10 / 51
【天を見上げる戦乙女】
第010話
しおりを挟む針葉樹林の奥、敵陣方面。罠地帯。
「はい、そこ~。勝手に前に出ない」
「あん? あんな後方じゃロクに敵兵と戦えねえ。何でテメェの指図なんざ受けなきゃならねえんだよ、隊列の位置くらいは好きにさせて貰うぜ!」
「足の遅い奴らに合わせてチンタラ歩いてなんていられるかよっ」
警告を無視した傭兵三人組が後方から列を乱して前に出る。
先行しだしてから一刻もしない内にもう傭兵部隊からの不満が表面に出てきていた。
「クッソ、こんなしょーもない罠!」
「…あッ…うおおおぉぉ!!」
一人が足を引っ掛けて転び、他の二人が巻き込まれて倒れ込んだ所に鋭い木の先端が並んでいた。
「ほら、勝手に罠を見付けてくれてもいいけど、嫌ならアタシが発見してからお行儀よく進みな~」
「ハハッ、罠発見ご苦労さまっス!」
今ので一人が腕に軽傷を負ったらしい。
ここまでの道中、決して少なくない数の罠が仕込まれていたがどれも簡単な物ばかりである。
しかし、稀に殺意の高い罠も紛れていて気が抜けない。それがまた大半が単純な罠でありながら厄介なイライラと精神的な疲労を加速させていた。
「けどいいんスかセレン姐さん。あんな馬鹿でも怪我させたら戦力減っちまうっスよ?」
先頭を進むセレンの傍には山林での活動に秀でた斥候傭兵を選んで同行させている。
「いいのいいの、どうせ言っても聞かないんだから警告だけ出して後は自己責任。間抜けがああして罠にかかるのを観れば、他の馬鹿が無茶しなくなるでしょ」
「さっすがセレン姐さん。扱いが雑っスね!」
セレンは罠だらけの森を戦馬に乗ったまま進む。
「そこと、そこと、あとあそこにもあるわ…」
罠を見付けては斥候傭兵達に指示を出して、簡単な仕掛けなら撤去、無理そうなら目印を付けさせる。
時折、野生動物が襲ってきたり、逆に罠に掛かった哀れな動物も混じっていた。
「ちっ、こんなに沢山仕掛けやがって。戦争終わっても片付けたりしねえんだろうなあ!」
セレンは苛立ちながら吐き捨てた。
戦争が終わっても、仕掛けられた罠のせいで怪我をする被害者は後を絶たない。
この辺りは未開拓地なのでまだ人は住んでいないが、この戦争が終わってから移住が開始したらどれだけの被害が出るのだろうか。
「戦争を指示する連中はやったらやりっ放し。聴こえのいい言葉だけ並べ立てたらお終いで、いつだってその負債はそこに生きる人に降りかかる。罠も、税も、孤児だってそうだ」
今もこうして通り道以外の罠の撤去まで出来ない事実に、無性に腹立たしさが込み上げた。
結局自分もまた、こんな役にも立たない不満を並べ立てるだけでこの件を終わらさざるを得ないのが、より腹立たしさを増幅させる。
「戦争やりたきゃ自分達だけで完結させやがれ。無関係な奴にまで被害出してんじゃねえよ、クソがッ!」
「怪我なら仕掛けた奴がしろよって話っスよね~」
セレンの八つ当たりの独り言を聞いていた斥候が追従する。
それは無責任な一言だったが、セレンは足を止めて反芻した。
「死ぬなら仕掛けた奴が…ね…、なるほど、案外そういうことか…。アンタ頭いいな、何て言うの?」
「…自分出発前に名乗ったんスけどね。まあいいんスけど、自分はレニっス」
◇◆◇
それから暫くして。
巡回していた敵兵との遭遇戦。
「おい、敵兵はぶっ殺すなよ? 生け捕りだからな、生け捕り」
「嘘だろ。何で罠だらけの森の中を馬で走り回って戦えるんだよ…」
「セレン嬢張り切ってんなあ。おいお前ら、嬢の言う通り殺すんじゃないよ!」
戦闘そのものは苦戦することなく終わった。まるで森という地形を物ともしないセレンは罠を逆に利用して敵兵を追い詰め、アハドやアマンダ達に囲ませて無力化していく。
こうしてセレンの指示で捕獲された敵兵は武具を外されて、立ったまま腕は後ろ手に縛って並べられていた。
「壮観だなー。あ~、こほん。賢明な傭兵諸君はもうお分かりだと思うが、これが罠対策として一番有効な方法で~す」
肌着姿に剥かれて一列に並ばされた敵兵に向けて、傭兵達から罵声や歓声や口笛が上がる。
並んだ敵兵は青い顔をして、これから起こるであろう己の身の不幸を嘆いていた。
「…ほら、死にたくなきゃ進みな」
背中から敵兵から奪った剣で小突く。
「嫌だ! どの道俺たちは死ぬんだろ野蛮人め! だったら…最期まで抵抗してやる!」
「助けてやる、と言ったら?」
敵兵はセレンの方へと青い顔を向けて、歯を食いしばりながらキツく睨む。
「信じられるものか!」
「信じる信じないはどうでもいいの。これからルールを説明するからよく聞いてね?」
セレンは敵兵から向けられる敵意に顔色一つ変えずに、他の傭兵達にも聞こえるような声量と笑顔で宣言した。
「やって欲しいのは、そのまま直進するだけ。拒否したらその場で殺す。怪しい動きをしても殺す。直進せずに曲がったら射掛けて殺す。お行儀よく言うこと聞いて直進するなら生還できるかも知れない。お分かり?」
合図をして弓を持った傭兵を並べて構えさせる。
流石にこれには傭兵達も、敵兵達も、これから何をさせたいのか理解していた。
「じゃ、行って。ほら、早く!」
手を合わせパンッと乾いた音を鳴らすと、敵兵の足元に矢が突き刺さる。
すると血相を変えて一斉に動き出し、蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。
「あがあぁぁぁっ!」
たちまちその内の一人が悲鳴を上げて転倒する。
「あちゃー、その足じゃもう走れないよな~」
馬に乗って近付いたセレンは罠に掛かって倒れた敵兵の怪我の様子を観察したが、足に鋭い杭が貫通していた。
敵兵は苦悶の表情を浮かべて涙を流している。
「はい、じゃあご苦労さん」
そう言って剣で喉を掻き切った。
口をパクパクさせて、やがて動かなくなる。
「こんな感じで、アイツらが走って無事だったルートは安全だからどんどん進めよー」
振り返って後を追ってきた傭兵達にそう告げた。
傭兵達は、何とも言えない表情をしている。
「うあああぁぁ…!!」
更に進むと別の敵兵が地面に突っ伏していた。
「クソ、クソッ! こんな事をして赦されると思ってるのか! この悪魔め、お前は必ず地獄に落ちるぞっ!」
「はぁ? アンタらで張った罠なんだから、アンタらを使って排除して何が悪い? 嫌なら最初っから罠なんて仕掛けるなよ野蛮人」
そう言って怪我で倒れた敵兵の喉を剣で掻き切る。
道徳を語りたいなら戦争になんて参加しなければ良いのだ。
「理不尽ー」「鬼ー」「悪魔ー」「人でなしー」「野生児ー」「揉ませろー」「山姥ー」「守銭奴ー」「クズー」「サディストー」
何故か味方の筈の傭兵達から誹謗中傷と野次を受ける。
「うるせえ、誰が何言ったかちゃんと覚えたからな! あと山姥って言った奴は山乙女って言い直さねえと全力でシメる」
無駄口の応酬をしながらも敵兵の逃げたルートを通って次々と罠を避け、目印を付けながら足早に先へと進む。
やり方は大変不評だったが、この行軍速度なら目的地まで被害を最小限にして辿り着けるだろう。
その後も先々で敵兵を捕獲しては身一つで走らせ、罠に掛かっていたらトドメを刺す作業を繰り返し、その度に後ろから野次が飛ぶ。
「せっかく人がタダで策を教えてやってるのにその態度は何だァ? 余計なこと言う奴からは金を取るぞ金!」
「シメる」や「ぶっ殺す」では効果は無かったが、「金を取る」の発言は効果てきめんで後続の野次は鳴りを潜めていった。
結局、彼等も金で人殺しを生業にする傭兵でしかない。他人の命より自分と金が大切なのである。
「ちっ、本当に分かりやすくケチでクズだよな…」
敵兵が戦後の被害を顧みずに大量の罠を作り、それを彼等自身の身を以て代償を支払わせるのは決して間違っていないとセレンは固く信じていた。
いや、信じないとやってられなかった。
「(言いたい放題言いやがって。そりゃアタシのやってる事は鬼畜だと思うし事実クズなんだろうけど、じゃあ他にどうしろって言うのよ…)」
傭兵達はこの残虐の責任から逃れる為に傭兵長であるセレンに誹謗中傷や野次を浴びせてストレス発散している。
それが分かるから無性に腹立たしく、逆の立場なら自分だってそうするだろうと冷静な部分が指摘する。
「(戦争は大嫌いだけど、それで金貰ってるアタシも救いがないな…)」
荒む心を少しでも癒そうと、乗っている戦馬を優しく撫でて思いに耽る。
「(あぁ、もっとお金貯めて早く廃業したい…。ロナ、アタシがんばるからね…!)」
3
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
もしかして寝てる間にざまぁしました?
ぴぴみ
ファンタジー
令嬢アリアは気が弱く、何をされても言い返せない。
内気な性格が邪魔をして本来の能力を活かせていなかった。
しかし、ある時から状況は一変する。彼女を馬鹿にし嘲笑っていた人間が怯えたように見てくるのだ。
私、寝てる間に何かしました?
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
盾の間違った使い方
KeyBow
ファンタジー
その日は快晴で、DIY日和だった。
まさかあんな形で日常が終わるだなんて、誰に想像できただろうか。
マンションの屋上から落ちてきた女子高生と、運が悪く――いや、悪すぎることに激突して、俺は死んだはずだった。
しかし、当たった次の瞬間。
気がつけば、今にも動き出しそうなドラゴンの骨の前にいた。
周囲は白骨死体だらけ。
慌てて武器になりそうなものを探すが、剣はすべて折れ曲がり、鎧は胸に大穴が空いたりひしゃげたりしている。
仏様から脱がすのは、物理的にも気持ち的にも無理だった。
ここは――
多分、ボス部屋。
しかもこの部屋には入り口しかなく、本来ドラゴンを倒すために進んできた道を、逆進行するしかなかった。
与えられた能力は、現代日本の商品を異世界に取り寄せる
【異世界ショッピング】。
一見チートだが、完成された日用品も、人が口にできる食べ物も飲料水もない。買えるのは素材と道具、作業関連品、農作業関連の品や種、苗等だ。
魔物を倒して魔石をポイントに換えなければ、
水一滴すら買えない。
ダンジョン最奥スタートの、ハード・・・どころか鬼モードだった。
そんな中、盾だけが違った。
傷はあっても、バンドの残った盾はいくつも使えた。
両手に円盾、背中に大盾、そして両肩に装着したL字型とスパイク付きのそれは、俺をリアルザクに仕立てた。
盾で殴り
盾で守り
腹が減れば・・・盾で焼く。
フライパン代わりにし、竈の一部にし、用途は盛大に間違っているが、生きるためには、それが正解だった。
ボス部屋手前のセーフエリアを拠点に、俺はひとりダンジョンを生き延びていく。
――そんなある日。
聞こえるはずのない女性の悲鳴が、ボス部屋から響いた。
盾のまちがった使い方から始まる異世界サバイバル、ここに開幕。
【AIの使用について】
本作は執筆補助ツールとして生成AIを使用しています。
主な用途は「誤字脱字のチェック」「表現の推敲」「壁打ち(アイデア出しの補助)」です。
ストーリー構成および本文の執筆は作者自身が行っております。
スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
ブラック企業で心身ボロボロの社畜だった俺が少年の姿で異世界に転生!? ~鑑定スキルと無限収納を駆使して錬金術師として第二の人生を謳歌します~
楠富 つかさ
ファンタジー
ブラック企業で働いていた小坂直人は、ある日、仕事中の過労で意識を失い、気がつくと異世界の森の中で少年の姿になっていた。しかも、【錬金術】という強力なスキルを持っており、物質を分解・合成・強化できる能力を手にしていた。
そんなナオが出会ったのは、森で冒険者として活動する巨乳の美少女・エルフィーナ(エル)。彼女は魔物討伐の依頼をこなしていたが、強敵との戦闘で深手を負ってしまう。
「やばい……これ、動けない……」
怪我人のエルを目の当たりにしたナオは、錬金術で作成していたポーションを与え彼女を助ける。
「す、すごい……ナオのおかげで助かった……!」
異世界で自由気ままに錬金術を駆使するナオと、彼に惚れた美少女冒険者エルとのスローライフ&冒険ファンタジーが今、始まる!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる