夜に滲むはきみのまぼろし

浦見晴

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2.魔族コミュニケーション

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 学年が上がり、少々の休みを経てようやく授業が始まった。
 とはいえ最初の一週間は大抵教員の自己紹介やオリエンテーションばかりで、本格的な授業はおおよそ来週からとなる。
 去年までは初回の授業をほとんど欠席していたし、なんなら単位さえ取れれば十分だったので最低限の回数しか授業に出ていなかった。しかし、今年度からは成績維持のために出席点も必要なので、面倒に思いながらも仕方なく朝早くからカレッジの講義棟へと赴いていた。



「なあジェイ、選択科目もう決めたか?」
「ああ」
「俺、ホワイト先生の変身術とろうと思ってんだけどジェイも一緒にどうだ?」
「残念だがホワイトの授業は応用高等魔法術しかとらない予定だ」
「えー! 変身術の方が絶対に楽しいだろ!」
「楽しい楽しくないで選択してないからな」

 スタスタと歩く俺に慌ただしい足取りでついてくるルベルは、先ほどからシラバス片手にあれこれ講義のことを喋っている。ほとんど一方的に。

 昨年までは必修科目の方が多かったためにほとんど同じ講義を履修していたが、3年生からは選択科目が増え、より専門的な内容を学ぶことになる。就職や進路に深く関わることもあるので、3年生に進級してからも二人仲良く同じ授業をとる、などと悠長なことは言ってられないのが現実である。
 俺とルベルは座学も実技も得意不得意が全く異なるので、恐らく必修科目以外で一緒になることはほとんどなくなるだろう。

 俺の今期の目当ては、カレッジの名物教授ホワイト・エディーンが担当する応用高等魔法術だ。
 ホワイトは厳格で規律を重視する生真面目な性格で、授業態度や出席率なども成績に強く反映させることで有名だった。そのため普段はサボっている初回授業にもこうして足を運んでいるのである。

「応用高等魔法術……やっぱスカラー制度のためなのか?」
「まあ、……そうだ」
「そっか。大変だなー。ホワイト先生厳しいけど、その分いい成績とれたら内申点めっちゃ上がりそうだよなー」

 ここブラッツ・カレッジでは、成績優秀者に対して特権が与えられる。その仕組みをスカラー制度といって、学費の免除や研究費の補助などの権利を与えられるのだ。
 俺はとある事情──弟のルクスのために、今年度中にこのスカラー制度の特待生にならなければいけなくなった。スカラー制度を受ける条件はなかなか厳しく、試験の点数だけでなく内申点も見られるため、昨年とは比べ物にならないくらい忙しくなりそうだった。
 特に応用高等魔法術はホワイトが担当している授業の中でも内容が難しく、さらに評価基準も最も厳しい科目である。
 それでもあえて選択するのは、ひとえにスカラー制度のためであり、単純に応用高等魔法学に対して興味を持ったからでもあった。



 話しているうちに共通の目的地へと到着した。
 大講堂。そこにはたくさんの学生が集まっていた。全員、無事進級することができた3年生である。
 3年生に上がってからは専門研究活動が新たなカリキュラムとして取り入れられる。学生一人一人が独自のテーマで研究に取り組み、論文や作品などを作成して年度末に発表するのだ。
 その説明会と資料の配布がこれからこの場所で行われる。もちろん3年生は皆出席必須であり、それは俺とて例外ではない。

 資料は入り口に置いてあるものを各自1枚ずつ取っていくスタイルのようで、そこそこ長い行列が出来ていた。魔法で配布すればいいのにと思ったが、そういえばここの事務員は皆いつも疲れ果てたような顔をしているので、なんとなく同情心が優った。魔法を使うにも体力が要る。

 俺とルベルは行列の最後尾に並んだ。
 ルベルが背伸びをして行列の長さを確認しようとした時、その男はやってきた。

「よぉジェイ・スタンリー、今日もイイ顔してんなあ❤︎」

 背後から声をかけられる。同時に肩に重い腕が乗っかってきて、俺は反射的に眉根を寄せた。
 甘やかで焦げついたような……例えるならキャラメルのような匂い。そしてこの体温がやけに低く、人間よりも冷たくて硬い皮膚が背中にぴたりとくっつく感触。極めつけに鋭く尖った爪が頬をなぞる。
 何度か経験したことがあるから、男の正体はすぐにわかった。

「おいラシュ、俺は無視かよ」
「お? 悪ィなチビちゃん、小さくて見えなかったぜ」
「んだとコラ!!」
 
 ラシュ──ラシュ・ラジンスカヤ。

 褐色の肌と白い髪、そして頭に生えた2本のツノが特徴的なドラゴニュートの生徒である。
 ドラゴニュートとはその名の通りドラゴンと人間の両方をルーツに持つ一族のことである。通常時は人間に近い姿をとることが大半だが、鋭い爪や牙、そして頭部のツノなど一部にドラゴン特有の性質が表出している。

 ラシュは俺たちと同じ3年生で、特にルベルとは昨年の魔法薬学の授業で同じ班だったため関わりが深いらしい。もっとも性格の相性はそれほど良くないので、俺もルベルもラシュとは別に友人と名乗れるほどの仲ではない。
 ただ、俺たちがカレッジでは少数派である純粋な人間族だからか、ラシュは一方的に俺たちのことを気に入っていて、こうやって時折ベタベタと絡んでくることがあるのだ。

 しかも俺に対しては「顔が好き」などと出会った当初から公言しており、会うたびに顔を褒めてくる。嬉しくない。
 むしろ、自分よりも身体が大きくて腕力のあるドラゴニュートに言われると恐怖さえ感じる。

「ジェイ~お前1位だったなァ? 年度末のテスト」
「ああ、そうだな」
「いきなり真面目ちゃんになっちまって……金に困ってるなら俺に言えよ? いつでも愛人にしてやるからよぉ」
「結構だ」

 褐色の腕が視界にチラつく。ギラギラしたブレスレットをつけているから、時折反射して目に痛い。
 何より鋭い爪が頬、耳、首と色々な部位を掠めていくのが不快だった。
 抵抗したところでさらに強い力で押さえつけられるのが想像に難くないので大人しくしているが、本当はこの腕を振り払って突き飛ばしてやりたい。こういう時ばかりは種族差が嫌になる。
 一番は何もせずにやり過ごすこと。そう自分に言い聞かせてただ立ち尽くしていた。

「お前が『黒』を持ってたら今すぐにでも番にするのになァ……❤︎」
「おいラシュ! いい加減ジェイから離れろよ!」

 ラシュの尖った爪がするりと俺の茶色い髪に触れる。その瞬間ルベルが間に入り、俺とラシュを引き剥がした。

「ジェイ、気を付けろよ。ラシュに何かされそうになったらすぐ俺に言えよな」
「チビちゃんに言っても無駄だろ~? 俺より弱ェんだからさァ」
「うるせぇな! お前はどっか行けよ!」
「無・理❤︎」

 俺庇うようにしてルベルがラシュの前に立つ。流石に身の危険を感じ始めていたので、正直なところルベルのこの行動の速さには助かった。
 しかしラシュも同じ3年生、これから行われる説明会に同じく参加するのだろう。離れることなくニヤニヤしながらこちらを見るラシュに、人知れず背筋が冷える。
 ルベルが大声を出したからか、そうでなくともラシュは人目を集める見た目をしているので、周囲がざわざわとし始めた。ヒソヒソとこちらを見ながら何か話している者もいる。最悪だ。俺は目立つことが嫌いだ。

 その後なんとかラシュと離れた席に座ることはできたが、ずっと背後から見られている気がして終始落ち着かなかった。
 しかも視線を向けてきたのはラシュだけではない。昨年までパッとしない成績だった俺がいきなり首席になったので、他の生徒もジロジロとこちらを見てきたのだ。気分が悪い。

 わざわざ説明を受けなくとも資料を見れば大抵のことはわかる。
 説明会が終わるまでひたすら意識を資料に集中させて、なんとか視線を気にしないように努めた。隣にいるルベルが途中で居眠りしているのを見て、その図太さが少しだけ羨ましいと思った。
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