異世界チーズ令嬢紀行 〜NTR? 婚約破棄? 追放? 興味ありません。あたしはチーズで世界を幸せにします〜

藍条森也

文字の大きさ
18 / 33
第七話 傷心の竜姫に美味しいアイスを

竜姫の治める地にて

しおりを挟む
 その地方は滅び去ろうとしていた。
 もう一年もの間、一滴の雨も降っていない。畑の土はカラカラに乾き、ひび割れ、すべての作物は枯れ果てた。ひび割れは地の底までつづき、すべての作物を枯らし果てる地獄の瘴気しょうきが立ちのぼってきているかのよう。
 野山に向かってももはや、草や木の実の一粒もない。野の草はことごとく立ったいま干し草となり、山にはもはや緑の葉をつけた木などない。
 鳥も動物も姿を消した。
 滔々とうとうたる流れをもっていた山からの川さえいまでは干上がり、川の跡があるばかり。はじめのうちは干上がった底で魚たちがぴちぴち跳ねていたが、いまやそんな光景すらも失われた。魚たちは死に絶え、容赦なく太陽の熱に炙られ、ことごとくミイラとなってしまった。
 いまや、地面から湧き出る泉だけが命の綱。この水と、枯れ草を食べる牛たちの乳だけを糧に人々はなんとか生き延びていた。だが、それもいつまでもつことか……。
 「……もう一年にもなるのだなあ」
 「竜姫さまのお怒りはいつになったら解けるんじゃろうなあ」
 「神官たちがあれこれ手を尽くして、おなだめしてはいるが……効果もないようだなあ」
 「このままでは本当に我らは……いや、この地方そのものが滅んでしまうぞ」
 「そもそもの原因となった領主の馬鹿息子はどうしたんだ?」
 「とっくに領主夫妻共々よそに逃げ出したさ」
 「くそっ、腹の立つ。目の前にいりゃあ四つにたたんで竜姫さまに差し出してやるってのによお」
 「おれだってそうしたいさ。けど、おれたちには連中が逃げた先まで追いかけるだけの旅費もねえ……」
 「このまま、滅びるしかないんかのお」
 人々は毎日まいにち、この地方の守護者『雨をもたらすもの』竜姫の住まう山のいただきを見つめ、同じことを話しあうのだった。

 「……ん、カティ姉ちゃん」
 切なげな少女のあえぎ声が漏れ聞こえる。
 そして、そんな少女をもてあそぶかのような楽しげな声。
 「……ふふ。グリちゃんのおっぱい、素敵です。とっても、おいしそう」
 「……あ、ダメ!」
 切羽詰まったそのあえぎ声と共に――。
 鷲と獅子の合成魔獣の乳房から勢いよく白い乳がほとばしった。
 「わあっー、いいおっぱいがいっぱいとれましたあっ! さっそく、おいしいチーズを作りましょう!」
 乳のいっぱいたまった桶を抱え、チーズ令嬢カティのなんとも嬉しそうな声が響く。
 フェンリル。
 リヴァイアサン。
 グリフォン。
 いまや欠かすことのできない日課となっている、共に旅をする仲間たちからの乳搾ちちしぼりが終わったところだった。
 チーズを愛し、チーズと共に生きるチーズ令嬢カティ。そのかのにとって『おっぱい』と言えば正しく母乳のことを差す。それ以外の意味で『おっぱい』という言葉を使うなど、カティにとってはおっぱいへの冒涜ぼうとくでしかない。
 仲間内でただひとり、鳥類と言うことで乳を出せないフェニックスは人間の幼女の姿のまま、携帯農場の加工場で器具の用意をしてチーズ作りの準備をしている。
 「はあ~、今日もすごかったあ。カティ姉ちゃん、乳搾ちちしぼり、うますぎ」
 日に焼けた肌に波打つ金髪。胸元とヘソを大胆に露出させた短い上衣に、かがめば下着が見えそうなぐらい短いスカート。そんなきわどい格好のギャル姿となったグリフォンがどこか気だるい声をあげた。
 「本当よねえ。カティの手さばきって芸術品だわぁ」
 と、こちらも、いい感じに脱力したセクシー美女姿になっているリヴァイアサンが口をそろえる。
 「うむ。毎日のことながらなんとも心地よい一時ひととき。これだけでもカティと共に旅をする価値はある」
 ただひとり、カティから人間の姿になることを禁止されていることもあって、象ほどもある『デッカい犬』姿のままのフェンリルがうなずいた。
 「むぅ~。気にいらんのじゃ。なにゆえ、わらわだけがその心地よさを味わえんのじゃ」
 鳥類と言うことで乳房をもたないフェニックスが幼女姿のままボヤいた。いかにも不満そうに頬をふくらませた表情がかわいらしい。
 「は~い、できましたあっ!」
 そんなことを言っている間にカティの明るい声が響いた。デイリーメイドの制服に大きなトレイ。エプロンをヒラヒラさせながらトレイの上に山と乗せたチーズを運んでくる。
 本来ならば作るのに時間のかかるチーズでも、カティ固有のチートスキル『携帯農場』のチート加工場をもってすれば思いのまま。あらゆる時間を短縮し、あっという間に完成させてしまう。
 携帯農場の一角にシートを敷き、その上に座ってのモーニング。何種類もの山のようなチーズに、携帯農場でとれた小麦から作ったバゲット。色とりどりの野菜。口直しのナッツ類。そして、チーズとバゲットには欠かせない芳醇なワイン。
 チーズとバゲットを口に運び、ワインを飲めば、口のなかいっぱいに、互いにたがいを引き立てあう至福の味と浪漫が広がる。
 思わず、目を閉じ、天を仰ぐその感動。『マリアージュ』と呼ばれるのが納得のおいしさ。
 「うん。やっぱり、グリちゃんのおっぱいはマスカルポーネにぴったりです!」
 「あたしも信じられないよ。まさか、あたしのおっぱいからこんなにおいしいチーズが作れるなんて」
 「グリちゃんのおっぱいは、グリちゃんの性格そのままにまっすぐで純粋、さわやかななかにほのかな甘味が感じられ、くどさのないさっぱりした味わい。それでいて深みのある上品さ。それが特徴ですからね。ミルク感を活かしたいフレッシュチーズにぴったりなんです」
 「じゅ、純粋で、上品……そ、そうかな?」
 グリフォンは日に焼けた頬を赤く染め、モジモジしはじめた。カティは力強く断言した。
 「まちがいありません! グリちゃん(のおっぱい)はまっすぐで、純粋で、上品なんです! このあたしが保証します」
 「う、うん……。ね、ねえ、カティ姉ちゃん。カティ姉ちゃんには毎日おっぱいさわられてるわけだし……責任、とってくれるんだよね?」
 グリフォンは頬を赤く染めたままそう尋ねた。リヴァイアサンが微笑ましそうに答えた。
 「だいじょうぶよぉ、グリちゃん。カティならちゃんと責任とってくれるから」
 「はい、もちろんです! このカッテージ・カマンベール、一生、グリちゃんと添い遂げます!」
 力強くそう断言されて、グリフォンは顔中を真っ赤にして縮こまる。
 「やれやれ。例によって『添い遂げる』の言葉の意味をまちがえて使っておるのじゃ」
 と、口いっぱいにチーズとベリーとハチミツのサラダを頬張っているフェニックスが冷めた視線で指摘した。
 ちなみに、このチーズはリヴァイアサン製。濃厚すぎるほど濃厚な味わいをベリーの酸味が中和し、ハチミツがくどさを消して旨味のみを引き立てている。そうすることで、それはそれは豊かで奥深い味わいを生み出している。
 「いまさらだな」
 と、こちらは大量のチーズとバゲットを一呑みにしては、合間あいまにナッツをかじり、ワインをたしなんでいるフェンリルが答えた。
 「ああも真に受けるあたり、グリフォンはやはり若いな」
 「な、なんだよ、フェンリル⁉ いいだろ、別に……。あたしはお前たちのせいでずっとボッチだったんだ。夢見るぐらい……てか、なんで、あんただけ『デッカい犬』のままなんだよ⁉ 他はみんな人間の姿になって畑仕事を手伝ったり、売り子をしたりしてるのに」
 照れ隠しなんだか、本気で喧嘩を売っているんだかわからないグリフォンの言葉に答えたのは、意外なことにカティその人だった。
 「フッちゃんさんはダメです! フッちゃんさんが人間の姿になったらうちのお店、R18指定になってしまいます!」
 「のじゃのじゃ。こやつはあらゆる意味で『女王さま』なのじゃ。危険すぎるのじゃじゃ」
 「お店に来るお客の層が絶対、かわっちゃうわよねぇ」
 口々に語られるその言葉に――。
 グリフォンは怯えたような視線でフェンリルを見た。
 「なんか……ものすごく納得」
 その言葉にもフェンリルは『我関せず』とばかりに大量のチーズとバゲットを呑み込み、ワインを飲んでいる。それはまさに『女王の風格』だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界召喚されたけどスキルが地味だったので、現代知識とアイテムボックスで絶品料理を作ったら大商会になっちゃいました

黒崎隼人
ファンタジー
手違いで剣も魔法もない異世界に召喚された、しがない日本のサラリーマン、湊カイリ。 彼に与えられたのは、無限に物が入る【アイテムボックス】と、物の名前が分かる【鑑定】という、あまりにも地味な二つのスキルだけだった。 戦闘能力は皆無。途方に暮れるカイリだったが、異世界の食事が絶望的に不味いことを知り、大きなチャンスに気づく。 現代日本の「当たり前」の知識は、この世界ではとんでもない「宝」なのだと! 「醤油?味噌?そんなものがあれば、この世界の食文化はひっくり返るぞ!」 ひょんなことから出会った没落貴族の美少女・リリアナと共に、カイリは現代知識と地味スキルを駆使して屋台から商売をスタート。 絶品料理で人々の胃袋を掴み、さらには便利な生活用品を次々と発明していく。 伝説の神獣の幼体「フェン」やドワーフの鍛冶師など、頼れる仲間たちも加わり、彼らが立ち上げた「サンライズ商会」は瞬く間に大躍進! 迫り来る悪徳商会や腐敗した貴族の妨害も、現代のマーケティング術と知恵で痛快に打ち破る! これは、平凡なサラリーマンが異世界の常識を覆し、食と生活に革命を起こして一代で大商会を築き上げる、痛快成り上がりファンタジー! 美味しい料理と、もふもふな相棒、そして仲間との絆。 人生、逆転できないことなんて何もない!

『辺境伯一家の領地繁栄記』序章:【動物スキル?】を持った辺境伯長男の場合

鈴白理人
ファンタジー
北の辺境で雨漏りと格闘中のアーサーは、貧乏領主の長男にして未来の次期辺境伯。 国民には【スキルツリー】という加護があるけれど、鑑定料は銀貨五枚。そんな贅沢、うちには無理。 でも最近──猫が雨漏りポイントを教えてくれたり、鳥やミミズとも会話が成立してる気がする。 これってもしかして【動物スキル?】 笑って働く貧乏大家族と一緒に、雨漏り屋敷から始まる、のんびりほのぼの領地改革物語!

異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?

来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。 そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった! 亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。 「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」 「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」 おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。 現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。 お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、 美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!

過労死した俺、異世界で最強農業チートに目覚める。神農具で荒野を楽園に変えたら、エルフや獣人が集まって最高の国ができました

黒崎隼人
ファンタジー
「君、死んじゃったから、異世界で国、作らない?」 ブラック企業で過労死した俺、相川大地。 女神様から授かったのは、一振りで大地を耕し、一瞬で作物を育てる**最強の『神農具』**だった!? 右も左もわからない荒野でのサバイバル。 だけど、腹ペコのエルフ美少女を助け、頼れるドワーフ、元気な猫耳娘、モフモフ神狼が仲間になって、開拓生活は一気に賑やかに! 美味しいご飯とチート農具で、荒野はあっという間に**「奇跡の村」**へ。 これは、ただの農民志望だった俺が、最高の仲間たちと世界を救い、種族の壁を越えた理想の国『アグリトピア』を築き上げる物語。 農業は、世界を救う! さあ、今日も元気に、畑、耕しますか!

ゴミスキル【生態鑑定】で追放された俺、実は動物や神獣の心が分かる最強能力だったので、もふもふ達と辺境で幸せなスローライフを送る

黒崎隼人
ファンタジー
勇者パーティの一員だったカイは、魔物の名前しか分からない【生態鑑定】スキルが原因で「役立たず」の烙印を押され、仲間から追放されてしまう。全てを失い、絶望の中でたどり着いた辺境の森。そこで彼は、自身のスキルが動物や魔物の「心」と意思疎通できる、唯一無二の能力であることに気づく。 森ウサギに衣食住を学び、神獣フェンリルやエンシェントドラゴンと友となり、もふもふな仲間たちに囲まれて、カイの穏やかなスローライフが始まった。彼が作る料理は魔物さえも惹きつけ、何気なく作った道具は「聖者の遺物」として王都を揺るがす。 一方、カイを失った勇者パーティは凋落の一途をたどっていた。自分たちの過ちに気づき、カイを連れ戻そうとする彼ら。しかし、カイの居場所は、もはやそこにはなかった。 これは、一人の心優しき青年が、大切な仲間たちと穏やかな日常を守るため、やがて伝説の「森の聖者」となる、心温まるスローライフファンタジー。

【読切短編】転生したら辺境伯家の三男でした ~のんびり暮らしたいのに、なぜか領地が発展していく~

Lihito
ファンタジー
過労死したシステムエンジニアは、異世界の辺境伯家に転生した。 三男。継承権は遠い。期待もされない。 ——最高じゃないか。 「今度こそ、のんびり生きよう」 兄たちの継承争いに巻き込まれないよう、誰も欲しがらない荒れ地を引き受けた。 静かに暮らすつもりだった。 だが、彼には「構造把握」という能力があった。 物事の問題点が、図解のように見える力。 井戸が枯れた。見て見ぬふりができなかった。 作物が育たない。見て見ぬふりができなかった。 気づけば——領地が勝手に発展していた。 「俺ののんびりライフ、どこ行った……」 これは、静かに暮らしたかった男が、なぜか成り上がっていく物語。

過労死して転生したら『万能農具』を授かったので、辺境でスローライフを始めたら、聖獣やエルフ、王女様まで集まってきて国ごと救うことになりました

黒崎隼人
ファンタジー
過労の果てに命を落とした青年が転生したのは、痩せた土地が広がる辺境の村。彼に与えられたのは『万能農具』という一見地味なチート能力だった。しかしその力は寂れた村を豊かな楽園へと変え、心優しきエルフや商才に長けた獣人、そして国の未来を憂う王女といった、かけがえのない仲間たちとの絆を育んでいく。 これは一本のクワから始まる、食と笑い、もふもふに満ちた心温まる異世界農業ファンタジー。やがて一人の男のささやかな願いが、国さえも救う大きな奇跡を呼び起こす物語。

追放された悪役令嬢、農業チートと“もふもふ”で国を救い、いつの間にか騎士団長と宰相に溺愛されていました

黒崎隼人
ファンタジー
公爵令嬢のエリナは、婚約者である第一王子から「とんでもない悪役令嬢だ!」と罵られ、婚約破棄されてしまう。しかも、見知らぬ辺境の地に追放されることに。 絶望の淵に立たされたエリナだったが、彼女には誰にも知られていない秘密のスキルがあった。それは、植物を育て、その成長を何倍にも加速させる規格外の「農業チート」! 畑を耕し、作物を育て始めたエリナの周りには、なぜか不思議な生き物たちが集まってきて……。もふもふな魔物たちに囲まれ、マイペースに農業に勤しむエリナ。 はじめは彼女を蔑んでいた辺境の人々も、彼女が作る美味しくて不思議な作物に魅了されていく。そして、彼女を追放したはずの元婚約者や、彼女の力を狙う者たちも現れて……。 これは、追放された悪役令嬢が、農業の力と少しのもふもふに助けられ、世界の常識をひっくり返していく、痛快でハートフルな成り上がりストーリー!

処理中です...