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第35話 何の話をするんだろう

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 圧倒的な勢いで仕切るタカツカサさん。
 私もダイチくんも完全に呑まれてしまい、言われるがままである。

 私はダイチくんとペアを組む。
 彼はまだ右の鼻にティッシュを詰めていた。血が止まらないようだ。

 コノエさんが私に向かってサーブを放つ。
 回転がかかっておらず変な方向に跳ねることはなかったが、だがやや遠いコースにきた。
 反応が遅れたこともあり、私は手を伸ばしたものの届かず。
 エースになってしまった。

「うう、エース取られた……」
「アオイさんどんまいです」

 ダイチくんが励ましてくれる。

「お姉さん。相手がボールを打つ前に、少しだけピョンと跳ねて!」

 残念がっている私に対し、相手コートのネット近くにポジショニングしていたタカツカサさんが、アドバイスしてきた。

「跳ねる? こう?」
「そう。これは『スプリットステップ』と言って、助走のようなはたらきをするの。
 そうすると動き出しがスムーズになるし、何よりも胸が揺れてセクシー!」

「……!」
「お姉さんは胸大きいみたいだから、それを生かしたプレーで男子を喜ばせるのよ! テニスは女子力!」

 やたら女子力を連呼するタカツカサさん。

 ……。



 その極端さは置いといて。
 彼女の言葉が私にとって全く無意味なわけではないことが、今ならわかる。

 私は社会人になってから今まで、ずっと仕事最優先でやってきた。
 それで満たされてしまっていた。
 恋愛など学生時代以来した覚えもないし、しようと思ったこともなかった気がする。

 おまけに、一人暮らしで誰にも見られない生活。
 プライベートはどんどん淡泊になり、女子力という意味では確実に落ちていたのだろう。

 それはちょっと前から感じていた、というよりも、気付かされた。
 きっかけは、ダイチくんという男の子との出会い、およびそこから始まった微妙な関係だ。

 彼をこっそり支援したり、ご飯を食べさせたりすることは、とても新鮮だった。
 男の子の世話をすること、喜んでもらうこと。
 それは私自身にも充実感と満足感があり、結果が出ることがうれしいとも思ってしまった。
 自分にそういう面があったのか――とあらためて感じさせられたのだ。

 そうなってくると、自身の女子力が知らず知らずのうちに低下していたことにも、おのずと気づくというもの。
 彼のおかげだ。



 なので――。
 変な声を出したりヘソを見せたり胸を揺らせたりはともかくとして。
 私もさらに女子力を高めて……

 って、げげ!!

「ダイチくん、左からも鼻血が……」
「あっ」

 ちょうど彼もこちらを見ていたので、ハッキリと分かった。
 ダイチくんはさっき右の鼻から出血していたが、左からも蛇口を全開にしたような勢いで出血し始めていた。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「じゃあ終わりにしよう! お疲れ様!」

 タカツカサさんの快活な声で、まるで部活のようだったハードトレーニングは終了。
 同時に、コートに設置されているスピーカーから音楽が流れ始めた。
 正午の知らせだ。

 賞味二時間半以上のプレー。これだけやると上達してしまう。
 最後のほうはかなりまともに打てるようになってしまった。
 しかしその代償として、体中が悲鳴をあげることに。

「つ、疲れた」

 ダイチくんにラケットを返したのち、ベンチの背もたれに体を預けてしまった。
 仕事の疲れとは種類が違う。
 頭の中が疲れてぐったりという感じではなく、本当に体がきしんでいる。

「アオイさん。すみません」

 ダイチくんがラケットバッグのファスナーをしめながらそう声をかけてきた。
 これは当初の予定とは大幅に違う流れとなったことに対する謝罪だろう。
 わかりづらく謝ったのは、タカツカサさんの無言の圧力のためか。

「いやいや、疲れただけで。すっごい楽しかったよ!? ダイチくんこそ池ができるくらい出血してたけど大丈夫なの?」
「大丈夫ですよ。というかそこまで出てないですって」
「そう? ならいんだけど」

 まだティッシュは詰めているが、その色的にはもう血は止まっていそうだ。



 帰りは四人で一緒のにバス停に……
 と、そう思っていたが。

「ダイチ。ちょっとこのあと、このお姉さんと私たちで密会ランチしたいんだけど。いい?」

 タカツカサさんはベンチから立ち上がってラケットバッグを背負うと、そんなことを言い出した。
 ダイチくんがまた回答に困っていると、彼女は先に私の了承を取り付けてきた。

「お姉さん、時間は大丈夫?」
「え、ええ。大丈夫だけど。ダイチくんだけ一緒じゃないってこと?」

「うん! ちょっとダイチに聞かれたくない話をしたいから! いいね? ダイチ」
「……? ま、まあ、アオイさんがいいなら」
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