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1.死出の門
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「でもさ、ここには”奇跡”の噂もあるよな」
「奇跡?」
「知らないのか?”温情”を」
「何、知らない。教えてくれない?」
無邪気な笑顔でシアンを見る。
「ったく。調子狂うなあ」
今までどれだけ、こんな風にたわいもない会話を誰かとしただろうか?
いや、たぶんこれが初めてだ。いつも気を張っていて、攻撃されることを当然として気を抜けなかった。油断すればすぐ、それは死につながることだったから。
何という皮肉だろうか。死刑囚の身になって、こんな風に心和む会話をするはめになるなんて。
「あのなあ、一回しか言わないから聞けよ」
「はいっ!」
素直に返事をした。わくわくした表情で、シアンの話を待っている。
あまりに無邪気な所作に、シアンは苦笑した。
「おれも噂で聞いただけだから、本当かは知らない。一昨日までここにいたやつが教えてくれたんだ」
死刑囚となった者にも、最後に一つだけ命を救われるチャンスがある。
それが”温情”と言われるものだ。
どうやって行われるかは、まるでわかっていない。
だが、警備側の誰かが死刑待ちの囚人と話をして、”この罪人はまだ善き心を取り戻す可能性がある”と判断すると死刑から逃れられると言う。
この牢に来てから、刑の執行までは数日の間しかない。
だから、わずかな隙に行われているのだろうと言われている。
「でも、教えてくれた人はどこに行ったの?」
「さあ。昨日起きたらもういなくなってた」
「じゃあ、それはやっぱり……」
死刑になってしまったんじゃない?とミーナの目が言っている。
「いや、もしかしたら”温情”で助かったかもしれないじゃないか」
「あなたも助かりたいの?」
「いや、おれはもういい。散々ひどいことしまくってきたし。それにこの先、生きてもまた誰かを傷つけるだろうしな」
「じゃあ、何でその話をするの?」
「お前だよ。お前、”温情”で助けてもらえよ」
「そんな噂レベルの話、言われても。どうせわたしは」
「死ぬんだから、ってか?」
シアンは、優しげにしいっと指を立てて見せた。
「最後の瞬間まで、前向きに生きたいんじゃないのか?残り時間を大事にするなら」
「……そうね。死刑囚にしては、いいこと言うじゃない」
「まあな」
シアンは思う。
ミーナと話していると、心がじわっと温かくなっていく。最後のときになって、こんな話ができる相手に出会うとは。もしかしたら、人生捨てたものじゃなかった。
最後まで来て、そんな風に思えてくる。
「だから、あきらめるなよ。死刑に呼び出される前に温情が、奇跡がお前に来るかもしれない。それを信じて、最後まで突っ走れよ」
「突っ走れって、マラソンじゃないんだから。それにね」
シアンを見て、にやっと笑ってみせた。
「あなたもね。わたしに言うんだから、自分がまずやってみせて。奇跡を信じて、残り少ない時間を無駄にしないように生きよう」
「……」
「あれ?どうしたの、シアン?」
シアンは下を向いて、声を出せずにいた。
しばらくして上げたとき、顔は赤らんで目もうるんで見えた。
「何でもねえよ。お前も、おれに言うんだからちゃんとやれよ?」
「わかった。約束ね」
檻のすき間から、通路に向かって小指を出した。
「指切りげんまん」
「届かねえよ」
「エアげんまん」
シアンは頭をくしゃくしゃとかいて、仕方なさそうに従った。
「もしかして……照れてるの?」
「うるせーよ、ばあか」
「じゃあ、指切りげんまん。うそついたら、針千本飲ーます……。」
この日、二人の死刑囚が誓いを立てた。
お互いにあきらめず、前を向いて残り時間を生きていくこと。そして、もしもどちらかが先に死ぬことがあったとしたら。
「わたしがあなたを看取ってあげる。一人でなんて死なせない」
まだ十四歳なのに、不思議なことを言う。シアンは驚いた。
「おいおい、死刑場まで着いてくるのかよ?」
「気合いの問題。だからあなたも、わたしを看取ってね」
「看取るって大げさな……まあいいか。どうせそんな風なら、お前は有無を言わせないんだろう?」
ミーナは、病気での死を恐れているのだろう。
彼女の余命がどれくらいかはわからない。でももし、そこまで自分が生きていられるなら……最後の瞬間を見守ってやるのも嫌ではなかった。
今まで人をあやめてきたくせに、シアンだって死に向かうのは実はこわい。
こうして牢にいる間だって、いつ呼び出されるかと思うほどに震える。
十四歳の少女ともなれば、ますます怖さは増すだろう。
シアンにとっても、ミーナはもう特別な存在になっていた。
「わかった。一緒にいてやるよ」
「ふっ、わかってるならいいわ」
「奇跡?」
「知らないのか?”温情”を」
「何、知らない。教えてくれない?」
無邪気な笑顔でシアンを見る。
「ったく。調子狂うなあ」
今までどれだけ、こんな風にたわいもない会話を誰かとしただろうか?
いや、たぶんこれが初めてだ。いつも気を張っていて、攻撃されることを当然として気を抜けなかった。油断すればすぐ、それは死につながることだったから。
何という皮肉だろうか。死刑囚の身になって、こんな風に心和む会話をするはめになるなんて。
「あのなあ、一回しか言わないから聞けよ」
「はいっ!」
素直に返事をした。わくわくした表情で、シアンの話を待っている。
あまりに無邪気な所作に、シアンは苦笑した。
「おれも噂で聞いただけだから、本当かは知らない。一昨日までここにいたやつが教えてくれたんだ」
死刑囚となった者にも、最後に一つだけ命を救われるチャンスがある。
それが”温情”と言われるものだ。
どうやって行われるかは、まるでわかっていない。
だが、警備側の誰かが死刑待ちの囚人と話をして、”この罪人はまだ善き心を取り戻す可能性がある”と判断すると死刑から逃れられると言う。
この牢に来てから、刑の執行までは数日の間しかない。
だから、わずかな隙に行われているのだろうと言われている。
「でも、教えてくれた人はどこに行ったの?」
「さあ。昨日起きたらもういなくなってた」
「じゃあ、それはやっぱり……」
死刑になってしまったんじゃない?とミーナの目が言っている。
「いや、もしかしたら”温情”で助かったかもしれないじゃないか」
「あなたも助かりたいの?」
「いや、おれはもういい。散々ひどいことしまくってきたし。それにこの先、生きてもまた誰かを傷つけるだろうしな」
「じゃあ、何でその話をするの?」
「お前だよ。お前、”温情”で助けてもらえよ」
「そんな噂レベルの話、言われても。どうせわたしは」
「死ぬんだから、ってか?」
シアンは、優しげにしいっと指を立てて見せた。
「最後の瞬間まで、前向きに生きたいんじゃないのか?残り時間を大事にするなら」
「……そうね。死刑囚にしては、いいこと言うじゃない」
「まあな」
シアンは思う。
ミーナと話していると、心がじわっと温かくなっていく。最後のときになって、こんな話ができる相手に出会うとは。もしかしたら、人生捨てたものじゃなかった。
最後まで来て、そんな風に思えてくる。
「だから、あきらめるなよ。死刑に呼び出される前に温情が、奇跡がお前に来るかもしれない。それを信じて、最後まで突っ走れよ」
「突っ走れって、マラソンじゃないんだから。それにね」
シアンを見て、にやっと笑ってみせた。
「あなたもね。わたしに言うんだから、自分がまずやってみせて。奇跡を信じて、残り少ない時間を無駄にしないように生きよう」
「……」
「あれ?どうしたの、シアン?」
シアンは下を向いて、声を出せずにいた。
しばらくして上げたとき、顔は赤らんで目もうるんで見えた。
「何でもねえよ。お前も、おれに言うんだからちゃんとやれよ?」
「わかった。約束ね」
檻のすき間から、通路に向かって小指を出した。
「指切りげんまん」
「届かねえよ」
「エアげんまん」
シアンは頭をくしゃくしゃとかいて、仕方なさそうに従った。
「もしかして……照れてるの?」
「うるせーよ、ばあか」
「じゃあ、指切りげんまん。うそついたら、針千本飲ーます……。」
この日、二人の死刑囚が誓いを立てた。
お互いにあきらめず、前を向いて残り時間を生きていくこと。そして、もしもどちらかが先に死ぬことがあったとしたら。
「わたしがあなたを看取ってあげる。一人でなんて死なせない」
まだ十四歳なのに、不思議なことを言う。シアンは驚いた。
「おいおい、死刑場まで着いてくるのかよ?」
「気合いの問題。だからあなたも、わたしを看取ってね」
「看取るって大げさな……まあいいか。どうせそんな風なら、お前は有無を言わせないんだろう?」
ミーナは、病気での死を恐れているのだろう。
彼女の余命がどれくらいかはわからない。でももし、そこまで自分が生きていられるなら……最後の瞬間を見守ってやるのも嫌ではなかった。
今まで人をあやめてきたくせに、シアンだって死に向かうのは実はこわい。
こうして牢にいる間だって、いつ呼び出されるかと思うほどに震える。
十四歳の少女ともなれば、ますます怖さは増すだろう。
シアンにとっても、ミーナはもう特別な存在になっていた。
「わかった。一緒にいてやるよ」
「ふっ、わかってるならいいわ」
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