カイカイカイ…

秋村ふみ

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 カイカイカイの壊し屋をやめて、高校を中退した僕は、アパートを借りて、日々バイトに明け暮れていた。自分の力で生きていくために、自分の力で幸せをつかむために、毎日必死で働いている。コンビニ店員、道路工事など、初心者大歓迎と書かれた求人票をみて、片っ端から面接をうけた。
 自分はどんな仕事が向いているのか、何をするのが好きなのか。それは未だわからない。しかし、何にでも挑戦してみようと思う。自分の力を試してみたい。自分の限界を知りたい。遠慮などせず、ためらいもせず。
 僕は今まで、人から与えられてばかりいた。人から与えられた幸せな日々を過ごしていた。自分で苦労しないで手に入れた暮らし。だから、退屈していた。自分が幸せだという実感が沸かなかった。むしろ、刺激がない日々を退屈に過ごしていた。それが、全部壊れた。与えられた幸せが壊れてしまった。そこで初めて僕は焦った。恐怖を感じた。いままでの平凡な暮らしが、かけがえの無いものだったことをそこで初めて知った。平凡だろうと、幸せであることには変わりなかった。しかし、壊れてしまったものを、修復しようとは思わない。
 今度は、自分で手に入れる。人任せではなく、自分の力で居場所を、帰るべき場所を、幸せを手にする。
 バイトが休みの日、僕はいつも小話杉森のブックカフェ<黄泉なさい>へ通っている。そして、原稿用紙に万年筆で、文章を書いている。日々、自分が思ったこと、感じたことを、文章にしている。エッセイだ。そして、書いたものを、志摩冷華や喜与味、そしてアカネが書いた原稿と交換して読んでいる。僕は、アカネに謝罪をした。自分のありのままの気持ちを改めてアカネに筆談で告げた。アカネは目に涙を浮かべ、僕に微笑んだ。僕は、アカネに許してもらうことができたのだ。僕の目からも、熱い涙が流れ落ちた。
 ブックカフェ<黄泉なさい>でのエッセイのやりとりは、いつも僕に新しい気づきを与えてくれる。自分が考え付かないような、人の考えを読むことは楽しい。そして自分の考えを人に読んでもらうのも、少し恥ずかしいが、人に心を開いているようで、気持ちがいい。心のやりとりをしている気分になれる。
 夏目宗助が成仏してから、黒沢シロウも<黄泉なさい>で僕たちの前に顔を出すようになった。何かから解放されたような、清々しい顔をしていた。
 従業員の咲谷さんや江頭さんも、最初は固い表情だったのが、だんだんと笑みを浮かべるようになっていた。彼らも僕らと一緒に筆談のやりとりをするようになったからだろう。咲谷さんが韓国ドラマ好きだったことや、江頭さんがお笑い芸人を目指していたことなどを知ってから、彼らとの間にあった壁が壊れ、距離が短くなったように感じた。
 
 心の底から沸き起こる喜び、悲しみ。感情の起伏がこんなにも激しくなったのはいつからだろう。
 自分を覆っていたものが壊れて気づいたこと。それは、自分の心の弱さだ。弱いから、何かに依存したり、まわりの価値観に惑わされて自分を見失う。壊し屋として人の大切にしてるものを壊したときに感じた罪悪感。それも、僕の心の弱さのひとつだったのだろう。僕の心の弱さを補っていたものが壊れたいま、僕の心はたやすく揺れ動く。心が動くことが、嬉しかった。

 快い。

 高校の担任の合田に尋ねられた
「安藤君は今、何か、やりたいことはないの?」
という質問。今の僕なら、きっとこう答える。
 
「僕は、小説家になりたい。小説家になって、人の感情を動かず存在になりたい」

 僕のまわりを覆っていた壁は、既に壊れた。
 いや、初めから、そんなものは存在していなかったのかもしれない。
 全ては、空想。僕の弱い心が作り出していた、まやかしだったのだ。
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