深緑の花婿

立菓

文字の大きさ
22 / 30

覗きは止めろっ!!

しおりを挟む
 梅が咲く季節が過ぎ、皇国こうこくに春がやって来た。時より風はまだ冷たいが、温かい日光のおかげで、空気は心地良いぐらいポカポカとしている。
 木々の近くに行くと、「ホーホケキョ……」と軽やかに鳴くうぐいすも見かけることができる。



 大雨、もしくは春らしい強風が吹かない限り、コノハは必ず弓の訓練場に向かっている。業務を終えると、コノハは弓の訓練場まで行き、鍛錬に励んでいるようだ。

 盗賊とうぞく等の悪人が皇宮こうぐうに忍び込まない限り、コノハが実際に弓を使う機会は全く無いらしい。
 日頃に鍛練をしなければ、弓矢を使う際の感覚や素晴らしい能力が無くなってしまうため、コノハは弓の鍛錬を忘れることはしないのだ。

 まあ、コノハの神懸かみがかり的な腕前もあるが、長年に渡って建比古たけひこが築き上げた非常に優秀な近衛兵団も、皇宮の防犯対策にひと役買っているそうだ。
 皇宮の『鉄壁』のごとき護りは、篤比古あつひこへの建比古の深い想いで成り立っている。



 晴天が続いていたある日、夕方にコノハが弓の訓練場に居る時、建比古がまた彼女の鍛練を見に来たようだ。
 コノハが的に刺さった矢を抜いて、休憩用の長椅子ながいすに座ろうとした時、ちょうど建比古が訓練場の中に入ってきた。

「相変わらず鍛練に精が出ているな。ほぼ毎日だから、すごく感心している」

「ありがとうございます」

「そうだった、これから休憩するんだな? 立ちっぱなしにして悪かった。……座ってくれ」

 コノハが長椅子に腰かけると、建比古も彼女の横に座った。……と、建比古が自分の髪をじっと見つめていることに、コノハは気が付いた。

「……今日は何か、髪型が違うな??」

「ちょっと遅く起きてしまって……。彩女あやめさんから杏油をお借りしても、なかなかうまくまとまらなかったんですっ。手抜きしました、あははは……」

 コノハは苦笑いをしながら、麻紐で後ろ髪をひとつ結びにした経由を話した。
 すると、今度はコノハの顔面に建比古は顔を近づけてきたようだ。あっという間に、建比古の顔が移動していたことに、コノハは驚いた。

 互いの鼻がくっつきそうな距離まで来た時、建比古は自分の顔を動かすの止めた。
 それは――

「おい、見てみろ。あの〈荒獅子あらじし〉が、女の子に懐いているぞっ!」

「てかっ、奥さん……結構カワイイじゃんっ!! 十歳以上……、年下の子を捕えるなんて、さすがは猛獣の所業しょぎょうだな。あんな凶暴な人を扱えるのなら、目つき鋭い気が強そーな美人かなぁ、と思ってたし」

「だ~よ~なぁ~。って、お前の妄想と違って、大人しそうな子だな。魚成うおなり……、お前の好みに近かったりして?」

「ま~ね……、予想外だったぁー。それにしてもうらやましいなぁ、鬼教か――」


「ゴラァ! 貴様らっ!!」

 訓練場の外、さくの隙間からこっそりとのぞいている近衛兵らしき三人組の気配を感じ、建比古は突然、その場で大声を出した。

 コノハから渋々離れた後、建比古は大股で急いで訓練場の出入り口に行った。出入り口の引き戸を勢いよく開けると、彼は若い近衛兵たちの方に体を向けたようだ。
 建比古は、完全に怒りに満ちていた。

「……覗きとは、いー度胸だな……? 『鬼教官』って言ったのは、魚成……か??」

「いやっ……。あ……、それ、は――」

 『魚成』と呼ばれた小柄で細身の青年は、ものすごくビクッとして、思わず言葉をにごらせた。魚成だけでなく、他の近衛兵たちも顔を青白くさせて、完全に震え上がっている。

 そして、建比古は彼らに追い打ちをかけるように声を張り上げて、こう言った。

「貴様ら全員っ、今から即行で特訓をして来いっ!! 腹筋を六十回、背筋を五十回、さらに腕立て伏せを八十回っ! その後は、衛士府えじふの外周を二十周走れっ!
 通例通り、拒否権は無しだ。分かったかっ!?」

「「「はいいぃぃぃ!!」」」

 建比古は通路で仁王立ちで両腕を組み、眉間みけんに濃いしわを寄せている。今にもい殺そうかという目で近衛兵たちを凝視している姿は、威圧感がすご過ぎて、とても恐ろしい……。

 鬼の形相ぎょうそうになっている建比古に気圧されながら、近衛兵たちは必死で筋肉づくりの特訓を始めた。
 近衛兵たちの真剣な様子を見て、コノハは彼らを気の毒に思っていたようだ。

(……うん、あーゆー雰囲気やったから、めっちゃ恥ずかしかったけど……。けど同情しちゃうなぁー。本当にご愁傷様しゅうしょうさまです)



 弓の鍛錬を終えた後、コノハは一旦自室には戻らず、そのまま建比古の執務室で夕食を食べる予定になった。

 建比古の執務室に行く前、コノハは衛士府のかわやに駆け込んだ。夕方のひんやりとした風のせいか、彼女は体が冷えていたようだ。
 と、コノハが厠から出た時、建物の外から弓の訓練場で見かけた近衛兵の三人組が居た。

「よしっ、あと一周だっ!!」

 開けた場所に立っていた建比古にうながされて、近衛兵たちはヘロヘロになりながら、何とか走りを続けようとしていたようだ。

 そんな彼らの懸命な姿を見て、コノハは切ない気持ちにもなったが、姉のような優しい顔を彼らに向けていたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

雪嶺後宮と、狼王の花嫁

由香
キャラ文芸
後宮に降る雪は、呪いではなく嘆きだった。 巫女として献上された少女セツナは、 封じられた狼王の“花嫁”としての前世を思い出す。 人と妖、政と信仰の狭間で、 彼女が選ぶのは従属ではなく均衡。 雪嶺を舞台に描く、異種婚姻×後宮伝承譚。

火輪の花嫁 ~男装姫は孤高の王の夢をみる~

秦朱音|はたあかね
キャラ文芸
王を中心に五家が支配する、綺羅ノ国。 五家に覡(かんなぎ)として仕える十六夜家の娘、久遠(くおん)は、幼い頃から男として育てられてきた。 都では陽を司る日紫喜家の王が崩御し、素行の悪さで有名な新王・燦(さん)が即位する。燦の后選びに戦々恐々とする五家だったが、燦は十六夜家の才である「夢見」を聞いて后を選ぶと言い始めた。そして、その夢見を行う覡に、燦は男装した久遠を指名する。 見習いの僕がこの国の后を選ぶなんて、荷が重すぎる――! 久遠の苦悩を知ってか知らずか、燦は強引に久遠を寝室に呼んで夢見を命じる。しかし、初めて出会ったはずの久遠と燦の夢には、とある共通点があって――? 謎に包まれた過去を持ち身分を隠す男装姫と、孤独な王の恋と因縁を描く、和風王宮ファンタジー。 ※カクヨムにも先行で投稿しています

後宮祓いの巫女は、鬼将軍に嫁ぐことになりました

由香
キャラ文芸
後宮で怪異を祓う下級巫女・紗月は、ある日突然、「鬼」と噂される将軍・玄耀の妻になれと命じられる。 それは愛のない政略結婚―― 人ならざる力を持つ将軍を、巫女の力で制御するための契約だった。 後宮の思惑に翻弄されながらも、二人は「契約」ではなく「選んだ縁」として、共に生きる道を選ぶ――。

皇帝癒し人~殺される覚悟で来たのに溺愛されています~

碧野葉菜
キャラ文芸
人を癒す力で国を存続させてきた小さな民族、ユニ。成長しても力が発動しないピケは、ある日、冷徹と名高い壮国の皇帝、蒼豪龍(ツアンハウロン)の元に派遣されることになる。 本当のことがバレたら、絶対に殺される――。 そう思い、力がないことを隠して生活を始めるピケだが、なぜか豪龍に気に入られしまい――? 噂と違う優しさを見せる豪龍に、次第に惹かれていくピケは、やがて病か傷かもわからない、不可解な痣の謎に迫っていく。 ちょっぴり謎や策謀を織り込んだ、中華風恋愛ファンタジー。

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

後宮薬師は名を持たない

由香
キャラ文芸
後宮で怪異を診る薬師・玉玲は、母が禁薬により処刑された過去を持つ。 帝と皇子に迫る“鬼”の気配、母の遺した禁薬、鬼神の青年・玄曜との出会い。 救いと犠牲の狭間で、玉玲は母が選ばなかった選択を重ねていく。 後宮が燃え、名を失ってもなお―― 彼女は薬師として、人として、生きる道を選ぶ。

竜華族の愛に囚われて

澤谷弥(さわたに わたる)
キャラ文芸
近代化が進む中、竜華族が竜結界を築き魑魅魍魎から守る世界。 五芒星の中心に朝廷を据え、木竜、火竜、土竜、金竜、水竜という五柱が結界を維持し続けている。 これらの竜を世話する役割を担う一族が竜華族である。 赤沼泉美は、異能を持たない竜華族であるため、赤沼伯爵家で虐げられ、女中以下の生活を送っていた。 新月の夜、異能の暴走で苦しむ姉、百合を助けるため、母、雅代の命令で月光草を求めて竜尾山に入ったが、魔魅に襲われ絶体絶命。しかし、火宮公爵子息の臣哉に救われた。 そんな泉美が気になる臣哉は、彼女の出自について調べ始めるのだが――。 ※某サイトの短編コン用に書いたやつ。

後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜

二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。 そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。 その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。 どうも美華には不思議な力があるようで…?

処理中です...