カイカイカイ…

秋村ふみ

文字の大きさ
64 / 79

張り込み

しおりを挟む
 夜。支給された黒服を身にまとい、サングラスをかけて僕と笹井さんは梨絵の家の近くに張り込んだ。
「外で私の名を呼ぶときは、笹井ではなくサイと呼んでください。私もあなたのことをカイと呼びます」
 僕が「笹井さん」と呼ぼうとすると、彼女にそう注意された。僕は黒沢シロウに、本名そのままに『カイ』というコードネームで呼ばれている。笹井さんは苗字からとって『サイ』なのだろう。サイと聞くと、砕くと書くほうの『砕』というイメージがある。僕のコードネームも、壊すと書いて『壊』というイメージが自分の中にある。砕も壊も、どちらも壊し屋にふさわしいコードネームだと思う。
 張りこんで数分経つと、ターゲットである梨絵の車が、彼女の家の庭に停まった。降りてきた彼女の髪型はツインテール。三十歳というよりは、二十代前半のように見えた。顔はやや幼く見え、少々小太りだ。ここまでは、いたって普通な女性に見えた。ただし、車のフロントガラスの内側には、なにやらかわいらしいぬいぐるみが大量に見える。依頼人の細川さんの言うとおり、彼女はぬいぐるみに依存しているのは確かのようだ。
 それからまもなくして、彼女の家に依頼人の細川さんが訪ねてきた。そして彼は、彼女の部屋に入った。彼女の両親は夜遅くまで仕事をしていてまだ帰ってきていない。細川さんには、笹井さんが前もって盗聴器、監視カメラを手渡しておいた。そして、梨絵の部屋にこっそりそれを設置するように頼んだ。
 監視カメラ越しに、僕と笹井さんは彼女の部屋をみた。予想を上回るほどのぬいぐるみの量にあっけにとられた。部屋の本棚には、本ではなくぬいぐるみで埋め尽くされていた。床には足の踏み場がないほどのぬいぐるみが散乱していた。ベッドの上には大きなぬいぐるみ。抱き枕のかわりのようなものだろう。
 僕は、昨日読んだ、依頼人の細川さんが書いた原稿を思い出していた。あの原稿には続きがあった。
『彼女、職場でうまくいっていないみたいなんです。職場の人間と話が合わない。ぬいぐるみの話題だと、まわりが引くくらい熱く語ってしまうらしいんですが。まわりの人間は、彼女のことなどまるで相手にしていない。彼女はいつも寂しい思いをしていたようです。僕と話すときも、ぬいぐるみ以外の話はあまり興味を示さないんです。それで愛想がつきてきたんです。しかし別れたら、彼女の復讐が待っている。なんとかしてほしいんです』

「明日の夜、壊すわよ」
 そういって、笹井さんは決意めいた表情で張り込み場所を去った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ト・カ・リ・ナ〜時を止めるアイテムを手にしたら気になる彼女と距離が近くなった件〜

遊馬友仁
青春
高校二年生の坂井夏生(さかいなつき)は、十七歳の誕生日に、亡くなった祖父からの贈り物だという不思議な木製のオカリナを譲り受ける。試しに自室で息を吹き込むと、周囲のヒトやモノがすべて動きを止めてしまった! 木製細工の能力に不安を感じながらも、夏生は、その能力の使い途を思いつく……。 「そうだ!教室の前の席に座っている、いつも、マスクを外さない小嶋夏海(こじまなつみ)の素顔を見てやろう」 そうして、自身のアイデアを実行に映した夏生であったがーーーーーー。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

鷹鷲高校執事科

三石成
青春
経済社会が崩壊した後に、貴族制度が生まれた近未来。 東京都内に広大な敷地を持つ全寮制の鷹鷲高校には、貴族の子息が所属する帝王科と、そんな貴族に仕える、優秀な執事を育成するための執事科が設立されている。 物語の中心となるのは、鷹鷲高校男子部の三年生。 各々に悩みや望みを抱えた彼らは、高校三年生という貴重な一年間で、学校の行事や事件を通して、生涯の主人と執事を見つけていく。 表紙イラスト:燈実 黙(@off_the_lamp)

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

処理中です...