末路に寄り添うのは、誰かの…

鏡上 怜

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第3章 沼倉陽菜編

夏時雨・後編

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「ん……っ」
 重ねた唇から込み上げてくる熱と、タイミングが微妙にかみ合わない吐息。息苦しさと、少しずつ心をぼかしていく唇の感触。このまま、全部がどうでもよくなってしまうようなに流されてしまいたくなったけれど。

 だけど。
 違う。

「――――」
 お互いに息苦しくなって離した唇の間で、陽光を受けて唾が輝いている。
 まるで、蜘蛛の糸みたいに。気を抜くと搦め取られてしまうような輝き。
 たぶん、目の前で熱っぽい瞳で私を見ている志摩しまくんは、既に囚われている。両肩に置かれた手からは、不快感をも感じてしまうほどにじっとりとした熱が伝わってきていた。

「あのさ、このまま、」
「ごめん、今日はちょっと帰る」

 あからさまに不満そうな表情になる志摩くん。そういうところも、やっぱり違う。
 こうやってキスをして、男の人としてなって、改めて感じた。やっぱり、志摩くんは違う人なんだって。
 それがわかってしまったから、もう彼のことを好きではいられない。自分勝手なのはわかっているけど、もう遅いんだ。だって、どこかに穴が開いた風船みたいに、唇から熱と一緒に込み上げてきた気持ちが一気に萎んでいくのがわかってしまったから。

 あぁ、駄目だ。
 このまま別れてしまってもいいくらい。

 観光客の車がたまに通るくらいの海沿いの道を、ひたすら何も考えないようにしながら自転車で走る。緩やかな坂に息切れしてきて、それでも止まれない。止まりたくなかった。このまま心臓がはじけてしまえばいいのに。
 志摩くんが違う人だって、意識してしまった。
 それと同時に思い浮かんだ私の夢想を、このまま消してしまいたい。

 もし、洲崎灯台に一緒に来たのがお父さんだったら?
 隣に立っていたのがお父さんだったら?
 キスをしてくれたのがお父さんだったら?
 もし、あの言葉の続きを――『このまま、しないか』って言ってくれたのがお父さんだったら?

 たぶん、私には拒めない。
 違う、私は絶対に拒まない。

 だって私は――――

「沼倉っ!」
 後ろから聞こえてくる、必死な呼び声。振り返った先で、案の定志摩くんが息を切らして、汗をだらだらかきながら、私のことを追いかけていた。
 あぁ、ここで私を捕まえてくれるのがお父さんだったらよかったのに。
 また浮かび上がってくる暗い気持ちを押さえつけて、「志摩くん」と返事する。
 志摩くんは、きまり悪そうな顔で「その、さっきはごめん」と小さく呟いてから、「もうあんなこと無理にしたりしないからチャンスを下さい!」って言った。

 見当外れだな、と一瞬思った。
 志摩くんには私が性欲とかセックスとかから縁遠い存在とかに見えてるのかも知れない。何か、勝手にそういう夢を見られてしまうことがあるって、今年高校に行った先輩が言ってたから。
 でもね、違うよ。
 そうじゃないよ。
 私にだって、ほしい相手はいる。
 セックスしたい相手はいる。
 だけど、あなたがそうじゃないだけなんだよ。心から想える相手じゃないんだよ。

 でも……。

「いいよ」

 その相手と結ばれることはないから。

「一緒に帰ろ?」

 だから、ごめんなさい。
 私は、お父さんの代わりに志摩くんで妥協します。

 許してね、お父さん。

 夏の夕暮れ時。
 蝉の声と潮騒のうるさい一本道を、2人で並んで帰る私たちの頭上で、白い電灯がジジッ、と音を立てて灯り始めた。
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