12 / 84
二.十二年合戦
2
しおりを挟む
「みんなに会えて懐かしかったろう」
「そうですね」
ひと通り町を回って公用車――といっても軽トラだが――に戻った。
町並みはかつての記憶とあまり変わらないが、流れた時間だけ古びてしまった印象だった。外装に手を加えているのは跡取りが残った家だろう。手入れされていない空き家もちらほら見受けられる。本屋はとうに店を畳み、隣のおもちゃ屋が廃業したのは私が小学生の時だった。
無人の家はこれからも少しずつ、だが確実に増えていくのだろう。多雨野規模の町ならありふれた事実だ。当たり前すぎて新聞記事やネットニュースにもならない。
「コンビニには顔を出したか」
「駅前の? いいえ、まだです」
「じゃあ、寄って挨拶するか」
久慈さんがサイドブレーキを外しアクセルを踏んだ。
「単純な疑問ですが、あんな場所に店を構えて客が入るんですかね」
「たしかにまわりに家はないが、朝晩の通勤通学時はずいぶん繁盛しているなあ。いまの多雨野には働く場所も学校もないから、結局みな外に出ざるを得ない」
町で挨拶回りをしていても、車や人通りが少ないと感じていた。平日の昼間であることを差し引いてもさびしい限りだ。なるほど、それで私が浴びるはずだったギャルの黄色い悲鳴がなかったのか。
久慈さん曰く、朝はおにぎりやパン、夜は一品物のおかずや弁当が飛ぶように売れているそうだ。なるほど、経営者はよいところに目をつけたようだ。だが駅前コンビニの賑わいは多雨野の寂しい現状の裏返しだ。山中に位置し、近くに高速道路のインターもない立地条件では企業の誘致もままならない。久慈さんもあらゆる企業に足を運んでお願いしてきたが、いつも憐れみの眼差しと即興の同情を貰うだけで話が終わるそうだ。
「知ってるか? うちの千秋も若葉ちゃんとおなじ高校でな。しかもバスケ部だ」
「ええ、若葉から聞きました」むかしから若葉と千秋ちゃんは仲が良かった。
「帰りの電車が一緒だから、ふたりしておにぎりやらパンやら買って食べてるよ。やっぱり運動部員は家まで我慢できないらしい」
そうこうするうちコンビニに着いた。徒にでかい駐車場――私はダチョウ放し飼い予定地と名づけた――には初日に見かけたのと同程度の車がとめられており、駐輪スペースの自転車も同様であった。
「このコンビニはな、車や自転車を放置しないって誓約書さえ書けば無料で駐車場や駐輪スペースを提供してくれるんだわ。そうすることで客も利用しやすくなるからギブアンドテイクだわな。役場としても助かってる」
ふむ、存外切れ者かもしれないな、ここの店長は。
「いらっしゃいま――」
自動ドアが開くと同時に、レジの店員があんぐりと口を開けた。
「瑞海か?」
私の名を口走り、カウンターの奥から飛びだしてきた。
「久しぶりだなぁ。何年ぶりだよ、おめぇが帰ってくるのは」
「ああ……まあ」
私はただ曖昧な微笑みを浮かべた。
「いや、懐かしいなぁ」
――ああ、っと、えと……誰だコイツ。
ここで知らないと言うのは少々失礼な気がする。が、思い出せない。誰だ? とりあえず頭髪が薄いことしかわからない。
「あれ? 俺んことわからん?」
店員が訝しむ横で久慈さんが苦笑し、「なんだ。誰の店か知らなかったのか」と顎をさする。
あれ? 知っていて当然なのか? 私は急いで記憶の頁をたぐった――微塵も思いだせん。
「誰だ、おまえ」
「そうですね」
ひと通り町を回って公用車――といっても軽トラだが――に戻った。
町並みはかつての記憶とあまり変わらないが、流れた時間だけ古びてしまった印象だった。外装に手を加えているのは跡取りが残った家だろう。手入れされていない空き家もちらほら見受けられる。本屋はとうに店を畳み、隣のおもちゃ屋が廃業したのは私が小学生の時だった。
無人の家はこれからも少しずつ、だが確実に増えていくのだろう。多雨野規模の町ならありふれた事実だ。当たり前すぎて新聞記事やネットニュースにもならない。
「コンビニには顔を出したか」
「駅前の? いいえ、まだです」
「じゃあ、寄って挨拶するか」
久慈さんがサイドブレーキを外しアクセルを踏んだ。
「単純な疑問ですが、あんな場所に店を構えて客が入るんですかね」
「たしかにまわりに家はないが、朝晩の通勤通学時はずいぶん繁盛しているなあ。いまの多雨野には働く場所も学校もないから、結局みな外に出ざるを得ない」
町で挨拶回りをしていても、車や人通りが少ないと感じていた。平日の昼間であることを差し引いてもさびしい限りだ。なるほど、それで私が浴びるはずだったギャルの黄色い悲鳴がなかったのか。
久慈さん曰く、朝はおにぎりやパン、夜は一品物のおかずや弁当が飛ぶように売れているそうだ。なるほど、経営者はよいところに目をつけたようだ。だが駅前コンビニの賑わいは多雨野の寂しい現状の裏返しだ。山中に位置し、近くに高速道路のインターもない立地条件では企業の誘致もままならない。久慈さんもあらゆる企業に足を運んでお願いしてきたが、いつも憐れみの眼差しと即興の同情を貰うだけで話が終わるそうだ。
「知ってるか? うちの千秋も若葉ちゃんとおなじ高校でな。しかもバスケ部だ」
「ええ、若葉から聞きました」むかしから若葉と千秋ちゃんは仲が良かった。
「帰りの電車が一緒だから、ふたりしておにぎりやらパンやら買って食べてるよ。やっぱり運動部員は家まで我慢できないらしい」
そうこうするうちコンビニに着いた。徒にでかい駐車場――私はダチョウ放し飼い予定地と名づけた――には初日に見かけたのと同程度の車がとめられており、駐輪スペースの自転車も同様であった。
「このコンビニはな、車や自転車を放置しないって誓約書さえ書けば無料で駐車場や駐輪スペースを提供してくれるんだわ。そうすることで客も利用しやすくなるからギブアンドテイクだわな。役場としても助かってる」
ふむ、存外切れ者かもしれないな、ここの店長は。
「いらっしゃいま――」
自動ドアが開くと同時に、レジの店員があんぐりと口を開けた。
「瑞海か?」
私の名を口走り、カウンターの奥から飛びだしてきた。
「久しぶりだなぁ。何年ぶりだよ、おめぇが帰ってくるのは」
「ああ……まあ」
私はただ曖昧な微笑みを浮かべた。
「いや、懐かしいなぁ」
――ああ、っと、えと……誰だコイツ。
ここで知らないと言うのは少々失礼な気がする。が、思い出せない。誰だ? とりあえず頭髪が薄いことしかわからない。
「あれ? 俺んことわからん?」
店員が訝しむ横で久慈さんが苦笑し、「なんだ。誰の店か知らなかったのか」と顎をさする。
あれ? 知っていて当然なのか? 私は急いで記憶の頁をたぐった――微塵も思いだせん。
「誰だ、おまえ」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
旧校舎の地下室
守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる