異形の郷に降る雨は

雨尾志嵐

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二.十二年合戦

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「みんなに会えて懐かしかったろう」
「そうですね」
 ひと通り町を回って公用車――といっても軽トラだが――に戻った。
 町並みはかつての記憶とあまり変わらないが、流れた時間だけ古びてしまった印象だった。外装に手を加えているのは跡取りが残った家だろう。手入れされていない空き家もちらほら見受けられる。本屋はとうに店を畳み、隣のおもちゃ屋が廃業したのは私が小学生の時だった。
 無人の家はこれからも少しずつ、だが確実に増えていくのだろう。多雨野規模の町ならありふれた事実だ。当たり前すぎて新聞記事やネットニュースにもならない。
「コンビニには顔を出したか」
「駅前の? いいえ、まだです」
「じゃあ、寄って挨拶するか」
 久慈さんがサイドブレーキを外しアクセルを踏んだ。
「単純な疑問ですが、あんな場所に店を構えて客が入るんですかね」
「たしかにまわりに家はないが、朝晩の通勤通学時はずいぶん繁盛しているなあ。いまの多雨野には働く場所も学校もないから、結局みな外に出ざるを得ない」
 町で挨拶回りをしていても、車や人通りが少ないと感じていた。平日の昼間であることを差し引いてもさびしい限りだ。なるほど、それで私が浴びるはずだったギャルの黄色い悲鳴がなかったのか。
 久慈さん曰く、朝はおにぎりやパン、夜は一品物のおかずや弁当が飛ぶように売れているそうだ。なるほど、経営者はよいところに目をつけたようだ。だが駅前コンビニの賑わいは多雨野の寂しい現状の裏返しだ。山中に位置し、近くに高速道路のインターもない立地条件では企業の誘致もままならない。久慈さんもあらゆる企業に足を運んでお願いしてきたが、いつも憐れみの眼差しと即興の同情を貰うだけで話が終わるそうだ。
「知ってるか? うちの千秋も若葉ちゃんとおなじ高校でな。しかもバスケ部だ」
「ええ、若葉から聞きました」むかしから若葉と千秋ちゃんは仲が良かった。
「帰りの電車が一緒だから、ふたりしておにぎりやらパンやら買って食べてるよ。やっぱり運動部員は家まで我慢できないらしい」
 そうこうするうちコンビニに着いた。徒にでかい駐車場――私はダチョウ放し飼い予定地と名づけた――には初日に見かけたのと同程度の車がとめられており、駐輪スペースの自転車も同様であった。
「このコンビニはな、車や自転車を放置しないって誓約書さえ書けば無料で駐車場や駐輪スペースを提供してくれるんだわ。そうすることで客も利用しやすくなるからギブアンドテイクだわな。役場としても助かってる」
 ふむ、存外切れ者かもしれないな、ここの店長は。
「いらっしゃいま――」
 自動ドアが開くと同時に、レジの店員があんぐりと口を開けた。
「瑞海か?」
 私の名を口走り、カウンターの奥から飛びだしてきた。
「久しぶりだなぁ。何年ぶりだよ、おめぇが帰ってくるのは」
「ああ……まあ」
 私はただ曖昧な微笑みを浮かべた。
「いや、懐かしいなぁ」
 ――ああ、っと、えと……誰だコイツ。
 ここで知らないと言うのは少々失礼な気がする。が、思い出せない。誰だ? とりあえず頭髪が薄いことしかわからない。
「あれ? 俺んことわからん?」
 店員が訝しむ横で久慈さんが苦笑し、「なんだ。誰の店か知らなかったのか」と顎をさする。
 あれ? 知っていて当然なのか? 私は急いで記憶の頁をたぐった――微塵も思いだせん。
「誰だ、おまえ」
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