ハルのてのひら、ナツのそら。

華子

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「も、もう行こっかハルくん」

 なんだかハルくんが可哀想になり、一刻も早くここから出してあげようと会計を急かしたけれど、最後にもう一度、彼は恥ずかしい思いを味わっていた。

「はいありがとうね、ぼく。おまけの飴玉も入れておくねえ。ちょっと大きいから、ごっくんしないよう気をつけるんだよお?」

 それは相手が小学生だろうが中学生だろうが、扱い方を変えないおばあちゃん店主のお節介。

「ちゃあんと舐めて小さくなってから、飲み込んでねえ」
「は、はあ……」
「また来てねえ。はい、タッチ」
「ど、どうも」

 しわくちゃな手とぱちんと両手を合わせたハルくんの顔からは、今にも火が出そうだった。


「ああ、なんか疲れたっ」

 自転車のカゴへ購入した駄菓子を入れたハルくんの額には、暑さのせいではない汗がうっすらにじむ。
 ごめんね、と思うと同時に可愛く思った。

「ごめんねハルくん、わたしが入りたいだなんて言ったから」
「いいよいいよ。俺も駄菓子屋なんか超久々だっから、楽しかった」
「本当?」
「いや、終始恥ずかしかったな」
「あははっ」

 笑い合い、改めて店を見る。値段設定は少し高くなっていたけれど、古びたトタン屋根や、年中吊り下げられている「氷」の旗は変わらない。もうお別れだと思ってしまえば、やはりしんみりしてしまう。

「店主のおばあちゃん、元気そうでよかった」

 ひとりごとのように呟くと、ハルくんが反応した。

「俺もそう思った。まだまだ長生きしそうだね」
「うん」

 氷の旗がパタパタはためく。開放されっぱなしの扉から見えるのは、小学生相手に笑顔を見せるおばあちゃんの横顔。

「ばいばいっ……」

 人間という生き物は、都合がよすぎると思った。もう何年も彼女の顔なんか見にこなかったくせに、元気かどうかなんて気にもならなかったくせに、二度と会えないとわかった瞬間、泣きそうになるのだから。

「次は小学校でも行ってみる?」

 ズズッと鼻をすすっていると、自転車のスタンドを蹴ったハルくんが聞いてきた。

「ナツが六年間過ごした東小学校、俺も行ってみたい」
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