カイカイカイ…

秋村ふみ

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氷川喜与味

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『あたしの両親は昔、お弁当屋さんだったの。味も好評で、繁盛していたわ。お父さんもお母さんも毎日忙しくて、当時幼かったあたしの相手なんてあまりしていられないようだった。でもいずれはあたしにも、そのお弁当屋を継いで欲しかったんだと思う。あたしの喜与味って名前も、喜びを与える味っていう意味でつけたらしいし。
 でも、世の中思い通りにはいかないみたい。あたしが小学校六年の頃、あたしの両親はお弁当屋をやめた。原因は食中毒。ある日お弁当を買って食べたお客さんが次々と体調不良を訴えたの。悪い噂は広がるのが早くて、弁当屋はいっきに売り上げが急落。あたしも学校でいじめられた。「お前んチの弁当屋は人殺しだ」とか「毒を客に売った弁当屋の娘」言われてね。下駄箱に入れてた靴の中に残飯をいれられたりもした。ひどいでしょ。あたしと仲が良かった友達も、あたしをいじめるようになった。
 あたしのいじめのことはもちろん、両親もまわりから冷たい目で見られるのを絶えかねて、ついにあたし達は引っ越すことを決めた。別の場所で第二の人生を歩むと決心したの。あたしもそれに便乗した。そして引っ越してきたのが、いま住んでる家。あたし達の過去を知る人はいない。だからあたしも学校でいじめられるなんてことはなかった。いや、いじめられないように、いじめられるのを恐れてあたしは目立たないように過ごしていた。小学校でも中学校でも無難な学生生活を送ってきたの。
 でも、そんな日々を過ごしているうちに気付いた。あたしはいつのまにか孤立していることに。当然といえば当然だった。転校当初はあたしは少し目立っていたのかもしれない。でもあたしは人と深く関わることを恐れていた。前はどこに住んでいたのかとか、両親の職業はなんだったのかと聞かれるのを恐れていたのかもしれない。人と関わろうとしなければ孤立。当たり前のことだった。誰かがあたしに興味をもってくれるなんて、あるはずがなかった。ルックスもいまいちなあたしは。
 孤立することに耐えられなかったあたしは、高校に入ってから今度は、人の為につくそうと努力するようになった。さっき見せた原稿に書いたように、何でも引き受ける人間になろうと心に決めた。人が嫌がりそうな雑用を進んでやるようになったし、学級委員も引き受けた。そうするとあたしに言い寄ってくる人は増えた。満面の笑みで、あたしに話しかけてくる。あたしにモノをくれる人もいた。でも会話の無いようなどれも建前のようなものばかりだったし、あたしにモノをくれた人も、いらなくなったからあたしに譲ったというだけだった。あたしは都合のいい人間。
 あたしの部屋には、あたしが欲しがって手に入れたものはあまりない。誰かがいらなくなって手放したものが、日に日に増えていった。処分するのは容易いことかもしれない。しかしそうすることで、あたしにモノをくれた人の好意をも捨てることになると思ってしまい、捨てられなかった。
 そんなある日、あたしはアカネにこのブックカフェを紹介されたの。驚いたわ。こんな山奥にブックカフェがあるなんて知らなかったし、誰も喋ってはいけない、会話は筆談のみってルールも斬新だったから。そしてあたしはここで、さっきみせた原稿を書いたの。そしてテーブルにある穴に投函してみたの。そしたら翌日に店員さんから、その原稿と一緒に一冊の本を貰ったの。表紙に《壊》と書かれた本だった。
 その本を読み始めると、ページをめくる手が進まなかった。このブックカフェで読んだり、家に持ち帰って読んだりした。その本には、あたしと似たような境遇の主人公が登場し、ハンマーで身の回りにあるものを次々に破壊していくストーリーだった。
 そしてあたしは一昨日、その本を自分の部屋で読み終えた。読み終えて本を閉じて、あたしはベッドに横になろうとしたそのときだった。黒いスーツに身を包んだ男が、あたしの部屋に知らぬ間に立っていたの。身丈ほどある大きなハンマーを持って。』
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