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第17話 その声で、落ち着いた

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 全ての準備は整った。
 時間だ。
 ダイチくんの待つ応接室の扉を開ける。

「お。さすがに今回は寝てないな」
「前にアオイさんに注意されましたから」
「よしよし」

 面接する部屋へと案内する。

「わかってると思うけど、ノックするところからきちんとやってね」
「はい」
「じゃあ、行ってらっしゃい!」

 彼は二回ノックし、「失礼します」と言って部屋に入っていった。

 この先は私が入り込むことはできない。
 総務部の席に戻り、面接の終了を待つことになる……のだが。

「ちゃんと受け答えできてるかなあ」

 やはり心配だ。
 会議室と廊下を隔てる壁は、結構重厚でしっかりしているが……
 ……耳をぴったり壁に付ければ聞こえたり?
 そんなことを考えた私は、耳をぴったり付ける。

 ダイチくんがあまり大きな声でしゃべっているところは見たことがない。
 今日もいつもの声量なのだろう。耳を付けても聞こえる気配はなかった。

「もー、もっと声張ってよ! 全然聞こえないし!」

 そうだ。ドアのところはどうしても気密性が下がるし、そこなら聞こえるのでは?

「うーん、やっぱり聞こえない!」

「アオイさん、何やってるの……」
「見ての通り!」
「え?」
「盗み聞きに決まってるでしょ!!」
「なるほど」

 たまたま通りかかったであろうイシザキくんは、納得してどこかに去っていった。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 諦めて総務部に帰還していた私の席の、内線が鳴る。
 ディスプレイのナンバーを見ると、待合室からだ。

『アオイさん、終わりました』

 面接終了のようだ。
 バタン! という音はここまで聞こえてこなかったので、退出時も油断せず静かに閉めてくれたようだ。
 よし、教えたとおり。
 控え室に向かう。

「ど、どうだった?」
「あ、はい。自分じゃよくわかりませんが」

 冷や汗もかいておらず、顔色も普段と変化なし。声のトーンも一緒。
 あまり緊張していなかったと言わんばかりのダイチくんの様子に、なんだか私は拍子抜けしてしまった。

 しかしそれが安心感にはつながらず、むしろ平気な顔でポカをしていなかっただろうか? という不安のほうが強くなった。



 今日の予定は役員面接だけだ。
 交通費一律千円の袋を渡し、受領印を押してもらって……。

「あ、すみません印鑑忘れてきました」

 もちろんそんなミスは、私にとっては結構どうでもいい。
 面接でミスをやらかしていなければそれで良し。

「そんなの全然大したことじゃないよ! 印鑑じゃなくても血判で十分だから!」
「ケッパン?」



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 ダイチくんはエレベーターに乗って帰っていった。
 総務部の席に戻ると、ちょうど内線が鳴る。
 面接をやっていた部屋からだ。

『アオイくん。ちょっと面接の部屋に来てもらっていいかな』

 部長からの呼び出し。
 これは面接後にはよくあることだ。面接後にその部屋で、応募者の印象などを私に伝えてくる。

 中途採用などでは、下手するとその場で「今の人は不採用にしといて」などと斬られてしまうことがある。
 そうでない場合も、ここでの様子で合否が大体わかってしまうことが多い。

 ノックをして、面接をやっていた会議室の中に入る。
 この緊張感。それこそ私が面接を受けるみたいだ。

「失礼します。工場長、お疲れさまでした」
「はいはい、ご苦労」

 工場長も部長も、一見面接前と表情が変わらないように見える。
 この段階では、なんとも読めない。

「さて、と。今面接した子についてなんだが」

 そう切り出してきたのは工場長だ。
 私の喉はごくりと音を立てる。

「私から、『事前に面接の対策をしたのか』という質問をしてみたんだよな」
「はい」
「そうしたら、何て答えたと思う?」
「……? さあ、ちょっとわかりかねますが」

「彼は『アオイさんにマンツーマンで教えてもらいました。ありがとうございました』とか言っていたぞ」
「ぎょえっ! あのガキ何余計なことしゃべっとるねん!」
「アオイくん、心の声が口からダダ漏れだぞ」

 横から部長が突っ込んできた。が、それが頭の中に入らないくらい動転した。
 私があれやこれやと教えていることは、当然工場長は知らなかったはずだ。
 部長も知らなかっただろう。

 もしかして、まずい流れ?
 こ、これはまさか、私の軽率な行為のせいで不採用になったり?
 もしそうなったら、取り返しがつかないことに——。

「も、もしかしてルール違反でアウトな感じですか?」

 冷や汗を滝のように流しながらおそるおそる聞いてみた。
 が、工場長は笑いながら首を横に振った。

「いや、少し驚かせてみただけだ」

 一気に力が抜けた。

「はー、よかった」

 膝が折れそうだったので、近くにあった椅子に両手をついて支えた。
 しかし私のその反応を見て、工場長は少し意外そうな顔をしていた。

「高卒の採用は何人か集めて一人を選ぶというものでもないし、そこまで問題ではないんじゃないのか?」
「そ、そうですか?」

「ああ。それに、これは私の個人的な考えかもしれないが、人事担当者は単に採用事務だけやっていればいいというわけではない。
 対象が優秀な人物なのであれば、その部分をしっかり採用権限のある者に見てもらえるように工夫することは悪いことではないと思うぞ。本当は優秀なのに面接テクニックがないので門前払い、となると、会社としても損失だからな。
 だから今回はそれでいいんだろう」

 工場長がそう言うと、ここで部長がまた突っ込んできた。

「ま、プライベートで毎晩会っていたのは少し距離感に問題があるけどな」
「え。部長、彼そこまで言ってたんです?」
「ほう、なるほど。やっぱり私のカンは当たっていたのか」

 ……。

「嵌められた! ひどい!」
「フン、こんな簡単な誘導尋問に引っかかっているようでは出世できないな」
「意地悪!」
「私は黙っておいてやるが。アオイくんを狙っている社員は多そうだから、変な噂が立たないよう気をつけるんだな。彼が暗殺されてからでは遅いぞ?」
「このセクハラオヤジ! 死ね!」
「……だから心の声を口から出さないようにな?」

 ここで工場長が時計に目を落とした。
 どうやら時間のようだ。まとめに入りだした。

「まあ、彼、佐藤ダイチくんと言ったな。確かに揉まれていなくて社会常識はあまり無さそうな感じだったし、アオイくんがいろいろ教えていたということだが、まだ『ん?』と思うような受け答えや態度はあった。
 だが良い人材なのは間違いないと思う。成績良好。スポーツも全国レベル。適性検査も申し分なし。そして話を聞くと親孝行でもあるみたいだったし、根が真面目で素直な印象も受けた。
 私は気に入ったな。学校の推薦もあるし、落とす理由など何もない」

「じゃあ工場長……」
「ああ。問題ないだろう。採用だ。総務部長、採用稟議は……総務から出すんだったな?」
「はい。総務部から出します。出来上がったら工場長のところに回しますので、ご捺印をお願いします」

 部長が工場長の問いに、そう答えた。

「じゃあ私は用事でもう出ないといけないから」

 そう言って工場長は立ち上がり、通り過ぎる際に「アオイくん、よろしく頼むよ」と私の肩を叩くと、部屋を出て行った。

 バタン。
 扉が閉まると、私は叫ばずにはいられなかった。

「いいよおおおっしゃぁあっ!」

「アオイくん、隣の部屋で会議してるから。静かにな」
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