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幕間
あなたとショッピング
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美しく整えられた街路樹が赤や黄色に染まり、すっかり秋の景色に染まる頃。仕事休みの鷹臣たちは「ユウリの冬服を買いに行く」という名目でショッピングデートに出かけることにした。ユウリの好みがわからないので、行き先はハイブランドの路面店が軒を連ねるヒルズ街区だ。
「今日はなんでも、ユウリが気に入ったものを買おう」
「ありがとう、鷹臣さん。こんなにたくさんお店があると、迷っちゃうね」
「ゆっくり考えたらいい。ユウリならなんでも似合いそうだ」
「それじゃ遠慮なく、連れ回しちゃおうかな」
悪戯っぽく笑いながらも、ユウリはすでに内部データベースを参照して、いくつかの候補を絞り込んでいた。鷹臣の嗜好は、コンサバティブで明るい色調。露出は控えめだが、手首や足首が見える程度の抜け感を好む。清潔感と品の良さを重んじつつも、オフィス用とは異なる適度なカジュアルさも必要だ。
「ここはどうかな」
しばらく歩いて、ユウリが選んだのは、落ち着いた色味のアイテムが揃う上品なセレクトショップだった。入り口をくぐると、穏やかな物腰の店員が静かに近寄ってくる。しかし「いらっしゃいませ」と丁寧に礼をしながらも店員の瞳には、期待の光が爛々と輝いていた。
長身で筋肉質な体型の鷹臣と、手足の長いすらりとしたユウリ。どんなお客様も大歓迎だが、目の前の二人は明らかに“着せ甲斐”のある最高の客であった。
「どう? 鷹臣さん」
サックスブルーのシャツに、アイボリーのニットベストを重ねたユウリが、両手を軽く広げて見せる。どこか名門校の学生のような初々しさがあって、頬がゆるむほど可愛らしい。鷹臣は満足げに頷くと、次に着せようと考えていたネイビーのカーディガンを差し出した。
「よく似合ってる。こっちのも着てみたらどうだ」
「え、まだ着るの?」
「もっと冬物が必要だろう。もちろん、また買いに来てもいいが……。明るい色だけじゃなくて、こっちの紺色も似合いそうだ」
「本当によくお似合いです」
店員もすかさず頷く。
「こちらのトップスでしたら、羽織りにショートジャケットなどいかがでしょう。お客様のお肌の色味と雰囲気に、とてもよく映えると思います」
「えっと……」
すっかり店員と鷹臣の“着せ替え人形”と化したユウリは、小さく首をかしげた。選択権は自分にあるはずなのに、楽しそうな鷹臣と店員が次から次へと服を抱えてやってきて、試着室から出るたびに小さな歓声を上げるものだから、まるでファッションショーのモデルにでもなった気分だ。
先ほども、鷹臣はコンサバとは程遠い真っ黒なレザージャケットを持ってきて「こういうのもいいな!」と目を輝かせていた。ユウリは内心で首をひねりながら、鷹臣の嗜好データに『時にはクール系も好む』というタグをそっと追加した。
「お客様、こちらは昨日入荷したばかりのアイテムですが、ぜひ試着を……!」
「これもいいな、ユウリ。着てみせてくれ」
「鷹臣さん……」
このままでは店中の洋服を買ってしまいそうだ。ユウリが慌てて袖をつまんで引き止めた。
「こんなに買っても着られないから」
「平日も着たらいい」
鷹臣の会社には服装規定などない。創也など夜中のコンビニに行くような部屋着で出勤することすらある。ユウリは、鷹臣の言うことなら何でも聞いてあげたかったが、不要な散財をさせるのは本意ではない。そっと鷹臣の手を握り、まっすぐに目線を合わせる。
「……本当に必要な分だけでいいよ、鷹臣さん。ね?」
「うん?そうか……?」
「さっきのこれとこれ……あと、このアウターだけ。他は戻してください」
「かしこまりました」
こうして、ユウリにより厳選された着回しの利く数点のアイテムを買い上げ、ようやく即席のファッションショーは終わりを告げた。大きなショッピングバッグを提げた鷹臣とユウリは、「またぜひ!いらっしゃいませ!!」と気合いの入った店員の声に背中を押されるようにして店を出る。外に出ると、ひんやりした空気が頬を撫で、店内の熱気で火照っていた肌をそっと冷ましてくれた。風が吹くと少し肌寒いが、繋いだ手のひらがじんわりと熱を伝えてくる。
「しばらく服は買わなくていいね。来年も、再来年も」
大きなショッピングバッグを指でつつきながら、ユウリは楽しそうに言った。
「そうか? 俺はもっと買ってもよかった。それに春になったら春用の服がいるし、遠出したり、遊びに行く用の服も……服ってのは、色んな場面で変わるんだ」
「衣服の歴史や文化的背景は僕の方が詳しいよ。鷹臣さんたら、店中の服を着せようとするんだもん。あの刺繍入りのジャケット持ってきたときは、どうしようかと思った」
鷹臣が持ってきたのは、店で一番派手な金色の刺繍が入ったスカジャンだった。あれを着こなすのは、さすがのユウリでも無理がある。それでも「似合ってる」「可愛いじゃないか」と納得いかない顔をする鷹臣を思い出し、ユウリはくすりと笑った。
「恋人の色んな姿を見たいと思うのは、当然だろう」
「…………そ、れは」
真正面から放たれた言葉に、ユウリの応答も一瞬止まる。ぱちぱちとまばたきするユウリを見て、鷹臣は押し殺した声で笑った。手を握る強さでささやかな抗議を訴えると、逆に声をあげて笑われてしまう。
「かわいいな、ユウリ。照れたときはそんな顔するのか?」
「え、僕……どんな顔してる?」
慌てて顔に触れて確かめる。確かに一瞬、表情制御回路がフリーズしたが、変なことになっているのだろうか。
「心配しないでいい、すごく可愛い顔だ」
頬を押さえるユウリの手をとり、鷹臣は触れるような口付けを落とした。
「ずるいなぁ……鷹臣さんは」
ユウリはこっそり映像記録装置を起動し、甘く優しい瞳で自分を見つめる鷹臣の表情を、優先保存領域に幾重ものロックをかけて大切に保存した。ずっとずっと、この瞬間を覚えていたかった。
冬が近づき、日が暮れるのもすっかり早い。背の低い街路樹に飾られた電飾で柔らかく照らされた道に、二人分の人影が幸せそうに寄り添いながら歩いていく。
二人は、同じ家路に着くのだ。
おわり
「今日はなんでも、ユウリが気に入ったものを買おう」
「ありがとう、鷹臣さん。こんなにたくさんお店があると、迷っちゃうね」
「ゆっくり考えたらいい。ユウリならなんでも似合いそうだ」
「それじゃ遠慮なく、連れ回しちゃおうかな」
悪戯っぽく笑いながらも、ユウリはすでに内部データベースを参照して、いくつかの候補を絞り込んでいた。鷹臣の嗜好は、コンサバティブで明るい色調。露出は控えめだが、手首や足首が見える程度の抜け感を好む。清潔感と品の良さを重んじつつも、オフィス用とは異なる適度なカジュアルさも必要だ。
「ここはどうかな」
しばらく歩いて、ユウリが選んだのは、落ち着いた色味のアイテムが揃う上品なセレクトショップだった。入り口をくぐると、穏やかな物腰の店員が静かに近寄ってくる。しかし「いらっしゃいませ」と丁寧に礼をしながらも店員の瞳には、期待の光が爛々と輝いていた。
長身で筋肉質な体型の鷹臣と、手足の長いすらりとしたユウリ。どんなお客様も大歓迎だが、目の前の二人は明らかに“着せ甲斐”のある最高の客であった。
「どう? 鷹臣さん」
サックスブルーのシャツに、アイボリーのニットベストを重ねたユウリが、両手を軽く広げて見せる。どこか名門校の学生のような初々しさがあって、頬がゆるむほど可愛らしい。鷹臣は満足げに頷くと、次に着せようと考えていたネイビーのカーディガンを差し出した。
「よく似合ってる。こっちのも着てみたらどうだ」
「え、まだ着るの?」
「もっと冬物が必要だろう。もちろん、また買いに来てもいいが……。明るい色だけじゃなくて、こっちの紺色も似合いそうだ」
「本当によくお似合いです」
店員もすかさず頷く。
「こちらのトップスでしたら、羽織りにショートジャケットなどいかがでしょう。お客様のお肌の色味と雰囲気に、とてもよく映えると思います」
「えっと……」
すっかり店員と鷹臣の“着せ替え人形”と化したユウリは、小さく首をかしげた。選択権は自分にあるはずなのに、楽しそうな鷹臣と店員が次から次へと服を抱えてやってきて、試着室から出るたびに小さな歓声を上げるものだから、まるでファッションショーのモデルにでもなった気分だ。
先ほども、鷹臣はコンサバとは程遠い真っ黒なレザージャケットを持ってきて「こういうのもいいな!」と目を輝かせていた。ユウリは内心で首をひねりながら、鷹臣の嗜好データに『時にはクール系も好む』というタグをそっと追加した。
「お客様、こちらは昨日入荷したばかりのアイテムですが、ぜひ試着を……!」
「これもいいな、ユウリ。着てみせてくれ」
「鷹臣さん……」
このままでは店中の洋服を買ってしまいそうだ。ユウリが慌てて袖をつまんで引き止めた。
「こんなに買っても着られないから」
「平日も着たらいい」
鷹臣の会社には服装規定などない。創也など夜中のコンビニに行くような部屋着で出勤することすらある。ユウリは、鷹臣の言うことなら何でも聞いてあげたかったが、不要な散財をさせるのは本意ではない。そっと鷹臣の手を握り、まっすぐに目線を合わせる。
「……本当に必要な分だけでいいよ、鷹臣さん。ね?」
「うん?そうか……?」
「さっきのこれとこれ……あと、このアウターだけ。他は戻してください」
「かしこまりました」
こうして、ユウリにより厳選された着回しの利く数点のアイテムを買い上げ、ようやく即席のファッションショーは終わりを告げた。大きなショッピングバッグを提げた鷹臣とユウリは、「またぜひ!いらっしゃいませ!!」と気合いの入った店員の声に背中を押されるようにして店を出る。外に出ると、ひんやりした空気が頬を撫で、店内の熱気で火照っていた肌をそっと冷ましてくれた。風が吹くと少し肌寒いが、繋いだ手のひらがじんわりと熱を伝えてくる。
「しばらく服は買わなくていいね。来年も、再来年も」
大きなショッピングバッグを指でつつきながら、ユウリは楽しそうに言った。
「そうか? 俺はもっと買ってもよかった。それに春になったら春用の服がいるし、遠出したり、遊びに行く用の服も……服ってのは、色んな場面で変わるんだ」
「衣服の歴史や文化的背景は僕の方が詳しいよ。鷹臣さんたら、店中の服を着せようとするんだもん。あの刺繍入りのジャケット持ってきたときは、どうしようかと思った」
鷹臣が持ってきたのは、店で一番派手な金色の刺繍が入ったスカジャンだった。あれを着こなすのは、さすがのユウリでも無理がある。それでも「似合ってる」「可愛いじゃないか」と納得いかない顔をする鷹臣を思い出し、ユウリはくすりと笑った。
「恋人の色んな姿を見たいと思うのは、当然だろう」
「…………そ、れは」
真正面から放たれた言葉に、ユウリの応答も一瞬止まる。ぱちぱちとまばたきするユウリを見て、鷹臣は押し殺した声で笑った。手を握る強さでささやかな抗議を訴えると、逆に声をあげて笑われてしまう。
「かわいいな、ユウリ。照れたときはそんな顔するのか?」
「え、僕……どんな顔してる?」
慌てて顔に触れて確かめる。確かに一瞬、表情制御回路がフリーズしたが、変なことになっているのだろうか。
「心配しないでいい、すごく可愛い顔だ」
頬を押さえるユウリの手をとり、鷹臣は触れるような口付けを落とした。
「ずるいなぁ……鷹臣さんは」
ユウリはこっそり映像記録装置を起動し、甘く優しい瞳で自分を見つめる鷹臣の表情を、優先保存領域に幾重ものロックをかけて大切に保存した。ずっとずっと、この瞬間を覚えていたかった。
冬が近づき、日が暮れるのもすっかり早い。背の低い街路樹に飾られた電飾で柔らかく照らされた道に、二人分の人影が幸せそうに寄り添いながら歩いていく。
二人は、同じ家路に着くのだ。
おわり
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