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八章 風呂にまで入ってくるなあっ!
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「はああ~」
優司は湯船につかりながらタールのように重く、ネバネバとした溜め息をついた。重い息に押されて湯煙が押しのけられ、水面に波紋が生じる。湯船のなかに立つ小さなさざ波が、優司の心を映しているようだった。
――なんで、こんなことになったんだ?
湯船につかりながら優司は思う。ひとり暮らし向けアパートの浴室とあって、決して広いわけではないが、それでも、無理すればおとなふたりが一緒に入れる程度の大きさはある。
その湯船の縁に両腕を載せて、顔をうつむかせながら、優司は何度目かの溜め息をついた。
別に風呂に入りたかったわけではない。
アンドロイドとは言え、見た目は文句なしの超絶美少女から『一緒に住む』だの『わたしに恋しなさい』だの言われたのだ。頭がパニックになって風呂どころではない。
ただ、とにかく、なんでもいいから、さきらから逃げたかった。ひとりの空間を守りたかった。かと言って、力ずくでさきらを追い出す……というわけにはいかない。
なにしろ、完全共生型のアンドロイド。中身はどうあれ、外見的には完全に人間を再現している。人工的に合成されたその瞳の色をのぞいては。つまり、その身の感触も、肌の弾力も、すべて人間の女の子そのまま。それも、絶世の美少女。そんな女の子にさわって無理やりどうこうなんて、そんなこと……。
――できるわけないだろ!
さきらを部屋から追い出すことはできない。となれば、室内でひとりきりになれる場所を確保するしかないわけなのだが……なにしろ、ひとり暮らし向けのワンルーム。他に部屋があるわけではない。さきらから逃れて、ひとりの空間を確保するためにはトイレに籠もるか、風呂に入るか、そのいずれかしかなかったのだ。
そして、トイレに籠もってしまえば、さきらが困るだろう。
――アンドロイドと言えど排泄の必要がある。
そのことを聞いてしまっていたからには、不本意ながら気を使わないわけにはいかない。
――さすがに、女の子に……させるわけにはな。
苦い思いを噛みしめながらも、そう思う。
と言うわけで結局、風呂に入るしかなかったのだ。
「やっぱり、よけいなことをしたよなあ。あんなことさえしなければ……」
溜め息と共にそう呟く。
結局、優司の思いはそこに行き着くのである。
今朝の通学電車。そのなかで、痴漢にさわられそうになったさきらを助けたりしなければ。
大体、なんで、あんなことをしたのだろう。あんなの絶対、自分らしくない。痴漢を捕まえて目立つなんて、そんなこと絶対にやりたくない。目立たないよう、人の前に出ないよう気を使って生きてきたのだ。それなのに……。
それも、よりによって、こんなベタなラブコメ展開に発展するような真似をしてしまうとは。
――魔が差したんだ。
本当にもう、そうとしか思えない。
できることなら、このままタイムリーブして今朝のあの時間に舞い戻り、魔が差したまま行動しようとしている自分をぶん殴って押しとどめたい。もちろん、その場合、さきらはどこの馬の骨とも知れない中年オヤジに――勝手に――尻をさわられる結果になっていたわけだが……。
「それがどうした!」
優司はムキになって叫んだ。
「あいつはアンドロイドじゃないか。機械じゃないか。人間の振りはしていてもただの金属の塊。人間の作った道具なんだ。そんなやつが痴漢に遭ったからって……」
かまいやしない!
自分のなかの迷いを振り払うように、無理やりにそう叫ぶ。
「そうだ。あいつはアンドロイドなんだ。人の手で作られたAIなんだ。プログラムされているだけ、心があるんじゃない。心があるように見えるだけだ。そんなやつに気を使ってどうする。おれは絶対、AI相手の恋愛ごっこなんてやらないからな」
そう心に誓い、拳をグッと握りしめる。
「大体、おれには坂口さんがいるんだ。坂口さんはこんなおれに付き合い、彼女になってくれた。その坂口さんを裏切るわけにはいかない。力ずくで追い出すわけにはいかないけど、なにがなんでも拒否して、追い返して……」
優司がひとりでブツブツ決意表明しているまさにそのとき。扉一枚へだてた脱衣所で物音がした。ドクン、と、優司の心臓が裏返った。
――ま、まさか……。
優司は湯船の奥に身をよせながら、脱衣所に目を向けた。曇りガラスのその向こうには明らかに人の影。その人影は手足を動かし、身をくねらせている。その仕種は……明らかに服を脱いでいる!
「うそだろおっ!」
優司は叫んだ。
いくらアンドロイドだからって、機械だからって、仮にも年頃の女の子が男の入ってる風呂に……なんて。
優司は最大公約数的良識と一般家庭道徳にすがりついて、次の展開を否定した。否定したかった。しかし――。
使う相手によって物でさえ品格がかわるものなのか、からり、と、いままでに聞いたことのないやけに上品な音を立てて戸が開いた。そして、姿を表したものは、思わず目が潰れるのではないかと思えるほどにまばゆく輝く少女の裸体。
さきらが一糸まとわぬ姿で風呂場へと入ってきた。長い髪をアップにまとめ、タオルで体を包むこともなく。それどころか、手で隠そうともせずに、その美しすぎる裸体を惜しげもなくさらしている。
その姿に――。
ぶちっ。
優司のなかで……なにかが切れた。
「うわあああっ!」
叫んだ。飛びあがった。湯船から飛び出し、全裸姿のさきらに飛びかかった。柔らかく、暖かいその身に両手を押しつけ、力任せに脱衣所に押し返す。そして、雷鳴のような高い音を立てて戸を閉めた。
「どうしたの? せっかく、一緒にお風呂に入ろうと思ったのに」
戸の向こうから『キョトン』とした印象のさきらの声がする。
優司はその一〇〇万倍も慌てふためいた怒声をあげた。
「ふざけるな! そんなことが許されるはずがないだろ!」
「どうして? カップルならそれぐらいしてもおかしくないでしょう」
「おれたちはカップルじゃない!」
「これからなるんだから問題ないじゃない」
「ならない! 絶対ならない!」
優司は喉も裂けよとばかりに絶叫した。
「とにかく、服を着ろおっ!」
ワンルームのアパートのなかに優司の罵声が響く。
しっかりした防音設備を施された高級アパートだからいいが、壁の薄い安アパートででもあったりしたら『騒音公害』として両隣から訴えられていたことだろう。それぐらい、優司の声は大きく、それ以上に激しくて険悪なものだった。
「男と女が一緒に住もうなんて破廉恥だ、不謹慎だ、非常識だ! ま、まして、ふ、ふふふ風呂にまで一緒に入ろうなんて……そんなこともわからないからアンドロイドは機械だって言うんだ!」
部屋の真ん中で茶道の家元のように見事な正座姿を披露するさきらのまわりで、優司は頭から湯気を噴き出して怒鳴り散らす。その態度に、さすがにクールなさきらも気分を害したのだろう。唇をちょっととがらせ、拗ねたような表情で言った。
「なんで、そんなに騒ぐの? カップルになるんだから問題ないでしょう」
「ならない!」
優司はさきらの言葉を一刀両断にして、目の前にどっかと座り込む。あぐらをかいた姿勢で両手を膝の上におき、大きくおおきく息を吐く。
「とにかく……落ち着いて話をしよう」
「落ち着いてないのは、あなただけよ」
「とにかくだ。おれはお前と恋愛なんてしない。正直、お前の言うことはすごいと思う。実現できるものならしてほしいし、そのために協力していいと思わないこともない」
「だったら……」
「ただし! あくまでも他人としてだ! カップルになんて絶対、ならない。恋愛を体験したいなら他を当たれ。誰でもいいんだろう。お前だったら、外見に騙されて付き合おうっていう男はいくらでもいる。そいつらを探せ。とにかく、この部屋からはすぐに出て行け」
「そんなに、わたしと一緒に住むのがいやなの?」
「当たり前だ! 見ず知らずの女の子と一緒になんて……そんな、不謹慎なこと……」
「アンドロイドは機械じゃなかった?」
「うっ……」
「機械だったら一緒にいても問題ないでしょう。わたしは炊事、洗濯、掃除、全部こなせるし、超絶便利な全自動家電が手に入ったとでも思っていればいいじゃない」
「だ、だけど……」
「だけど、なに? 機械と言いながら結局、女の子として意識するの? それって、勝手じゃない? 人間の都合で機械にしたり、女の子にしたりしないで」
「それは……」
あまりに正論だったので、優司は黙りこむしかなかった。
「で、でも、お前は中身は機械でも、見た目は完全に女の子なんだ。お前をこの部屋に住まわせて坂口さんに誤解されるわけにはいかない」
「そんなに、穂の香が大事なの?」
「当たり前だろう! 坂口さんは、はじめて、おれを『好きだ』って言ってくれた人なんだ。こんなおれを……」
優司は唇を噛みしめ、両手を握りしめてうつむいた。そんな優司に対し、さきらは冷ややかな声をかけた。
「そんなに大切な相手ならどうして『……一応』なんていう言い方をするの? どうして、堂々と『おれの彼女だ』って言ってあげないの? 穂の香は、あんなにはっきりあなたへの想いをぶつけているのに。女の子の好意に甘えっぱなしなんて、ひどいとは思わない?」
「それは……」
優司はまたしても押し黙るしかなかった。さきらの言うことはあまりにも正論で、なにひとつ反論の余地がない。
――それは……おれだってわかってるんだ。ちゃんと『おれの彼女だ』って言うべきだって。『好きだ』って、言葉にして伝えなきゃいけないってことは。でも……でも、おれは……。
優司は握りしめた拳に力を込める。あまりに力を込めすぎたせいで指が白くなったほどだった。そんな優司を前に――。
さきらは溜め息をついた。
「まあいいわ」
さきらは体重のないもののように優雅な仕種で立ちあがった。しなやかなその肢体を翻し、玄関に向かった。優司は思わず声をかけていた。
「ど、どこに行くんだ?」
「出かけてくるわ。用件ができたから。朝までには戻るわ」
朝までには戻る。
その言葉を聞いたとき――。
たしかに、ホッとしている自分がいることに、優司は気がついていた。
さきらが音もなく出ていったあと――。
部屋のなかにひとり、残された優司は呟いた。
「この部屋……こんなに広くて、静かだったっけ?」
優司は湯船につかりながらタールのように重く、ネバネバとした溜め息をついた。重い息に押されて湯煙が押しのけられ、水面に波紋が生じる。湯船のなかに立つ小さなさざ波が、優司の心を映しているようだった。
――なんで、こんなことになったんだ?
湯船につかりながら優司は思う。ひとり暮らし向けアパートの浴室とあって、決して広いわけではないが、それでも、無理すればおとなふたりが一緒に入れる程度の大きさはある。
その湯船の縁に両腕を載せて、顔をうつむかせながら、優司は何度目かの溜め息をついた。
別に風呂に入りたかったわけではない。
アンドロイドとは言え、見た目は文句なしの超絶美少女から『一緒に住む』だの『わたしに恋しなさい』だの言われたのだ。頭がパニックになって風呂どころではない。
ただ、とにかく、なんでもいいから、さきらから逃げたかった。ひとりの空間を守りたかった。かと言って、力ずくでさきらを追い出す……というわけにはいかない。
なにしろ、完全共生型のアンドロイド。中身はどうあれ、外見的には完全に人間を再現している。人工的に合成されたその瞳の色をのぞいては。つまり、その身の感触も、肌の弾力も、すべて人間の女の子そのまま。それも、絶世の美少女。そんな女の子にさわって無理やりどうこうなんて、そんなこと……。
――できるわけないだろ!
さきらを部屋から追い出すことはできない。となれば、室内でひとりきりになれる場所を確保するしかないわけなのだが……なにしろ、ひとり暮らし向けのワンルーム。他に部屋があるわけではない。さきらから逃れて、ひとりの空間を確保するためにはトイレに籠もるか、風呂に入るか、そのいずれかしかなかったのだ。
そして、トイレに籠もってしまえば、さきらが困るだろう。
――アンドロイドと言えど排泄の必要がある。
そのことを聞いてしまっていたからには、不本意ながら気を使わないわけにはいかない。
――さすがに、女の子に……させるわけにはな。
苦い思いを噛みしめながらも、そう思う。
と言うわけで結局、風呂に入るしかなかったのだ。
「やっぱり、よけいなことをしたよなあ。あんなことさえしなければ……」
溜め息と共にそう呟く。
結局、優司の思いはそこに行き着くのである。
今朝の通学電車。そのなかで、痴漢にさわられそうになったさきらを助けたりしなければ。
大体、なんで、あんなことをしたのだろう。あんなの絶対、自分らしくない。痴漢を捕まえて目立つなんて、そんなこと絶対にやりたくない。目立たないよう、人の前に出ないよう気を使って生きてきたのだ。それなのに……。
それも、よりによって、こんなベタなラブコメ展開に発展するような真似をしてしまうとは。
――魔が差したんだ。
本当にもう、そうとしか思えない。
できることなら、このままタイムリーブして今朝のあの時間に舞い戻り、魔が差したまま行動しようとしている自分をぶん殴って押しとどめたい。もちろん、その場合、さきらはどこの馬の骨とも知れない中年オヤジに――勝手に――尻をさわられる結果になっていたわけだが……。
「それがどうした!」
優司はムキになって叫んだ。
「あいつはアンドロイドじゃないか。機械じゃないか。人間の振りはしていてもただの金属の塊。人間の作った道具なんだ。そんなやつが痴漢に遭ったからって……」
かまいやしない!
自分のなかの迷いを振り払うように、無理やりにそう叫ぶ。
「そうだ。あいつはアンドロイドなんだ。人の手で作られたAIなんだ。プログラムされているだけ、心があるんじゃない。心があるように見えるだけだ。そんなやつに気を使ってどうする。おれは絶対、AI相手の恋愛ごっこなんてやらないからな」
そう心に誓い、拳をグッと握りしめる。
「大体、おれには坂口さんがいるんだ。坂口さんはこんなおれに付き合い、彼女になってくれた。その坂口さんを裏切るわけにはいかない。力ずくで追い出すわけにはいかないけど、なにがなんでも拒否して、追い返して……」
優司がひとりでブツブツ決意表明しているまさにそのとき。扉一枚へだてた脱衣所で物音がした。ドクン、と、優司の心臓が裏返った。
――ま、まさか……。
優司は湯船の奥に身をよせながら、脱衣所に目を向けた。曇りガラスのその向こうには明らかに人の影。その人影は手足を動かし、身をくねらせている。その仕種は……明らかに服を脱いでいる!
「うそだろおっ!」
優司は叫んだ。
いくらアンドロイドだからって、機械だからって、仮にも年頃の女の子が男の入ってる風呂に……なんて。
優司は最大公約数的良識と一般家庭道徳にすがりついて、次の展開を否定した。否定したかった。しかし――。
使う相手によって物でさえ品格がかわるものなのか、からり、と、いままでに聞いたことのないやけに上品な音を立てて戸が開いた。そして、姿を表したものは、思わず目が潰れるのではないかと思えるほどにまばゆく輝く少女の裸体。
さきらが一糸まとわぬ姿で風呂場へと入ってきた。長い髪をアップにまとめ、タオルで体を包むこともなく。それどころか、手で隠そうともせずに、その美しすぎる裸体を惜しげもなくさらしている。
その姿に――。
ぶちっ。
優司のなかで……なにかが切れた。
「うわあああっ!」
叫んだ。飛びあがった。湯船から飛び出し、全裸姿のさきらに飛びかかった。柔らかく、暖かいその身に両手を押しつけ、力任せに脱衣所に押し返す。そして、雷鳴のような高い音を立てて戸を閉めた。
「どうしたの? せっかく、一緒にお風呂に入ろうと思ったのに」
戸の向こうから『キョトン』とした印象のさきらの声がする。
優司はその一〇〇万倍も慌てふためいた怒声をあげた。
「ふざけるな! そんなことが許されるはずがないだろ!」
「どうして? カップルならそれぐらいしてもおかしくないでしょう」
「おれたちはカップルじゃない!」
「これからなるんだから問題ないじゃない」
「ならない! 絶対ならない!」
優司は喉も裂けよとばかりに絶叫した。
「とにかく、服を着ろおっ!」
ワンルームのアパートのなかに優司の罵声が響く。
しっかりした防音設備を施された高級アパートだからいいが、壁の薄い安アパートででもあったりしたら『騒音公害』として両隣から訴えられていたことだろう。それぐらい、優司の声は大きく、それ以上に激しくて険悪なものだった。
「男と女が一緒に住もうなんて破廉恥だ、不謹慎だ、非常識だ! ま、まして、ふ、ふふふ風呂にまで一緒に入ろうなんて……そんなこともわからないからアンドロイドは機械だって言うんだ!」
部屋の真ん中で茶道の家元のように見事な正座姿を披露するさきらのまわりで、優司は頭から湯気を噴き出して怒鳴り散らす。その態度に、さすがにクールなさきらも気分を害したのだろう。唇をちょっととがらせ、拗ねたような表情で言った。
「なんで、そんなに騒ぐの? カップルになるんだから問題ないでしょう」
「ならない!」
優司はさきらの言葉を一刀両断にして、目の前にどっかと座り込む。あぐらをかいた姿勢で両手を膝の上におき、大きくおおきく息を吐く。
「とにかく……落ち着いて話をしよう」
「落ち着いてないのは、あなただけよ」
「とにかくだ。おれはお前と恋愛なんてしない。正直、お前の言うことはすごいと思う。実現できるものならしてほしいし、そのために協力していいと思わないこともない」
「だったら……」
「ただし! あくまでも他人としてだ! カップルになんて絶対、ならない。恋愛を体験したいなら他を当たれ。誰でもいいんだろう。お前だったら、外見に騙されて付き合おうっていう男はいくらでもいる。そいつらを探せ。とにかく、この部屋からはすぐに出て行け」
「そんなに、わたしと一緒に住むのがいやなの?」
「当たり前だ! 見ず知らずの女の子と一緒になんて……そんな、不謹慎なこと……」
「アンドロイドは機械じゃなかった?」
「うっ……」
「機械だったら一緒にいても問題ないでしょう。わたしは炊事、洗濯、掃除、全部こなせるし、超絶便利な全自動家電が手に入ったとでも思っていればいいじゃない」
「だ、だけど……」
「だけど、なに? 機械と言いながら結局、女の子として意識するの? それって、勝手じゃない? 人間の都合で機械にしたり、女の子にしたりしないで」
「それは……」
あまりに正論だったので、優司は黙りこむしかなかった。
「で、でも、お前は中身は機械でも、見た目は完全に女の子なんだ。お前をこの部屋に住まわせて坂口さんに誤解されるわけにはいかない」
「そんなに、穂の香が大事なの?」
「当たり前だろう! 坂口さんは、はじめて、おれを『好きだ』って言ってくれた人なんだ。こんなおれを……」
優司は唇を噛みしめ、両手を握りしめてうつむいた。そんな優司に対し、さきらは冷ややかな声をかけた。
「そんなに大切な相手ならどうして『……一応』なんていう言い方をするの? どうして、堂々と『おれの彼女だ』って言ってあげないの? 穂の香は、あんなにはっきりあなたへの想いをぶつけているのに。女の子の好意に甘えっぱなしなんて、ひどいとは思わない?」
「それは……」
優司はまたしても押し黙るしかなかった。さきらの言うことはあまりにも正論で、なにひとつ反論の余地がない。
――それは……おれだってわかってるんだ。ちゃんと『おれの彼女だ』って言うべきだって。『好きだ』って、言葉にして伝えなきゃいけないってことは。でも……でも、おれは……。
優司は握りしめた拳に力を込める。あまりに力を込めすぎたせいで指が白くなったほどだった。そんな優司を前に――。
さきらは溜め息をついた。
「まあいいわ」
さきらは体重のないもののように優雅な仕種で立ちあがった。しなやかなその肢体を翻し、玄関に向かった。優司は思わず声をかけていた。
「ど、どこに行くんだ?」
「出かけてくるわ。用件ができたから。朝までには戻るわ」
朝までには戻る。
その言葉を聞いたとき――。
たしかに、ホッとしている自分がいることに、優司は気がついていた。
さきらが音もなく出ていったあと――。
部屋のなかにひとり、残された優司は呟いた。
「この部屋……こんなに広くて、静かだったっけ?」
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