僕らの10パーセントは無限大

華子

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傘不要の降水確率と、チャップリンの名言と

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 夕方六時前になって、お母さんが帰宅した。

「遅くなってごめんね、和子。すぐに夕ご飯、作るから」

 そう言って、購入してきたものを袋から取り出していくお母さん。

 調理台へと並べられた食材を見て、すぐにわかった。今夜もまた、わたしの大好きなお刺身だって。

 途端に込み上げてくる、負の感情。鳩尾を抉られたような、不快な気分に陥った。

「……いらない」

 その時わたしが吐き出した声は、声変わりをする最中の、中学生男子みたいな声。自分の声帯を使って出したとは思えないほどの、低くて掠れた声だった。

 手を止めたお母さんの動揺した目が、わたしを異端者のように見てきた。

「どうしていらないの……?和子がお刺身大好きだから、お母さん買ってきたのに……」

 それがお節介なんだよ、と思った。
 その行動が、わたしの心をどんどん醜くさせるんだよと。

 光沢のあるマグロやブリ、甘エビを見たところで、わたしのテンションは上がることなく、だだ下がりだ。

「なんでお母さん、最近わたしの好物ばかり買ってくるの……」

 だってこれじゃあまるで、毎日が最後の晩餐なんだもの。

「わたしがもうすぐ、死んじゃうから……?だから最後くらいは、大好きなもの食べさせてあげなきゃって、そう思ってるの……?」

 いつわたしが死んでもいいように。例えば明日亡くなったとしても、最後まで美味しいものを食べられて、娘は幸せだったって言えるように。

 その、準備に見えてしまう。

 息が詰まる、この空気。

 わたしはわたしが苦手な重々しい雰囲気を、いつの間にやら自ら作ることが得意になっていた。
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