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婚約者(仮)がヤンデレすぎて怖い
挨拶のキス
「お、おはようございます、カイル……じゃなくて、カイラス、殿下」
「カイラスでいいさ」
カイラスはかしこまった俺の態度に楽しげに目を細めながら、穏やかに応じた。きっちりと身なりを整えたカイラスと、かたや寝起きで寝間着姿のままの俺。昼間の明るい陽射しではっきり見えてしまう自分の格好に、恥ずかしさで顔が熱くなる。思わず下を向き、床を見つめていると、ルシアンお兄様が改まった顔で厳しく言った。
「ジゼル、今さらだが客人が来ている。上に行って着替えて来なさい。それから話を聞こう」
「…………はい」
とぼとぼと部屋を出ていく俺を、カイラスが柔らかな視線で見送る。待ち構えていたモリーに捕まり、用意されたふりふりヒラヒラの華やかな服に着替えて戻ると、ルシアンお兄様は渋い顔をした。
「俺が買った服じゃないな、金の刺繍のブラウスはどうした?」
「えー……」
そんなこと言われても、用意された服を着ただけだ。知らんがな、の一言に尽きる。動くたびに揺れる袖のフリルを落ち着きなく指先でつまんで整える俺の姿を見て、カイラスが嬉しそうに口元を緩めた。
「それは俺が先日贈ったものだね。よく似合っているよ」
その一言にルシアンお兄様の顔がますます険しくなる。とにかく、ちゃんと着替えたわけだし俺の話を聞いてもらおう。
レナードが持ってきた紅茶で喉を湿らし、カイラスからもらった本と夢で見た内容について説明する。俺の話を聞く間、ルシアンお兄様とカイラスは一度も口を挟まず、真剣な面持ちで聞き続けた。話が終わると、カイラスは感心したように静かに息をついた。
「カーネリア家の家系魔法が発現するのは何年ぶりだろう。ジゼル、君はつくづく規格外の存在だな」
「俺も気付いたのはエイデン……友人に言われてからです」
自分でもいまいち実感がない。魔法が存在するこの世界でも、予知夢なんて現実味がない。だが、夢の内容が事実なら一刻も早くフランを救出しないといけない。
「フラン……フラン・リンデルバルドか。名前は聞いたことがないな」
カイラスが確認するようにルシアンお兄様に目をやると、お兄様は小さく頷いた。
「以前の報告では、教会で認定された治癒魔法士は三十六人しかいないはずだ。数は限られている。しらみつぶしにあたっていけば特定は可能ではないか?」
「さ、三十六人!?」
たったの!? アストラ帝国には数百万人以上の民がいる。36人しか治癒魔法士がいないんじゃ中規模の病院一つ分にも満たない……。治療対象が貴族限定になるわけだ。
愕然とする俺に、カイラスは穏やかな声でたずねた。
「どこかの塔の中だと言ったね、他に何か気づいたことはあるかい?」
「……えっと、窓からセイコイヤの木が見えて、黄色い花が咲いていた。あと鳥の声、風が強くて、それから遠くから小さいけど鐘の音が聞こえた」
「ふむ、セイコイヤは標高に応じて花弁の色が変わる。黄色ということは標高千五百以上の山中にある塔だな。鐘の音が聞こえたということは、人里からもそう離れてはいないはずだ。城へ戻り次第、地理管理官に該当する箇所を洗い出させよう」
「あ、ありがとう……」
あ、あれ? なんだか思ったよりすぐ見つかりそうだ。
ほっとして椅子に座り直し、差し出された茶器を手に取る。ひと口含み、息をつこうとしたが――
……ぜんぜん落ち着かない。
原因は分かっている。横にいるカイラスのせいだ。
さっきからこの男、俺のことを可愛い仔猫でも見るみたいな優しい顔でずっと見てくる。今日はプロポーズしてきたり、強引に迫ってくることもないからか、意外と話しやすいなとか、所作がきれいだなとか、余計なことも考えてしまう。
誤魔化すようにカップを口元に運ぶと、カイラスの目がわずかに細められた。思わず指先に力が入り、カップを握り直す。横顔に注がれる視線に耐えかね、反対側を向くと、くすりと笑われた。
うう……なんだよもう……
やりにくいったらない。
とはいえ、頼み事をしている最中に逃げ出すわけにもいかず、大人しくカイラスの視線を横顔で受けとめていると、ルシアンお兄様が断ち切るように割って入った。
「そもそも、そんな危険な本。弟に無断で渡すな。一体どこで手に入れたんだ」
「先月に街道に出没する強盗団の討伐があっただろう。押収品のなかにあったんだ。この国で最もあれを有効活用できるのはジゼルだと思ったからな」
「……っ、」
当然のように言い切るカイラスに、なぜか胸の奥がくすぐったくなって顔に熱が集まる。やばい、なんだこれ。風邪の引き始めか?
一方でレナードは妙に生き生きとしている。カイラスのカップに追加の茶を注ぎながら、横目で俺の様子をチラチラとうかがっている。あれはなにかよからぬことを企んでいる顔だ。案の定、レナードは頃合いを見計らって口を開いた。
「お話が終わりましたら、ジゼル様と庭園の散策はいかがですか? 初夏の花が美しく咲いております」
「おい、レナード、何を勝手に……!」
制止しようとするルシアンお兄様が声を荒げるが、カイラスは残念そうに肩をすくめた。
「そうしたいところだが、黄痩病の調査報告を陛下に報告しなくてはいけなくてね」
カイラスは静かに立ち上がり、袖口を整えながら言った。
「そうそう、北部で採取した標本はアカデミーのリサーチ博士宛に送ってある。博士が君と話したいと言っていたよ。それじゃ、また。できるだけすぐに顔を出すよ」
「もう来るな」
ルシアンお兄様の冷ややかな一言に肩をすくめると、カイラスは俺の手をとり、指先に軽く口づけた。
「なっ……!」
「おい、カイラスっ!!」
「怒るなよ、ただの挨拶だ。ジゼル、昨晩は我が弟アシェルを救ってくれてありがとう。兄として礼を言うよ」
「え、あ、どうも……?」
それからカイラスは「さっさと出ていけ!」と怒鳴るお兄様に追い立てられ、城へと帰っていった。
「カイラスでいいさ」
カイラスはかしこまった俺の態度に楽しげに目を細めながら、穏やかに応じた。きっちりと身なりを整えたカイラスと、かたや寝起きで寝間着姿のままの俺。昼間の明るい陽射しではっきり見えてしまう自分の格好に、恥ずかしさで顔が熱くなる。思わず下を向き、床を見つめていると、ルシアンお兄様が改まった顔で厳しく言った。
「ジゼル、今さらだが客人が来ている。上に行って着替えて来なさい。それから話を聞こう」
「…………はい」
とぼとぼと部屋を出ていく俺を、カイラスが柔らかな視線で見送る。待ち構えていたモリーに捕まり、用意されたふりふりヒラヒラの華やかな服に着替えて戻ると、ルシアンお兄様は渋い顔をした。
「俺が買った服じゃないな、金の刺繍のブラウスはどうした?」
「えー……」
そんなこと言われても、用意された服を着ただけだ。知らんがな、の一言に尽きる。動くたびに揺れる袖のフリルを落ち着きなく指先でつまんで整える俺の姿を見て、カイラスが嬉しそうに口元を緩めた。
「それは俺が先日贈ったものだね。よく似合っているよ」
その一言にルシアンお兄様の顔がますます険しくなる。とにかく、ちゃんと着替えたわけだし俺の話を聞いてもらおう。
レナードが持ってきた紅茶で喉を湿らし、カイラスからもらった本と夢で見た内容について説明する。俺の話を聞く間、ルシアンお兄様とカイラスは一度も口を挟まず、真剣な面持ちで聞き続けた。話が終わると、カイラスは感心したように静かに息をついた。
「カーネリア家の家系魔法が発現するのは何年ぶりだろう。ジゼル、君はつくづく規格外の存在だな」
「俺も気付いたのはエイデン……友人に言われてからです」
自分でもいまいち実感がない。魔法が存在するこの世界でも、予知夢なんて現実味がない。だが、夢の内容が事実なら一刻も早くフランを救出しないといけない。
「フラン……フラン・リンデルバルドか。名前は聞いたことがないな」
カイラスが確認するようにルシアンお兄様に目をやると、お兄様は小さく頷いた。
「以前の報告では、教会で認定された治癒魔法士は三十六人しかいないはずだ。数は限られている。しらみつぶしにあたっていけば特定は可能ではないか?」
「さ、三十六人!?」
たったの!? アストラ帝国には数百万人以上の民がいる。36人しか治癒魔法士がいないんじゃ中規模の病院一つ分にも満たない……。治療対象が貴族限定になるわけだ。
愕然とする俺に、カイラスは穏やかな声でたずねた。
「どこかの塔の中だと言ったね、他に何か気づいたことはあるかい?」
「……えっと、窓からセイコイヤの木が見えて、黄色い花が咲いていた。あと鳥の声、風が強くて、それから遠くから小さいけど鐘の音が聞こえた」
「ふむ、セイコイヤは標高に応じて花弁の色が変わる。黄色ということは標高千五百以上の山中にある塔だな。鐘の音が聞こえたということは、人里からもそう離れてはいないはずだ。城へ戻り次第、地理管理官に該当する箇所を洗い出させよう」
「あ、ありがとう……」
あ、あれ? なんだか思ったよりすぐ見つかりそうだ。
ほっとして椅子に座り直し、差し出された茶器を手に取る。ひと口含み、息をつこうとしたが――
……ぜんぜん落ち着かない。
原因は分かっている。横にいるカイラスのせいだ。
さっきからこの男、俺のことを可愛い仔猫でも見るみたいな優しい顔でずっと見てくる。今日はプロポーズしてきたり、強引に迫ってくることもないからか、意外と話しやすいなとか、所作がきれいだなとか、余計なことも考えてしまう。
誤魔化すようにカップを口元に運ぶと、カイラスの目がわずかに細められた。思わず指先に力が入り、カップを握り直す。横顔に注がれる視線に耐えかね、反対側を向くと、くすりと笑われた。
うう……なんだよもう……
やりにくいったらない。
とはいえ、頼み事をしている最中に逃げ出すわけにもいかず、大人しくカイラスの視線を横顔で受けとめていると、ルシアンお兄様が断ち切るように割って入った。
「そもそも、そんな危険な本。弟に無断で渡すな。一体どこで手に入れたんだ」
「先月に街道に出没する強盗団の討伐があっただろう。押収品のなかにあったんだ。この国で最もあれを有効活用できるのはジゼルだと思ったからな」
「……っ、」
当然のように言い切るカイラスに、なぜか胸の奥がくすぐったくなって顔に熱が集まる。やばい、なんだこれ。風邪の引き始めか?
一方でレナードは妙に生き生きとしている。カイラスのカップに追加の茶を注ぎながら、横目で俺の様子をチラチラとうかがっている。あれはなにかよからぬことを企んでいる顔だ。案の定、レナードは頃合いを見計らって口を開いた。
「お話が終わりましたら、ジゼル様と庭園の散策はいかがですか? 初夏の花が美しく咲いております」
「おい、レナード、何を勝手に……!」
制止しようとするルシアンお兄様が声を荒げるが、カイラスは残念そうに肩をすくめた。
「そうしたいところだが、黄痩病の調査報告を陛下に報告しなくてはいけなくてね」
カイラスは静かに立ち上がり、袖口を整えながら言った。
「そうそう、北部で採取した標本はアカデミーのリサーチ博士宛に送ってある。博士が君と話したいと言っていたよ。それじゃ、また。できるだけすぐに顔を出すよ」
「もう来るな」
ルシアンお兄様の冷ややかな一言に肩をすくめると、カイラスは俺の手をとり、指先に軽く口づけた。
「なっ……!」
「おい、カイラスっ!!」
「怒るなよ、ただの挨拶だ。ジゼル、昨晩は我が弟アシェルを救ってくれてありがとう。兄として礼を言うよ」
「え、あ、どうも……?」
それからカイラスは「さっさと出ていけ!」と怒鳴るお兄様に追い立てられ、城へと帰っていった。
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