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最終話 チーズ令嬢カティ
チーズは神さまよりも尊いのです!
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「こちらにおわすのが、この世界の創り主。『はじまりの女神』である」
巫女姿の麒麟がそう告げた。
神の代行者たる麒麟。
その麒麟によって連れてこられた神の宮殿。その宮殿に住まうはじまりの女神はたしかに『世界の創り主』と呼ばれるにふさわしい神聖さをもった存在だった。
その姿は人で言えば二四、五歳の女性。神々しい巫女姿の麒麟にかしずかれるにふさわしく、光輝に満ちたその姿は一目見れば涙を流し、ひざまずかずにはいられない。一切の邪念は失われ、ただただ赤子のようにひれ伏すばかり。それほどの威厳と神聖さに満ちていた。
しかし、あいにくとカティは涙ぐむこともなければ、ひざまずくこともなかった。天下無敵のチーズ令嬢カティにとって、神とはチーズ。チーズ以外にかの人のひれ伏す存在はいないのだ。
カティははじまりの女神のあふれんばかりの神威にも怯まず、怖れず、たじろがず、まっすぐに立ったまま顔をあげ、その姿を見据えていた。
その度胸の据わり方はフェンリルたちチーズ姉妹はもちろん、神の代行者たる麒麟でさえ内心で感服してしまうほどのものだった。
はじまりの女神はそんなカティには目もくれず、自らの代行者たる麒麟に向かって尋ねた。
そのごく自然に尊大とも言える態度。超然とした振る舞い。深みと英知とを感じさせる声。すべてが『神』の名にふさわしいものだった。
「どういうことです、麒麟。フェンリルたち四神をこの場に連れてくることすら掟に反するというのに、人の身を連れてくるとは。いかに我が代行者たるあなたと言えど、明らかな越権行為ですよ?」
「申し訳ありません、我が主よ。越権行為であることは承知の上。その咎めは甘んじて受けましょう。ですが、この人間がどうしても神に直接、申したきことがあるとのよし。そのため、連れて参りました」
「申したきこと?」
ズイッ、と、カティは前に進み出た。
顔をまっすぐにあげ、胸をそびやかし、唇を真一文字に結んだその姿。神を見つめるその瞳には原始の炎が燃え盛り、揺らぐことなき強靱な意志を示していた。
世界の創り主たる神を前にしながらこの姿、この態度。それは例えれば千年の大木ですらなぎ倒す大嵐に立ち向かい、その身ひとつで立っているようなもの。
――人間がここまで決意を固められるものなのか。
その断固たる決意には、はじまりの女神でさえそう感心したほどだった。
「女神さま。お聞きしたいことがあります」
カティはそう切り出した。
「なぜ、この世界を滅ぼそうとするのですか?」
それは『質問』ではなく『詰問』。人間であるカティの方が神の罪と過ちを指摘し、咎めようとする態度だった。
「あ、ああ、カティ姉ちゃん、だいじょうぶなのか? 神さま相手にあんな態度とって……」
ギャル姿のグリフォンがハラハラした様子でそう言ったのは、かの人自身、神の威に打たれ、ひれ伏す気でいたからだろう。
人間より数段高い霊的位階をもつ合成魔獣であるグリフォンでさえそうなのだ。人間であるカティがこれほど堂々と神に対峙している、それがどんなに非常識なことかわかろうというものだ。
グリフォンの不安にリヴァイアサンが答えた。
「……そうねえ。あんまり態度がすぎると雷、落とされちゃうかもねえ」
「大変じゃないか!」
グリフォンが小声で叫んだ。大声を張りあげないのはやはり、神の前と言うことで萎縮しているからだ。
幼女姿のフェニックスがこちらもめずらしく緊張した面持ちで言った。
「カティだから、だいじょうぶなのじゃじゃ」
「うむ。カティだからな」
フェンリルも口をそろえてそう言ったのは、多少の慰めにはなっただろうか。
「なぜ?」
ピクリ、と、はじまりの女神の眉がつりあがった。怒りを覚えたのは確かだが、その怒りはカティの態度よりなにより、質問の内容そのものに対してのもののようだった。
「なぜ、とは心外な。それはすべて、あなたたち人間のせいなのですよ」
「どういう意味です⁉」
と、カティ。両手を腰につけ、『ふんぬ!』とばかりに胸をそびやかし、あくまでも喧嘩腰。そのせいで、後方に控えるチーズ姉妹たちはハラハラしどおしである。
「あなたも人間ならば承知しているでしょう。人間の築いてきた歴史、その蛮行の数々を。繰り返される戦争、謂れのない差別、貧富の差、そして、弱い立場にあるものたちへの蔑み。
あまりにも多くの人間が理不尽な苦しみに苛まれています。あまりにも多くの生き物が人間の所業によって生存の場を奪われ、苦しめられています。だから、わたしは、その苦しみに耐えられなくなるつど、世界を新しくしてきたのです。生命を正しく使う人類が表われるように」
「人のせいにしないでください」
「なんですって?」
「偉そうなことを言っていますけど結局は、『自分が気に入らないから滅ぼす』って言うことでしょう。そういうのを『子供の態度』と言うんです。神さまなら数え切れないほどの年月、存在しつづけて来たはずでしょう。なんのために長生きしているんですか。恥を知りなさい!」
「カティ姉ちゃん、そこまで言うか⁉」
グリフォンが思わずそう叫んだのも無理はない。よりによって神を相手に『恥を知りなさい』とは。
神さま相手にここまで痛烈な非難をしてのけた人間は有史以来、カティがはじめてだったにちがいない。
はじまりの女神はと言えば、その顔にはっきりと怒りの色を表わした。
あまりに怒りが激しすぎて人間の不敬を咎めるのも忘れ、言い負かしてやらなければ気がすまない。
そんな気持ちになったらしい。ムキになって反論した。
「ならば、あなたは人類の所業をどう思うのです? 人類の歴史を顧みてなお、人類は成功作だと、そう言えるのですか? 残酷に過ぎる現実の数々を直視してそれでもなお、人類は失敗作ではない、存在する価値がある。そう言えるのですか?」
「言えます」
「なっ……」
はじまりの女神もさすがにここまで迷いなく断言してくるとは思っていなかったのだろう。思わず言葉を失った。
カティの後ろではフェンリルたちチーズ姉妹と麒麟までもが、そのあまりの大胆さに舌を巻いている。
「その証拠がこれです」
カティは一切れのチーズを取り出した。両手に捧げ持ち、はじまりの女神に差し出した。
はじまりの女神はとまどった声をあげた。
「それは……?」
「チーズです。食べてみてください」
カティの言うことを理解した、と言うわけではなく、意外な展開についつい流されてしまったのだろう。はじまりの女神は差し出されたチーズを受け取ると、口に運んだ。そして、言った。
「……おいしい」
カティは自信満々に言った。
「そうです。おいしいんです。これは人類の生み出した文化。自然の産物であるおっぱいに人為を加え、よりおいしく、より栄養のある食品にするという『文明』です。こんな素晴らしい文明を生み出した人類が失敗作のはずがないでしょう。あたしたちは文句なしの成功作、偉大なる種族です」
「でも、人類の築いてきた歴史は……」
「たしかに。あたしのもといた世界でも人類は戦争を繰り返してきました。差別も偏見もありました。見たくもない残酷な現実なんてその辺にいくらでもありました。
でも、自分たちの力で少しずつでも改善してきたんです。かつては、戦争なんて当たり前のことでした。捕虜を得るのも、虐殺を行うのも当たり前のことだったんです。それはいちいち非難するようなことではありませんでした。
でも、時代を経るごとに戦争は『悪いこと』、『残酷なこと』、『やってはいけないこと』と認識されるようになりました。戦争をはじめたり、虐殺を行ったりすれば世界中から非難される。世界中の人たちがとめようとする。そんな世の中にかわっていったんです。
そして、それは、神さまのいない世界で人類自身が自分たちを改善していかなくてはならない世界だからこそ起きたこと。自分たちの歴史に学び、その歴史を恥じ、かえていこうとする意思のもとに起きたこと。この世界で人類がかわることなく残酷な歴史を繰り返しているというのならそれは……」
カティはキッ、と、はじまりの女神をにらみつけた。
そして、容赦ない口調で言った。
「あなたが過去を消してしまうからでしょう!」
沈黙がその場を支配した。
フェンリルが、
フェニックスが、
リヴァイアサンが、
グリフォンが、
麒麟が、
そして、他ならぬはじまりの女神自身でさえも、堂々と神を非難、いや、神の行いを否定する人間の姿を見つめていた。
「……わたしに人類を信じろと言うのですか? 過去を消すことなく歴史をつづけていればいつかは自分たちで気がつき、生命を正しく使うようになると」
「人類を信じなくてもいいからチーズを信じてください」
「なっ……」
「おいしい。あなたはチーズを食べてそう言いました。だったら、これからもチーズを食べたいと思っているはず。あたしたちはあなたにチーズを捧げます。だから、人類を滅ぼすことをやめてください。あなた自身がおいしいチーズを食べるために」
「………」
「我が神よ」
沈黙したはじまりの女神に対し、フェンリルが語りかけた。
「世界に滅びと再生を与えつづけるあなたの思い、聞くことができてよかった。思えば、ことの最初から聞いておくべきだったのだ」
その言葉に――。
フェニックスが、リヴァイアサンが、グリフォンが、そして、麒麟が、それぞれにうなずいた。
それは、かの人たちがフェンリルと同じ思いを抱いたことを告げていた。
「世界を滅ぼすその理由が、『いまよりも残酷でない世界を求める』というあなたの優しさゆえだと知れて嬉しく思う。しかし、我が神よ。我とフェニックスとを戦わせ、その結果によって世界の存亡を決める、そんな仕組みにしたのはあなた自身、迷っているからのはず。
ならば、このカティの生ある間はまってみてはどうか。人間の寿命など我らの時からすればほんの一瞬。その程度、まってみたところでなにほどのちがいもありますまい。その間に人類が自らを改善していく姿を見せればよし。そうでないなら、そのとき改めて滅ぼせばよいではありませぬか」
「そういうことなら」
ふふん、と、笑いながらカティは自信満々に言ってのけた。
「あたしは千年でも万年でも生き抜いてみせますよ。この世にチーズがある限り!」
――こいつならやりかねない。
この場にいる全員がそう思ったのは言うまでもない。
「……いいでしょう」
ついに――。
はじまりの女神はそう言った。
「たしかに、いままで何劫もの時間をかけて繰り返してきたのです。人間の寿命が尽きるまでまってみてもちがいありませんね。では、カティ。あなたの思いに免じて約束しましょう。あなたがわたしにチーズを捧げる限り、人類を、いまのこの世界を滅ぼすことはしないと」
その言葉に――。
歓喜が爆発した。
カティたちが神の宮殿を去るときが来た。
はじまりの女神はくれぐれもとカティに念を押した。
「言っておきますが、カティ。わたしが約束したのは、あなたがわたしにチーズを捧げている間だけのことです。あなたにそれができなくなったあとのことまでは約束していません。そのことは忘れないように」
「だいじょうぶです!」
と、カティは例によって自信満々に答えた。
「その前に、チーズで世界を幸せにして見せます!」
なんの根拠もないその断言に――。
その場にいる全員が苦笑した。
「……まったく。あなたはとんでもない人ですね。たしかに、あなたを見ていると人類を滅ぼすのが惜しくなってきます」
「神よ、そろそろ……」
麒麟が言った。
「人が神の世に長くとどまるのは良いことではありません。もう人の世に帰そうと思います」
「そうですね。これで、お別れです。ああ、そう言えば、カティ」
「はい?」
「チーズのお礼をしていませんでしたね。今後、あなたがわたしに捧げるチーズは世界を滅ぼさないための代価ですが、今回はちがいます。今回、いただいたチーズに関しては、わたしの方がお礼をするべきでしょう。なにがよいですか? なんでも言ってください」
「それなら……」
カティの望みと言えば、常にひとつ。迷いなく答えた。
「おっぱい、ください!」
巫女姿の麒麟がそう告げた。
神の代行者たる麒麟。
その麒麟によって連れてこられた神の宮殿。その宮殿に住まうはじまりの女神はたしかに『世界の創り主』と呼ばれるにふさわしい神聖さをもった存在だった。
その姿は人で言えば二四、五歳の女性。神々しい巫女姿の麒麟にかしずかれるにふさわしく、光輝に満ちたその姿は一目見れば涙を流し、ひざまずかずにはいられない。一切の邪念は失われ、ただただ赤子のようにひれ伏すばかり。それほどの威厳と神聖さに満ちていた。
しかし、あいにくとカティは涙ぐむこともなければ、ひざまずくこともなかった。天下無敵のチーズ令嬢カティにとって、神とはチーズ。チーズ以外にかの人のひれ伏す存在はいないのだ。
カティははじまりの女神のあふれんばかりの神威にも怯まず、怖れず、たじろがず、まっすぐに立ったまま顔をあげ、その姿を見据えていた。
その度胸の据わり方はフェンリルたちチーズ姉妹はもちろん、神の代行者たる麒麟でさえ内心で感服してしまうほどのものだった。
はじまりの女神はそんなカティには目もくれず、自らの代行者たる麒麟に向かって尋ねた。
そのごく自然に尊大とも言える態度。超然とした振る舞い。深みと英知とを感じさせる声。すべてが『神』の名にふさわしいものだった。
「どういうことです、麒麟。フェンリルたち四神をこの場に連れてくることすら掟に反するというのに、人の身を連れてくるとは。いかに我が代行者たるあなたと言えど、明らかな越権行為ですよ?」
「申し訳ありません、我が主よ。越権行為であることは承知の上。その咎めは甘んじて受けましょう。ですが、この人間がどうしても神に直接、申したきことがあるとのよし。そのため、連れて参りました」
「申したきこと?」
ズイッ、と、カティは前に進み出た。
顔をまっすぐにあげ、胸をそびやかし、唇を真一文字に結んだその姿。神を見つめるその瞳には原始の炎が燃え盛り、揺らぐことなき強靱な意志を示していた。
世界の創り主たる神を前にしながらこの姿、この態度。それは例えれば千年の大木ですらなぎ倒す大嵐に立ち向かい、その身ひとつで立っているようなもの。
――人間がここまで決意を固められるものなのか。
その断固たる決意には、はじまりの女神でさえそう感心したほどだった。
「女神さま。お聞きしたいことがあります」
カティはそう切り出した。
「なぜ、この世界を滅ぼそうとするのですか?」
それは『質問』ではなく『詰問』。人間であるカティの方が神の罪と過ちを指摘し、咎めようとする態度だった。
「あ、ああ、カティ姉ちゃん、だいじょうぶなのか? 神さま相手にあんな態度とって……」
ギャル姿のグリフォンがハラハラした様子でそう言ったのは、かの人自身、神の威に打たれ、ひれ伏す気でいたからだろう。
人間より数段高い霊的位階をもつ合成魔獣であるグリフォンでさえそうなのだ。人間であるカティがこれほど堂々と神に対峙している、それがどんなに非常識なことかわかろうというものだ。
グリフォンの不安にリヴァイアサンが答えた。
「……そうねえ。あんまり態度がすぎると雷、落とされちゃうかもねえ」
「大変じゃないか!」
グリフォンが小声で叫んだ。大声を張りあげないのはやはり、神の前と言うことで萎縮しているからだ。
幼女姿のフェニックスがこちらもめずらしく緊張した面持ちで言った。
「カティだから、だいじょうぶなのじゃじゃ」
「うむ。カティだからな」
フェンリルも口をそろえてそう言ったのは、多少の慰めにはなっただろうか。
「なぜ?」
ピクリ、と、はじまりの女神の眉がつりあがった。怒りを覚えたのは確かだが、その怒りはカティの態度よりなにより、質問の内容そのものに対してのもののようだった。
「なぜ、とは心外な。それはすべて、あなたたち人間のせいなのですよ」
「どういう意味です⁉」
と、カティ。両手を腰につけ、『ふんぬ!』とばかりに胸をそびやかし、あくまでも喧嘩腰。そのせいで、後方に控えるチーズ姉妹たちはハラハラしどおしである。
「あなたも人間ならば承知しているでしょう。人間の築いてきた歴史、その蛮行の数々を。繰り返される戦争、謂れのない差別、貧富の差、そして、弱い立場にあるものたちへの蔑み。
あまりにも多くの人間が理不尽な苦しみに苛まれています。あまりにも多くの生き物が人間の所業によって生存の場を奪われ、苦しめられています。だから、わたしは、その苦しみに耐えられなくなるつど、世界を新しくしてきたのです。生命を正しく使う人類が表われるように」
「人のせいにしないでください」
「なんですって?」
「偉そうなことを言っていますけど結局は、『自分が気に入らないから滅ぼす』って言うことでしょう。そういうのを『子供の態度』と言うんです。神さまなら数え切れないほどの年月、存在しつづけて来たはずでしょう。なんのために長生きしているんですか。恥を知りなさい!」
「カティ姉ちゃん、そこまで言うか⁉」
グリフォンが思わずそう叫んだのも無理はない。よりによって神を相手に『恥を知りなさい』とは。
神さま相手にここまで痛烈な非難をしてのけた人間は有史以来、カティがはじめてだったにちがいない。
はじまりの女神はと言えば、その顔にはっきりと怒りの色を表わした。
あまりに怒りが激しすぎて人間の不敬を咎めるのも忘れ、言い負かしてやらなければ気がすまない。
そんな気持ちになったらしい。ムキになって反論した。
「ならば、あなたは人類の所業をどう思うのです? 人類の歴史を顧みてなお、人類は成功作だと、そう言えるのですか? 残酷に過ぎる現実の数々を直視してそれでもなお、人類は失敗作ではない、存在する価値がある。そう言えるのですか?」
「言えます」
「なっ……」
はじまりの女神もさすがにここまで迷いなく断言してくるとは思っていなかったのだろう。思わず言葉を失った。
カティの後ろではフェンリルたちチーズ姉妹と麒麟までもが、そのあまりの大胆さに舌を巻いている。
「その証拠がこれです」
カティは一切れのチーズを取り出した。両手に捧げ持ち、はじまりの女神に差し出した。
はじまりの女神はとまどった声をあげた。
「それは……?」
「チーズです。食べてみてください」
カティの言うことを理解した、と言うわけではなく、意外な展開についつい流されてしまったのだろう。はじまりの女神は差し出されたチーズを受け取ると、口に運んだ。そして、言った。
「……おいしい」
カティは自信満々に言った。
「そうです。おいしいんです。これは人類の生み出した文化。自然の産物であるおっぱいに人為を加え、よりおいしく、より栄養のある食品にするという『文明』です。こんな素晴らしい文明を生み出した人類が失敗作のはずがないでしょう。あたしたちは文句なしの成功作、偉大なる種族です」
「でも、人類の築いてきた歴史は……」
「たしかに。あたしのもといた世界でも人類は戦争を繰り返してきました。差別も偏見もありました。見たくもない残酷な現実なんてその辺にいくらでもありました。
でも、自分たちの力で少しずつでも改善してきたんです。かつては、戦争なんて当たり前のことでした。捕虜を得るのも、虐殺を行うのも当たり前のことだったんです。それはいちいち非難するようなことではありませんでした。
でも、時代を経るごとに戦争は『悪いこと』、『残酷なこと』、『やってはいけないこと』と認識されるようになりました。戦争をはじめたり、虐殺を行ったりすれば世界中から非難される。世界中の人たちがとめようとする。そんな世の中にかわっていったんです。
そして、それは、神さまのいない世界で人類自身が自分たちを改善していかなくてはならない世界だからこそ起きたこと。自分たちの歴史に学び、その歴史を恥じ、かえていこうとする意思のもとに起きたこと。この世界で人類がかわることなく残酷な歴史を繰り返しているというのならそれは……」
カティはキッ、と、はじまりの女神をにらみつけた。
そして、容赦ない口調で言った。
「あなたが過去を消してしまうからでしょう!」
沈黙がその場を支配した。
フェンリルが、
フェニックスが、
リヴァイアサンが、
グリフォンが、
麒麟が、
そして、他ならぬはじまりの女神自身でさえも、堂々と神を非難、いや、神の行いを否定する人間の姿を見つめていた。
「……わたしに人類を信じろと言うのですか? 過去を消すことなく歴史をつづけていればいつかは自分たちで気がつき、生命を正しく使うようになると」
「人類を信じなくてもいいからチーズを信じてください」
「なっ……」
「おいしい。あなたはチーズを食べてそう言いました。だったら、これからもチーズを食べたいと思っているはず。あたしたちはあなたにチーズを捧げます。だから、人類を滅ぼすことをやめてください。あなた自身がおいしいチーズを食べるために」
「………」
「我が神よ」
沈黙したはじまりの女神に対し、フェンリルが語りかけた。
「世界に滅びと再生を与えつづけるあなたの思い、聞くことができてよかった。思えば、ことの最初から聞いておくべきだったのだ」
その言葉に――。
フェニックスが、リヴァイアサンが、グリフォンが、そして、麒麟が、それぞれにうなずいた。
それは、かの人たちがフェンリルと同じ思いを抱いたことを告げていた。
「世界を滅ぼすその理由が、『いまよりも残酷でない世界を求める』というあなたの優しさゆえだと知れて嬉しく思う。しかし、我が神よ。我とフェニックスとを戦わせ、その結果によって世界の存亡を決める、そんな仕組みにしたのはあなた自身、迷っているからのはず。
ならば、このカティの生ある間はまってみてはどうか。人間の寿命など我らの時からすればほんの一瞬。その程度、まってみたところでなにほどのちがいもありますまい。その間に人類が自らを改善していく姿を見せればよし。そうでないなら、そのとき改めて滅ぼせばよいではありませぬか」
「そういうことなら」
ふふん、と、笑いながらカティは自信満々に言ってのけた。
「あたしは千年でも万年でも生き抜いてみせますよ。この世にチーズがある限り!」
――こいつならやりかねない。
この場にいる全員がそう思ったのは言うまでもない。
「……いいでしょう」
ついに――。
はじまりの女神はそう言った。
「たしかに、いままで何劫もの時間をかけて繰り返してきたのです。人間の寿命が尽きるまでまってみてもちがいありませんね。では、カティ。あなたの思いに免じて約束しましょう。あなたがわたしにチーズを捧げる限り、人類を、いまのこの世界を滅ぼすことはしないと」
その言葉に――。
歓喜が爆発した。
カティたちが神の宮殿を去るときが来た。
はじまりの女神はくれぐれもとカティに念を押した。
「言っておきますが、カティ。わたしが約束したのは、あなたがわたしにチーズを捧げている間だけのことです。あなたにそれができなくなったあとのことまでは約束していません。そのことは忘れないように」
「だいじょうぶです!」
と、カティは例によって自信満々に答えた。
「その前に、チーズで世界を幸せにして見せます!」
なんの根拠もないその断言に――。
その場にいる全員が苦笑した。
「……まったく。あなたはとんでもない人ですね。たしかに、あなたを見ていると人類を滅ぼすのが惜しくなってきます」
「神よ、そろそろ……」
麒麟が言った。
「人が神の世に長くとどまるのは良いことではありません。もう人の世に帰そうと思います」
「そうですね。これで、お別れです。ああ、そう言えば、カティ」
「はい?」
「チーズのお礼をしていませんでしたね。今後、あなたがわたしに捧げるチーズは世界を滅ぼさないための代価ですが、今回はちがいます。今回、いただいたチーズに関しては、わたしの方がお礼をするべきでしょう。なにがよいですか? なんでも言ってください」
「それなら……」
カティの望みと言えば、常にひとつ。迷いなく答えた。
「おっぱい、ください!」
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畑を耕し、作物を育て始めたエリナの周りには、なぜか不思議な生き物たちが集まってきて……。もふもふな魔物たちに囲まれ、マイペースに農業に勤しむエリナ。
はじめは彼女を蔑んでいた辺境の人々も、彼女が作る美味しくて不思議な作物に魅了されていく。そして、彼女を追放したはずの元婚約者や、彼女の力を狙う者たちも現れて……。
これは、追放された悪役令嬢が、農業の力と少しのもふもふに助けられ、世界の常識をひっくり返していく、痛快でハートフルな成り上がりストーリー!
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