深緑の花婿

立菓

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ある提案、そして約束

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 春の最盛期になり、道端で菜の花やオオイヌノブグリなどの野花が咲き始めた。
 晴天の日が徐々に多くなってきたようだ。外を歩くと、ポカポカとした空気が肌にやさしく触れるような季節である。


 そのような時期なのか、コノハは白人しろとと一緒に、日中に篤比古あつひこの散歩に同行する日が何度かあった。
 小高い畦道あぜみちを歩いていきながら、篤比古はシマの遊び道具になる狗尾草エノコログサを摘んでいった。それから、コノハと白人も手伝って、皇宮こうぐうで調理してもらうための土筆つくしも取っていく。

「そーいや兄さん……、コノハさんに相当メロメロだね!! 〈荒獅子あらじし〉ってゆーより、コノハさんだけに懐いている『猫』みたいにっ」

 突然、軽快に話し出した篤比古の言葉を聞いて、コノハは反応に困り、苦笑いするしかなかった。
 ……と、篤比古は再び、全く悪気の無い様子で、建比古の話を続けたようだ。

「あ~、でも仕事とはいえ、コノハさんが僕と一緒に居る時間が多いことに、明らかに嫉妬しっとしているのは少し参るなぁ……。しょっちゅう鋭い眼光を向けられると、怖いしっ! てか余裕無さ過ぎ、イイ大人なのにね~」

「……あの、篤比古さま――」

 口は緩んでいるように見えるのに、目が全く笑っていなかった白人は、遠回しに篤比古を注意をした。
 白人のにじみ出ている怒りを感じた篤比古は我に返り、すぐに真剣な表情で白人に謝ったのだった。

 まあ……、コノハも白人の冷やかな怒りには、少しだけ恐怖を感じていたらしい。



 それから、最近は夜になっても、たまに吹く風が心地良く感じられるようになってきた。篝火かがりびも必要の無いくらい、夜も過ごしやすいようである。


 ある日の夜。コノハは彩女あやめと一緒に浴場から部屋に戻ると、寝巻きを着た建比古たけひこが食台の前の椅子いすに座っていた。
 もう一つの椅子に白人が座り、あと一つの椅子の上では、シマが丸くなってすやすやと寝ている。


 彩女は、先に自室に戻ったらしい。
 建比古はコノハと目が合うと、手招きをした。建比古が自分たちの部屋に居るのが慣れない状況だったからか、コノハは少し緊張しながら、建比古の方に歩み寄ったようだ。

吉年よとしに会ってくれて、ありがとうな。あの場を耐えてくれたことも、すごく感謝している。
 ちょっと癖が強いが、悪い奴では無いんだけどなぁ……」

「そうですね……。彩女さんのお父さんであるし、建比古さまをものすごく慕っていらっしゃる方のようですしね!」

「あと……、お前に聞きたいことがあってな――」


「コノハ、ここに座っていーよ。これから風呂に行ってくるから」

 コノハが「はい……」と小さな声を出すと、白人は立ち上がって、爽やかにコノハに声をかけたようだ。
 白人にお礼を言うと、ゆっくりと椅子に腰かけた。少し肩に力が入ったコノハが座った後、建比古は言葉を続けた。

「父君がな……、中夏に避暑かでらの静養のために、薬畑山やくはたさんの宿に泊まりたいそうだ。山の頂上付近にある高山植物の花畑も見たいらしい。まあ……そん時に、俺たちもお前の故郷の人たちに、正式な婚姻こんいんの報告をするのはどうかと提案してくれたが、どう思う?」

「……そ、それは、すっごく光栄なことですねっ! ありがとうございます、雪麻呂さまも大歓迎されると思います」

 コノハは座ったまま、建比古にお辞儀じぎをした。
 自分が豪華な晴れ衣装を着られることよりも、天皇陛下が薬畑山に興味を持って頂けたことが、彼女にとっては何より嬉しかった。

 また、粗末そまつ駅家えきかではなく、蒸し風呂付きの立派な宿に泊まるとなると、薬畑山の人々に大きな金額が与えられ、一時的とはいえ、村々がだいぶ潤うだろう。
 それに、国で最も身分の高い方が来られること自体が、非常に名誉なことである。


 建比古は「良かった……」と、ぽつりとつぶやいた。
 建比古の話にコノハは感嘆していたが、建比古がさらに別の用件も伝えたことが、コノハはウキウキした気持ちにさせた。

「あとな……。お前の休みに合わせて、俺も自由に動ける時間が明後日にできそうだから、一緒に黄央きおうの町に行かないか? 連れていきたい場所があってな……」

「え、あっ……。はいっ! 分かりました、楽しみにしていますね」


 建比古が自分の寝室へ行くために、食台の前の椅子を動かして立ち上がると、ちょうどそばで寝ていたシマが起きたようだ。
 シマは椅子から床に降りると、軽い足取りで白人たちの寝室に向かった。

 コノハたちの部屋を出る建比古の姿を、コノハは廊下ろうかまで出て見送った。
 建比古は廊下に出ると、「お休み、な……」と言いながら、コノハを優しく抱き締めた。

「……お休みなさい、建比古さま」

 照れていたコノハだったが、ゆっくりと自然に、自分の両手を建比古の腰の上部に回したのだった。
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