ハルのてのひら、ナツのそら。

華子

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中学一年生、春の頃3

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「ナツー、教科書見せてー」

 ハルくんがわたしのことを下の名前だけで呼ぶようになるまでには、それから一ヶ月も経たなかったと思う。

「また忘れたの?」
「うん」
「相良くんは本当、忘れんぼうの代表だね」

 ふたつ机をくっつけて、中央で開く一冊の教科書。それをふたりで覗き込めば、必然とハルくんとの距離は近くなる。

「なあナツ」
「うん?」
「俺のことも下の名前で呼んでよ」

 頬杖をつきながら、上目づかい。真顔でいきなり頼まれて、ドキッとした。

「で、できない」
「なんで」
「難しいよっ」
「そうかあ?『ハル』の方が短くて、呼ぶの楽じゃん」
「そうじゃなくってっ」

 コミュニケーション能力高めのハルくんと、低めのわたし。出逢って間もない、プライベートも一緒に過ごしたことのないこんな間柄で、相手のことを呼び捨てできるのは高めの人だけ。
 地道にでしか交友関係を深められないわたしのような人間にはそんなもの、跳び箱の二十段を一発で飛んでみろと言われているに等しいのだ。
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