カイカイカイ…

秋旻

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夏目宗助

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 世の中を壊したいと語る黒沢シロウ。彼の口から放たれた「壊したい」という言葉は、僕の心のどこかを刺激した。気が付くと彼の右手には、<キヅキの木槌>が握られていた。
「そして、この木槌なら、それが可能かもしれないんだ」
 真剣な目をして彼は言った。それから彼は、僕に今までのいきさつを話し始めた。
 黒沢シロウ。彼もかつて、学生時代は引っ込み思案だったという。自分とまわりの人間とは、何かがずれている。まわりの人間からは、変わり者だとよく言われていたし、自分でもそう思っていたという。流行にも疎く、まわりからは置いてけぼりの毎日だった。そんな彼にとって、一番心がやすらぐ場所は、図書室だった。本を読むことによって、日々の寂しさを紛らわしていた。図書委員になり、当番の日は勿論、それ以外の日も図書室で本を読んでいた。
 彼は、探偵に憧れていたらしい。だからといって、ミステリー本が好きだというわけではなかった。彼が一番好んで読む本は、エッセイらしい。エッセイにはその人の個性、考え方がたっぷり詰まっている。人とあまり会話をしてこなかった彼にとって、エッセイ本こそが彼と他人の心を分かち合うアイテムだった。人の心の中を探る。そういう探偵に憧れていた。
 そんな彼には、ひとりの親友がいた。名前を夏目宗助といった。夏目もシロウと似た境遇であり、互いに図書委員であり、大の本好きだった。いつも二人の間では、本の話題で盛り上がった。
 夏目には、文才があった。彼は図書室で小説を書いていて、それをシロウに読ませてくれたらしい。文学的なものから、エッセイものまで、幅広く書ける夏目の文才に、シロウは魅了されていたという。
 しかし夏目は、クラスでいじめに遭っていた。バケモノというあだ名をつけられていて、彼が写った写真には、どれも霊が一緒に写りこむという噂だ。そして、その噂は事実だった。彼は、霊媒体質だったのだ。彼の机に油性マジックで<バケモノ>と書かれたり、教科書をズタズタにされたり、靴の中にカメムシを入れられたり、いやがらせは日に日にエスカレートしていった。彼が書くエッセイには、そのことが生々しく綴られていたという。シロウはなんとかしてあげたかったが、引っ込み思案の自分の無力さを思い知った。そして夏目は苦痛に耐えかねて、彼はついに死を決意した。
 夏目が行方不明になり、シロウは夏目を探した。そして行き着いた先は、小話杉森。夏目が書いた小説の中に、<キヅキの森>という小説があった。ある森に迷い込んだひとりの少年が、その森で起こった数奇の出来事によって、自分の心の奥底にある本来の自分と出会うというストーリー。その森のモデルとなったのが、その小話杉森だった。
 シロウが夏目を探して小話杉森に入ると、シロウはそこで、あるひとりの老婆と出会った。自らを霊能力者と名乗るその老婆こそが、末永弱音だった。
 
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