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三章 まるでカーニバル! でも……
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やがて、ノウラを乗せた飛行船――いや、ノウラそのものと化した飛行船と言うべきか――は、氷の船団の先頭を走るひときわ大きな船、地球回遊国家の首都とも言うべき旗艦へと降り立った。
飛行船が音もなく発着場に降り立ち、タラップが架けられる。扉が開き、そこからただひとりの乗客であるノウラが姿を表す。
白銀のドレスをまとい、背筋をピンと伸ばし、当たり前のようにまっすぐに前を見据え、一歩いっぽ優美にタラップを降りるその姿はまさに王女。たとえ、父王によってその身分を剥奪されたいまであっても、身についた気品、魂の気高さはいささかも揺るがない。
それは、ノウラが『立場』によってではなく、『魂』によって王族なのだと言うことを告げていた。
タラップを降りたノウラを五〇代の品格ある人物と一〇名ばかりの随員が出迎えた。盛大な出迎えもなければ、歓迎の音楽をかき鳴らす楽隊もない。
一国の王女、そして、自らの国の未来の王妃に対する出迎えとしては『貧相』と言ってもいいほどに質素な出迎えだが、ノウラにとってはそんなことはどうでもいい。大仰なセレモニーに迎えられ、愛想笑いを浮かべながら顔も知らない相手に挨拶してまわる……そんな無駄な時間を過ごすぐらいなら、さっさと氷の王のもとに向かいたい。そして、共に望む世界を作る挑戦をはじめたい。
それが、ノウラの偽らざる心境。
――わたしは、そのためにここに来たのだから。
胸の高鳴りを感じながらノウラは心のなかでそう呟く。
そのノウラにしてみれば、簡素な出迎えは失望するどころかむしろ、大歓迎。大仰なだけで中身のない歓迎などされようものなら、その形式主義に腹を立て、ぶちギレていたかも知れない。
もし、ノウラのそんな性格や心情を知り抜いた上であえて簡素な出迎えにしたのだとすれば、なかなかに気が利いている。それだけの調査能力と企画能力とがあるのだとすればなかなかに侮れないが、
――たった五〇年で世界最高水準に達した国だもの。その程度の能力はあるわよね。
ノウラとしては頼もしい限りである。
なにしろ、王妃として担がれ、王宮の奥深くで寝そべって過ごすために来たのではない。自分の望む世界を実現させるという挑戦のために来たのだ。油断ならないほどの能力があるぐらいでなければ、頼りなくて仕方ない。
代表を務める五〇代の男性が恭しく礼をとった。礼儀正しく、品格にあふれ、相手に対する敬意に満ちたその姿。規模はともかく、ふるまいにおいてはまぎれもなく未来の王妃を迎えるにふさわしいものだった。
「ようこそ、おいでくださいました。ノウラさま。私は地球回遊国家の侍従長を務めますゾマスと申します。国をあげて、ノウラさまを歓迎いたします」
歓迎の規模の小ささを少数精鋭の誠意をもって補おうということだろうか。侍従長の言葉に従って一〇名ばかりの随員たちが一斉に礼をとった。
旧態依然の国家の数少ない美点として、クラシックな礼儀にうるさいノウラの祖国ナフードにおいても、ここまで見事な礼はめったに見られるものではない。それぐらい、規律のとれた礼だった。なにより、演技などではない、相手に対する心からの敬意が感じられる。
これだけ誠心誠意からの歓迎の意を表されれば、いかに奔放なノウラと言えど無下にはできない。礼には礼をもって返す。その精神をもっているからこその生まれついての王族なのだ。
このときばかりはノウラもおしとやかな王女の仮面をかぶり、丁寧な礼を返した。
「お出迎え、痛みいります。よしなに」
そう言って、優しく微笑むその姿はやはり王女。見るものすべてを魅了し、恋に落とさずにはいられない魅力に満ちている。
「それでは、ノウラさま。さっそくですがお車の方へ」
「ええ」
と、ノウラは侍従長のゾマスに促されるままに車に向かった。
用意された車とは、いわゆる『自動車』などではなく、古式ゆかしい四頭立ての馬車だった。その馬車には侍従長とともにノウラが乗り込み、一〇名の随員たちはそれぞれ二頭立ての別の馬車に乗り込んだ。
一台の馬車が先導し、残りの馬車が後ろにつづく。御者の掛け声に応じてウマが歩み、ゆっくりと車輪を回転させて馬車を前に進める。
少々、大仰には感じたもののこれはなかなかにいい気分だった。やはり、『氷の船』という幻想的な舞台には、自動車などという機械仕掛けの乗り物は似合わない。美しく、堂々とした姿のウマに引かれる馬車こそが似つかわしい。
氷の道の上を一列に連なった馬車の群れが進んでいく。ノウラは侍従長と並んで、ふたりきりで馬車に座りコトコトと揺られながら氷の王のもとへ向かっていく。
――これはけっこう良い気分ね。まるで、お姫さまになったみたい。いえ、王女だから、お姫さまにはちがいないんだけど。
ノウラは思わず苦笑していた。
ノウラにとって『王女』とはあくまでも国政に参加する要人のひとり。『お姫さま』という響きから想像されるメルヘンチックな存在とはわけかちがう。
全長一〇〇〇メートルを超える巨大な氷の船。その上を馬車に揺られて進んでいると、船の上だなどとは信じられなくなる。まるで、氷の島を渡っている気分だ。船上には広々とした街道が敷かれ、立派な町が広がっている。氷の船にふさわしく、すべての建物が氷で作られた氷の町だ。
まさに、氷山に作られた町。
それだけでも充分に幻想的で、現実の世界のことなど忘れさせてしまう魅力に満ちている。しかし、それ以上に摩訶不思議なのが道行く人々。誰もが着飾っている。誰もが華やいでいる。派手なメイク、派手な衣装、派手な装飾品。まるで、全身にきらびやかな飾りをつけて長い尾をたなびかせ、朝を告げる雄鳥のようにその身を飾っている。
「まるで、カーニバルか、ハロウィンの仮装行列ね」
ノウラも思わず、そう呟いていた。
それほどに派手に、陽気に着飾った人々の群れ。まるで、春の妖精たちの祭りのよう。幻想的な氷の町と相まって、いよいよメルヘンの世界に迷い込んだのではという気にさせられる。
ノウラの呟きに、隣に座る侍従長のゾマスが優しく微笑んだ。
「ここでは、これが当たり前の光景。日常の姿なのですよ。ノウラさま」
「話には聞いていたし、動画で見たことも何度もあるけど……やっぱり、直に見ると迫力がちがうわね。賑やかで、華やかで、楽しげで……まるで、子どものオモチャ箱をひっくり返して、その中身だけで世界を作ったみたい。つらさや、苦労なんてなにもないような……。さすが、観光で知られる国だけのことはあるわ」
ノウラのそんな言葉に――。
ゾマスは少々、手厳しい笑みを浮かべた。
「確かに、この国のこの姿は世界中で観光名所として知られております。この姿を見るために世界中から観光客が訪れる。それが、地球回遊国家の財政を支える柱のひとつであることは事実です。ですが……」
「ですが?」
「このありさまは決して、観光地を目指したためではないのですよ。それはただの結果。たまたま、世界から観光名所として受けとめられたというだけのこと。このような暮らしをしている理由は別にあるのです」
「別の理由?」
「どんな理由なの?」
「それは、おいおいお話しするといたしましょう。いきなり、多くのことを言われても理解できるものではありませんし、いまは、陛下のもとに行かれるのが一番ですから」
「そうね」
と、ノウラは素直にうなずいた。
このような暮らしが生まれた由来となればもちろん、気にかかる。なんと言っても、自分はこれからこの国の王妃となるのだ。国民の暮らしについては知っておかなくてはならない。
とはいえ、それはあとからでもできること。いまはとにかく一刻も早く氷の王に出会い、未来を語りたい。
それが、ノウラの本心だった。
そんなノウラの横顔を見ながら、ゾマスは悲しみを包んだ表情で言った。
「ただし……」
「ただし?」
「『つらさや苦労がない』という言葉は取り消していただきたい。現実は、その逆なのですから」
飛行船が音もなく発着場に降り立ち、タラップが架けられる。扉が開き、そこからただひとりの乗客であるノウラが姿を表す。
白銀のドレスをまとい、背筋をピンと伸ばし、当たり前のようにまっすぐに前を見据え、一歩いっぽ優美にタラップを降りるその姿はまさに王女。たとえ、父王によってその身分を剥奪されたいまであっても、身についた気品、魂の気高さはいささかも揺るがない。
それは、ノウラが『立場』によってではなく、『魂』によって王族なのだと言うことを告げていた。
タラップを降りたノウラを五〇代の品格ある人物と一〇名ばかりの随員が出迎えた。盛大な出迎えもなければ、歓迎の音楽をかき鳴らす楽隊もない。
一国の王女、そして、自らの国の未来の王妃に対する出迎えとしては『貧相』と言ってもいいほどに質素な出迎えだが、ノウラにとってはそんなことはどうでもいい。大仰なセレモニーに迎えられ、愛想笑いを浮かべながら顔も知らない相手に挨拶してまわる……そんな無駄な時間を過ごすぐらいなら、さっさと氷の王のもとに向かいたい。そして、共に望む世界を作る挑戦をはじめたい。
それが、ノウラの偽らざる心境。
――わたしは、そのためにここに来たのだから。
胸の高鳴りを感じながらノウラは心のなかでそう呟く。
そのノウラにしてみれば、簡素な出迎えは失望するどころかむしろ、大歓迎。大仰なだけで中身のない歓迎などされようものなら、その形式主義に腹を立て、ぶちギレていたかも知れない。
もし、ノウラのそんな性格や心情を知り抜いた上であえて簡素な出迎えにしたのだとすれば、なかなかに気が利いている。それだけの調査能力と企画能力とがあるのだとすればなかなかに侮れないが、
――たった五〇年で世界最高水準に達した国だもの。その程度の能力はあるわよね。
ノウラとしては頼もしい限りである。
なにしろ、王妃として担がれ、王宮の奥深くで寝そべって過ごすために来たのではない。自分の望む世界を実現させるという挑戦のために来たのだ。油断ならないほどの能力があるぐらいでなければ、頼りなくて仕方ない。
代表を務める五〇代の男性が恭しく礼をとった。礼儀正しく、品格にあふれ、相手に対する敬意に満ちたその姿。規模はともかく、ふるまいにおいてはまぎれもなく未来の王妃を迎えるにふさわしいものだった。
「ようこそ、おいでくださいました。ノウラさま。私は地球回遊国家の侍従長を務めますゾマスと申します。国をあげて、ノウラさまを歓迎いたします」
歓迎の規模の小ささを少数精鋭の誠意をもって補おうということだろうか。侍従長の言葉に従って一〇名ばかりの随員たちが一斉に礼をとった。
旧態依然の国家の数少ない美点として、クラシックな礼儀にうるさいノウラの祖国ナフードにおいても、ここまで見事な礼はめったに見られるものではない。それぐらい、規律のとれた礼だった。なにより、演技などではない、相手に対する心からの敬意が感じられる。
これだけ誠心誠意からの歓迎の意を表されれば、いかに奔放なノウラと言えど無下にはできない。礼には礼をもって返す。その精神をもっているからこその生まれついての王族なのだ。
このときばかりはノウラもおしとやかな王女の仮面をかぶり、丁寧な礼を返した。
「お出迎え、痛みいります。よしなに」
そう言って、優しく微笑むその姿はやはり王女。見るものすべてを魅了し、恋に落とさずにはいられない魅力に満ちている。
「それでは、ノウラさま。さっそくですがお車の方へ」
「ええ」
と、ノウラは侍従長のゾマスに促されるままに車に向かった。
用意された車とは、いわゆる『自動車』などではなく、古式ゆかしい四頭立ての馬車だった。その馬車には侍従長とともにノウラが乗り込み、一〇名の随員たちはそれぞれ二頭立ての別の馬車に乗り込んだ。
一台の馬車が先導し、残りの馬車が後ろにつづく。御者の掛け声に応じてウマが歩み、ゆっくりと車輪を回転させて馬車を前に進める。
少々、大仰には感じたもののこれはなかなかにいい気分だった。やはり、『氷の船』という幻想的な舞台には、自動車などという機械仕掛けの乗り物は似合わない。美しく、堂々とした姿のウマに引かれる馬車こそが似つかわしい。
氷の道の上を一列に連なった馬車の群れが進んでいく。ノウラは侍従長と並んで、ふたりきりで馬車に座りコトコトと揺られながら氷の王のもとへ向かっていく。
――これはけっこう良い気分ね。まるで、お姫さまになったみたい。いえ、王女だから、お姫さまにはちがいないんだけど。
ノウラは思わず苦笑していた。
ノウラにとって『王女』とはあくまでも国政に参加する要人のひとり。『お姫さま』という響きから想像されるメルヘンチックな存在とはわけかちがう。
全長一〇〇〇メートルを超える巨大な氷の船。その上を馬車に揺られて進んでいると、船の上だなどとは信じられなくなる。まるで、氷の島を渡っている気分だ。船上には広々とした街道が敷かれ、立派な町が広がっている。氷の船にふさわしく、すべての建物が氷で作られた氷の町だ。
まさに、氷山に作られた町。
それだけでも充分に幻想的で、現実の世界のことなど忘れさせてしまう魅力に満ちている。しかし、それ以上に摩訶不思議なのが道行く人々。誰もが着飾っている。誰もが華やいでいる。派手なメイク、派手な衣装、派手な装飾品。まるで、全身にきらびやかな飾りをつけて長い尾をたなびかせ、朝を告げる雄鳥のようにその身を飾っている。
「まるで、カーニバルか、ハロウィンの仮装行列ね」
ノウラも思わず、そう呟いていた。
それほどに派手に、陽気に着飾った人々の群れ。まるで、春の妖精たちの祭りのよう。幻想的な氷の町と相まって、いよいよメルヘンの世界に迷い込んだのではという気にさせられる。
ノウラの呟きに、隣に座る侍従長のゾマスが優しく微笑んだ。
「ここでは、これが当たり前の光景。日常の姿なのですよ。ノウラさま」
「話には聞いていたし、動画で見たことも何度もあるけど……やっぱり、直に見ると迫力がちがうわね。賑やかで、華やかで、楽しげで……まるで、子どものオモチャ箱をひっくり返して、その中身だけで世界を作ったみたい。つらさや、苦労なんてなにもないような……。さすが、観光で知られる国だけのことはあるわ」
ノウラのそんな言葉に――。
ゾマスは少々、手厳しい笑みを浮かべた。
「確かに、この国のこの姿は世界中で観光名所として知られております。この姿を見るために世界中から観光客が訪れる。それが、地球回遊国家の財政を支える柱のひとつであることは事実です。ですが……」
「ですが?」
「このありさまは決して、観光地を目指したためではないのですよ。それはただの結果。たまたま、世界から観光名所として受けとめられたというだけのこと。このような暮らしをしている理由は別にあるのです」
「別の理由?」
「どんな理由なの?」
「それは、おいおいお話しするといたしましょう。いきなり、多くのことを言われても理解できるものではありませんし、いまは、陛下のもとに行かれるのが一番ですから」
「そうね」
と、ノウラは素直にうなずいた。
このような暮らしが生まれた由来となればもちろん、気にかかる。なんと言っても、自分はこれからこの国の王妃となるのだ。国民の暮らしについては知っておかなくてはならない。
とはいえ、それはあとからでもできること。いまはとにかく一刻も早く氷の王に出会い、未来を語りたい。
それが、ノウラの本心だった。
そんなノウラの横顔を見ながら、ゾマスは悲しみを包んだ表情で言った。
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