親に売られし王女は氷の王と幸せをつかむ

藍条森也

文字の大きさ
3 / 26

三章 まるでカーニバル! でも……

しおりを挟む
 やがて、ノウラを乗せた飛行船――いや、ノウラそのものと化した飛行船と言うべきか――は、氷の船団の先頭を走るひときわ大きな船、地球回遊国家の首都とも言うべき旗艦へと降り立った。
 飛行船が音もなく発着場に降り立ち、タラップが架けられる。扉が開き、そこからただひとりの乗客であるノウラが姿を表す。
 白銀のドレスをまとい、背筋をピンと伸ばし、当たり前のようにまっすぐに前を見据え、一歩いっぽ優美にタラップを降りるその姿はまさに王女。たとえ、父王によってその身分を剥奪はくだつされたいまであっても、身についた気品、魂の気高さはいささかも揺るがない。
 それは、ノウラが『立場』によってではなく、『魂』によって王族なのだと言うことを告げていた。
 タラップを降りたノウラを五〇代の品格ある人物と一〇名ばかりの随員ずいいんが出迎えた。盛大な出迎えもなければ、歓迎の音楽をかき鳴らす楽隊もない。
 一国の王女、そして、自らの国の未来の王妃に対する出迎えとしては『貧相』と言ってもいいほどに質素な出迎えだが、ノウラにとってはそんなことはどうでもいい。大仰なセレモニーに迎えられ、愛想笑いを浮かべながら顔も知らない相手に挨拶してまわる……そんな無駄な時間を過ごすぐらいなら、さっさと氷の王のもとに向かいたい。そして、共に望む世界を作る挑戦をはじめたい。
 それが、ノウラのいつわらざる心境。
 ――わたしは、そのためにここに来たのだから。
 胸の高鳴りを感じながらノウラは心のなかでそう呟く。
 そのノウラにしてみれば、簡素な出迎えは失望するどころかむしろ、大歓迎。大仰なだけで中身のない歓迎などされようものなら、その形式主義に腹を立て、ぶちギレていたかも知れない。
 もし、ノウラのそんな性格や心情を知り抜いた上であえて簡素な出迎えにしたのだとすれば、なかなかに気が利いている。それだけの調査能力と企画能力とがあるのだとすればなかなかに侮れないが、
 ――たった五〇年で世界最高水準に達した国だもの。その程度の能力はあるわよね。
 ノウラとしては頼もしい限りである。
 なにしろ、王妃として担がれ、王宮の奥深くで寝そべって過ごすために来たのではない。自分の望む世界を実現させるという挑戦のために来たのだ。油断ならないほどの能力があるぐらいでなければ、頼りなくて仕方ない。
 代表を務める五〇代の男性がうやうやしく礼をとった。礼儀正しく、品格にあふれ、相手に対する敬意に満ちたその姿。規模はともかく、ふるまいにおいてはまぎれもなく未来の王妃を迎えるにふさわしいものだった。
 「ようこそ、おいでくださいました。ノウラさま。私は地球回遊国家の侍従長を務めますゾマスと申します。国をあげて、ノウラさまを歓迎いたします」
 歓迎の規模の小ささを少数精鋭の誠意をもって補おうということだろうか。侍従長の言葉に従って一〇名ばかりの随員ずいいんたちが一斉に礼をとった。
 旧態依然の国家の数少ない美点として、クラシックな礼儀にうるさいノウラの祖国ナフードにおいても、ここまで見事な礼はめったに見られるものではない。それぐらい、規律のとれた礼だった。なにより、演技などではない、相手に対する心からの敬意が感じられる。
 これだけ誠心誠意からの歓迎の意を表されれば、いかに奔放ほんぽうなノウラと言えど無下にはできない。礼には礼をもって返す。その精神をもっているからこその生まれついての王族なのだ。
 このときばかりはノウラもおしとやかな王女の仮面をかぶり、丁寧な礼を返した。
 「お出迎え、痛みいります。よしなに」
 そう言って、優しく微笑むその姿はやはり王女。見るものすべてを魅了し、恋に落とさずにはいられない魅力に満ちている。
 「それでは、ノウラさま。さっそくですがお車の方へ」
 「ええ」
 と、ノウラは侍従長のゾマスに促されるままに車に向かった。

 用意された車とは、いわゆる『自動車』などではなく、古式ゆかしい四頭立ての馬車だった。その馬車には侍従長とともにノウラが乗り込み、一〇名の随員ずいいんたちはそれぞれ二頭立ての別の馬車に乗り込んだ。
 一台の馬車が先導し、残りの馬車が後ろにつづく。御者の掛け声に応じてウマが歩み、ゆっくりと車輪を回転させて馬車を前に進める。
 少々、大仰には感じたもののこれはなかなかにいい気分だった。やはり、『氷の船』という幻想的な舞台には、自動車などという機械仕掛けの乗り物は似合わない。美しく、堂々とした姿のウマに引かれる馬車こそが似つかわしい。
 氷の道の上を一列に連なった馬車の群れが進んでいく。ノウラは侍従長と並んで、ふたりきりで馬車に座りコトコトと揺られながら氷の王のもとへ向かっていく。
 ――これはけっこう良い気分ね。まるで、お姫さまになったみたい。いえ、王女だから、お姫さまにはちがいないんだけど。
 ノウラは思わず苦笑していた。
 ノウラにとって『王女』とはあくまでも国政に参加する要人のひとり。『お姫さま』という響きから想像されるメルヘンチックな存在とはわけかちがう。
 全長一〇〇〇メートルを超える巨大な氷の船。その上を馬車に揺られて進んでいると、船の上だなどとは信じられなくなる。まるで、氷の島を渡っている気分だ。船上には広々とした街道が敷かれ、立派な町が広がっている。氷の船にふさわしく、すべての建物が氷で作られた氷の町だ。
 まさに、氷山に作られた町。
 それだけでも充分に幻想的で、現実の世界のことなど忘れさせてしまう魅力に満ちている。しかし、それ以上に摩訶不思議なのが道行く人々。誰もが着飾っている。誰もが華やいでいる。派手なメイク、派手な衣装、派手な装飾品。まるで、全身にきらびやかな飾りをつけて長い尾をたなびかせ、朝を告げる雄鳥のようにその身を飾っている。
 「まるで、カーニバルか、ハロウィンの仮装行列ね」
 ノウラも思わず、そう呟いていた。
 それほどに派手に、陽気に着飾った人々の群れ。まるで、春の妖精たちの祭りのよう。幻想的な氷の町と相まって、いよいよメルヘンの世界に迷い込んだのではという気にさせられる。
 ノウラの呟きに、隣に座る侍従長のゾマスが優しく微笑んだ。
 「ここでは、これが当たり前の光景。日常の姿なのですよ。ノウラさま」
 「話には聞いていたし、動画で見たことも何度もあるけど……やっぱり、じかに見ると迫力がちがうわね。賑やかで、華やかで、楽しげで……まるで、子どものオモチャ箱をひっくり返して、その中身だけで世界を作ったみたい。つらさや、苦労なんてなにもないような……。さすが、観光で知られる国だけのことはあるわ」
 ノウラのそんな言葉に――。
 ゾマスは少々、手厳しい笑みを浮かべた。
 「確かに、この国のこの姿は世界中で観光名所として知られております。この姿を見るために世界中から観光客が訪れる。それが、地球回遊国家の財政を支える柱のひとつであることは事実です。ですが……」
 「ですが?」
 「このありさまは決して、観光地を目指したためではないのですよ。それはただの結果。たまたま、世界から観光名所として受けとめられたというだけのこと。このような暮らしをしている理由は別にあるのです」
 「別の理由?」
 「どんな理由なの?」
 「それは、おいおいお話しするといたしましょう。いきなり、多くのことを言われても理解できるものではありませんし、いまは、陛下のもとに行かれるのが一番ですから」
 「そうね」
 と、ノウラは素直にうなずいた。
 このような暮らしが生まれた由来となればもちろん、気にかかる。なんと言っても、自分はこれからこの国の王妃となるのだ。国民の暮らしについては知っておかなくてはならない。
 とはいえ、それはあとからでもできること。いまはとにかく一刻も早く氷の王に出会い、未来を語りたい。
 それが、ノウラの本心だった。
 そんなノウラの横顔を見ながら、ゾマスは悲しみを包んだ表情で言った。
 「ただし……」
 「ただし?」
 「『つらさや苦労がない』という言葉は取り消していただきたい。現実は、その逆なのですから」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「無能な妻」と蔑まれた令嬢は、離婚後に隣国の王子に溺愛されました。

腐ったバナナ
恋愛
公爵令嬢アリアンナは、魔力を持たないという理由で、夫である侯爵エドガーから無能な妻と蔑まれる日々を送っていた。 魔力至上主義の貴族社会で価値を見いだされないことに絶望したアリアンナは、ついに離婚を決断。 多額の慰謝料と引き換えに、無能な妻という足枷を捨て、自由な平民として辺境へと旅立つ。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

愛する夫が目の前で別の女性と恋に落ちました。

ましゅぺちーの
恋愛
伯爵令嬢のアンジェは公爵家の嫡男であるアランに嫁いだ。 子はなかなかできなかったが、それでも仲の良い夫婦だった。 ――彼女が現れるまでは。 二人が結婚して五年を迎えた記念パーティーでアランは若く美しい令嬢と恋に落ちてしまう。 それからアランは変わり、何かと彼女のことを優先するようになり……

後悔などありません。あなたのことは愛していないので。

あかぎ
恋愛
「お前とは婚約破棄する」 婚約者の突然の宣言に、レイラは言葉を失った。 理由は見知らぬ女ジェシカへのいじめ。 証拠と称される手紙も差し出されたが、筆跡は明らかに自分のものではない。 初対面の相手に嫉妬して傷つけただなど、理不尽にもほどがある。 だが、トールは疑いを信じ込み、ジェシカと共にレイラを糾弾する。 静かに溜息をついたレイラは、彼の目を見据えて言った。 「私、あなたのことなんて全然好きじゃないの」

悪役令嬢の末路

ラプラス
恋愛
政略結婚ではあったけれど、夫を愛していたのは本当。でも、もう疲れてしまった。 だから…いいわよね、あなた?

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

【片思いの5年間】婚約破棄した元婚約者の王子様は愛人を囲っていました。しかもその人は王子様がずっと愛していた幼馴染でした。

五月ふう
恋愛
「君を愛するつもりも婚約者として扱うつもりもないーー。」 婚約者であるアレックス王子が婚約初日に私にいった言葉だ。 愛されず、婚約者として扱われない。つまり自由ってことですかーー? それって最高じゃないですか。 ずっとそう思っていた私が、王子様に溺愛されるまでの物語。 この作品は 「婚約破棄した元婚約者の王子様は愛人を囲っていました。しかもその人は王子様がずっと愛していた幼馴染でした。」のスピンオフ作品となっています。 どちらの作品から読んでも楽しめるようになっています。気になる方は是非上記の作品も手にとってみてください。

処理中です...