異形の郷に降る雨は

雨尾志嵐

文字の大きさ
28 / 84
三.教えてケローッ!

しおりを挟む
「八重樫ーっ、まな実のぉー、教えてケローッ」
 天を衝くほどに高らかな声だった。
 本人による本物のフレーズは朗らかでありながら、空気を震わせるほどのパワーがある。
 はじける八重樫アナ。満面の笑み。まるでお遊戯の時間にはしゃぐ子どものよう。弾むが如くジャンプ。謎のカエル人形が高く突きあげられる。心寂しい無人駅のまえ、他になんの音もしない――あ、トンビが鳴いた。
 異国で雨乞いの儀式に出くわした気にもなる。すでに雨は降っているけれど。だって多雨野だし。
 傘をさしていても八重樫アナのジャンプはキレキレだ。全身全霊をもってレポートする彼女のキャピキャピした姿はみる者すべてにほんわかとした気持ちと脱力感をもたらす。スタッフや関係者の顔には一様に温い笑みが浮かんでいる。世界のどこかで紛争が起こったなら八重樫アナを連れていけば沈静化するのではなかろうか。
「はい、今日はぁ、こちらの町にお邪魔してまーすっ」
 このコーナーで我が町がとりあげられるのは二年ぶり二度目だそうだ。ローカル放送といえど人気コーナーだから宣伝効果が高く、地域アピールの有効なツールと認識されている。取材依頼はホームページで受け付けているが、県内の市町村やさまざまな団体から申し込みが殺到している。本来であれば次に多雨野が取りあげられるのは最低でも一年以上先のはずだった。
 そこで私は単身テレビ局を訪れ、社長への面会を申し込んだのだ。もちろんあか推としての正式な仕事だ。そしてもちろん断られた。アポをとっていないからだ。いや、そもそもなんの伝手もなく社長とのアポがとれるわけもないが。
 だがそんなことで挫ける私ではない。毅然とした態度をみせる受付嬢に、「実は私、こういう者です」と名刺を差しだした。
 少し話は逸れるが、名刺というものは悪くない。自分の名と肩書きが記された小さな紙片を目にするたび、己が組織を担う戦士であると強く実感できるからだ。ちなみに肩書きは『地域発展企画ワーキング委員会会長』である。町長を説得してあか推活動と連動する委員会を作り、町役場の組織表に書き込んでもらった。この委員会に所属しているのは私ひとりだ。なに故に所属メンバーひとりの委員会を設けるのか――そんなのはかんたんなことだ。
 ひとりしかいない委員会なら、自動的に会長になれるじゃない!
 名刺の肩書きに堂々と『会長』と書けるじゃない!
 そして『会長』と書いてある名刺はカッコいいじゃない!
 ともあれテレビ局を訪ねた目的は、社長とはいかなくても、なんとか上層部と面会し、すぐに取材にきてほしいと切実に訴えることだった。手をこまねいているぐらいなら、まず体当たりするのが信条だ。ネットで世界中がつながっているいま、距離は言い訳にならず、時間の価値は跳ねあがった。動くのが遅れた者に残される果実など欠片もない。
「絶対『教えてケローッ』に取材にきてほしいんですよ。どなたか偉い人に会わせてください。お願いします」
 そのためなら駄々でもなんでもこねまくる覚悟があった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

スライム退治専門のさえないおっさんの冒険

守 秀斗
ファンタジー
俺と相棒二人だけの冴えない冒険者パーティー。普段はスライム退治が専門だ。その冴えない日常を語る。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

処理中です...