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2.After
芳香に惑う森の奥で
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ティルとアメリアの日々は、時に淡白に、時に濃密に流れていく。
その微睡むように安らいだ日々の中でさえ、ティルの胸中には蘇ってしまう。
『お前の両親は、多くの人にたんと迷惑をかけて死んだんだ』
『償わせてやりたいけど、もうあいつらはいない』
『だったら、その子どものお前が代わりに償うのは当たり前だろう?』
『ほら、お前はそれだけ美しい見た目をしてるんだから』
『償いの方法なんて、簡単に……』
浴びせられた様々な言葉とともに一転した幸せな――そう見えるように必死に両親が繕ってくれていた――日々。その中にあっても、懸命に守ろうとした少女。
逃げるように娼館街を出て、隠れ住んでいた場所で掴んだ情報を武器にしようとした矢先。
――――――――
そこで記憶が途切れて、気が付いたらこの森にいた。
抜け落ちた空白の期間。
出会った古き森の魔女。
そして告げられた喪失。
厳然と存在したそれらの結末を、ティル自身が尋ねたことではあったが無慈悲に……まるで楽しむように告げた魔女に対して抱いた確かな憎悪。
そして、やつら への復讐の誓い。
魔女アメリアからはそんなものは無為だと笑われたが、これは人間である自分の問題だ。定命の人間と、ほぼ無限に生きられるという魔女とでは、その辺りの隔たりがあっても仕方ないのだろう。
その違いを何故か少し残念に思いながら、ティルはひとときの平穏を満喫していた。
しかし、その日。
そんな彼らの時間は大きく動き出す。
きっかけは、些細なこと。調理中に煙を逃がそうとして窓を開けてしまったことだった。そのとき、彼の鼻腔を侵したのは、嗅ぎ馴染みのある甘ったるい芳香。
自分を穢し、彼女を貶め、辱しめ、そして殺めたやつらが漂わせる、吐き気を催すほどに甘い香り。
「――――――!?」
瞬間、ティルの脳裏にはフラッシュバックのようにあの凄惨な日々が蘇る。そして、久しく忘れていた激しい殺意。
その気配を即座に感じ取ったのだろう、アメリアがティルのもとに駆け付けて、声をかけてくる。
「ティル、何度も言うけれど復讐なんてものは無為よ。何も産み出してはくれない。ただいたずらにあなたの手が汚れるだけだから、」
「アメリア」
彼女に向き合うティルの瞳には、憎悪や殺意よりも、深い悲しみが宿っていた。
思わず言葉に詰まる魔女に、はっきりと告げる。
「君が教えてくれたことは、もちろん正しい。復讐は恐らく無意味だ。そんなことで僕が傷付くことを嫌ってくれる君が優しいことも、わかってる。でも、それでもね、フィーナは紛れもなく僕の光だったんだ」
そう、立ち尽くす少女の瞳を見つめながら言い置き。
ティルは扉を開けた。
その微睡むように安らいだ日々の中でさえ、ティルの胸中には蘇ってしまう。
『お前の両親は、多くの人にたんと迷惑をかけて死んだんだ』
『償わせてやりたいけど、もうあいつらはいない』
『だったら、その子どものお前が代わりに償うのは当たり前だろう?』
『ほら、お前はそれだけ美しい見た目をしてるんだから』
『償いの方法なんて、簡単に……』
浴びせられた様々な言葉とともに一転した幸せな――そう見えるように必死に両親が繕ってくれていた――日々。その中にあっても、懸命に守ろうとした少女。
逃げるように娼館街を出て、隠れ住んでいた場所で掴んだ情報を武器にしようとした矢先。
――――――――
そこで記憶が途切れて、気が付いたらこの森にいた。
抜け落ちた空白の期間。
出会った古き森の魔女。
そして告げられた喪失。
厳然と存在したそれらの結末を、ティル自身が尋ねたことではあったが無慈悲に……まるで楽しむように告げた魔女に対して抱いた確かな憎悪。
そして、やつら への復讐の誓い。
魔女アメリアからはそんなものは無為だと笑われたが、これは人間である自分の問題だ。定命の人間と、ほぼ無限に生きられるという魔女とでは、その辺りの隔たりがあっても仕方ないのだろう。
その違いを何故か少し残念に思いながら、ティルはひとときの平穏を満喫していた。
しかし、その日。
そんな彼らの時間は大きく動き出す。
きっかけは、些細なこと。調理中に煙を逃がそうとして窓を開けてしまったことだった。そのとき、彼の鼻腔を侵したのは、嗅ぎ馴染みのある甘ったるい芳香。
自分を穢し、彼女を貶め、辱しめ、そして殺めたやつらが漂わせる、吐き気を催すほどに甘い香り。
「――――――!?」
瞬間、ティルの脳裏にはフラッシュバックのようにあの凄惨な日々が蘇る。そして、久しく忘れていた激しい殺意。
その気配を即座に感じ取ったのだろう、アメリアがティルのもとに駆け付けて、声をかけてくる。
「ティル、何度も言うけれど復讐なんてものは無為よ。何も産み出してはくれない。ただいたずらにあなたの手が汚れるだけだから、」
「アメリア」
彼女に向き合うティルの瞳には、憎悪や殺意よりも、深い悲しみが宿っていた。
思わず言葉に詰まる魔女に、はっきりと告げる。
「君が教えてくれたことは、もちろん正しい。復讐は恐らく無意味だ。そんなことで僕が傷付くことを嫌ってくれる君が優しいことも、わかってる。でも、それでもね、フィーナは紛れもなく僕の光だったんだ」
そう、立ち尽くす少女の瞳を見つめながら言い置き。
ティルは扉を開けた。
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