異形の郷に降る雨は

志ノ原新

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三.教えてケローッ!

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 役場には、私より年下が二人しかいない。どちらも高校卒業と同時に採用されており、先輩であるが年下だ。そんなわけで二十代半ばの私も役場では圧倒的に若手だ。力仕事を優先的に引き受け、お年寄りしかいない家に赴いて薪割りや草むしりを手伝ったり、と八面六臂の大活躍だ。
 故に貴重な休日は体を休めることに専念している。戦士とはそういうものだ。
 世界が溺れていると錯覚するほど激しい雨に打たれた土曜の午後。戦士は居間でごろごろし読書に勤む。もちろん愛読書の遠野物語を傍らに置いているのだ。
 母は書斎でパソコンに向かい、うんうん唸りながら執筆している。若い頃東京に住んでいた母は、父と結婚して多雨野へ移った。そして私を生む前にとある小説新人賞を受賞し、以来ちょこちょこ書下ろしを出版している。河童とか座敷わらしといった妖怪を描いたユーモラスな現代物がヒットし、いまだにつづく人気シリーズとなっていた。
「父上とは、どのようにして知り合ったのですか」
 いつだったか両親の馴れ初めを訊いたことがあった。
「たまたまお父さまが東京にきたときに見初められちゃってねぇ。もう、力ずくで多雨野に連れてこられたような感じ? 当時のわたくしもワイルドな殿方に憧れていましたからねえ」
「母上の実家とはいまも付き合いがあるのでしょうか? 覚えている限り一度も実家に行ったことがないし、住所すら教えてもらっていませんが」
「駆け落ちみたいなものですから、連れ戻されるんじゃないかと思って連絡とらなかったのですよ。で、そのままずっと連絡しそびれちゃってねえ」
「はあ。母上の実家からすれば、まるで神隠しにあったようなものでしょうね」
「まあ、そんなようなものですね。いつかおばあちゃんになったら一度ぐらい帰ろうかしら」
 フフフと笑う母にそれ以上のことを訊く気になれなかった。
「――さて、メシの支度をするか」
 腰をあげて台所にたつ。いつもの土曜よりずいぶん早い夕食の支度だ。先生の都合で、今日は部活の終わりが早い。ならば一人暮らしで身につけた我が料理の腕前を爆発させよう――比喩だがな。腕爆発したら大惨事だ。
 まずは鍋に水をはって火にかけ、それから大根の皮を剥く。皮のすぐ下は煮ても固いので、皮ごと厚く剥いて取り分けておく。あとで大根の皮のキンピラにするのだ。大根を厚さ二センチほどの輪切りにして隠し包丁を入れ、型崩れせぬよう角を落とす。
 湯が沸騰する前に火を止め、けちらず鰹節を投入し、長々時間をかけずに引き上げて出汁を作る。やたら高温にしたり長く煮だすと旨味以上にえぐみが出るので要注意だ。
 さて、次は米研ぎだ。米は大事だ。人間米さえ食っときゃあ、どうにかなる。
 砕かぬよう丁寧に研いだ米を炊飯器にセットしてスイッチ・オン。研ぎ汁をとっておくことも忘れてはいけない。
 大根はまず米の研ぎ汁で下茹でするのがポイントだ。臭みを消し、味が染みやすくなるテクニックだが、大根の中央がへこむのも防ぐので見栄えも良くなる。ある程度歯ごたえが残る頃合いで煮えた大根を水に取って水洗いし、次は薄く味付けた出汁で煮る。十分に出汁が滲みたら胡麻油を引いたフライパンで両面に焼き目をつけてやる。これで煮大根ステーキの完成だ。
 ちょうど夕餉ができあがるころに、腹ペコ娘が帰ってきた。
「すごいね、おいしそう」
 着替えを済ませた妹からの賞賛を一身に浴び、「たいしたことはない」と答えながらまんざらでもない兄である。母も仕事の手を休め、三人で夕餉を囲む。メニューは鯵の干物、豚肉と牛蒡の炒り豆腐。大根の皮のキンピラと大根っ葉の味噌汁、それに煮大根のステーキだ。
「お兄ちゃん、これ、このまま食べるの」
 焼き目のついた大根を箸で摘んで不思議そうに眺める妹に、「ちょこっと塩かポン酢をつけるといい」
「あ、美味しいね」若葉が目を細めて大根を噛む。そのたびにシャクシャクと小さく音がした。
「そうだろう」口に含むとまず香ばしさが広がり、噛んだ瞬間に出汁の旨味がふわっと溢れる。おかずとしても箸休めとしても優秀な一品だ。私は家族団欒の心地よさを満喫した。
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