8 / 11
第3章 沼倉陽菜編
夏時雨・後編
しおりを挟む
「ん……っ」
重ねた唇から込み上げてくる熱と、タイミングが微妙にかみ合わない吐息。息苦しさと、少しずつ心をぼかしていく唇の感触。このまま、全部がどうでもよくなってしまうような何かに流されてしまいたくなったけれど。
だけど。
違う。
「――――」
お互いに息苦しくなって離した唇の間で、陽光を受けて唾が輝いている。
まるで、蜘蛛の糸みたいに。気を抜くと搦め取られてしまうような輝き。
たぶん、目の前で熱っぽい瞳で私を見ている志摩くんは、既に囚われている。両肩に置かれた手からは、不快感をも感じてしまうほどにじっとりとした熱が伝わってきていた。
「あのさ、このまま、」
「ごめん、今日はちょっと帰る」
あからさまに不満そうな表情になる志摩くん。そういうところも、やっぱり違う。
こうやってキスをして、男の人としてほしくなって、改めて感じた。やっぱり、志摩くんは違う人なんだって。
それがわかってしまったから、もう彼のことを好きではいられない。自分勝手なのはわかっているけど、もう遅いんだ。だって、どこかに穴が開いた風船みたいに、唇から熱と一緒に込み上げてきた気持ちが一気に萎んでいくのがわかってしまったから。
あぁ、駄目だ。
このまま別れてしまってもいいくらい。
観光客の車がたまに通るくらいの海沿いの道を、ひたすら何も考えないようにしながら自転車で走る。緩やかな坂に息切れしてきて、それでも止まれない。止まりたくなかった。このまま心臓が弾けてしまえばいいのに。
志摩くんが違う人だって、意識してしまった。
それと同時に思い浮かんだ私の夢想を、このまま消してしまいたい。
もし、洲崎灯台に一緒に来たのがお父さんだったら?
隣に立っていたのがお父さんだったら?
キスをしてくれたのがお父さんだったら?
もし、あの言葉の続きを――『このまま、しないか』って言ってくれたのがお父さんだったら?
たぶん、私には拒めない。
違う、私は絶対に拒まない。
だって私は――――
「沼倉っ!」
後ろから聞こえてくる、必死な呼び声。振り返った先で、案の定志摩くんが息を切らして、汗をだらだらかきながら、私のことを追いかけていた。
あぁ、ここで私を捕まえてくれるのがお父さんだったらよかったのに。
また浮かび上がってくる暗い気持ちを押さえつけて、「志摩くん」と返事する。
志摩くんは、きまり悪そうな顔で「その、さっきはごめん」と小さく呟いてから、「もうあんなこと無理にしたりしないからチャンスを下さい!」って言った。
見当外れだな、と一瞬思った。
志摩くんには私が性欲とかセックスとかから縁遠い存在とかに見えてるのかも知れない。何か、勝手にそういう夢を見られてしまうことがあるって、今年高校に行った先輩が言ってたから。
でもね、違うよ。
そうじゃないよ。
私にだって、ほしい相手はいる。
セックスしたい相手はいる。
だけど、あなたがそうじゃないだけなんだよ。心から想える相手じゃないんだよ。
でも……。
「いいよ」
その相手と結ばれることはないから。
「一緒に帰ろ?」
だから、ごめんなさい。
私は、お父さんの代わりに志摩くんで妥協します。
許してね、お父さん。
夏の夕暮れ時。
蝉の声と潮騒のうるさい一本道を、2人で並んで帰る私たちの頭上で、白い電灯がジジッ、と音を立てて灯り始めた。
重ねた唇から込み上げてくる熱と、タイミングが微妙にかみ合わない吐息。息苦しさと、少しずつ心をぼかしていく唇の感触。このまま、全部がどうでもよくなってしまうような何かに流されてしまいたくなったけれど。
だけど。
違う。
「――――」
お互いに息苦しくなって離した唇の間で、陽光を受けて唾が輝いている。
まるで、蜘蛛の糸みたいに。気を抜くと搦め取られてしまうような輝き。
たぶん、目の前で熱っぽい瞳で私を見ている志摩くんは、既に囚われている。両肩に置かれた手からは、不快感をも感じてしまうほどにじっとりとした熱が伝わってきていた。
「あのさ、このまま、」
「ごめん、今日はちょっと帰る」
あからさまに不満そうな表情になる志摩くん。そういうところも、やっぱり違う。
こうやってキスをして、男の人としてほしくなって、改めて感じた。やっぱり、志摩くんは違う人なんだって。
それがわかってしまったから、もう彼のことを好きではいられない。自分勝手なのはわかっているけど、もう遅いんだ。だって、どこかに穴が開いた風船みたいに、唇から熱と一緒に込み上げてきた気持ちが一気に萎んでいくのがわかってしまったから。
あぁ、駄目だ。
このまま別れてしまってもいいくらい。
観光客の車がたまに通るくらいの海沿いの道を、ひたすら何も考えないようにしながら自転車で走る。緩やかな坂に息切れしてきて、それでも止まれない。止まりたくなかった。このまま心臓が弾けてしまえばいいのに。
志摩くんが違う人だって、意識してしまった。
それと同時に思い浮かんだ私の夢想を、このまま消してしまいたい。
もし、洲崎灯台に一緒に来たのがお父さんだったら?
隣に立っていたのがお父さんだったら?
キスをしてくれたのがお父さんだったら?
もし、あの言葉の続きを――『このまま、しないか』って言ってくれたのがお父さんだったら?
たぶん、私には拒めない。
違う、私は絶対に拒まない。
だって私は――――
「沼倉っ!」
後ろから聞こえてくる、必死な呼び声。振り返った先で、案の定志摩くんが息を切らして、汗をだらだらかきながら、私のことを追いかけていた。
あぁ、ここで私を捕まえてくれるのがお父さんだったらよかったのに。
また浮かび上がってくる暗い気持ちを押さえつけて、「志摩くん」と返事する。
志摩くんは、きまり悪そうな顔で「その、さっきはごめん」と小さく呟いてから、「もうあんなこと無理にしたりしないからチャンスを下さい!」って言った。
見当外れだな、と一瞬思った。
志摩くんには私が性欲とかセックスとかから縁遠い存在とかに見えてるのかも知れない。何か、勝手にそういう夢を見られてしまうことがあるって、今年高校に行った先輩が言ってたから。
でもね、違うよ。
そうじゃないよ。
私にだって、ほしい相手はいる。
セックスしたい相手はいる。
だけど、あなたがそうじゃないだけなんだよ。心から想える相手じゃないんだよ。
でも……。
「いいよ」
その相手と結ばれることはないから。
「一緒に帰ろ?」
だから、ごめんなさい。
私は、お父さんの代わりに志摩くんで妥協します。
許してね、お父さん。
夏の夕暮れ時。
蝉の声と潮騒のうるさい一本道を、2人で並んで帰る私たちの頭上で、白い電灯がジジッ、と音を立てて灯り始めた。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる