死の憂鬱

鹿島ひより

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死の憂鬱

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 部屋は薄暗く、空気が篭っている。美奈は自分を抱きしめる体勢を取った。涙が零れ落ちた。人ひとりが激情を抱えて身を震わせているというのに、室内は依然として静けさを保っている。世界から取り残されたような空間であった。
 美奈はそれらしい不幸を抱えてはいなかった。二十五歳の誕生日を迎えたばかりというだけの、どこにでもいる人間だと自負していた。けれど、その二十五歳になったことこそが重要なのだった。日付が変わったのに気付いた時、人生の四分の一が終わったことを実感した。希望的観測をしても今まで生きた時間の三倍しか生きられないという事実に深くナイフで突き刺され、そのまま掻き回された。完治することはないだろう。きっと忘れた頃にまた、傷は開く。
 死を怖いと思うのは本能だ。しかし人間という動物は、その恐怖をあるべき姿で受け止めるには、本能的でなくなってしまっていた。ここでいう本能とは、生存と種の保存である。自然に淘汰される心配をする必要のない人間を除いて、動物達は死の恐怖を生きる力に変えることができる。その能力を失った人間は、死のことを考えると、純粋な恐怖の他に様々な憂鬱を感じる必要があった。例えば美奈は、自分の命の重みについて考えた。世の中に自分が自分でなくてはいけないことなど何一つなかった。今日も代替可能な社会の歯車として働いてきた所だ。残り少ない寿命で、今生を価値あるものにすることはできないだろうと、何となく予期していた。命の重みには個人差があるが、自分は軽い方なのだと自覚した。自分が生まれてきた意味はないのだと思った。
 美奈の喉から嗚咽が漏れる。静寂を破ったその音は、空間を更に寂しくした。
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