20 / 21
18.スタンリー家
しおりを挟むハーピー族の血を引くリーベリーのヴィンセントと、純血の妖精族であるロベルタ。
他種族同士が結婚することはそう珍しいことではない。強いて言えば、純血の妖精族であるロベルタが同じ妖精族ではなく程々に血の薄まった種族と結ばれたことに一族からの強い反対意見はあったらしい。
ただ、二人は互いに学生時代の時から交際関係にあったことは公然の事実であったし、反対していたのはロベルタの一族の、ほんの一部の老輩くらいだった。二人は何の変哲もない幸せな夫婦だ。
問題は、その夫婦が実子を産んでから間もなく人間の子どもを引き取ったことだった。
他でもない俺のことである。
俺はロベルタとヴィンセントの実子──つまりルクスが産まれてから少し経った頃に、スタンリー家の養子となった夫妻と血の繋がりのない子どもである。
親もきょうだいも不明で、ただ人間であることだけが確かな、哀れな子どもだった。
ただ、自分が哀れであるなんて思ったことがないくらい、スタンリー家は愛情に溢れた家庭だった。
俺は幼い頃に自分と両親に血の繋がりがないことに気付いていたけれど、それでもなんの不和もなく仲睦まじく暮らしている。むしろ他の家庭と比較しても賑やかで仲の良い家族と言えるだろう。
もし俺に魔力が発現していなかったら今ほど蟠りのない家庭ではなかった可能性はある。魔力がそこそこあって、魔法に対して忌避感のない子どもだったから馴染めたのかもしれない。
まあ、平和な時期も短いものだった。
俺とルクスが赤子から幼子へ成長すると共に俺の存在が少しずつ知られ始め、その結果魔法界の一部でスタンリー家は人間の子を囲っているなどという根拠のない噂が広まってしまったのだ。
当時ヴィンセントは内務省副官の補佐というその年齢にしては重要な役に就いていたし、ロベルタは名家であるウォルシュ家の出身だ。注目される機会も多く、そのうえ魔法界は高尚ぶっているわりに案外下衆な噂が好きだ。
最終的にヴィンセントとロベルタは早々に都市中心部での暮らしを捨て、魔法の認知度が低い郊外に移住することとなった。現在住んでいるこの屋敷である。
二人は前からこういう穏やかな暮らしをしてみたかったんだと俺に話したが、当人である俺は、恐らく自分にまつわる噂が原因なのだろうと認識していた。
この移住あれこれはまだ俺の物心がつく前の話なので詳細には覚えてないが、それでもこの時期の両親はやたらと忙しそうにしていたのは覚えている。
スタンリー家の移住や自身の生みの親について、気にしていないといえば嘘になる。
両親はここでの生活を楽しんでいるように見える。きっとそれは事実だ。俺もルクスも、この自然に囲まれた土地での暮らしを気に入っている。
それでも、やはり俺はスタンリー家が自分のせいで魔法界を追われたようなものだという考えが消えないのだ。
そんな中で不幸中の幸いだったのは、スタンリー家に引き取られてからずっと、『黒』を持つことの危険性を知っていたヴィンセントとロベルタに目眩しの魔法をかけられていたおかげで、『黒』を狙う輩に目をつけられたことはないことだ。家を離れてカレッジに通い始めてからは、ロデリックの協力もある。
18年弱の人生において、黒髪黒目でいることよりも茶髪に茶色の瞳でいる時間の方が長いものだから、俺はもう『黒』をその身に宿して過ごしているという自覚はほとんどない。
それでも魔法が使える人間──人間族というだけで物珍しいものを見る目で見られるし、今期はカレッジの首席についてしまったものだから、余計に注目される機会が増えてしまった。
最近何かと厄介そうな人物に絡まれることも増えたので、より気を付けなくてはならない。
目下の悩みは様々だが、今は心から落ち着けるこの家でゆっくり過ごしたい。
清潔に保たれた自室に荷物を置き、ひとまず窓を開けて大きく呼吸をした。
自然豊かなこの地域は空気も綺麗だ。隣の部屋で眠るルクスにとっても、良い環境であればいいと思った。
──✂︎──
ジェイがリビングを後にしてから、ロベルタとヴィンセントは身を寄せ合いながら静かに話をしていた。
彼らの手元には1冊の古めかしい手帳がある。朽ちないように魔法が施されているが、それでもかなり月日を感じさせる手帳だ。
「……やはり伝えるべきだろうか」
「そうね。私は真実を教えてあげるべきだと思うわ」
手帳には1枚の写真が挟まれていた。
白い歯を見せて笑う柔らかな栗毛の男性と、美しい黒髪を持つ仏頂面の女性。そして女性の腕の中で眠る小さな赤ん坊。母親譲りなのか、同じく美しい黒髪を持つ子だった。
写真の裏には撮影した年月日と思われる早春の日付が入っていた。そしてその下に3人のものと思われる名前が記されている。
残念ながらほとんど文字が掠れてしまって、読み取ることは難しい。
「彼らの名前を出せば、今でも良くない顔をする輩は大勢いる。それにルクスの問題も……私はどうすればいいのだろうか」
「私は、じゃなくて"私達"。焦る必要はないわ。でもいつかは話さなくてはならないわね」
俯くヴィンセントの手をとって、ロベルタは微笑んだ。
この写真を撮影した僅か数ヶ月後、この仲睦まじい様子で写っている3人は永別することになる。
写真の中の夫婦はまだ言葉も覚えていない赤ん坊を残して、あまりにも不幸な死を迎えたのだった。
残された赤ん坊──ジェイは、この事実を知らないまま育った。
もちろんスタンリー夫妻はジェイの血縁上の親のことをよく知っている。名前も性格も自分達との間柄もすべて、1日たりとて忘れた日はない。
あえてジェイに生みの親の話をしないのは、ジェイが望まなかったからという理由の他に、ジェイを守るためでもあった。子どもに打ち明けるにしては、凄惨すぎるほどの事情があったのだ。
ルクスのこと。ジェイのこと。ジェイの生みの親のこと。
いつかはすべてを話さなくてはならない。いつまでも黙っていることなどできない。そう理解していながら、ヴィンセントとロベルタは愛する我が子を守るために口を閉ざしてきた。そこには自分達の甘えもあったのかもしれない。
親離れ──いや、子離れの時期は着実に近付いている。願わくば我が子らに幸多からんことを。
二人は寄り添いながら束の間の穏やかな時間を分かち合った。窓の外に広がる空は晴れやかなのに、重い石を飲み込んだように心は鈍い苦しみに満ちている。
※補足
ヴィンセントとロベルタは38歳(ヴィンセントと同期のロデリックやニコールも同じく38歳)
ホワイトは一学年下の37歳
メレルとオズワルドは同期で33歳(カレッジ時代ホワイトとギリギリ被る)
サルヴァトーレはさらに一回り年下の27歳
1
あなたにおすすめの小説
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
囚われた元王は逃げ出せない
スノウ
BL
異世界からひょっこり召喚されてまさか国王!?でも人柄が良く周りに助けられながら10年もの間、国王に準じていた
そうあの日までは
忠誠を誓ったはずの仲間に王位を剥奪され次々と手篭めに
なんで俺にこんな事を
「国王でないならもう俺のものだ」
「僕をあなたの側にずっといさせて」
「君のいない人生は生きられない」
「私の国の王妃にならないか」
いやいや、みんな何いってんの?
うちの家族が過保護すぎるので不良になろうと思います。
春雨
BL
前世を思い出した俺。
外の世界を知りたい俺は過保護な親兄弟から自由を求めるために逃げまくるけど失敗しまくる話。
愛が重すぎて俺どうすればいい??
もう不良になっちゃおうか!
少しおばかな主人公とそれを溺愛する家族にお付き合い頂けたらと思います。
初投稿ですので矛盾や誤字脱字見逃している所があると思いますが暖かい目で見守って頂けたら幸いです。
※(ある日)が付いている話はサイドストーリーのようなもので作者がただ書いてみたかった話を書いていますので飛ばして頂いても大丈夫です。
※度々言い回しや誤字の修正などが入りますが内容に影響はないです。
もし内容に影響を及ぼす場合はその都度報告致します。
なるべく全ての感想に返信させていただいてます。
感想とてもとても嬉しいです、いつもありがとうございます!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
BLゲームの脇役に転生したはずなのに
れい
BL
腐男子である牧野ひろは、ある日コンビニ帰りの事故で命を落としてしまう。
しかし次に目を覚ますと――そこは、生前夢中になっていた学園BLゲームの世界。
転生した先は、主人公の“最初の友達”として登場する脇役キャラ・アリエス。
恋愛の当事者ではなく安全圏のはず……だったのに、なぜか攻略対象たちの視線は主人公ではなく自分に向かっていて――。
脇役であるはずの彼が、気づけば物語の中心に巻き込まれていく。
これは、予定外の転生から始まる波乱万丈な学園生活の物語。
⸻
脇役くん総受け作品。
地雷の方はご注意ください。
随時更新中。
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*本編完結しました
強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない
砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。
自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。
ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。
とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。
恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。
ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。
落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!?
最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。
12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生
拝啓、目が覚めたらBLゲームの主人公だった件
碧月 晶
BL
さっきまでコンビニに向かっていたはずだったのに、何故か目が覚めたら病院にいた『俺』。
状況が分からず戸惑う『俺』は窓に映った自分の顔を見て驚いた。
「これ…俺、なのか?」
何故ならそこには、恐ろしく整った顔立ちの男が映っていたのだから。
《これは、現代魔法社会系BLゲームの主人公『石留 椿【いしどめ つばき】(16)』に転生しちゃった元平凡男子(享年18)が攻略対象たちと出会い、様々なイベントを経て『運命の相手』を見つけるまでの物語である──。》
────────────
~お知らせ~
※第3話を少し修正しました。
※第5話を少し修正しました。
※第6話を少し修正しました。
※第11話を少し修正しました。
※第19話を少し修正しました。
※第22話を少し修正しました。
※第24話を少し修正しました。
※第25話を少し修正しました。
※第26話を少し修正しました。
※第31話を少し修正しました。
※第32話を少し修正しました。
※第33話を少し修正しました。
────────────
※感想(一言だけでも構いません!)、いいね、お気に入り、近況ボードへのコメント、大歓迎です!!
※表紙絵は作者が生成AIで試しに作ってみたものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる