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初めての休日
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コノハが皇宮に赴任してきて、三日が経った。それから、今日は彼女の仕事が休みの、初めての日でもある。
コノハが起きたのは、従者の部屋に朝食が運ばれてくる直前だった。
寝巻きのままコノハが食台の方を覗くと、彩女はすでに朝服を着て、椅子に座っていた。
「彩女さん、おはようございますっ。今から着替えますね、すみませんっ!」
「ゆっくりで大丈夫よ」
コノハは顔を洗うと、仕事着よりも軽い濃藍の普段着に着替えた。急いでいたので、髪はひとつ結びだけにしたようだ。
コノハが食台の前に着いた時には、もう朝食の膳が食台の上に置かれていた。そして、ようやく白人が部屋に居ないことに気が付いたのだった。
「あれっ?? 白人さんはいらっしゃらない、ですね……?」
「朝早くに出かけて、実家に帰っているわ。皇宮から歩いていけるくらい近い、平地の農村に行っているわ」
コノハが食台の席に座ると、手を合わせてから朝食を食べ始めた。コノハの様子を見て、彩女も箸を持ったようだ。
朝食を食べ終えて、膳を台所まで運ぶと、コノハは小さく欠伸をした。
昨日は目を閉じてから、完全に眠るまで少し時間がかかったが、今日の朝は目覚めが悪い訳では無かった。自分が思っていたより熟睡できていたことに、コノハは安堵したようだ。
「そーいえば今日は休みだけど、予定はどうするの?」
「うーん、そうですね……。日中に衛士府の訓練所に行ったことが無いから、まずは行ってみようかと……。あっ、彩女さんも今日はお休みですか?」
「昼過ぎからは休みよ。半休ね」
「太陽の南中前は、お仕事なんですね……。本当にお疲れ様です」
自室に戻ると、コノハはいつも通り髪を団子状にしてまとめた。その後、防具を付け弓矢を持つと、彼女は外に出たのだった。
廊下を歩き始めると、コノハは初冬の冷たい外気が何度も肌に当たっているのに気付いた。衛士府の訓練所に向かう途中に、彼女の歩く速さは自然と増していった。
訓練所に近付いていくと、遠くから「ヤーッ!」やら「はいっ!」やら、かけ声が聞こえてきた。訓練所のすぐ側まで来ると、かけ声は徐々に大きくなってくる。
ハキハキとした太い声なので、皇宮の近衛兵が懸命に武術を磨いているようだ。訓練所のかけ声が響いているのは、剣の訓練場の方だろう。
コノハが弓の訓練場に入ると、彼女以外の者は誰も居なかった。
彼女は休憩用の椅子に目もくれず、迷わず的の前まで来た。一度、大きく深呼吸した後に、矢を番えた。精神統一したからか、周りの雑音も一切気にせずに、三本続けて矢を放ったようだ。
コノハが的に刺さった矢を取りに行こうと、一歩前に踏み出そうとした時、建比古が訓練場の中に入ってきた。
「怪我をしているのに、大丈夫か? ……無茶はするなよ」
「無茶はしていませんよ、ありがとうございます。まだ綿紗は巻いていますが、少しずつ痛みは取れてきていますし」
「そうか……」
真顔で部屋に入ってきた建比古だったが、ちょっとだけ表情が和らいだようだった。休憩用の椅子に座り、コノハの顔を見つめる。
「少し……、話をしても、いいか?」
「あっ、……はい」
コノハが体ごと建比古の方に向けると、建比古は話を続けた。
「大した腕前だから、前から気になっていたことだが……。誰から、弓の使い方を教わったんだ?」
「父方の親戚です。十年くらい前に亡くなったのですが、父の弟……叔父さん、ですね」
「叔父さん……も、武術を使う職だったのか?」
「はい、そうですね。長年、実野谷の国司である雪麻呂さまのお屋敷で、護衛の仕事をしていました」
穏やかに、かつ何だか楽しそうに話すコノハを見ていて、建比古も自然と微笑んだ。彼が珍しく胸が高鳴っていたのは、コノハは知らないのは当然だ。
すると、コノハは建比古が驚くような思いがけないことを伝えた。
「そーいえば……大王さまから、建比古さまは衛士府長官だけでなく、近衛兵の教官としてもご尽力されている、と教えて頂きました。大王家と近しい党賀の一族の、砂鉄を巡る領土防衛戦でも、武人として大変ご活躍されたことも教えて頂きました。自由自在に大槍を操りながら、果敢に闘うお姿から〈荒獅子〉という異名をお持ちであると、お聞きしています。
ですが……、こんな田舎者の庶民に、繰り返しお声がけして頂けるなんて、建比古さまは本当にお優しいんですね。厳しい方だとお聞きしていたので、ちょっとだけ身構えていました。……あっ、ごめんなさいっ!」
話し終えた後、コノハは勢いよくお辞儀をして謝った。建比古は一瞬キョトンとしたが、すぐに笑顔に戻ったようだった。
「ハハハッ、あんたは素直だな。……まあ、よくあることだ。失明した左目は青っぽい色になっちまったから、変に怖がる奴も居るな。昔ほど気にはしていない、がな――」
建比古が含みのある言葉を話したことに、コノハは薄っすらと気が付いたが、何か反応するのは止めたようだ。
「鍛錬の邪魔をしたな。寒くなる時間の前には戻れよ」
「……はいっ」
コノハが起きたのは、従者の部屋に朝食が運ばれてくる直前だった。
寝巻きのままコノハが食台の方を覗くと、彩女はすでに朝服を着て、椅子に座っていた。
「彩女さん、おはようございますっ。今から着替えますね、すみませんっ!」
「ゆっくりで大丈夫よ」
コノハは顔を洗うと、仕事着よりも軽い濃藍の普段着に着替えた。急いでいたので、髪はひとつ結びだけにしたようだ。
コノハが食台の前に着いた時には、もう朝食の膳が食台の上に置かれていた。そして、ようやく白人が部屋に居ないことに気が付いたのだった。
「あれっ?? 白人さんはいらっしゃらない、ですね……?」
「朝早くに出かけて、実家に帰っているわ。皇宮から歩いていけるくらい近い、平地の農村に行っているわ」
コノハが食台の席に座ると、手を合わせてから朝食を食べ始めた。コノハの様子を見て、彩女も箸を持ったようだ。
朝食を食べ終えて、膳を台所まで運ぶと、コノハは小さく欠伸をした。
昨日は目を閉じてから、完全に眠るまで少し時間がかかったが、今日の朝は目覚めが悪い訳では無かった。自分が思っていたより熟睡できていたことに、コノハは安堵したようだ。
「そーいえば今日は休みだけど、予定はどうするの?」
「うーん、そうですね……。日中に衛士府の訓練所に行ったことが無いから、まずは行ってみようかと……。あっ、彩女さんも今日はお休みですか?」
「昼過ぎからは休みよ。半休ね」
「太陽の南中前は、お仕事なんですね……。本当にお疲れ様です」
自室に戻ると、コノハはいつも通り髪を団子状にしてまとめた。その後、防具を付け弓矢を持つと、彼女は外に出たのだった。
廊下を歩き始めると、コノハは初冬の冷たい外気が何度も肌に当たっているのに気付いた。衛士府の訓練所に向かう途中に、彼女の歩く速さは自然と増していった。
訓練所に近付いていくと、遠くから「ヤーッ!」やら「はいっ!」やら、かけ声が聞こえてきた。訓練所のすぐ側まで来ると、かけ声は徐々に大きくなってくる。
ハキハキとした太い声なので、皇宮の近衛兵が懸命に武術を磨いているようだ。訓練所のかけ声が響いているのは、剣の訓練場の方だろう。
コノハが弓の訓練場に入ると、彼女以外の者は誰も居なかった。
彼女は休憩用の椅子に目もくれず、迷わず的の前まで来た。一度、大きく深呼吸した後に、矢を番えた。精神統一したからか、周りの雑音も一切気にせずに、三本続けて矢を放ったようだ。
コノハが的に刺さった矢を取りに行こうと、一歩前に踏み出そうとした時、建比古が訓練場の中に入ってきた。
「怪我をしているのに、大丈夫か? ……無茶はするなよ」
「無茶はしていませんよ、ありがとうございます。まだ綿紗は巻いていますが、少しずつ痛みは取れてきていますし」
「そうか……」
真顔で部屋に入ってきた建比古だったが、ちょっとだけ表情が和らいだようだった。休憩用の椅子に座り、コノハの顔を見つめる。
「少し……、話をしても、いいか?」
「あっ、……はい」
コノハが体ごと建比古の方に向けると、建比古は話を続けた。
「大した腕前だから、前から気になっていたことだが……。誰から、弓の使い方を教わったんだ?」
「父方の親戚です。十年くらい前に亡くなったのですが、父の弟……叔父さん、ですね」
「叔父さん……も、武術を使う職だったのか?」
「はい、そうですね。長年、実野谷の国司である雪麻呂さまのお屋敷で、護衛の仕事をしていました」
穏やかに、かつ何だか楽しそうに話すコノハを見ていて、建比古も自然と微笑んだ。彼が珍しく胸が高鳴っていたのは、コノハは知らないのは当然だ。
すると、コノハは建比古が驚くような思いがけないことを伝えた。
「そーいえば……大王さまから、建比古さまは衛士府長官だけでなく、近衛兵の教官としてもご尽力されている、と教えて頂きました。大王家と近しい党賀の一族の、砂鉄を巡る領土防衛戦でも、武人として大変ご活躍されたことも教えて頂きました。自由自在に大槍を操りながら、果敢に闘うお姿から〈荒獅子〉という異名をお持ちであると、お聞きしています。
ですが……、こんな田舎者の庶民に、繰り返しお声がけして頂けるなんて、建比古さまは本当にお優しいんですね。厳しい方だとお聞きしていたので、ちょっとだけ身構えていました。……あっ、ごめんなさいっ!」
話し終えた後、コノハは勢いよくお辞儀をして謝った。建比古は一瞬キョトンとしたが、すぐに笑顔に戻ったようだった。
「ハハハッ、あんたは素直だな。……まあ、よくあることだ。失明した左目は青っぽい色になっちまったから、変に怖がる奴も居るな。昔ほど気にはしていない、がな――」
建比古が含みのある言葉を話したことに、コノハは薄っすらと気が付いたが、何か反応するのは止めたようだ。
「鍛錬の邪魔をしたな。寒くなる時間の前には戻れよ」
「……はいっ」
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