勇者を失脚させるためなら何でもやる――そう決めた騎士の話

ベータヴィレッジ 現実沈殿村落

文字の大きさ
6 / 10

第6話

しおりを挟む
 高い金属音が、月明かりで蒼く照らされる室内に響いた。
 弾かれたアステアの剣が、宙に舞う。
 それは回転しながら、離れたところの床に突き刺さった。

 尻餅をついたアステアの喉元に、勇者レグルスの剣が突き付けられる。
 御前試合での模様とまったく同じ。アステアの敗北であった。

「なぜだ……。なぜお前に勝てない」

 一度だけなら、偶然という説明が許される。
 しかし二度目となれば、それは許されないだろう。
 つまりこの現実は、偶然がもたらしたものではない。

 アステアには理由がわからなかった。
 実績も実力も、彼より上であるはず。その自分が、なぜ勝てないのか。

 その答えを知っているのか、知らないのか――。
 勇者は、剣を合わせる間だけ引き締めていた表情をゆるめ、穏やかに微笑んだ。

 どこからか取り出した紐を、勇者が手に持つ。

「拘束させていただきます。あなたがやったことは無断侵入であり殺人未遂。かまいませんね?」






 靴を丁寧に脱がされ、ベッドに寝かされたアステア。
 拘束された手は、頭上でベッドに括りつけられている。

「何のつもりだ?」

 アステア本人は、ひたすら混乱していた。
 夜間ではあるが、すぐに役人へと引き渡されると思っていたためだ。

「あなたが欲しがっていたものを、さしあげます」

 勇者はそのアステアの問いに、はにかむような笑いで答えた。
 靴を脱いでベッドに上がってきた彼は、アステアの上に覆いかぶさるように、邪気のまったくない顔を近づけてきた。

「……!」

 同性との接吻。
 当然、アステアにとっては初めて経験するものだった。

 唇の柔らかさと、それが触れ合うむずがゆさ。
 脳に直に伝わってくるそれらに戸惑っていると、さらにそこからアステアの唇を押し広げ、中に入ろうとしてくるものがあった。

 予想だにしない事態に、受け入れてはいけないと判断することもできなかった。
 温かく、サラリとした勇者の舌が、アステアの舌先に絡んだ。
 彼のものなのか、自分のものが反射しているのか、鼻から出る吐息が熱く顔を撫でる。

「……っ……」

 唇を離す前に、勇者の舌がアステアの歯茎を周回した。その刺激でアステアの口からわずかに声が漏れた。

「どうですか?」

 一度頭を引いた勇者。
 月明かりに照らされた、勇者の顔。
 その色は蒼なれど、冷たさとは対極にあった。
 声色も温かく、それが一層の混乱となってアステアを襲っていた。

「あれ? まだ、わかりませんか」

 言葉を発しないアステアに、勇者が柔らかく微笑む。
 その右手には、いつのまにか小さなナイフが握られていた。

「……」

 手を頭上で縛られ動けないうえに、この状況が飲み込めず、アステアは呆然とその切っ先を見つめるだけだった。

 勇者の左手がアステアの胸元をつかむ。
 蒼く光るナイフが鋭く動く。

 アステアの服は上から下へと切り裂かれ、左右へ開かれた。



(続く)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

絶対に追放されたいオレと絶対に追放したくない男の攻防

藤掛ヒメノ@Pro-ZELO
BL
世は、追放ブームである。 追放の波がついに我がパーティーにもやって来た。 きっと追放されるのはオレだろう。 ついにパーティーのリーダーであるゼルドに呼び出された。 仲が良かったわけじゃないが、悪くないパーティーだった。残念だ……。 って、アレ? なんか雲行きが怪しいんですけど……? 短編BLラブコメ。

婚約破棄で追放された悪役令息の俺、実はオメガだと隠していたら辺境で出会った無骨な傭兵が隣国の皇太子で運命の番でした

水凪しおん
BL
「今この時をもって、貴様との婚約を破棄する!」 公爵令息レオンは、王子アルベルトとその寵愛する聖女リリアによって、身に覚えのない罪で断罪され、全てを奪われた。 婚約、地位、家族からの愛――そして、痩せ衰えた最果ての辺境地へと追放される。 しかし、それは新たな人生の始まりだった。 前世の知識というチート能力を秘めたレオンは、絶望の地を希望の楽園へと変えていく。 そんな彼の前に現れたのは、ミステリアスな傭兵カイ。 共に困難を乗り越えるうち、二人の間には強い絆が芽生え始める。 だがレオンには、誰にも言えない秘密があった。 彼は、この世界で蔑まれる存在――「オメガ」なのだ。 一方、レオンを追放した王国は、彼の不在によって崩壊の一途を辿っていた。 これは、どん底から這い上がる悪役令息が、運命の番と出会い、真実の愛と幸福を手に入れるまでの物語。 痛快な逆転劇と、とろけるほど甘い溺愛が織りなす、異世界やり直しロマンス!

美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました

SEKISUI
BL
 ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた  見た目は勝ち組  中身は社畜  斜めな思考の持ち主  なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う  そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される    

「役立たず」と追放された神官を拾ったのは、不眠に悩む最強の騎士団長。彼の唯一の癒やし手になった俺は、その重すぎる独占欲に溺愛される

水凪しおん
BL
聖なる力を持たず、「穢れを祓う」ことしかできない神官ルカ。治癒の奇跡も起こせない彼は、聖域から「役立たず」の烙印を押され、無一文で追放されてしまう。 絶望の淵で倒れていた彼を拾ったのは、「氷の鬼神」と恐れられる最強の竜騎士団長、エヴァン・ライオネルだった。 長年の不眠と悪夢に苦しむエヴァンは、ルカの側にいるだけで不思議な安らぎを得られることに気づく。 「お前は今日から俺専用の癒やし手だ。異論は認めん」 有無を言わさず騎士団に連れ去られたルカの、無能と蔑まれた力。それは、戦場で瘴気に蝕まれる騎士たちにとって、そして孤独な鬼神の心を救う唯一の光となる奇跡だった。 追放された役立たず神官が、最強騎士団長の独占欲と溺愛に包まれ、かけがえのない居場所を見つける異世界BLファンタジー!

転生したら、主人公の宿敵(でも俺の推し)の側近でした

リリーブルー
BL
「しごとより、いのち」厚労省の過労死等防止対策のスローガンです。過労死をゼロにし、健康で充実して働き続けることのできる社会へ。この小説の主人公は、仕事依存で過労死し異世界転生します。  仕事依存だった主人公(20代社畜)は、過労で倒れた拍子に異世界へ転生。目を覚ますと、そこは剣と魔法の世界——。愛読していた小説のラスボス貴族、すなわち原作主人公の宿敵(ライバル)レオナルト公爵に仕える側近の美青年貴族・シリル(20代)になっていた!  原作小説では悪役のレオナルト公爵。でも主人公はレオナルトに感情移入して読んでおり彼が推しだった! なので嬉しい!  だが問題は、そのラスボス貴族・レオナルト公爵(30代)が、物語の中では原作主人公にとっての宿敵ゆえに、原作小説では彼の冷酷な策略によって国家間の戦争へと突き進み、最終的にレオナルトと側近のシリルは処刑される運命だったことだ。 「俺、このままだと死ぬやつじゃん……」  死を回避するために、主人公、すなわち転生先の新しいシリルは、レオナルト公爵の信頼を得て歴史を変えようと決意。しかし、レオナルトは原作とは違い、どこか寂しげで孤独を抱えている様子。さらに、主人公が意外な才覚を発揮するたびに、公爵の態度が甘くなり、なぜか距離が近くなっていく。主人公は気づく。レオナルト公爵が悪に染まる原因は、彼の孤独と裏切られ続けた過去にあるのではないかと。そして彼を救おうと奔走するが、それは同時に、公爵からの執着を招くことになり——!?  原作主人公ラセル王太子も出てきて話は複雑に! 見どころ ・転生 ・主従  ・推しである原作悪役に溺愛される ・前世の経験と知識を活かす ・政治的な駆け引きとバトル要素(少し) ・ダークヒーロー(攻め)の変化(冷酷な公爵が愛を知り、主人公に執着・溺愛する過程) ・黒猫もふもふ 番外編では。 ・もふもふ獣人化 ・切ない裏側 ・少年時代 などなど 最初は、推しの信頼を得るために、ほのぼの日常スローライフ、かわいい黒猫が出てきます。中盤にバトルがあって、解決、という流れ。後日譚は、ほのぼのに戻るかも。本編は完結しましたが、後日譚や番外編、ifルートなど、続々更新中。

【完結】婚約破棄された僕はギルドのドSリーダー様に溺愛されています

八神紫音
BL
 魔道士はひ弱そうだからいらない。  そういう理由で国の姫から婚約破棄されて追放された僕は、隣国のギルドの町へとたどり着く。  そこでドSなギルドリーダー様に拾われて、  ギルドのみんなに可愛いとちやほやされることに……。

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺

福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。 目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。 でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい… ……あれ…? …やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ… 前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。 1万2000字前後です。 攻めのキャラがブレるし若干変態です。 無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形) おまけ完結済み

【完結】王宮勤めの騎士でしたが、オメガになったので退職させていただきます

大河
BL
第三王子直属の近衛騎士団に所属していたセリル・グランツは、とある戦いで毒を受け、その影響で第二性がベータからオメガに変質してしまった。 オメガは騎士団に所属してはならないという法に基づき、騎士団を辞めることを決意するセリル。上司である第三王子・レオンハルトにそのことを告げて騎士団を去るが、特に引き留められるようなことはなかった。 地方貴族である実家に戻ったセリルは、オメガになったことで見合い話を受けざるを得ない立場に。見合いに全く乗り気でないセリルの元に、意外な人物から婚約の申し入れが届く。それはかつての上司、レオンハルトからの婚約の申し入れだった──

処理中です...