異世界チーズ令嬢紀行 〜NTR? 婚約破棄? 追放? 興味ありません。あたしはチーズで世界を幸せにします〜

藍条森也

文字の大きさ
8 / 33
第四話 海の王者だ、リヴァイアサン!

海王リヴァイアサン

しおりを挟む
 カティはさっそく、手頃な住人を捕まえて話を聞きだした。
 と言っても、無理に脅すとか、そんなことをしたわけではない。相手の方も思いの丈を吐き出したかったのだろう。カティが尋ねるとすぐに話し出した。
 「リヴァイアサンが表われたのさ」
 その住人はそう言った。
 船着き場に腰掛け、なにをするでもなく海を見つめながら酒瓶から直接、酒を飲んでいた。かなり度の強い酒らしく、その口からは思わず顔を背けたくなるような強い匂いが吐き出されていた。まわりにはすでに、からになった何本もの瓶が転がっている。
 「リヴァイアサンは海の悪魔だ。やつはときおり表われては、だい海嘯かいしょうを起こして海辺の町を襲い、壊滅させる。やつが表われた以上、この町はもう終わりだ。やつの起こす高波に呑み込まれ、跡形もなく消え去るのみさ」
 早く逃げろ。
 その住人は酒瓶をあおりながらカティにそう言った。
 「おれたちはこの町で生まれ育った。いまさら、他の町で生きていくなんざできない。この町と一緒に滅ぶ。だが、あんたは旅のものだろう。いつでも、どこにでも行けるはずだ。やつが表われる前によそに行きな。かわいい妹さんや、デッカい犬っころまでいるんだからな」
 その住人はそう言いながら酒瓶をあおりつづけた。
 「……リヴァイアサンか」
 住人からはなれたあと――。
 フェンリルがなにやら懐かしそうにその名を呼んだ。
 「もう、そんな時期なのだな」
 「そんな時期? どういう意味です?」
 カティの問いに答えたのは幼女の姿をしたフェニックスだった。
 「あやつめは活動に周期があるのじゃ。およそ、一〇〇年ごとに活動しては陸を襲うのじゃじゃ」
 「おふたりはお知り合いなんですか?」
 「われは陸の王。フェニックスは空の王。そして、リヴァイアサンは海の王。三界の覇者として生まれついたわれらだからな。長い年月の間に戦ったことは幾度もある」
 「なるほど。いろいろ因縁があるわけですね」
 あまり興味なさそうにそう呟くカティを見て、フェニックスは不思議そうに尋ねた。
 「なんじゃ、さっきから聞いておれば気のないことばかり。いつもの勢いはどうしたのじゃ。リヴァイアサンの乳には興味がないのかじゃじゃ?」
 「えっ? だつて、リヴァイアサンってウミヘビでしょう? ウミヘビはおっぱい、出しませんもの」
 その言葉に――。
 フェンリルとフェニックスは互いの顔をマジマジと見つめ合った。
 「……なるほど。人間たちはいまだにそう思っているのだな」
 「無知なやからどもなのじゃ。相手の正体もつかめんのじゃじゃ」
 「仕方あるまい。あやつは海の王。常に海のなかにいて、陸のものに全身を見せることはないのだからな」
 「なんのことです?」
 カティは頭の上に『?』マークを幾つも飛ばして質問した。
 フェニックスが答えた。
 「リヴァイアサンはウミヘビではない。クジラじゃ」
 「クジラ?」
 ギラリ、と、カティの目が光った。
 「そうじゃ。それがいつの間にか、人間たちの間ではウミヘビとして語られるようになったのじゃ。そのことには、あやつ自身、迷惑がっていたのじゃじゃ」
 「クジラ……。クジラと言えば海獣。海獣と言えば哺乳類。哺乳類と言えばおっぱいを出す!」
 カティがグッと拳を握りしめて叫んだ。
 普段の調子を取り戻したカティの姿にフェンリルとフェニックスは『カティはやはり、こうでなくては』と、互いの顔を見合わせ、うなずきあった。
 「あたし、聞いたことがあります! クジラは赤ちゃんを早く、大きく育てなければならないため、陸上哺乳類よりずっと栄養価の高いおっぱいを出すって。それを聞いたとき以来、一度はクジラのおっぱいを使ってチーズを作りたいと思っていました! しかも、それが、伝説の海王リヴァイアサンだなんて……これはチャンスです、神会かみかいです。なんとしてもおっぱいをもらってチーズ作りましょう!」
 「うむ、まあ、それがわれらの旅の目的だからな」
 「しかし、どうやって乳をもらうのじゃ? あやつは海の王。陸にも、空にも、あがってはこないのじゃじゃ」
 「釣ります」
 「釣る?」
 「そうです。クジラと言えど海の生き物。海の生き物なら釣ればいいんです。そして、ひとたび、陸に釣りあげてしまえばこっちのもの。おっぱい、もらい放題です!」
 「釣れるか? あやつは体長三〇メートルはあるぞ?」
 「だいじょうぶ! ここは港町。港町なら漁師さんがいないはずがありません。クジラを釣ってくれる漁師さんを探せばいいんです!」
 「リヴァイアサンを釣る? そんな物好きがおるのかじゃじゃ?」
 「あやつにかかれば漁船なぞ、ふれただけで粉微塵だからな。危険が大きすぎる」
 「危険がなんですか! チーズのためなら船が木っ端微塵になるぐらい、なんでもありません!」
 「それは、そなただけだろう」
 フェンリルはそう言ったが――。
 カティはもちろん、聞いていない。ほとばしるチーズ愛の赴くままに駆け出している。
 「さあ、行きますよ! 世界一のチーズを目指して世界の果てまで行進です!」
 そんなカティの後ろ姿を見送りながら陸の王と空の王は――。
 顔を見合わせ、溜め息をついたのだった。

 その頃――。
 町一番の網元あみもとのもとにその老人はいた。
 すっかり色素を失った白い髪。苦悩のしわが刻み込まれた顔。右目には眼帯。左足はひざから下が木の棒だった。右肩の筋肉だけが異様なまでにふくれあがっている。
 網元あみもとはその老人の言葉に戸惑いの声をあげた。
 「リヴァイアサンを始末するから船を貸せだって?」
 「そうだ」
 「あんた、リヴァイアサンが何者かわかってるのかい? あいつは……」
 「海の悪魔だ」
 「そ、そうだ……」
 「知っている。よく知っているとも。おれの故郷はあいつの引き起こしただい海嘯かいしょうに呑み込まれ、滅び去った」
 「そ、そうか、それは……」
 「次はこの町だ」
 老人の言葉に――。
 ギクリ、と、網元あみもとの心臓が鳴った。
 「放っておけば必ずそうなる。おれの故郷がそうなったように、この町もだい海嘯かいしょうに呑まれ、建物は砕け、すべての生きとし生けるものは海に呑み込まれる。そんな事態を招きたいわけではあるまい?」
 「もちろんだ!」
 網元あみもとは即答した。
 聞かれるまでもない。誰が自分の生まれ育った町が滅ぼされることなど望むというのか。網元あみもとがいまだにこの町に残っているのも、なんとかその破滅を回避する方法がないかと手を尽くして探っているからなのだ。
 老人は網元あみもとに言った。
 「ならば、おれに船を貸せ。おれがやつを始末してやる。おれは長いながい間、やつを追ってきた。やつのことは調べ尽くした。やつの生態も、やつの弱点も、すべて知り尽くしている。おれならやつを殺せる。仮に失敗したところで、縁もゆかりもないよそものがひとり、死ぬだけ。痛くもかゆくもなかろう。船は失われるがその分の金は払う」
 「しかし、あんたひとりでは……」
 「やつも一匹だ」
 老人はそう答えた。そのとき――。
 「いたあっー、おっぱいおっぱい……じゃない! エイハブ船長!」
 「な、なんだ……?」
 突然、頭の上に降りかかった若い娘のキンキン声。さしもの重厚な老人も呆気にとられ、振り向いた。
 そこには、メイド姿の愛らしい幼女とデッカい犬とを従えた、デイリーメイド姿の、見た目ばかりは『貴族令嬢』と言っても通る若い娘が立っていた。
 その若い娘は怒濤どとうの勢いで老人に詰め寄った。
 「あなたがエイハブ船長ですね⁉ 町であなたの噂を聞いてきました。リヴァイアサンを捕えるために生涯を懸けている銛打もりうちがいるって。あたしはカッテージ・カマンベール。世界一のチーズ職人を目指すごく普通で平凡な娘です。カティと呼んでください」
 どこが普通で平凡だ、と、フェンリルやフェニックスならツッコむにちがいないことを臆面もなく言い放ち、さらにつめよるカティであった。
 「あたしも手伝います! ぜひとも、リヴァイアサンを釣りあげてください、エイハブ船長!」
 「つ、釣りあげろだと? おれはやつを殺すために……というか、『エイハブ船長』とは誰のことだ。おれの名前は……」
 「クジラを捕えるために執念を燃やす海の男。エイハブ船長に決まっています! さあ、行きましょう、エイハブ船長! 船はすでに借りてあります。リヴァイアサンを釣りあげて、おっぱいもらって、世界一のチーズ作りです!」
 カティはそう言い切ると、わけもわからずうろたえる老人を引っ張っていった。あとには唖然あぜんとして言葉もない網元あみもとだけが残された。
 そして――。
 その様子を見守っていたフェニックスとフェンリルは言葉を交わし合っていた。
 「『エイハブ船長』とは誰のことなのじゃじゃ?」
 「知らぬ。あやつは時々、わけのわからないことを言う」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界召喚されたけどスキルが地味だったので、現代知識とアイテムボックスで絶品料理を作ったら大商会になっちゃいました

黒崎隼人
ファンタジー
手違いで剣も魔法もない異世界に召喚された、しがない日本のサラリーマン、湊カイリ。 彼に与えられたのは、無限に物が入る【アイテムボックス】と、物の名前が分かる【鑑定】という、あまりにも地味な二つのスキルだけだった。 戦闘能力は皆無。途方に暮れるカイリだったが、異世界の食事が絶望的に不味いことを知り、大きなチャンスに気づく。 現代日本の「当たり前」の知識は、この世界ではとんでもない「宝」なのだと! 「醤油?味噌?そんなものがあれば、この世界の食文化はひっくり返るぞ!」 ひょんなことから出会った没落貴族の美少女・リリアナと共に、カイリは現代知識と地味スキルを駆使して屋台から商売をスタート。 絶品料理で人々の胃袋を掴み、さらには便利な生活用品を次々と発明していく。 伝説の神獣の幼体「フェン」やドワーフの鍛冶師など、頼れる仲間たちも加わり、彼らが立ち上げた「サンライズ商会」は瞬く間に大躍進! 迫り来る悪徳商会や腐敗した貴族の妨害も、現代のマーケティング術と知恵で痛快に打ち破る! これは、平凡なサラリーマンが異世界の常識を覆し、食と生活に革命を起こして一代で大商会を築き上げる、痛快成り上がりファンタジー! 美味しい料理と、もふもふな相棒、そして仲間との絆。 人生、逆転できないことなんて何もない!

『辺境伯一家の領地繁栄記』序章:【動物スキル?】を持った辺境伯長男の場合

鈴白理人
ファンタジー
北の辺境で雨漏りと格闘中のアーサーは、貧乏領主の長男にして未来の次期辺境伯。 国民には【スキルツリー】という加護があるけれど、鑑定料は銀貨五枚。そんな贅沢、うちには無理。 でも最近──猫が雨漏りポイントを教えてくれたり、鳥やミミズとも会話が成立してる気がする。 これってもしかして【動物スキル?】 笑って働く貧乏大家族と一緒に、雨漏り屋敷から始まる、のんびりほのぼの領地改革物語!

異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?

来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。 そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった! 亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。 「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」 「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」 おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。 現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。 お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、 美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!

過労死した俺、異世界で最強農業チートに目覚める。神農具で荒野を楽園に変えたら、エルフや獣人が集まって最高の国ができました

黒崎隼人
ファンタジー
「君、死んじゃったから、異世界で国、作らない?」 ブラック企業で過労死した俺、相川大地。 女神様から授かったのは、一振りで大地を耕し、一瞬で作物を育てる**最強の『神農具』**だった!? 右も左もわからない荒野でのサバイバル。 だけど、腹ペコのエルフ美少女を助け、頼れるドワーフ、元気な猫耳娘、モフモフ神狼が仲間になって、開拓生活は一気に賑やかに! 美味しいご飯とチート農具で、荒野はあっという間に**「奇跡の村」**へ。 これは、ただの農民志望だった俺が、最高の仲間たちと世界を救い、種族の壁を越えた理想の国『アグリトピア』を築き上げる物語。 農業は、世界を救う! さあ、今日も元気に、畑、耕しますか!

【読切短編】転生したら辺境伯家の三男でした ~のんびり暮らしたいのに、なぜか領地が発展していく~

Lihito
ファンタジー
過労死したシステムエンジニアは、異世界の辺境伯家に転生した。 三男。継承権は遠い。期待もされない。 ——最高じゃないか。 「今度こそ、のんびり生きよう」 兄たちの継承争いに巻き込まれないよう、誰も欲しがらない荒れ地を引き受けた。 静かに暮らすつもりだった。 だが、彼には「構造把握」という能力があった。 物事の問題点が、図解のように見える力。 井戸が枯れた。見て見ぬふりができなかった。 作物が育たない。見て見ぬふりができなかった。 気づけば——領地が勝手に発展していた。 「俺ののんびりライフ、どこ行った……」 これは、静かに暮らしたかった男が、なぜか成り上がっていく物語。

過労死して転生したら『万能農具』を授かったので、辺境でスローライフを始めたら、聖獣やエルフ、王女様まで集まってきて国ごと救うことになりました

黒崎隼人
ファンタジー
過労の果てに命を落とした青年が転生したのは、痩せた土地が広がる辺境の村。彼に与えられたのは『万能農具』という一見地味なチート能力だった。しかしその力は寂れた村を豊かな楽園へと変え、心優しきエルフや商才に長けた獣人、そして国の未来を憂う王女といった、かけがえのない仲間たちとの絆を育んでいく。 これは一本のクワから始まる、食と笑い、もふもふに満ちた心温まる異世界農業ファンタジー。やがて一人の男のささやかな願いが、国さえも救う大きな奇跡を呼び起こす物語。

追放された悪役令嬢、農業チートと“もふもふ”で国を救い、いつの間にか騎士団長と宰相に溺愛されていました

黒崎隼人
ファンタジー
公爵令嬢のエリナは、婚約者である第一王子から「とんでもない悪役令嬢だ!」と罵られ、婚約破棄されてしまう。しかも、見知らぬ辺境の地に追放されることに。 絶望の淵に立たされたエリナだったが、彼女には誰にも知られていない秘密のスキルがあった。それは、植物を育て、その成長を何倍にも加速させる規格外の「農業チート」! 畑を耕し、作物を育て始めたエリナの周りには、なぜか不思議な生き物たちが集まってきて……。もふもふな魔物たちに囲まれ、マイペースに農業に勤しむエリナ。 はじめは彼女を蔑んでいた辺境の人々も、彼女が作る美味しくて不思議な作物に魅了されていく。そして、彼女を追放したはずの元婚約者や、彼女の力を狙う者たちも現れて……。 これは、追放された悪役令嬢が、農業の力と少しのもふもふに助けられ、世界の常識をひっくり返していく、痛快でハートフルな成り上がりストーリー!

異世界でまったり村づくり ~追放された錬金術師、薬草と動物たちに囲まれて再出発します。いつの間にか辺境の村が聖地になっていた件~

たまごころ
ファンタジー
王都で役立たずと追放された中年の錬金術師リオネル。 たどり着いたのは、魔物に怯える小さな辺境の村だった。 薬草で傷を癒し、料理で笑顔を生み、動物たちと畑を耕す日々。 仲間と絆を育むうちに、村は次第に「奇跡の地」と呼ばれていく――。 剣も魔法も最強じゃない。けれど、誰かを癒す力が世界を変えていく。 ゆるやかな時間の中で少しずつ花開く、スロー成長の異世界物語。

処理中です...