精霊王に拾われた虐げられ皇子、追放されたけど人外たちに溺愛されながら育ちます

はんね

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真実と嘘

私のもの

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 選定の儀が始まるまで待つあいだ、我々は通された控えの小間で時を過ごしていた。アルテミスにあたたかい紅茶を淹れてやりながら、ユミルは改めて硬い表情のウィリアムを問いただした。
「ウィリアム様、『選定の儀』とはいったいなんなんですか? 皇位を継ぐ者を選ぶ場だということはわかりましたが、具体的にどんなことをするのでしょう」
「まさか怪我をしたり、命に関わるようなことはしませんよね!?」
 アリスが身を乗り出すと、ウィリアムは困ったように首をふった。
「それが……詳しいことは俺もわからないんだ。選定の間には候補となる皇子以外は入れず、内容も秘匿されている」
「それではなぜ、あれだけ皆が怯えていたのです」
「それは……最も相応しくないと判じられた最下位の皇子は流刑となるからだ」
「流刑!?どっ、どうしてそんな……!?」
 顔を青くしたアリスが詰め寄ると、ウィリアムは言いにくそうに言葉を選びながら続けた。
「正確に言えば、流刑に処されるわけではない。ただ、最も精霊に祝福され次期皇帝に選ばれた皇子のために献身を捧げることが必要なのだ」
「どういうことです」
「最下位の者は帝国に貢献するためという名目で、最も危険で過酷な北方の辺境領へと送られる。雪に閉ざされ、凶悪な魔物が跋扈し、土地に満ちる瘴気のせいで疫病も絶えない。送られた歴代の皇子たちは、一年ともたず命を落としている……」
「なるほど。貢献とは名ばかりの落第者の排除、実質的な廃嫡というわけですね。そして肝心の儀式で何をするのかは、誰にも知らされていない。あの男は“偉大なる精霊”がどうとか言ってましたけど……」
 憎たらしいアデルの薄笑いを思い出しながら呟くユミルに、ウィリアムは沈痛な面持ちで深くうなずいた。
「そうだ。選定の儀式は教会の人間ではなく、精霊によって行われる。しかし、帝国の歴史書にも、聖典にも、どんな精霊なのか種族も性格もなにも記載さえていない。噂では、精霊が召喚した魔獣と決闘し勝利しなければならないだとか、精霊魔法に惑わされぬよう意識を保ちながら針山の上を歩くだとか……様々な噂はあるが、いずれも真偽はわからない……」
「ま、魔獣と決闘!? そんなの、危険すぎます!せめて、なにか事前に準備することは出来ないんですか!?」
 思わず声をあげたアリスの問いに、ウィリアムは苦渋に満ちた表情で首を振った。
「儀式の内容は完全に秘匿されており、対策を立てることはできない。ある意味、参加する皇子たちは平等に扱われるのだ……」
「普通の皇子であればそうでしょうね。ですが、我々は違います」
 ユミルはきっぱりと言い切ると、両手を叩いた。
「モルティア、出番ですよ」

#
 豪華な小間使いの服を着せられたものの、衆目を嫌って身を隠していたモルティアだったが、用件を聞いた途端、ウキウキとした様子で前へ出てきた。
「どうぞ、わたくしになんでもお聞きください! わたくしどもは帝国で起きるすべての出来事を観測し、記録し、記憶してございます! 答えられぬ疑問などございませんよ!」
「それでは、儀式の概要について、知っていることをすべて教えてください」
「はい! 造作もないことでございますよ!」
 尊敬するユミルに頼られたとあって、モルティアは感激のあまり大きな瞳をうるうるとさせながら語り出した。
「選定の儀は、過去三百年ほど前から始まった儀式でございます。建国から歴代の皇帝にお仕えしてきた三体の精霊が、選定に参加いたします」
「で、誰なんだ、それは」
 皇族に使役されるほどの精霊であれば、知らぬ名であるはずがない。モルティアはすらすらと答えた。
「護国王アウレリウス様の精霊セリオス。賢王ラインハルト様の精霊フェイン。そして、戦場の女神エルデガルダ様に仕えていた精霊ヴァルキラにございます」
「セリオスに、ヴァルキラに、フェインですか!彼らであれば問題ありませんね」
 聞き馴染みのある名に、ユミルはあからさまにほっとした様子で息をついた。
 セリオス、フェイン、ヴァルキラ――彼らは疫病王ヴォラクの討伐で共に戦った精霊たちである。つまり、元を正せば私の部下だ。セリオスは温厚な羊の姿をした老精霊で、フェインは臆病者だが強力な精霊で、私への忠誠心は誰よりも厚い。そして、エルデガルダの親友であったヴァルキラは、獅子の姿をした快活な少女で、ユミルとも旧知の仲であった。
「それで、彼らと何をするというんです。根っからの武闘派のヴァルキラはともかく、セリオスやフェインが血生臭い決闘劇を望むとは思えません」
「はい、もちろんその通りでございます。歴代皇子たちが臨むのは、三体の精霊による“試問”にございます」
「しもん? 質問にこたえるってこと?」
 首をかしげるアルテミスに、モルティアは嬉しそうに何度も頷いた。
「そうです、アルテミス様。セリオスたちはそれぞれの皇子に、ただひとつずつ問いを与えます。その答えを聞き、最も為政者としての素質を備えている者を選び出す。それが選定の儀でございます!」
 なんと大仰な名目だが、要するに精霊たちによる個別の試問――言ってしまえば、個人面接のようなものではないか。魔獣も針山もなし。なんとも平和な内容に、ウィリアムやアリスたちも思わず顔を見合わせている。
「つまり……精霊たちに聞かれたことに答えるだけ、ということか?」
「よかった……! それなら、怪我をする心配はありませんね……!」
 胸に手を当てて息をつくアリスたちとは対照的に、アルテミスは小さく肩をすぼめ、ますます不安そうに視線を落とした。
「ねぇ、モルティア。どんなことを聞かれるの? ぼく、あんまり難しいことはわかんないよ……」
 不安げなアルテミスだが、実のところ史学、読み書き、計算、教養学についても、幼児とは到底言えない水準まで到達している。比べる相手がいないため、本人は自分がどれほど突出しているのか理解できていないのだろう。
 あれから魔法の授業も着実に進み、基礎課程はすでに修了している。現在は中級魔法に触れ始めた段階であり、とくに適性をみせた大地魔法では、魔法塔の上級魔法士でも難しい魔法を成功させたことさえあるほどだ。
「アルテミス様。そう難解な知識は問われません。ヴァルキラは、いつも同じ問いを投げかけます。セリオスとフェインは、その時々の気分次第で問いを変えますが……問われるのは、アルテミス様ご自身のこと。皇帝としての資質でございます」
 モルティアが安心させるように優しく告げても、アルテミスの表情は晴れなかった。
「……皇帝になるのは、カリスト兄さまだよ。大人で、優しくて、強くて、なんでも知ってるもん」
 うつむくアルテミスに、ユミルはそっと膝を折り、目線を合わせて穏やかに言った。
「アルテミス様、要は一番に選ばれずともよいのです。アデル様より下と判じられなければ、それで十分。あの邪悪の塊のような青年より、アルテミス様が劣っているなど、万に一つもございません。それに、万が一、最下位になったとしても大丈夫です」
 澄み渡る青空のような瞳を見つめながら、ユミルは心からの愛しさをこめてアルテミスの小さな手を握った。
「ユミルは、どのような場所であろうとアルテミス様とご一緒します。お一人で行かせることなど、決していたしません」
「もちろんです! 私もですよ!」
 涙をこらえながら言い切るアリスの背後で、ウィリアムも力強くうなずく。それを見たアルテミスは、きょとんと目を瞬かせ、次の瞬間、なぜか堰を切ったように泣き出してしまった。
「ぼく……いやだよ!」
「ど、どうしたんですか、アルテミス様?」
 驚くユミルに、アルテミスはしゃくりあげながら叫んだ。
「ぼくのせいで、みんなが酷いところに行くことになるのがいやだ……!そんなことになるくらいなら、ぼく、ひとりで行ったほうがいい……!」
 小さな身体から溢れ出る嗚咽を、誰もすぐには止められなかった。そしてアリスに肩を抱かれ、アルテミスの涙がようやく枯れた頃、使いの者がやってきて、儀式の準備が整うまであと半刻ほどだと告げた。それを聞いたユミルは私の腕を取ると、静かにその場を離れ、廊下の奥へと導いた。
「バーティミアス様、お願いがございます」
「……なんだ、ユミル」
 察しはついていたが、あえてとぼけて見せた私をユミルは鋭い視線で睨みつけてきた。
「アルテミス様に、加護をお与えください。セリオスとフェインは、バーティミアス様のお墨付きがあれば、必ずアルテミス様を評価します。特にフェイン、あれが貴方に心酔していることは、ご存知でしょう」
 確かにフェインは、かつてから私に重用されることに異常なほど執着していた。ユミルが特別扱いされていることに、嫉妬していた節すらある。
 だが、私の加護を与えるということは、すなわち次期皇帝として認めるに等しい。
「さて、どうしたものかな。アルテミスが“正しい器”であると、確証があるわけでもなし」
「僕がそうだと言っているんです。いずれ、バーティミアス様もご納得なさるはずです」
「それはどうかな。お前は賢い。契約に縛られていようとも、抜け道を探すことくらい、造作もないはずだ」
 私はユミルの頬に指先を触れ、その瞳を覗き込んだ。夜空をそのまま注ぎ込んだような濃紺の瞳が、守るべきものを得た者の覚悟と焦りで揺らいでいる。長い生涯の中では取るに足らぬほどの、ほんの一瞬を共に過ごしただけの子どもに、ここまで本気で入れ込むとは。なんと愚かで可愛らしい、私のユミル。
 だが、それでも今は、アルテミスに加護を与える気にはならなかった。束の間の加護を授けることなど造作もないが、この一時の情に流されることで、私とニコラスの約束に歪みが生じてしまう可能性があるからだ。
 私の胸中の逡巡を見抜いたのだろう。ユミルはふっと口角を上げ、どこか挑発的な笑みを浮かべた。
「そうやって逃げるんですね。精霊王ともあろうお方が、己で決断すらできず、のらりくらりと……いい加減、見苦しいですよ」
「……なんだと?」
 さすがに、少し甘やかしすぎたようだ。私の寛容さを弱さと見誤るなど、いくらユミルでも許されない。膨れ上がり、場を満たしていく私の怒気に、足元の大理石の床へ細かな亀裂が走る。壁に掛けられた額縁が小刻みに震え、花瓶が甲高い音を立ててひび割れたが、ユミルはわずかに身をすくませただけで、視線は逸らさなかった。
「お願いです。僕にできることであれば、なんでもいたします。どうか、アルテミス様に加護を……この宮中で、あの子の味方になれる者など、ひとりもいないのです。今だけでいい……今だけで」
「……それでは、交換条件だ」
 私はユミルの襟首を掴み、強く引き寄せた。冷や汗を滲ませながらも、ユミルは抵抗せず、静かに頭を垂れた。
「……なんなりと、バーティミアス様」
「その言葉、後悔するだろうな」
「アルテミス様のためなら、たとえ炎に投げ込まれても構いません」
「そんなことをしてもつまらん。もっと、愉しいことをしよう」
 歪んだ笑みを浮かべる私にユミルの背筋が小さく震える。それでも、追い詰められた兎が、残酷な運命を静かに受け入れるように、こちらをまっすぐに見つめ、逃げ出そうとはしなかった。
「お前の生涯を貰おうか。命ある限り、私に忠誠を誓え」
「……わかりました。バーティミアス様」
 その言葉を合図に、床から蔦が生き物のように伸び上がり、ユミルの足首、腰、胸元へと絡みついていく。青黒い光を帯びた蔦は首元まで這い上がり、喉元で絡み合うと、古い誓約文字を刻むようにゆっくりと紋様を描き始めた。
 ユミルは喉を詰まらせ、苦しげに眉を寄せたが、それでも声を上げることはなかった。ただ、歯を食いしばり、必死に耐えている。やがて、誓約の紋章が完成すると、蔦は役目を終えたかのように霧散し、ユミルの身体はがくり、と音を立てるように崩れ落ちた。床に伏したまま、荒く息をつくユミルを見下ろしながら、私は静かに告げた。
「契約は成立した。お前は未来永劫、私のものだ」
 
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