黄昏に舞う戦乙女

Terran

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【天を見上げる戦乙女】

第010話

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 針葉樹林の奥、敵陣方面。罠地帯。

「はい、そこ~。勝手に前に出ない」
「あん? あんな後方じゃロクに敵兵と戦えねえ。何でテメェの指図なんざ受けなきゃならねえんだよ、隊列の位置くらいは好きにさせて貰うぜ!」
「足の遅い奴らに合わせてチンタラ歩いてなんていられるかよっ」

 警告を無視した傭兵三人組が後方から列を乱して前に出る。
 先行しだしてから一刻もしない内にもう傭兵部隊からの不満が表面に出てきていた。

「クッソ、こんなしょーもない罠!」
「…あッ…うおおおぉぉ!!」

 一人が足を引っ掛けて転び、他の二人が巻き込まれて倒れ込んだ所に鋭い木の先端が並んでいた。

「ほら、勝手に罠を見付けてくれてもいいけど、嫌ならアタシが発見してからお行儀よく進みな~」
「ハハッ、罠発見ご苦労さまっス!」

 今ので一人が腕に軽傷を負ったらしい。
 ここまでの道中、決して少なくない数の罠が仕込まれていたがどれも簡単な物ばかりである。
 しかし、稀に殺意の高い罠も紛れていて気が抜けない。それがまた大半が単純な罠でありながら厄介なイライラと精神的な疲労を加速させていた。

「けどいいんスかセレン姐さん。あんな馬鹿でも怪我させたら戦力減っちまうっスよ?」

 先頭を進むセレンの傍には山林での活動に秀でた斥候傭兵を選んで同行させている。

「いいのいいの、どうせ言っても聞かないんだから警告だけ出して後は自己責任。間抜けがああして罠にかかるのを観れば、他の馬鹿が無茶しなくなるでしょ」
「さっすがセレン姐さん。扱いが雑っスね!」

 セレンは罠だらけの森を戦馬に乗ったまま進む。

「そこと、そこと、あとあそこにもあるわ…」

 罠を見付けては斥候傭兵達に指示を出して、簡単な仕掛けなら撤去、無理そうなら目印を付けさせる。
 時折、野生動物が襲ってきたり、逆に罠に掛かった哀れな動物も混じっていた。

「ちっ、こんなに沢山仕掛けやがって。戦争終わっても片付けたりしねえんだろうなあ!」

 セレンは苛立ちながら吐き捨てた。
 戦争が終わっても、仕掛けられた罠のせいで怪我をする被害者は後を絶たない。
 この辺りは未開拓地なのでまだ人は住んでいないが、この戦争が終わってから移住が開始したらどれだけの被害が出るのだろうか。

「戦争を指示する連中はやったらやりっ放し。聴こえのいい言葉だけ並べ立てたらお終いで、いつだってその負債はそこに生きる人に降りかかる。罠も、税も、孤児だってそうだ」

 今もこうして通り道以外の罠の撤去まで出来ない事実に、無性に腹立たしさが込み上げた。
 結局自分もまた、こんな役にも立たない不満を並べ立てるだけでこの件を終わらさざるを得ないのが、より腹立たしさを増幅させる。

「戦争やりたきゃ自分達だけで完結させやがれ。無関係な奴にまで被害出してんじゃねえよ、クソがッ!」
「怪我なら仕掛けた奴がしろよって話っスよね~」

 セレンの八つ当たりの独り言を聞いていた斥候が追従する。
 それは無責任な一言だったが、セレンは足を止めて反芻した。

「死ぬなら仕掛けた奴が…ね…、なるほど、案外そういうことか…。アンタ頭いいな、何て言うの?」
「…自分出発前に名乗ったんスけどね。まあいいんスけど、自分はレニっス」



◇◆◇



 それから暫くして。
 巡回していた敵兵との遭遇戦。

「おい、敵兵はぶっ殺すなよ? 生け捕りだからな、生け捕り」
「嘘だろ。何で罠だらけの森の中を馬で走り回って戦えるんだよ…」
「セレン嬢張り切ってんなあ。おいお前ら、嬢の言う通り殺すんじゃないよ!」

 戦闘そのものは苦戦することなく終わった。まるで森という地形を物ともしないセレンは罠を逆に利用して敵兵を追い詰め、アハドやアマンダ達に囲ませて無力化していく。

 こうしてセレンの指示で捕獲された敵兵は武具を外されて、立ったまま腕は後ろ手に縛って並べられていた。

「壮観だなー。あ~、こほん。賢明な傭兵諸君はもうお分かりだと思うが、これが罠対策として一番有効な方法で~す」

 肌着姿に剥かれて一列に並ばされた敵兵に向けて、傭兵達から罵声や歓声や口笛が上がる。
 並んだ敵兵は青い顔をして、これから起こるであろう己の身の不幸を嘆いていた。

「…ほら、死にたくなきゃ進みな」

 背中から敵兵から奪った剣で小突く。

「嫌だ! どの道俺たちは死ぬんだろ野蛮人め! だったら…最期まで抵抗してやる!」
「助けてやる、と言ったら?」

 敵兵はセレンの方へと青い顔を向けて、歯を食いしばりながらキツく睨む。

「信じられるものか!」
「信じる信じないはどうでもいいの。これからルールを説明するからよく聞いてね?」

 セレンは敵兵から向けられる敵意に顔色一つ変えずに、他の傭兵達にも聞こえるような声量と笑顔で宣言した。

「やって欲しいのは、そのまま直進するだけ。拒否したらその場で殺す。怪しい動きをしても殺す。直進せずに曲がったら射掛けて殺す。お行儀よく言うこと聞いて直進するなら生還できるかも知れない。お分かり?」

 合図をして弓を持った傭兵を並べて構えさせる。
 流石にこれには傭兵達も、敵兵達も、これから何をさせたいのか理解していた。

「じゃ、行って。ほら、早く!」

 手を合わせパンッと乾いた音を鳴らすと、敵兵の足元に矢が突き刺さる。
 すると血相を変えて一斉に動き出し、蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。

「あがあぁぁぁっ!」

 たちまちその内の一人が悲鳴を上げて転倒する。

「あちゃー、その足じゃもう走れないよな~」

 馬に乗って近付いたセレンは罠に掛かって倒れた敵兵の怪我の様子を観察したが、足に鋭い杭が貫通していた。
 敵兵は苦悶の表情を浮かべて涙を流している。

「はい、じゃあご苦労さん」

 そう言って剣で喉を掻き切った。
 口をパクパクさせて、やがて動かなくなる。

「こんな感じで、アイツらが走って無事だったルートは安全だからどんどん進めよー」

 振り返って後を追ってきた傭兵達にそう告げた。
 傭兵達は、何とも言えない表情をしている。

「うあああぁぁ…!!」

 更に進むと別の敵兵が地面に突っ伏していた。

「クソ、クソッ! こんな事をして赦されると思ってるのか! この悪魔め、お前は必ず地獄に落ちるぞっ!」
「はぁ? アンタらで張った罠なんだから、アンタらを使って排除して何が悪い? 嫌なら最初っから罠なんて仕掛けるなよ野蛮人」

 そう言って怪我で倒れた敵兵の喉を剣で掻き切る。
 道徳を語りたいなら戦争になんて参加しなければ良いのだ。

「理不尽ー」「鬼ー」「悪魔ー」「人でなしー」「野生児ー」「揉ませろー」「山姥ー」「守銭奴ー」「クズー」「サディストー」

 何故か味方の筈の傭兵達から誹謗中傷と野次を受ける。

「うるせえ、誰が何言ったかちゃんと覚えたからな! あと山姥って言った奴は山乙女って言い直さねえと全力でシメる」

 無駄口の応酬をしながらも敵兵の逃げたルートを通って次々と罠を避け、目印を付けながら足早に先へと進む。
 やり方は大変不評だったが、この行軍速度なら目的地まで被害を最小限にして辿り着けるだろう。
 その後も先々で敵兵を捕獲しては身一つで走らせ、罠に掛かっていたらトドメを刺す作業を繰り返し、その度に後ろから野次が飛ぶ。

「せっかく人がタダで策を教えてやってるのにその態度は何だァ? 余計なこと言う奴からは金を取るぞ金!」

 「シメる」や「ぶっ殺す」では効果は無かったが、「金を取る」の発言は効果てきめんで後続の野次は鳴りを潜めていった。
 結局、彼等も金で人殺しを生業にする傭兵でしかない。他人の命より自分と金が大切なのである。

「ちっ、本当に分かりやすくケチでクズだよな…」

 敵兵が戦後の被害を顧みずに大量の罠を作り、それを彼等自身の身を以て代償を支払わせるのは決して間違っていないとセレンは固く信じていた。
 いや、信じないとやってられなかった。

「(言いたい放題言いやがって。そりゃアタシのやってる事は鬼畜だと思うし事実クズなんだろうけど、じゃあ他にどうしろって言うのよ…)」

 傭兵達はこの残虐の責任から逃れる為に傭兵長であるセレンに誹謗中傷や野次を浴びせてストレス発散している。
 それが分かるから無性に腹立たしく、逆の立場なら自分だってそうするだろうと冷静な部分が指摘する。

「(戦争は大嫌いだけど、それで金貰ってるアタシも救いがないな…)」

 荒む心を少しでも癒そうと、乗っている戦馬を優しく撫でて思いに耽る。

「(あぁ、もっとお金貯めて早く廃業したい…。ロナ、アタシがんばるからね…!)」



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