黄昏に舞う戦乙女

Terran

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【天を見上げる戦乙女】

第029話

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 セレン達は戦闘犬との不意の遭遇戦に巻き込まれたが結局、戦闘犬は半数を失った時点で逃走し、何も得る物のない遭遇戦は終わりを告げた。

 遭遇したのが戦闘犬だけという事態に疑問を持ちつつアマンダ傭兵団との合流地点へ向かおうとしていると、答えは向こうからやってきた。

「ひぇ、出たっス~!」
「何だい、早くレイチェル達と合流しなきゃならないってのに次から次へと!」

 右手側奥の樹木がミシミシと悲鳴を立てて倒れ、戦闘犬らしき影が吠えて逃げ出す。
 その先を見れば倒れている樹木は一本や二本ではない。
 セレンはそれを引き起こした何者かによるガサガサという音には聞き覚えがあった。

「あァ? なんだ、魔物か」
「…話には聞いてたけど、こりゃデカいね」
「なんだ、で済ませるセレン姐さん流石っス」

 高さ1.5メートルから2メートル。横幅は3メートルから5メートル。
 こうして日の下で観るのは初めてだが、赤黒い縞模様を持った異形の巨大蜘蛛は見る者に言い知れぬ不快感を与える。

「ちっ、三体かよ。じゃあ人数で分けてアマンダ達が二体でアタシが一体ね」
「ふざけた事言ってんじゃないよ! うちらは未経験なんだから経験者のセレン嬢が二体受け持ちな!」
「レニは一度経験してんだろ」
「無理無理無理無理! あれ自分すぐ逃げたんで、逃げた経験しかないっスから!」

 それぞれ距離はあるが三体の魔物はこちらに気付いており、一番近くの一体は既に襲い掛かる為の構えをとっていた。

「セレン嬢も腹をくくりな! あちらさんは待っちゃくれないよ!」
「あー、もう。コイツ成果報酬にならないから嫌なんだけど~」

 アマンダは背負っていた戦鎚を降ろして構え、セレンも弓から自分の槍へと持ち替える。

「ケチな事言ってんじゃねえよ! で、戦い方は?」
「法力を纏った武器で急所をぶっ刺して殺す! コイツは赤い法力使うから、防御も法力使わないとたぶん危険」

 ジリジリと距離を詰める蜘蛛の魔物は赤い薄膜を体表に張り、それに触れた植物が変色していく。

「急所ってどこさッ!」
「あァ? たぶん頭とか腹だろッ!」

 魔物との初戦闘のアマンダは肩に力が入っていて傍から見ても緊張しているのが分かった。
 セレンは今までに斃した時のトドメの二箇所を教えるが、それが弱点なのかどうなのかは不明だった。

「いい加減な物言いだねえ! もっと何か無いのかい、経験者なんだろう?」
「知らねえし! アタシだってまだ二体しか殺してねえし!」
「ひぃっ! じゃ、じゃあ二人で一体すぐに倒しながらセレン姐さんの倒し方を観るってのはどうスか!」

 確かに、一番近くに居る大きな個体は既に臨戦態勢だが他の一回り小さな二体は互いに獲物の取り合いを警戒してか、一定の距離を保っている。

「よーし、レニの案を採用。嬢もいいね?」
「はいはい、じゃあアマンダが盾ね。レニは残りから逃げといて」

 とりあえず一体を相手に共闘してアマンダに即席の経験を積ませる事にした。

「仕方がないねえ!」
「待って待って。なんか自分が一番ヤバい役じゃないっスかそれ~!」

 残りの二体に関してはどう動くかは予測出来なかったが、戦闘に参加しないレニが狙われる可能性は高いのではないかと想像する。
 ならば逃げに徹して貰い、時間稼ぎに一役買ってもらうのが良いだろう。

「逃げた経験ならあんだろ?」
「墓穴掘ったっス~!」

 有無を言わせぬセレンの物言いにレニはアマンダへ助けを求める視線を送る。

「レニ」
「お頭ぁ~」

 全身を法力の膜で覆ったアマンダは視線に気付き、魔物と対峙しながらも優しげな声色で応えた。

「負けんじゃないよ!」
「お、お頭ぁー?!」

 そう言い残して攻撃してきた魔物の脚を回避してから戦鎚で薙ぐ。
 タイミングが合わずに脚を引っ込められて空振り。
 魔物は胴体の動きこそ巨体故に遅く感じるが、脚の攻撃自体は人が武器を振るう並みに速かった。

「今までのはどうやって斃したんだい?」

 いくら法力で身体能力を上げた所で、戦鎚という武器は剣や槍のような取回しは出来ない。
 アマンダはセレンに対処方法について聞きつつ、次の魔物の攻撃は避けるのに専念して動きを観察するに留めた。

「あー、一回目は騎士10人以上で囲んで削って、脚を何本か折ってからトドメは腹を貫通」
「そいつはあんま参考にならんねえ」

 セレンは慣れた動きで魔物を翻弄しながら、アマンダへの攻撃のタイミングを読んで踏ん張る脚の関節に槍の穂先を食い込ませる。

「二回目は脚斬って正面を囮で注意引いて、コイツの血で視界奪ってからトドメに首を貫通」
「へーなるほどね。じゃあこっちで囮になりながら脚を攻撃しときゃ、後はやれんだろ?」

 セレンの動きを参考にして、アマンダも攻撃を掻い潜って別の脚へと戦鎚を叩き込む。
 速度を重視した流れる一撃で全力の一振りではなかったが、力んだ脚に打撃は有効だったらしく嫌がって一歩退かせられた。

「タフだから時間かかるけど、アマンダがしくじらなきゃ大丈夫だろ」
「言ってくれるじゃないかい。じゃーレニがバテる前にとっとと始めるよ!」

 離れた場所から「きゃう~」とか「助けてっス~」とか「早くして~」という催促が聞こえてきた。
 叫べる内はまだ大丈夫だろうと判断した二人は頷き合って魔物に襲い掛かる。



◇◆◇



 セレンはアマンダに見える位置取りを意識して魔物に攻撃を加えていき、左側の脚を三本潰してから尻の先端を抉り、体勢を崩す所まで追い込んでいた。

「『大鐘打』」

 一瞬の前進から打抜く鉄塊!
 アマンダの追撃が魔物のアゴを捉えて大きな隙が生じた。

「よーしトドメ刺しな!」

 初戦闘のアマンダの目から見ても明らかに弱っている魔物の様子に、後の見るべきはトドメの一撃だけだと判断してセレンに任せる事にした。

「はいはい、アマンダちょっと離れてて。コイツ死ぬ時に周りに赤い法力ぶち撒けんだよ」
「この嫌な感じの法力が溢れるとか、最悪じゃねえか!」

 戦闘中に幾度も間近に晒されていた魔物の赤い法力から不穏な雰囲気を察しており、それが一気に放出されると聞いて総毛立つ。
 既に魔物の赤い法力で辺りの草木が朽ちていくのを目の当たりにしている。

「さーて、出し惜しみ無しだ。気色悪いのは死ねよッ!」

 アマンダが下がるタイミングに合わせてセレンの加速した青い一閃が蜘蛛の腹の中心を捉えて貫く!
 その渾身の一撃が決まると同時にまるで爆発するかのように赤黒いモヤが一気に噴出した。

「ぐあッ! おえっ…! 気持ち悪い…」
「うっく…、離れててもこれかよぉっ…!」

 トドメを刺したセレンは直撃して、発せられた魔物の法力の洗礼を全身で浴びてしまう。
 アマンダも距離は取っていたものの、今までで一番大きな個体から溢れた赤黒いモヤは届いてしまい、酔ったように足元をフラつかせて口元を覆った。

「あーでも、最初の頃よりマシだわ…。こんなの慣れても全然嬉しくねえけど…」

 吐き気を無理やり抑え込んだセレンは今までの二回のように倒れ込む事もなく、よろめきながらも何とか魔物の傍から離れる。
 対してアマンダは顔色が悪く、初戦の緊張もあってか息も絶え絶えだった。

「しっかし、相変わらず法力頼りの荒っぽいやり方だねえ…セレン嬢のは」
「はァ? アタシに傭兵のイロハを教えたのはアマンダでしょ」

 魔物の死骸から距離を取って息を整えながら、アマンダの指摘にセレンは面倒そうに答えた。

「何言ってんだい。うちらはそんな戦い方は教えてないだろうが! 何処をどう見て学んだらそんな山猿みたいな動きになるんだか」
「アタシのは実戦式なの。堅苦しくて押し付けがましい武術なんて御免だわ」

 一時期世話をした事のあるアマンダはちゃんとした槍術を教えたつもりだったが、セレンの槍使いは上品さとは程遠い野生の入り混じった変則的な我流となっており、型という物がまるで無い。
 相手を殺す為だけの動きに特化させていて、無駄な力は全て法力の底上げで賄うという、とんでもなく効率の悪い運用をしていた。

「それでも嬢には他に適した武器があるだろうに。どうしてわざわざ槍なんかに拘るんだい」
「うるさいなあ。説教なら後にしてくんない?」

 一流と呼ぶには洗練さが足りていないが、それでも名前付《ネームド》として通用しているのは単に膨大な量の法力による力押しが可能だからだ。
 それはセレン自身もよく分かっている。分かっているからこそ煩わしく感じる。

「そろそろ…自分っ、体力…も、限界っス~っ!」
「じゃあ一体ずつね。競争する?」
「あんだけキツい盾役やらせといてどの口が言うのかねえ!」

 レニの限界の訴えに、ようやく魔物の法力による後遺症から立ち直った二人は息を整えて残る二体へと向かって行った。




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