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第9話 念を押されたのは、何でだろう

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 私は総務部に一度戻った。
 施錠されている棚から、SPI試験の冊子ひとつと、ストップウォッチを手に取る。
 そしてふたたびダイチくんのもとへ行く。

「じゃあ、これから試験を始めるね。ハイ、これが問題用紙と解答用紙」
「はい」

 相変わらず、「就活だ!」という気負いがまるで感じられないダイチくんの雰囲気。
 一方、私はかなり緊張しているとともに、心の中で天に祈りを捧げていた。
 頼むからこの試験で変な結果が出ませんように――という祈りだ。



 ちなみに。
 このSPI試験というのは、前半は国語や数学の問題があり、後半は心理テストのような問題となっている。
 言語能力や計算能力、そしてその人の性格や職務適応力などを判定できる万能な試験なのだ。

 そんなもので人は測れない!

 ……と、私も試験を受ける立場の頃はそう思っていた。
 だが、これがなかなか正確に出てしまうのだ。

 人事担当者である私は、稀にではあるがその必要が生じ、社員のSPI試験の結果を閲覧することがある。
 そのたびに、「うおお正確すぎっ!」と思って感心していた。

 例えば、ちょっとこの人フットワーク悪いんだよねと思う人には『フットワークが悪くなりがち』と出ていたし、保守的な考えだなと思う人には『変化を好まない性格』といった具合の判定結果が出ていたりした。
 それはほぼ外れたことがない。
 だいたいが印象の通りの結果をはじき出していた。

 そんなわけで、SPI試験というのは、採用活動の上で極めて有用なツールとなりうるものなのだ。

 ただうちの会社の場合、他社に比べてそこまでSPI試験の結果を気にしていない感がある。
 結果が出ると面接官には写しを渡しているが、その時点では「フーン」と言われるだけのことが多い。

 面接をするときも、面接官の手元に資料として結果の写しを置くようにはしている。
 だが、受けた印象と試験結果が一致していたときに、
「ふむふむ。やっぱりね」
 というような感じで納得する程度の資料と化している。

 さらに言えば、対象者が入社してからも、試験結果が使われることはほぼない。
 人事検討会などで「ちょっと参考にしたいんだが」というような要求があったときに出番がある程度だ。
 会社としてあまり結果を重視していない、と言えばその通りなのかもしれない。

 よその会社では、一次選考の足切りのために使っていたり、入社後の配属や異動にまで参考にしているところも多いと聞く。
 うちはもしかしたら、少し特殊な……というよりも、少しもったいない使い方をしているのかもしれない。



 まあそんな事情もあり。

 うちの会社では、大卒の採用や、社会人の中途採用も含め、過去にSPI試験の結果“だけ”を理由に不採用とした実績はない。
 あくまでも面接での印象のほうを重視して、合否を決めてきている。

 しかしながら……。
 さすがに「あまりに悪い」となると、色々まずいことになるような気はしている。

 今までの採用者は、SPI試験の結果が悪めのケースでも、一般的な範囲には収まっていた。
 そこに今回、驚くほど悪い結果が初登場となると、やはり印象は良くないだろう。

 しかもダイチくんの場合、このまま行くと面接での受け答えがきちんと出来るのかという不安がある。
 面接でも失敗、SPI試験の結果も悪いとなると……。
 史上初の『高校からの推薦なのに不採用』という事態が現実味を帯びてくる。

 よって是が非でも、彼には試験で“まともな”結果を出してほしい。
 そんなことを思いつつ、私はストップウォッチを構え、彼に声をかけた。

「じゃあそういうことで。大事なテストだから、頑張ってね」
「はい」

「が ん ば っ て ね」
「……? はい」



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 試験をやってもらっている間も、ずっと見張っているわけではない。

 例えばこれが大卒の就職活動のシーズンで、大きな会場を取って一斉に実施する場合は、私もその場でずっと監視することになる。
 だが、今回のように個別で小さな部屋で実施する場合は、開始時と終了時だけ立ち会っている。
 本来はあまりよくないのだろうが、おそらくそのような運用をしている会社は多いと思う。

 で。例によって私は席に戻って別の仕事をやるのだけれども。
 もちろん……。

「はー。やっぱり集中できないー」

 今は月初なので、経理部に提出する書類や給与計算など、仕事が目白押しだ。
 気持ちは焦るのに、待ち時間というのはやっぱり何をやってもはかどらない。

 席でひとつ大きく伸びをした。
 そしてそのまま高い位置で両手でゲンコツを作り、それを自分の頭に落とす。

「アオイくんはいつも同じパターンだな……」

 向かいの席のイシザキくんは今席外し中だ。
 代わりに右離れにある総務部長席から、部長が突っ込んでくる。

 部長席のすぐ後ろは、大きな窓だ。
 今日は曇りがちの天気だったのでブラインドが開いている。
 ちょうど今この瞬間に雲間から太陽が覗いたのか、髪が薄くなっている部長の頭頂部がまばゆく輝いた。

「だって気になってはかどらないんですもん!」

 笑いをこらえつつ、そう返す私。

「なるべく頭を使わなくてもいい作業をすればいいだろう」

 部長はそう言うが、言うは易しお寿司だ。
 単純作業であっても、なぜか待ち時間の仕事というものははかどらない。
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