞれの修行【春編・下】
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薄く前にかかった髪が揺れて私は目を覚ました。最初に金色の光が目に入って来る。夕方なのだろうか?天井に光る窓の外の太陽が赤く染まっている。
両目を完全に開く。上体を起こす。周りを見渡す。ベッドの上で気を失っていたようだ。クリーム色の検査着に無味乾燥な白いベッド。白いカーテンで隠されている大きな窓。見る限り病室の様だ。汚れ一つない布団を優しくなでる。消毒の匂いがした。ベッドの左側に引き出し付きのサイドテーブルがあって、その上にペットボトルが置かれている。中身は普通の水だ。自分のだろうと思って、それに手を伸ばした。一口飲むとそれは体中にしみて、私を内側から回復させた。キャップを閉めてサイドテーブルに戻すと、再びベッドの上に寝転がった。そのまままた眠ろうとして、ゆっくり目を閉じた。
それから数時間後。ガラガラガラと近くで音がして、目を開ける。さっきついていなかった白い蛍光灯が明かりを灯している。太陽は引っ込み、月が出ている。その光の下る天井から、いたわるような優しい声がした。
「起こしちゃった?」
珍しい。加奈だ。大体由紀と一緒にいるから、一人で私に会いにくるのは予想していなかった。私は上体を上げて、努めて明るく答えた。
「ううん、十分寝れたから大丈夫」
「良かった」
ベッドの右に見舞客用のローラー付きの椅子があって、加奈はそこに座った。もう柔道着じゃなくて、自身のパジャマだ。ん、今何時だ?
「あれ、加奈って夜遅くまでトレーニングしてるよね」
「うん。もう10時半過ぎた」
「おお。結構寝てたな」
「ほんと?」
「夕方ぐらいに一回起きて、それからまた寝たから・・・・」
「最初に寝たのは?」
「朝の10時近くからかな・・・」
「一日寝過ごしてるじゃん」
「本当だw。寝てばっかり」
それからお互い思う存分笑って、また別の話題を話した。
「ありがとね、寝る前に来てくれて」
「昼頃に聞いたんだ。春が倒れたって。びっくりしたよ」
「そうだね。私も急に体が動けなくなって」
「何かきっかけ的なものない?朝ご飯の中に何か入ってたとか、夢で変なもの見たとか」
加奈が助け船を出してくれたおかげで、私は安心して今朝の夢を話すことが出来た。彼女はわくわくする冒険小説のあらすじを聞くかの様に目を輝かせていた。
「でさ、女性が物音立てず私んとこ来たの」
「なにそれ。怖っ」
「それで『喰わないって思ったのに』って訳の判らない言いだすの。もう混乱しちゃって」
「うーん、謎な夢だなあ」
腕組をして考えている彼女の様に、私も個人的な物思いに意識を向けていた。
やがて彼女は真剣な目つきで私に言った。
「考えてみるよ」
私の問題なのにそれについて一緒に考えてくれるのが素直に嬉しくて、口元を緩めた。
「うん、ありがとう」
「おやすみ」
「おやすみ」
スライドドアを背にして扉を閉めた加奈の姿が消える。また一人になった。
今日は全く動いていない。明日からまた頑張ろう。今日はいい夢が見れますようにと祈って、暗闇の中へ身を投じていった。
やはり祈れば叶うものである。今日は落ち着いて起きることが出来た。すがすがしい心持だ。
朝、ベッドを整えて食堂に向かった。ずっと寝た姿勢でいたせいで、床の感触が懐かしいような気がする。裸足で歩く廊下がいつもより長く見える。秘密基地にいる時は皆裸足だ。友達同士で気が緩んでいるのだろう。なんとなく自然体のままで良いような雰囲気を、ここでは感じるのだ。
食堂は誰もいない、と思ったけど違った。入ってしばらくした後、トイレから人影が現れた。千代だった。
「おう、来ないと思った」
「なんで?」
「寝たきりだって聞いたから」
「松ノ殿が言ったの?」
「うん。昨日のお昼ぐらいにね」
加奈と同じくらいの時間に聞かされたのか。松ノ殿はデリカシーが無い。私は夢の事を、安易に話したくはなかった。これはまるで、松ノ殿が私のことを良く知っていて、それを噂みたいに広めている様なものだ。私の誰にも知られたくないようなことを、彼は間接的に拡散してしまう。きっと由紀が私の失神を知らないという確率は低いだろう。私は彼に少し失望した。
ともあれ朝食は食べないといけない。2台の自動食券販売機の前で私は腕組して、迷っていた。そして結局定番の鮭定食をいつも頼んでしまうのは何故だろう。あんなにメニューを見比べた挙句地味なものを頼む自分に疑問を持ちながら、割り箸を割って食べ始める。どこで獲れたのか判らない、けれど天然なのには間違いない日本食の顔が今日も私に命を提供してくれる。名古屋は海が近いから、海の幸なんて沢山捕れる。近所にはその道50年の店だってあるくらいだ。その店の主人のお父さんが漁師で、息子さんがそれらを売るという効率の良い商売をしていた。
千代は黙って私の食事を待っている。と言っても話すことはなさそうで、ただここにいてヒマを潰しているだけの様に見えたし、本当にそうだった。8時40分頃、彼女は席を立って、「外でトレーニングしてくるね」と言って出ていった。「うん」とだけ応えた私は一人になった。
最後に残った豆腐の味噌汁を一口で飲み干してから、手を合わせて小さく首を縦に振った。
襟付きのマントを羽織ったら、修行に入らなければならない。松ノ殿は昨日と同じで訓練室にいた。窓を開けているのか、夏に近い暖かい風が流れてくる。
「おはよう」
「おはようございます」
短い挨拶を済ませ、私は昨日ベッドの上で考えていたことを口にする。
「何、魔術を勉強したいだと?」
「はい。安全に戦うには良いことかと」
そう。吸血鬼という生物に慣れるまで、なるべく血肉を喰らわないで戦うことにした。もし捕食の手段で戦ったら、また昨日みたいな幻聴幻覚が起きたり、長い間気を失ってしまうかもしれない。それはきっと吸血鬼という私の中に眠るかすかな記憶が、本能を呼び起こそうとする行動なのだ。それに反応した幻魔の血が沸騰し暴走するが、人間としての血がそれらを抑制しようとする。そのどちらともつかない生き方に苦悩している状態が、幻聴や幻覚を見たいる状態なのだろう。幻魔の血が私の理性を消し、暴動を起こすことで、本質的な記憶を蘇らせる。この血を残した私の親は、何かの理由があってこんな激しい人間を地球に放した。それが意味のないことでは、決してない。少なくとも、私を利用しようとしているという考えは浮かんでくる。そうじゃなかったら普通の人間、彼らからしたら使い物にならないので捨てられるしかない。生んだということは目的があっての事。そもそも幻魔とは違う世界に生んだことにも意味がありそうだ。
「つまりお前は・・・・、その企みに乗らないために?」
「そうです。魔術を学び、吸血鬼本来の記憶から遠ざかれば、人間と幻魔を切り離して考えられます。今は色々な出来事が突然起きて混同しているんですよ」
「・・・・・・」
食べるという行為が暴走の原因なら、原因をなくせばいい。単純なことだ。混乱している頭を落ち着かせるためには、混乱のもとを潰せばいい。
「時間はかかるが、やってみる余地はある。・・・・・やるか?」
「はい!お願いします」
それから私は魔術の勉強をひたすら行った。いわゆる魔力・呪力の解説本を読み漁り、体内のどこで蓄積されるのか、一度にぶつけられるのはどのくらいなのか、体に溜めておけるのに限度はあるのか、強い技を出すにはコントロールをどの程度すればいいのか、その全てを理解した。
幻魔が使う魔力は、自分達を生んだ創造性がエネルギーに変換されたものだ。想像力を人を守るために使う、その意思の具現なのだという。強弱は対象の幻魔に込められた思いの強さが影響する。例えば誰かが考え抜いて生まれたキャラクターは、作者のそのキャラクターへの思いが強いため魔力が多めになって生まれる。逆にモブキャラは思いは弱いので、使える能力が少ない。この世に存在する架空人物たちは、全て幻魔に所属する。もちろんこれを読んでいる皆さんにとっての、私も。全て力と思いを持って生まれる。私達架空人物は、ストーリーの中で思いをぶつけあい、エンタメ界の生き残り合戦を繰り広げているのだ。
魔力は色々なことに使える。自分で実際にやってみたのもだと、物の形を変えること。トレーニング用ロボットが首につき出してきたナイフ。
フウン!すれすれで避け、その刃物をじっと見る。それから切っ先に指を置いてくいっと上に持ち上げる。するとナイフはグニャっと曲がって刃の形を変え、うずまき型になった。もちろん、これでものを斬れるはずがない。
さっき私はナイフをただ見てたんじゃなくて、ナイフに呪力を込めたのだ。込められた呪力によってナイフは私の思い通りになり、形を変える権利は私にある。そして指で持ち上げたとき魔力によって得た主導権を使って、形を変えるようにイメージした。結果ナイフは私に従い、うずまき型に変形したという訳だ。
それからこちらはかなり実践的。体内で毒を作るものだ。魔力の力で掌だけで毒を生成する。そして、生身の体に取り込ませる。すると受け取った側は内側から体を痛めつけられ、最後には体自体が消えてしまうという恐ろしいものだ。ちなみに体が壊れるというのは、あくまでも普通の人間だけであって、幻魔だと痛みを感じるだけだ。私達には全員、猛毒をも簡単に分解する臓器が体の中にあり、体力が余っている限り何度でも回復可能だという。だから私は体に支障なく毒を生み出せる。
1回、千代にものすごくお願いしてモデルになってもらった。
彼女もものすごく努力したようで、すぐに姿を捉えることは出来なかった。最初の2、3回は毒の投入に失敗して逃げられた。本当に身軽な動きだった。これが本場忍者の速さか、と心から驚いていた。彼女も端からこちらを簡単に攻撃させるつもりは無かったのだろうし、私も避けさせはしなかった。二人の静かな攻防戦が続いた。
創り出した毒を指先に集中させ構える。指が紫色のオーラに包まれた。そして。私の方が速かった。背後からくないを刺そうとしてきた彼女のお腹に、こちらが指を突き刺した。痛みで手が止まった彼女を、私はニヤリとしながらみていた。千代も悔しそうな、でも楽しそうな笑みを返してきた。
彼女が後ずさる。しばらくお腹を押さえていたが、やがて引いたのか顔を上げて言った。
「その毒、是非欲しいね」と。
そうか。毒も忍者の武器だったなと思いながら、私は仕組みを説明した。
「体の中で作られるのかー。簡単にはいかないな」
「でも千代だって使ったじゃんか、ズルいよ。短刀に毒塗るなんて。地味に痛かったんだから」
バトル中、彼女は私を短刀で手の甲をバシュと盛大に斬った。しかも時間が経つごとにどんどん痛くなっていくので、これは使ってるなと思ったのだ。
「先に毒使うつったの春でしょ、おあいこだって」
「まあ、そうだけどさあ」
背後で試合を見ていた松ノ殿が歩み寄って来る。
「お前たちの戦いは見ごたえがあった。またやってほしいくらいだ」
「じゃあ、いい勝負したってことだよね?」
「うん。私達強くなってるんだね」
松ノ殿を喜ばせるほど強くなっていることに、私達は多幸感を得た。
それからしばらくして。
「試験?」
「ああ。実技試験。そろそろ任務をお前たちにやらせたい。だから任務をするにふさわしい幻魔か審査したいのだ」
わかりました、と応えてその場を離れる。と当時に興奮していた。何故だか判らない。でも胸の中が高熱を帯びていた。
試験の直前、もう一つ魔法を覚えた。その名も『ダーク・イン・バースト・ホール』。中二病っぽい技名だ。これはいわゆる指パッチン技だ。パチンと鳴らすと炎や雷が現れるカッコいいアレ。
パチンと鳴らすと敵の足元にブラックホールが出てきてそのまま真っ逆さま。そして相手が消滅した様子を思い浮かべてまたパチン。すると。あら不思議。体が大破したまま再び現れる。これは体への攻撃より、精神へのダメージかもしれない。強い素振りを見せて戦意喪失を狙うために繰り出されることが多い。とはいえワンパンアタックなのでこれからも活用するつもりだ。
数日後。私は震える重い足を上げて武舞台に上がった。さっき水を飲んで潤したはずの喉がもう乾いている。緊張からだろう。いつもと違う雰囲気を帯びているのを自分でも判っていた。
「両者構えて」
息を整える。今日まで頭が暴走することはなかった。が、本番でなる可能性はある。だから落ち着いて。
「始め!」
バッっと飛び出してロボットの中に猛毒を入れようとした。しかし。胸の中で電気が走ったように痛みを感じた。そして、自分でもびっくりするくらい大きな声で自らが吠えた。
「ガアアっ」
ロボットに飛びつき噛みつこうとする。でもこの間の様なフラッシュバックは起こらなかった。純粋に戦うという気持ちでの攻撃だと思う。
機械はそのまま動けなくなり、私が勝った。松ノ殿に不思議な感覚を伝えると、彼は言った。
「きっと・・・・、本気が出せる時をただ単純に心の中で楽しみにしてたんじゃないのか?お前は苦悩を乗り越えたんだ。だから何も、不安とか無かったんじゃないか?」
確かに。原因を解消し、心が落ち着いてきたから、思う存分戦えたのかもしれない。
私は不思議な心持で退室した。次に由紀が入って来る。言葉は要らなかった。ただ頷きあっただけである。
この数週間脳裏を離れなかったあの言葉を、今も反響させている。『お前は何のために生きているのか』・・・。
その言葉の意味を知るのは、ずっと先だろう。けれどもそれでよかった。今はこの達成感を、ただ黙って噛みしめたかった。
両目を完全に開く。上体を起こす。周りを見渡す。ベッドの上で気を失っていたようだ。クリーム色の検査着に無味乾燥な白いベッド。白いカーテンで隠されている大きな窓。見る限り病室の様だ。汚れ一つない布団を優しくなでる。消毒の匂いがした。ベッドの左側に引き出し付きのサイドテーブルがあって、その上にペットボトルが置かれている。中身は普通の水だ。自分のだろうと思って、それに手を伸ばした。一口飲むとそれは体中にしみて、私を内側から回復させた。キャップを閉めてサイドテーブルに戻すと、再びベッドの上に寝転がった。そのまままた眠ろうとして、ゆっくり目を閉じた。
それから数時間後。ガラガラガラと近くで音がして、目を開ける。さっきついていなかった白い蛍光灯が明かりを灯している。太陽は引っ込み、月が出ている。その光の下る天井から、いたわるような優しい声がした。
「起こしちゃった?」
珍しい。加奈だ。大体由紀と一緒にいるから、一人で私に会いにくるのは予想していなかった。私は上体を上げて、努めて明るく答えた。
「ううん、十分寝れたから大丈夫」
「良かった」
ベッドの右に見舞客用のローラー付きの椅子があって、加奈はそこに座った。もう柔道着じゃなくて、自身のパジャマだ。ん、今何時だ?
「あれ、加奈って夜遅くまでトレーニングしてるよね」
「うん。もう10時半過ぎた」
「おお。結構寝てたな」
「ほんと?」
「夕方ぐらいに一回起きて、それからまた寝たから・・・・」
「最初に寝たのは?」
「朝の10時近くからかな・・・」
「一日寝過ごしてるじゃん」
「本当だw。寝てばっかり」
それからお互い思う存分笑って、また別の話題を話した。
「ありがとね、寝る前に来てくれて」
「昼頃に聞いたんだ。春が倒れたって。びっくりしたよ」
「そうだね。私も急に体が動けなくなって」
「何かきっかけ的なものない?朝ご飯の中に何か入ってたとか、夢で変なもの見たとか」
加奈が助け船を出してくれたおかげで、私は安心して今朝の夢を話すことが出来た。彼女はわくわくする冒険小説のあらすじを聞くかの様に目を輝かせていた。
「でさ、女性が物音立てず私んとこ来たの」
「なにそれ。怖っ」
「それで『喰わないって思ったのに』って訳の判らない言いだすの。もう混乱しちゃって」
「うーん、謎な夢だなあ」
腕組をして考えている彼女の様に、私も個人的な物思いに意識を向けていた。
やがて彼女は真剣な目つきで私に言った。
「考えてみるよ」
私の問題なのにそれについて一緒に考えてくれるのが素直に嬉しくて、口元を緩めた。
「うん、ありがとう」
「おやすみ」
「おやすみ」
スライドドアを背にして扉を閉めた加奈の姿が消える。また一人になった。
今日は全く動いていない。明日からまた頑張ろう。今日はいい夢が見れますようにと祈って、暗闇の中へ身を投じていった。
やはり祈れば叶うものである。今日は落ち着いて起きることが出来た。すがすがしい心持だ。
朝、ベッドを整えて食堂に向かった。ずっと寝た姿勢でいたせいで、床の感触が懐かしいような気がする。裸足で歩く廊下がいつもより長く見える。秘密基地にいる時は皆裸足だ。友達同士で気が緩んでいるのだろう。なんとなく自然体のままで良いような雰囲気を、ここでは感じるのだ。
食堂は誰もいない、と思ったけど違った。入ってしばらくした後、トイレから人影が現れた。千代だった。
「おう、来ないと思った」
「なんで?」
「寝たきりだって聞いたから」
「松ノ殿が言ったの?」
「うん。昨日のお昼ぐらいにね」
加奈と同じくらいの時間に聞かされたのか。松ノ殿はデリカシーが無い。私は夢の事を、安易に話したくはなかった。これはまるで、松ノ殿が私のことを良く知っていて、それを噂みたいに広めている様なものだ。私の誰にも知られたくないようなことを、彼は間接的に拡散してしまう。きっと由紀が私の失神を知らないという確率は低いだろう。私は彼に少し失望した。
ともあれ朝食は食べないといけない。2台の自動食券販売機の前で私は腕組して、迷っていた。そして結局定番の鮭定食をいつも頼んでしまうのは何故だろう。あんなにメニューを見比べた挙句地味なものを頼む自分に疑問を持ちながら、割り箸を割って食べ始める。どこで獲れたのか判らない、けれど天然なのには間違いない日本食の顔が今日も私に命を提供してくれる。名古屋は海が近いから、海の幸なんて沢山捕れる。近所にはその道50年の店だってあるくらいだ。その店の主人のお父さんが漁師で、息子さんがそれらを売るという効率の良い商売をしていた。
千代は黙って私の食事を待っている。と言っても話すことはなさそうで、ただここにいてヒマを潰しているだけの様に見えたし、本当にそうだった。8時40分頃、彼女は席を立って、「外でトレーニングしてくるね」と言って出ていった。「うん」とだけ応えた私は一人になった。
最後に残った豆腐の味噌汁を一口で飲み干してから、手を合わせて小さく首を縦に振った。
襟付きのマントを羽織ったら、修行に入らなければならない。松ノ殿は昨日と同じで訓練室にいた。窓を開けているのか、夏に近い暖かい風が流れてくる。
「おはよう」
「おはようございます」
短い挨拶を済ませ、私は昨日ベッドの上で考えていたことを口にする。
「何、魔術を勉強したいだと?」
「はい。安全に戦うには良いことかと」
そう。吸血鬼という生物に慣れるまで、なるべく血肉を喰らわないで戦うことにした。もし捕食の手段で戦ったら、また昨日みたいな幻聴幻覚が起きたり、長い間気を失ってしまうかもしれない。それはきっと吸血鬼という私の中に眠るかすかな記憶が、本能を呼び起こそうとする行動なのだ。それに反応した幻魔の血が沸騰し暴走するが、人間としての血がそれらを抑制しようとする。そのどちらともつかない生き方に苦悩している状態が、幻聴や幻覚を見たいる状態なのだろう。幻魔の血が私の理性を消し、暴動を起こすことで、本質的な記憶を蘇らせる。この血を残した私の親は、何かの理由があってこんな激しい人間を地球に放した。それが意味のないことでは、決してない。少なくとも、私を利用しようとしているという考えは浮かんでくる。そうじゃなかったら普通の人間、彼らからしたら使い物にならないので捨てられるしかない。生んだということは目的があっての事。そもそも幻魔とは違う世界に生んだことにも意味がありそうだ。
「つまりお前は・・・・、その企みに乗らないために?」
「そうです。魔術を学び、吸血鬼本来の記憶から遠ざかれば、人間と幻魔を切り離して考えられます。今は色々な出来事が突然起きて混同しているんですよ」
「・・・・・・」
食べるという行為が暴走の原因なら、原因をなくせばいい。単純なことだ。混乱している頭を落ち着かせるためには、混乱のもとを潰せばいい。
「時間はかかるが、やってみる余地はある。・・・・・やるか?」
「はい!お願いします」
それから私は魔術の勉強をひたすら行った。いわゆる魔力・呪力の解説本を読み漁り、体内のどこで蓄積されるのか、一度にぶつけられるのはどのくらいなのか、体に溜めておけるのに限度はあるのか、強い技を出すにはコントロールをどの程度すればいいのか、その全てを理解した。
幻魔が使う魔力は、自分達を生んだ創造性がエネルギーに変換されたものだ。想像力を人を守るために使う、その意思の具現なのだという。強弱は対象の幻魔に込められた思いの強さが影響する。例えば誰かが考え抜いて生まれたキャラクターは、作者のそのキャラクターへの思いが強いため魔力が多めになって生まれる。逆にモブキャラは思いは弱いので、使える能力が少ない。この世に存在する架空人物たちは、全て幻魔に所属する。もちろんこれを読んでいる皆さんにとっての、私も。全て力と思いを持って生まれる。私達架空人物は、ストーリーの中で思いをぶつけあい、エンタメ界の生き残り合戦を繰り広げているのだ。
魔力は色々なことに使える。自分で実際にやってみたのもだと、物の形を変えること。トレーニング用ロボットが首につき出してきたナイフ。
フウン!すれすれで避け、その刃物をじっと見る。それから切っ先に指を置いてくいっと上に持ち上げる。するとナイフはグニャっと曲がって刃の形を変え、うずまき型になった。もちろん、これでものを斬れるはずがない。
さっき私はナイフをただ見てたんじゃなくて、ナイフに呪力を込めたのだ。込められた呪力によってナイフは私の思い通りになり、形を変える権利は私にある。そして指で持ち上げたとき魔力によって得た主導権を使って、形を変えるようにイメージした。結果ナイフは私に従い、うずまき型に変形したという訳だ。
それからこちらはかなり実践的。体内で毒を作るものだ。魔力の力で掌だけで毒を生成する。そして、生身の体に取り込ませる。すると受け取った側は内側から体を痛めつけられ、最後には体自体が消えてしまうという恐ろしいものだ。ちなみに体が壊れるというのは、あくまでも普通の人間だけであって、幻魔だと痛みを感じるだけだ。私達には全員、猛毒をも簡単に分解する臓器が体の中にあり、体力が余っている限り何度でも回復可能だという。だから私は体に支障なく毒を生み出せる。
1回、千代にものすごくお願いしてモデルになってもらった。
彼女もものすごく努力したようで、すぐに姿を捉えることは出来なかった。最初の2、3回は毒の投入に失敗して逃げられた。本当に身軽な動きだった。これが本場忍者の速さか、と心から驚いていた。彼女も端からこちらを簡単に攻撃させるつもりは無かったのだろうし、私も避けさせはしなかった。二人の静かな攻防戦が続いた。
創り出した毒を指先に集中させ構える。指が紫色のオーラに包まれた。そして。私の方が速かった。背後からくないを刺そうとしてきた彼女のお腹に、こちらが指を突き刺した。痛みで手が止まった彼女を、私はニヤリとしながらみていた。千代も悔しそうな、でも楽しそうな笑みを返してきた。
彼女が後ずさる。しばらくお腹を押さえていたが、やがて引いたのか顔を上げて言った。
「その毒、是非欲しいね」と。
そうか。毒も忍者の武器だったなと思いながら、私は仕組みを説明した。
「体の中で作られるのかー。簡単にはいかないな」
「でも千代だって使ったじゃんか、ズルいよ。短刀に毒塗るなんて。地味に痛かったんだから」
バトル中、彼女は私を短刀で手の甲をバシュと盛大に斬った。しかも時間が経つごとにどんどん痛くなっていくので、これは使ってるなと思ったのだ。
「先に毒使うつったの春でしょ、おあいこだって」
「まあ、そうだけどさあ」
背後で試合を見ていた松ノ殿が歩み寄って来る。
「お前たちの戦いは見ごたえがあった。またやってほしいくらいだ」
「じゃあ、いい勝負したってことだよね?」
「うん。私達強くなってるんだね」
松ノ殿を喜ばせるほど強くなっていることに、私達は多幸感を得た。
それからしばらくして。
「試験?」
「ああ。実技試験。そろそろ任務をお前たちにやらせたい。だから任務をするにふさわしい幻魔か審査したいのだ」
わかりました、と応えてその場を離れる。と当時に興奮していた。何故だか判らない。でも胸の中が高熱を帯びていた。
試験の直前、もう一つ魔法を覚えた。その名も『ダーク・イン・バースト・ホール』。中二病っぽい技名だ。これはいわゆる指パッチン技だ。パチンと鳴らすと炎や雷が現れるカッコいいアレ。
パチンと鳴らすと敵の足元にブラックホールが出てきてそのまま真っ逆さま。そして相手が消滅した様子を思い浮かべてまたパチン。すると。あら不思議。体が大破したまま再び現れる。これは体への攻撃より、精神へのダメージかもしれない。強い素振りを見せて戦意喪失を狙うために繰り出されることが多い。とはいえワンパンアタックなのでこれからも活用するつもりだ。
数日後。私は震える重い足を上げて武舞台に上がった。さっき水を飲んで潤したはずの喉がもう乾いている。緊張からだろう。いつもと違う雰囲気を帯びているのを自分でも判っていた。
「両者構えて」
息を整える。今日まで頭が暴走することはなかった。が、本番でなる可能性はある。だから落ち着いて。
「始め!」
バッっと飛び出してロボットの中に猛毒を入れようとした。しかし。胸の中で電気が走ったように痛みを感じた。そして、自分でもびっくりするくらい大きな声で自らが吠えた。
「ガアアっ」
ロボットに飛びつき噛みつこうとする。でもこの間の様なフラッシュバックは起こらなかった。純粋に戦うという気持ちでの攻撃だと思う。
機械はそのまま動けなくなり、私が勝った。松ノ殿に不思議な感覚を伝えると、彼は言った。
「きっと・・・・、本気が出せる時をただ単純に心の中で楽しみにしてたんじゃないのか?お前は苦悩を乗り越えたんだ。だから何も、不安とか無かったんじゃないか?」
確かに。原因を解消し、心が落ち着いてきたから、思う存分戦えたのかもしれない。
私は不思議な心持で退室した。次に由紀が入って来る。言葉は要らなかった。ただ頷きあっただけである。
この数週間脳裏を離れなかったあの言葉を、今も反響させている。『お前は何のために生きているのか』・・・。
その言葉の意味を知るのは、ずっと先だろう。けれどもそれでよかった。今はこの達成感を、ただ黙って噛みしめたかった。
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●やきいもほくほく●
児童書・童話
【第2回きずな児童書大賞 『奨励賞』受賞しました!!!】
旧校舎の三階、女子トイレの個室の三番目。
そこには『誰か』が不思議な花を配っている。
真っ赤なスカートに白いシャツ。頭にはスカートと同じ赤いリボン。
一緒に遊ぼうと手招きする女の子から、あるものを渡される。
『あなたにこの花をあげるわ』
その花を受け取った後は運命の分かれ道。
幸せになれるのか、不幸になるのか……誰にも予想はできない。
「花子さん、こんにちは!」
『あら、小春。またここに来たのね』
「うん、一緒に遊ぼう!」
『いいわよ……あなたと一緒に遊んであげる』
これは旧校舎のトイレで花屋を開く花子さんとわたしの不思議なお話……。
#アタシってば魔王の娘なんだけどぶっちゃけ勇者と仲良くなりたいから城を抜け出して仲間になってみようと思う
釈 余白(しやく)
児童書・童話
ハアーイハロハロー。アタシの名前はヴーゲンクリャナ・オオカマって言ぅの。てゆうか長すぎでみんなからはヴーケって呼ばれてる『普通』の女の子だょ。
最近の悩みはパパが自分の跡継ぎにするって言って修行とか勉強とかを押し付けて厳しいことカナ。てゆうかマジウザすぎてぶっちゃけやってらンない。
てゆうかそんな毎日に飽きてるンだけどタイミングよく勇者のハルトウって子に会ったのょ。思わずアタシってば囚われの身なのってウソついたら信じちゃったわけ。とりまそんなン秒でついてくよね。
てゆうか勇者一行の旅ってばビックリばっか。外の世界ってスッゴク華やかでなんでもあるしアタシってば大興奮のウキウキ気分で舞い上がっちゃった。ぶっちゃけハルトウもかわいくて優しぃし初めての旅が人生の終着点へ向かってるカモ? てゆうかアタシってばなに言っちゃってンだろね。
デモ絶対に知られちゃいけないヒミツがあるの。てゆうかアタシのパパって魔王ってヤツだし人間とは戦争バッカしてるし? てゆうか当然アタシも魔人だからバレたら秒でヤラレちゃうかもしンないみたいな?
てゆうか騙してンのは悪いと思ってるょ? でも簡単にバラすわけにもいかなくて新たな悩みが増えちゃった。これってぶっちゃけ葛藤? てゆうかどしたらいンだろね☆ミ
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