異世界チーズ令嬢紀行 〜NTR? 婚約破棄? 追放? 興味ありません。あたしはチーズで世界を幸せにします〜

藍条森也

文字の大きさ
13 / 33
第五話 魔王さん、おっぱい出せますか?

姫巫女の決意

しおりを挟む
 森のなかに描かれた魔方陣。
 汗ばみ、うっすらと体の線が透けて見える薄物をまとった姫巫女アユミが一心不乱に祈るなか、魔方陣はついに輝きを発した。
 天へと立ちのぼる光の柱。
 そのなかに学生服を着たひとりの少年が表われた。
 ――おおっ。
 召喚の儀を見守っていた人々が感嘆の声をあげる。
 姫巫女アユミが高らかに宣告した。
 「見よ! いまこそ召喚の儀は成された。魔王を倒す運命の勇者は表われたのです!」
 人々のすがるような視線を浴びながら、明日葉あしたばとおるは自分の運命を知った。

 明日葉あしたばとおるはもとの世界ではなんら特別なところのない普通の高校生だった。
 しかし、召喚されたいまはちがう。神の加護を受けた、魔王を倒す運命の勇者である。
 その運命の勇者はいま、森の宮殿の一室から外を見下ろしていた。
 一面に広がる美しい森。しかし、それも、目の届く範囲のこと。少し先を見れば、そこにすでにねじくれた枯れ木が覆い、魔族が闊歩かっぽし、動く死体のうごめく死せる森。
 王太子ハルトとその騎士たちの抵抗も空しく、魔王の勢力圏はすでにこの大陸の半分近くまで広がっていた。
 ――なんてことだ。
 とおるは思った。
 ――こんなに美しい森が、あんなありさまにされてしまっているなんて。
 異世界から連れてこられた自分でさえ、こんなにも胸が締めつけられる思いなのだ。まして、この世界の人々にとっては――。
 とおるは両拳をギュッと握りしめた。
 「勇者さま」
 後ろから声がかけられた。
 振り向くとそこには薄物をまとった姫巫女アユミと三人の側近の女性たちがひざまづいていた。
 可憐なる女神官リィナ。
 美しき女魔導士マユラ。
 凜々りりしくも颯爽さっそうたる女剣士ミサキ。
 癒し。
 魔法。
 剣技。
 そのそれぞれにおいて、大陸の最高峰に位置する使い手たちである。
 「勇者さま」
 アユミは重ねて声をかけた。
 「われらの勝手な理由であなたさまを召喚しましたこと、お詫び申しあげます。ですが、我々にはもはや他に手がないのです。お願いです。どうか、われらを、この世界を魔王の手からお救いください。
 あなたさまに報いるために、この大陸を統べる皇帝たる地位。あらん限りの財宝。そして、われら四人の身命。そのすべてを捧げます」
 とおるは必死に語る姫巫女に近づいた。ひざをついた。視線をあわせ、ゆっくりと語った。
 「頭をあげてください、姫巫女さま。あなたたちがどんなにつらい思いをしておられるかはわかっています。頼まれるまでもなく、こんな理不尽を放っておくことなどできません」
 「それでは……」
 「はい。この僕に魔王を倒す力があるというのなら、必ずやり遂げてみせます。この世界を救ってみせます」
 「勇者さま……!」
 「勇者さま。この剣を」
 女神官リィナが一振りの剣を差しだした。
 「それは……」
 「この剣こそは我が王国の聖なる泉に生まれ、聖なる泉の加護を受けた宝剣。魔王の力を封じ、魔界とこの世界を繋ぐ異界の門を封じる力をもつ封印の剣。どうか、この剣をもって魔王を倒してくださいますよう」
 とおるは無言の決意を込めて封印の剣を受けとった。勇者の衣と勇者のマントを身につけ、勇者の冠を頭に被り、封印の剣を腰に差し、リィナ、マユラ、ミサキの三人を引き連れて旅立った。
 魔王を倒し、人々を、この世界を救うために。
 明日葉あしたばとおるは勇者アシタバとなったのだ。

 ねじくれた枯れ木が覆い、魔族が闊歩かっぽし、動く死体がうごめく森。
 カティたちはその森にやってきていた。森に入ったときからカティはプリプリ怒っていた。
 「なんですか、この森は⁉ 鹿さんたちがみんな、腐っちゃってます! あんなんではおいしいおっぱいは出せません! おいしいおっぱいがなければ、おいしいチーズは作れません! おいしいチーズを作れなくするなんて、魔王という人はなにを考えているんですか⁉」
 「魔王は人ではないのだが」
 「あやつが考えているのは、この世界を滅ぼすことなのじゃじゃ」
 「魔王にしてみれば、これが普通なんじゃないかなぁ」
 フェンリル、フェニックス、リヴァイアサンが口々に言う。
 「とにかく! せっかくの森をこんなありさまにしてしまうようでは、たとえ魔王さんがおっぱいを出せたとしても、おいしいかどうか怪しいものです。まずは、手頃な魔族さんからおっぱいをもらって、味を確かめたいところですが……」
 「魔族ならちょうど、そこにいるのじゃじゃ」
 幼女化フェニックスが指さした。
 そこには確かに一体の異形の存在がいた。
 ボディビルダーの皮膚という皮膚をはぎとって筋肉をむき出しにして、コウモリの翼をつけて、全身を汚らしい黒に塗りたくったようなその姿。
 「驚きました。あたしの世界で言われていたとおりの悪魔の姿です」
 「おぬしの世界? どういう意味なのじゃじゃ」
 「こっちの話です。それより、あの胸。ちゃんとふくらんでいます。あれはまちがいなく女性の胸です。さっそく、おっぱいをもらいましょう」
 カティはそう言うと迷いなく魔族の前に進み出た。
 「そこの魔族さん、おっぱいください!」
 おっぱいください!
 魔族相手にこの呼びかけ。おそらく、史上初の偉業であったろう。だから、というわけではないだろうが、魔族は『シャー』と音を立てて牙をむき、カティに襲いかかる。
 しかし、相手が悪い。
 ペシッ。
 フェンリルが前足の一撃でたたき伏せ、気絶させた。
 「さあ、いまのうちです。おっぱいをしぼりましょう」
 カティは言うなり手慣れた仕種で魔族の乳をしぼりはじめた。
 「また、気を失った相手の乳を勝手にしぼっているのじゃ。本当に良いのかじゃじゃ」
 「あら。でも、カティっておっぱいしぼるのとっても上手なのよ。それはそれは気持ちいいんだから」
 「うむ。それは否定できんな。あの一時いっときは非常に心地よいものだ」
 リヴァイアサンの言葉にフェンリルもうなずいた。
 「むうぅ、そうなのか? それは残念なのじゃ。わらわは鳥ゆえ乳房はないのじゃ。体験できんのじゃじゃ」
 「あら、でも、いまの姿ならおっぱい、あるでしょう?」
 リヴァイアサンに言われ――。
 幼女化フェニックスは自分の胸を両手で押さえた。
 「……ふくらみがなければしぼることはできんのじゃじゃ」
 そうこう言っている間にカティは魔族の乳をしぼり終えていた。携帯農場を取り出し、加工場へと運んでさっそくチーズ作りをはじめる。だが――。
 「……なんだ、この匂いは」
 「さ、さすがに魔族の乳。すさまじいのじゃ」
 「……ねえ、カティ。これはさすがに無理なんじゃない?」
 さしもの三界の覇者たちがそろって鼻をつまんでいる。
 しかし、カティは叫んだ。
 「だ、だいじょうぶです……! 匂いのキツさもチーズの醍醐味のひとつ。匂いがどうあれ、食べればおいしいに決まっています!」
 カティはそう言って鼻をマスクで覆い、チーズ作りを進める。
 「……この執念には感心すればよいのか、呆れればよいのか、どちらなのじゃ?」
 「チーズバカの一言じゃない?」
 「だな」
 やがて、チーズが完成した。なんとも言えぬおぞましい色合いで、辺り一面にすさまじい匂いをまき散らしている。それでも――。
 「食べてみなければわかりません!」
 いや、わかるだろっ!
 という全世界からのツッコみを無視して、カティはフェンリルたちとともに試食を敢行した。そして――。
 「こ、これは……!」
 「むりじゃ! この味はいくらなんでもむりなのじゃ!」
 「さすが魔族……。リヴァさんたちとは味覚がちがうわぁ」
 阿鼻あび叫喚きょうかんの地獄絵図が展開された。
 やはり、世界の意見は正しかった。匂い以上にすさまじいその味に、さしもの三界の覇者たちがもだえ苦しんだ。カティでさえ転げまわって口に入れたチーズを吐き出している。
 「な、なんですか、この味は……! ひどいです、ひどすぎます、こんなのチーズじゃありません!」
 食べる前にわかれ!
 という世界からのツッコみは無視しておいて、カティは怒り心頭である。
 「こんなおっぱいを出すなんてやっぱり、魔族は邪悪です! 悪魔です! こんなやから、いていいはずがありません。行きましょう、フェンリルさん、フェニックスちゃん、リヴァさん! 魔族をこの世界から追い払うんです!」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界召喚されたけどスキルが地味だったので、現代知識とアイテムボックスで絶品料理を作ったら大商会になっちゃいました

黒崎隼人
ファンタジー
手違いで剣も魔法もない異世界に召喚された、しがない日本のサラリーマン、湊カイリ。 彼に与えられたのは、無限に物が入る【アイテムボックス】と、物の名前が分かる【鑑定】という、あまりにも地味な二つのスキルだけだった。 戦闘能力は皆無。途方に暮れるカイリだったが、異世界の食事が絶望的に不味いことを知り、大きなチャンスに気づく。 現代日本の「当たり前」の知識は、この世界ではとんでもない「宝」なのだと! 「醤油?味噌?そんなものがあれば、この世界の食文化はひっくり返るぞ!」 ひょんなことから出会った没落貴族の美少女・リリアナと共に、カイリは現代知識と地味スキルを駆使して屋台から商売をスタート。 絶品料理で人々の胃袋を掴み、さらには便利な生活用品を次々と発明していく。 伝説の神獣の幼体「フェン」やドワーフの鍛冶師など、頼れる仲間たちも加わり、彼らが立ち上げた「サンライズ商会」は瞬く間に大躍進! 迫り来る悪徳商会や腐敗した貴族の妨害も、現代のマーケティング術と知恵で痛快に打ち破る! これは、平凡なサラリーマンが異世界の常識を覆し、食と生活に革命を起こして一代で大商会を築き上げる、痛快成り上がりファンタジー! 美味しい料理と、もふもふな相棒、そして仲間との絆。 人生、逆転できないことなんて何もない!

『辺境伯一家の領地繁栄記』序章:【動物スキル?】を持った辺境伯長男の場合

鈴白理人
ファンタジー
北の辺境で雨漏りと格闘中のアーサーは、貧乏領主の長男にして未来の次期辺境伯。 国民には【スキルツリー】という加護があるけれど、鑑定料は銀貨五枚。そんな贅沢、うちには無理。 でも最近──猫が雨漏りポイントを教えてくれたり、鳥やミミズとも会話が成立してる気がする。 これってもしかして【動物スキル?】 笑って働く貧乏大家族と一緒に、雨漏り屋敷から始まる、のんびりほのぼの領地改革物語!

異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?

来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。 そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった! 亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。 「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」 「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」 おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。 現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。 お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、 美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!

過労死した俺、異世界で最強農業チートに目覚める。神農具で荒野を楽園に変えたら、エルフや獣人が集まって最高の国ができました

黒崎隼人
ファンタジー
「君、死んじゃったから、異世界で国、作らない?」 ブラック企業で過労死した俺、相川大地。 女神様から授かったのは、一振りで大地を耕し、一瞬で作物を育てる**最強の『神農具』**だった!? 右も左もわからない荒野でのサバイバル。 だけど、腹ペコのエルフ美少女を助け、頼れるドワーフ、元気な猫耳娘、モフモフ神狼が仲間になって、開拓生活は一気に賑やかに! 美味しいご飯とチート農具で、荒野はあっという間に**「奇跡の村」**へ。 これは、ただの農民志望だった俺が、最高の仲間たちと世界を救い、種族の壁を越えた理想の国『アグリトピア』を築き上げる物語。 農業は、世界を救う! さあ、今日も元気に、畑、耕しますか!

ゴミスキル【生態鑑定】で追放された俺、実は動物や神獣の心が分かる最強能力だったので、もふもふ達と辺境で幸せなスローライフを送る

黒崎隼人
ファンタジー
勇者パーティの一員だったカイは、魔物の名前しか分からない【生態鑑定】スキルが原因で「役立たず」の烙印を押され、仲間から追放されてしまう。全てを失い、絶望の中でたどり着いた辺境の森。そこで彼は、自身のスキルが動物や魔物の「心」と意思疎通できる、唯一無二の能力であることに気づく。 森ウサギに衣食住を学び、神獣フェンリルやエンシェントドラゴンと友となり、もふもふな仲間たちに囲まれて、カイの穏やかなスローライフが始まった。彼が作る料理は魔物さえも惹きつけ、何気なく作った道具は「聖者の遺物」として王都を揺るがす。 一方、カイを失った勇者パーティは凋落の一途をたどっていた。自分たちの過ちに気づき、カイを連れ戻そうとする彼ら。しかし、カイの居場所は、もはやそこにはなかった。 これは、一人の心優しき青年が、大切な仲間たちと穏やかな日常を守るため、やがて伝説の「森の聖者」となる、心温まるスローライフファンタジー。

【読切短編】転生したら辺境伯家の三男でした ~のんびり暮らしたいのに、なぜか領地が発展していく~

Lihito
ファンタジー
過労死したシステムエンジニアは、異世界の辺境伯家に転生した。 三男。継承権は遠い。期待もされない。 ——最高じゃないか。 「今度こそ、のんびり生きよう」 兄たちの継承争いに巻き込まれないよう、誰も欲しがらない荒れ地を引き受けた。 静かに暮らすつもりだった。 だが、彼には「構造把握」という能力があった。 物事の問題点が、図解のように見える力。 井戸が枯れた。見て見ぬふりができなかった。 作物が育たない。見て見ぬふりができなかった。 気づけば——領地が勝手に発展していた。 「俺ののんびりライフ、どこ行った……」 これは、静かに暮らしたかった男が、なぜか成り上がっていく物語。

過労死して転生したら『万能農具』を授かったので、辺境でスローライフを始めたら、聖獣やエルフ、王女様まで集まってきて国ごと救うことになりました

黒崎隼人
ファンタジー
過労の果てに命を落とした青年が転生したのは、痩せた土地が広がる辺境の村。彼に与えられたのは『万能農具』という一見地味なチート能力だった。しかしその力は寂れた村を豊かな楽園へと変え、心優しきエルフや商才に長けた獣人、そして国の未来を憂う王女といった、かけがえのない仲間たちとの絆を育んでいく。 これは一本のクワから始まる、食と笑い、もふもふに満ちた心温まる異世界農業ファンタジー。やがて一人の男のささやかな願いが、国さえも救う大きな奇跡を呼び起こす物語。

追放された悪役令嬢、農業チートと“もふもふ”で国を救い、いつの間にか騎士団長と宰相に溺愛されていました

黒崎隼人
ファンタジー
公爵令嬢のエリナは、婚約者である第一王子から「とんでもない悪役令嬢だ!」と罵られ、婚約破棄されてしまう。しかも、見知らぬ辺境の地に追放されることに。 絶望の淵に立たされたエリナだったが、彼女には誰にも知られていない秘密のスキルがあった。それは、植物を育て、その成長を何倍にも加速させる規格外の「農業チート」! 畑を耕し、作物を育て始めたエリナの周りには、なぜか不思議な生き物たちが集まってきて……。もふもふな魔物たちに囲まれ、マイペースに農業に勤しむエリナ。 はじめは彼女を蔑んでいた辺境の人々も、彼女が作る美味しくて不思議な作物に魅了されていく。そして、彼女を追放したはずの元婚約者や、彼女の力を狙う者たちも現れて……。 これは、追放された悪役令嬢が、農業の力と少しのもふもふに助けられ、世界の常識をひっくり返していく、痛快でハートフルな成り上がりストーリー!

処理中です...