黄昏に舞う戦乙女

Terran

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【天を見上げる戦乙女】

第036話

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 前に偵察で訪れた森を抜けた先にある丘の上。
 焼けた森の一角、破壊と蹂躙の跡が生々しい渓谷の先、外観は大きく変わったが敵本陣へと近付いているのは間違いない。

「そろそろ敵本陣のあった場所だけど、ヴィンスはちゃんと生きてるわよね…?」

 この辺りは既に魔物も移動済なのか動く者の姿は無い。
 打ち壊された防柵や物見櫓の残骸が散らばり、どれだけの激しい戦いがあったのかを窺わせる。

「(…血の匂い、これは魔物のじゃない。奴の血には独特の苦味がある。まだ時間はそんなに経ってなさそう、ってことは生き残りが近くにいる…?)」

 周囲ではこれといった物が発見出来なかったので、戦馬から降りて敵本陣の奥にある砦の中へと侵入した。
 するとその先で何者かの足音や金属のぶつかる音が聴こえてきたので確かめるべく覗き込むと。

「誰か戦ってんのか…って、ドワーフじゃねえかっ」

 砦の中にはノルデンバウムの戦士達と似たような装備で身を包んだドワーフらしき男が、蜘蛛の魔物と戦っているのが見つかった。

「誰だ、まだ生き残りが居たのか! 残念だがここはもう破棄されておる。生き残りたくば港へ行け!」

 ドワーフの戦士は来訪者に驚きつつも、友軍と勘違いしたのか北の港へ誘導しようとする。
 そうしてる間も斧と盾を器用に使って魔物の攻撃を打ち払う。

「あー、何でドワーフが魔物と戦ってんの? それ、アンタらの軍が仕掛けた奴よね」
「お主は、この国の戦士か。だがもう敵も味方も無かろう!」

 セレンが敵軍と分かった上で敵対する気は無さそうである。
 魔物の数の予想こそ外れたが、仕掛けた張本人にも制御不能という部分に関しては正解らしい。

「戦争が終わったって話は」
「知っておる。何を隠そう吾こそがこの砦まで伝えに来た一人なのでな」

 どうやらあの決戦の様子を見届けた一人だったようだ。

「『剛砕断』」

 ドワーフの戦士は二体いる蜘蛛の攻撃を掻い潜り青く光る斧で脚の一本を破壊する。

「じゃあ何でこんな事になってんだよ…」
「話してやる義理は無いが、武器を手にしてるという事は戦えるのだろう。手伝うというなら聞きたい事に答えてやらん事もない!」

 このまま黙って見ていても危なげなく勝てるように観えるが、どうやら連戦していたらしく息は荒くなっていた。
 魔物の前では敵も味方も無いというドワーフの主張を呑んだセレンは槍を構えて臨戦態勢に移る。

「あー、まあいっか。そのまま引き付けてくれんなら片付ける」
「蒼紋鋼の槍か、人間が作った物にしては中々だな」

 蒼紋鋼は法力を通しやすい材質の金属で、セレンが特注した槍は傭兵が使う物としては高品質である。

 弱った魔物の死角から法力で加速した突進を見舞って槍を突き刺しながら思い返す。
 そう言えば、前に遭遇したドワーフにもすぐに自分の槍の材質を言い当てられていた。

「ふーん、ドワーフって全員見ただけで武器の素材が分かるのね」
「そんな訳あるか! だが戦士ならば当然武器について学ぶべきだと教えられるのでな、此度の遠征に来た者ならこれくらいは常識よッ」

 会話をしながらでも余裕を持って魔物に有効打を与えていく。
 流石にもう慣れたものである。
 一度距離を取ってから三歩の加速重ねで魔物の腹の中心にトドメの一撃を撃ち込む。
 衝撃で巨体が大きく仰け反り断末魔を響かせる。

「はい、一体終わり! うっぷ…」
「何をやっておる! 魔物の発する『地法力』を全身で浴びる馬鹿が何処におるか、武法で弾かぬかッ!」

 いつも通りトドメの後で赤いモヤをモロに貰って不快感で瞬間的に吐き気を催すが、この程度なら耐えられなくはない。
 しかしセレンはドワーフの言葉に聞き慣れない語があった事に疑問を覚えた。

「『地法力』…?」
「そんな事も知らんのに斃し方だけは手慣れておるとは、何ともチグハグな戦士だな」

 セレンの知る法力についてはあくまでも人の領域内限定であり、魔物の赤い法力については今回の戦争の最中に経験的に学んだものだけだ。
 まだ少し魔物の法力による影響は残っているが、戦ってる内に収まるだろうと雑な判断をしてもう一体に向かって攻撃を加えていく。

「アタシは戦士じゃねえし…」

 むしろ気になったのはドワーフからの戦士認定。
 一体斃して攻撃の圧が減った為に、魔物の反撃も余裕で捌きながら致命傷を与えていく。

「ほれ、こっちもトドメを任せるぞ!」

 ドワーフは振り下ろされた二本の前脚を斧の刃と柄で受け止めてすかさず。

「『重壊波』」

 返す分厚い盾が青い飛沫を散らして魔物のアゴを勢いよく下からかち上げて大きく仰け反らせる。

 ドワーフの前衛としての素晴らしい安定感と武法のキレに感嘆しながらも、セレンは己の役割をしっかりと果たす。
 背後から飛び上がっての宙返りと垂直降下!

『ギャガアアアァァァッ!』

 セレンの槍は狙った通りに蜘蛛の頭部を上から貫いて勢い余った青い光が地面へと到達する。
 ドワーフはそのタイミングで盾をしっかりと構えて全身から法力を発する。

「ううっ、クラっと来た…」
「また真正面から被りおって、中央の民は武法を使えぬ訳ではあるまい。お主が特別不器用なのか、それとも地法力を浴びても浄化出来るのか…?」

 傷口から吹き上がる赤いモヤ、地法力を今回も無様に全身で浴びてしまった。
 アマンダにも注意されたが、セレンは足りない腕力や威力を法力で補って攻撃するので、特にトドメになると大振りになり反動を圧しきれずに硬直してしまうのだ。

「武法なら分かる。けどこの辺じゃ野生の魔物なんて出ないから対処法なんて知る機会がないのよ…」
「フン、まあ約束したからには質問には答えてやろう。人法力は地法力と相性がすこぶる悪い。双方がぶつかると同じ力量なら地法力に分がある。弾くなら倍の法力を当てる事だ」

 周囲に魔物の姿が無い事を確認してから二人はようやく一息つく。

「あー、だから手っ取り早く武法で弾くのね」
「そうだ。一瞬だけ法力を爆発させる武法なら如何に地法力と言えども易々とは突破出来ん!」

 武法とは武術の『型』に法力を上乗せする事で発する、武術と法力の混合技である。
 主に流派を持った武門に師事する事で習得するもので、一概に使えるから強いという物ではない。
 しかし我流より洗練された無駄の少ない身体の使い方と法力の扱いを両立しているので、戦闘を生業にするなら修めようとする者は多い。

「じゃあ法士なら法撃を使えば弾けるのか…」
「同じ原理である以上そうなるだろう。吾は使えぬゆえ試した事は無いがな」

 法士のように法力の量が多い者は、運用効率より消費を増やして威力を上げる方を選ぶ傾向にある。
 セレンの場合は無理に武法を使おうとするより、法撃で地法力を散らしてしまう方が合っているのかも知れない。

「で話は戻すけど、どうしてここはこんな事になってんの?」
「今回の遠征にはノルデンバウムの戦士の他にも二つの勢力が参加しておった。その内の一つが魔物を持ち込んだのだがな。どうもこの国の戦士達は彼奴らを追い詰め過ぎたようだ」

 ドワーフは座り込み、水筒を取り出して喉を潤しながら答える。
 聞けば三部族の一つ、ドワーフとは別の勢力が魔物騒動を引き起こしたそうだ。

「それで何であんなに大量に出てくるんだよ」
「吾も詳しくはない。だが元々彼奴らは占領した後で何かの実験をするつもりだったらしい。制御も出来ぬ物ゆえな、負けを悟って使ったんだろう」

 追い詰めた結果使われた。つまりヴィンス達の包囲作戦が上手く行き過ぎたのが原因らしい。
 その片棒を担いだセレンとしては笑えない話だ。

「はた迷惑な話ね。で、そいつらはもう逃げたってわけ?」
「吾は生存者を見付けて港まで送り届ける役目を与えられただけなのでな。これ以上を知りたくば港にでも向かえ」

 ドワーフは味方の筈の港へ逃げた連中をあっさりと売るような発言をする。
 いや、生存者を探していた彼からすればもう味方とは思っていないのだろう。

「ここを攻撃していた軍の連中は?」
「魔物の大量発生後に退却したと聞いておる。半数は港方面へ向かって、もう半数は火の手の及んでいない山中に向かったそうだ」

 セレンからしてみれば優先順位はヴィンス達の方が上なので港の件は脇に置いておく事にした。
 そして、一応の確認をしておく。

「あー、じゃあここを拠点にしてた大将はどうした」
「偉大なる大勇士《ネームド》“星石”アグラーハはヴァルハラへと旅立った。他の部族の将は知らん。北の港まで落ち延びたか、はたまた未だ何処かで戦っておるのか…」

 その話を聞いて、密かに考えていた可能性が急速に真実味を増すのを感じた。

「他の部族ってことは、将は一人じゃ無かった…?」

 三部族の混成軍だったという事は、当然そういう可能性が考えられる。
 三つの部族に三人の大将。
 今回の領軍で言えば、もし王国から援軍が来ていれば、領軍と王国軍と侯爵軍で三人の大将が居てもおかしくなかったのだから。

「そうだ。吾らは三つの部族の連合よ。最も人頭の多い人族の国が先導して結成されたのでな、人族の将は強さで決まった訳では無さそうな事を言っておったがまるで理解出来ぬので覚えておらんわ! だから強い戦士を求めて吾らノルデンバウム…」
「あー、アタシが聞きたいのは大将の居場所だけ。成り立ちとか心底どうでもいいし、他に心当たりが無いならもういいや」

 戦争の終結と聞いてから何処か冷めていた血が徐々に熱を持って巡り始めるのを感じた。
 気持ちが前のめりになってドワーフから聞き出すべき情報を早く得て飛び出したい衝動が湧き上がる。

「…なんだもう行くのか、せっかちな奴め。共に戦ったのだ、酒くらい付き合っても好かろうに」
「こっちは急いでんの。あー、酒と言えばこれ。アタシの口には合わないから情報料代わりにやるよ」

 ドワーフはそう言いつつ、水筒(たぶん酒)が空になったのか不満そうにセレンを見やる。
 とりあえず一番聞きたかったヒントを得られたセレンは礼として、前にドワーフの戦士達から得た戦利品の強過ぎて味の分からない酒を取り出した。

「何だ、酒を持ってるなら先に言わぬか! ほれ、さっさと寄越せ!」
「がっつき過ぎだろ…。じゃあアタシはもう行くから」

 差し出すと引ったくるように酒を受け取り、ホクホク顔で早速煽り始める。
 さっきも飲んでいたのにどれだけ飲むのだろうか。
 一人で出来上がり始めたドワーフを置いて、セレンは出発の為に身体をほぐす。

「まあ待て、酒の礼だ。…お前、狙いは大勇士《ネームド》なんだろう?」
「…まさか、他にも居るのか」

 セレンの雰囲気を察してか、ドワーフは彼女が本当に聞きたかったとっておきの情報を持ち出した。

「居る。それが三つめの部族の将にして、もう一人の大勇士《ネームド》だ」


「…詳しく聞かせて」




◇◆◇






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