始まりと終わりは君

奏 -sou-

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1869年8月21日

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1869年8月21日

風が心地よい晴れた日。

目が覚めて真っ先に視界に入ったのは、真っ白な天井だった。

視点がうまく合わなくて何度も瞬きをしてから周りを見渡す。

かすかに香る海の匂いが混じる風が吹く方に目をやれば窓一面にいつも眺めていた海と空が見える。

場所は違っても、同じ景色を見れていることに気を取られていると、“ガラッ”という音の後に誰かが入ってきたんだろうと思ったが、そちらに顔を向ける気にはなれなくて、ボーッとしていれば真横で誰かが足をとめ、何かペンをはしらせ物書きをしている音が聞こえた。

ふと今日は何曜日なのだろうかと思い、窓辺に向けていた顔を反対側に向け立って書き物をしている看護婦へと声をかける。

「すみません、今日は何日ですか?」
「……」

返答がない看護婦の顔を見ているとスラスラと動いていたペンがピタリと止まり疑問に思ったかのような顔で僕を見た。

それと同時に目と目が合う。

若くて、きっと看護婦になってまだ浅いのだろうかと思わせる雰囲気を漂わせている彼女は大きな瞳をさらに大きくして驚きの表情と共に、口をパクパクと鯉が餌を食べる時に開くように動かしあたふたしだしたかと思うと急に声になるかならないかのような音を発して

「ア、アッ…ああぁぁぁぁっっ!!!!!」

ペンも書いていた書類も僕の横たわるベットの上に手から落とし

「せ、先生いいぃぃっっ!!!」

と焦りと驚きが混じる声を発しながら大きな音を立ててドアを開けたまま何処かへと、慌ただしく走り去っていた。

“クスッリ”とそんな看護婦に笑ってしまいながら、自分の体の上にある書類を点滴の刺さっている左腕をソロリと動かしあまり負担にならないように取り文字が見えるように近くに持ってくる。

その書類は僕のことが書いてあるカルテで毎日の様子が書かれていた。

内容を読んでいると、ここへ運ばれた日から一週間は立っていることが明らかになった。

お見舞いに来た人の名も一番下の欄に走り書きしてあった。
主に母親と兄弟が多く知らない名前など載っていなかった。

もしかしたら知らない名があることであの日僕を助けてくれた彼女かも知れないと思っていたのだが、そう思える手がかりさえここには記載されていなかった。

そうこう、カルテをじっくり読んでいるうちにドタドタと慌ただしく白衣の着た男性と先程慌てふためいて去って行った看護婦が息を切らしながら部屋の中に入ってきた。

そこからは、頭の先から足のつま先まで全ての検査を受けさせられ、いくつかの質問と自分の名前や年齢家族構成など自己の紹介ともいえるべきことをさせられ全て答えた後、あと一日だけ病院で様子を見てから家に帰ってもいいと述べられた。

目を覚ましてそうそう体力もさながら頭も使いへとへとの僕は急いで駆け付けてくれた母に感謝と今日はもう休みたいといい帰ってもらった。

その後、医師に
「ここに搬送される前に澄んだ青色の目をした深い青色の髪の毛の美しい女性はいませんでしたか?」

と会話の流れで聞いてみれば、

「いいえ、此処につれてこられる時に付き添われていたのは、お母様と御兄弟の方でしたよ。」

と彼女の存在が無かったかのように親族しかいなかったと言われ、彼女の存在に不安を持ち出す。

「たしか、確かに、彼女に僕は助けられたんです。きっとここまで来てくれていたのかもしれません」

必死になってきた僕の口調に医師は優しいほほえみで

「きっと久々に目を覚ましいろんな記憶がよみがえったことや沢山の検査もしましたからね、お疲れになったのでしょう。その女性に関しては私の方からも他の看護婦に聞いてみます。今日はゆっくり睡眠をとって元気になりましょうね。」

そう言い、「では。」とそっとドアを閉めて、部屋を出て行った。

その日の晩、寝つけるはずもなくいつの間にかいなくなった君で頭の中はいっぱいになった。

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