夜に滲むはきみのまぼろし

浦見晴

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18.スタンリー家

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 ハーピー族の血を引くリーベリーのヴィンセントと、純血の妖精族であるロベルタ。
 他種族同士が結婚することはそう珍しいことではない。強いて言えば、純血の妖精族であるロベルタが同じ妖精族ではなく程々に血の薄まった種族と結ばれたことに一族からの強い反対意見はあったらしい。
 ただ、二人は互いに学生時代の時から交際関係にあったことは公然の事実であったし、反対していたのはロベルタの一族の、ほんの一部の老輩くらいだった。二人は何の変哲もない幸せな夫婦だ。

 問題は、その夫婦が実子を産んでから間もなく人間の子どもを引き取ったことだった。
 他でもない俺のことである。

 俺はロベルタとヴィンセントの実子──つまりルクスが産まれてから少し経った頃に、スタンリー家の養子となった夫妻と血の繋がりのない子どもである。
 親もきょうだいも不明で、ただ人間であることだけが確かな、哀れな子どもだった。

 ただ、自分が哀れであるなんて思ったことがないくらい、スタンリー家は愛情に溢れた家庭だった。
 俺は幼い頃に自分と両親に血の繋がりがないことに気付いていたけれど、それでもなんの不和もなく仲睦まじく暮らしている。むしろ他の家庭と比較しても賑やかで仲の良い家族と言えるだろう。
 もし俺に魔力が発現していなかったら今ほど蟠りのない家庭ではなかった可能性はある。魔力がそこそこあって、魔法に対して忌避感のない子どもだったから馴染めたのかもしれない。

 まあ、平和な時期も短いものだった。
 俺とルクスが赤子から幼子へ成長すると共に俺の存在が少しずつ知られ始め、その結果魔法界の一部でスタンリー家は人間の子を囲っているなどという根拠のない噂が広まってしまったのだ。
 当時ヴィンセントは内務省副官の補佐というその年齢にしては重要な役に就いていたし、ロベルタは名家であるウォルシュ家の出身だ。注目される機会も多く、そのうえ魔法界は高尚ぶっているわりに案外下衆な噂が好きだ。

 最終的にヴィンセントとロベルタは早々に都市中心部での暮らしを捨て、魔法の認知度が低い郊外に移住することとなった。現在住んでいるこの屋敷である。
 二人は前からこういう穏やかな暮らしをしてみたかったんだと俺に話したが、当人である俺は、恐らく自分にまつわる噂が原因なのだろうと認識していた。
 この移住あれこれはまだ俺の物心がつく前の話なので詳細には覚えてないが、それでもこの時期の両親はやたらと忙しそうにしていたのは覚えている。

 スタンリー家の移住や自身の生みの親について、気にしていないといえば嘘になる。
 両親はここでの生活を楽しんでいるように見える。きっとそれは事実だ。俺もルクスも、この自然に囲まれた土地での暮らしを気に入っている。
 それでも、やはり俺はスタンリー家が自分のせいで魔法界を追われたようなものだという考えが消えないのだ。


 そんな中で不幸中の幸いだったのは、スタンリー家に引き取られてからずっと、『黒』を持つことの危険性を知っていたヴィンセントとロベルタに目眩しの魔法をかけられていたおかげで、『黒』を狙う輩に目をつけられたことはないことだ。家を離れてカレッジに通い始めてからは、ロデリックの協力もある。
 18年弱の人生において、黒髪黒目でいることよりも茶髪に茶色の瞳でいる時間の方が長いものだから、俺はもう『黒』をその身に宿して過ごしているという自覚はほとんどない。
 それでも魔法が使える人間──人間族というだけで物珍しいものを見る目で見られるし、今期はカレッジの首席についてしまったものだから、余計に注目される機会が増えてしまった。
 最近何かと厄介そうな人物に絡まれることも増えたので、より気を付けなくてはならない。


 目下の悩みは様々だが、今は心から落ち着けるこの家でゆっくり過ごしたい。
 清潔に保たれた自室に荷物を置き、ひとまず窓を開けて大きく呼吸をした。
 自然豊かなこの地域は空気も綺麗だ。隣の部屋で眠るルクスにとっても、良い環境であればいいと思った。


──✂︎──


 ジェイがリビングを後にしてから、ロベルタとヴィンセントは身を寄せ合いながら静かに話をしていた。
 彼らの手元には1冊の古めかしい手帳がある。朽ちないように魔法が施されているが、それでもかなり月日を感じさせる手帳だ。

「……やはり伝えるべきだろうか」
「そうね。私は真実を教えてあげるべきだと思うわ」

 手帳には1枚の写真が挟まれていた。
 白い歯を見せて笑う柔らかな栗毛の男性と、美しい黒髪を持つ仏頂面の女性。そして女性の腕の中で眠る小さな赤ん坊。母親譲りなのか、同じく美しい黒髪を持つ子だった。
 写真の裏には撮影した年月日と思われる早春の日付が入っていた。そしてその下に3人のものと思われる名前が記されている。
 残念ながらほとんど文字が掠れてしまって、読み取ることは難しい。

「彼らの名前を出せば、今でも良くない顔をする輩は大勢いる。それにルクスの問題も……私はどうすればいいのだろうか」
「私は、じゃなくて"私達"。焦る必要はないわ。でもいつかは話さなくてはならないわね」

 俯くヴィンセントの手をとって、ロベルタは微笑んだ。

 この写真を撮影した僅か数ヶ月後、この仲睦まじい様子で写っている3人は永別することになる。
 写真の中の夫婦はまだ言葉も覚えていない赤ん坊を残して、あまりにも不幸な死を迎えたのだった。
 残された赤ん坊──ジェイは、この事実を知らないまま育った。
 もちろんスタンリー夫妻はジェイの血縁上の親のことをよく知っている。名前も性格も自分達との間柄もすべて、1日たりとて忘れた日はない。
 あえてジェイに生みの親の話をしないのは、ジェイが望まなかったからという理由の他に、ジェイを守るためでもあった。子どもに打ち明けるにしては、凄惨すぎるほどの事情があったのだ。

 ルクスのこと。ジェイのこと。ジェイの生みの親のこと。
 いつかはすべてを話さなくてはならない。いつまでも黙っていることなどできない。そう理解していながら、ヴィンセントとロベルタは愛する我が子を守るために口を閉ざしてきた。そこには自分達の甘えもあったのかもしれない。

 親離れ──いや、子離れの時期は着実に近付いている。願わくば我が子らに幸多からんことを。
 二人は寄り添いながら束の間の穏やかな時間を分かち合った。窓の外に広がる空は晴れやかなのに、重い石を飲み込んだように心は鈍い苦しみに満ちている。





※補足
ヴィンセントとロベルタは38歳(ヴィンセントと同期のロデリックやニコールも同じく38歳)
ホワイトは一学年下の37歳
メレルとオズワルドは同期で33歳(カレッジ時代ホワイトとギリギリ被る)
サルヴァトーレはさらに一回り年下の27歳
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