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第三部 終わりの伝説
五章 運命を選びしもの
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島のなかに荘厳な鐘の音が響き渡る。
その鐘の音は天命の巫女さまの奏でる曲と混じり合い、大気を震わせ、自ら風となって世界の隅々まで広がっていく。
そう。これは戦いを告げる鐘、この天命の世界を守るための『最後の』戦いのはじまりを告げる音。
勇者マークスⅢが進み出た。野外会場のその舞台へと。
「これより……」
マークスⅢは大きく息を吸った。思いきり胸を張った。肚の底から噴火するような勢いで熱く、激しい言葉を放ちおった。
「『最後の』戦いに向けての決意表明を開始する!」
会議ではない。
協議でもない。
そんな段階はとうに終わっておる。この場にいる誰ひとりとしてこの戦いの意義を疑うものはおらぬ。誰もがこの戦いの意味を知り、自分たちの世界を守るためには戦わなければならないことを知っておる。
千年前の、わしの時代の戦いとはちがう。
あの時代の人間たちは過去の戦いの記憶を受け継いではいなかった。人と人の争いに明け暮れ、騎士マークスとその仲間たちの戦いを忘れておった。ために、充分な準備も出来ず、人類が一丸となって挑むことも出来なかった。そのために――。
あの戦いでも多くの犠牲を出すことになってしまった。
じゃが――。
此度の戦いはちがう。この時代の人間たちはわしらが残した戦いの記憶を受け継いでおる。千年にわたって伝えつづけた記憶。その記憶に従い『最後の』戦いに向けての準備を重ね、覚悟を決めてきた。もはや、言葉など不要。その決意を示すのみ。その事実に――。
わしはとうに失った目頭が熱くなるのを感じた。人の身のままであったなら滝のような涙を流しておったにちがいない。
――わしはまちがっていなかった。
そう確信できた。
――あとにつづくを信ず。
その一言を残し、人の身を捨てて天命の理そのものとなり、眠りについたのは正しかった。我らが子孫たちは見事に期待に応え、新たな文明を築き、『最後の』戦いを迎えようとしている。
わしはそのことがたまらなく誇らしかった。
マークスⅢが手にした剣を高々と突きあげた。
『最後の』戦いのための武器としてわしが作り出した剣。〝鬼〟の骨から削り出した混沌の邪剣。鬼骨。いまもなお、生々しい骨色をした剣身が日の光を浴びてぬらりと光る。
「勇者マークスⅢ! この場にて宣言する! この戦いに置いてただのひとりの犠牲も出さないこと、そして、この戦いを亡道との『最後の』戦いにすることを!」
マークスⅢはそう叫んだ。
そう。この戦いにおける『覚悟』とは勝つことではない。勝つなど当たり前。人類は過去に二度、亡道との戦いに勝ってきたのだから。この戦いにおける覚悟。それは、
ただのひとりも犠牲を出さないこと。
この戦いを最後に、亡道との戦いを終わらせること。
その二点。そのためにこそ――。
この時代の人間たちは、千年の長きにわたり力を蓄えてきた。
「集え! 自ら運命を選びしものたちよ!」
マークスⅢが叫ぶ。
その声に応じ、会場の上に八つの鏡が現れた。
――説明しよう。はじまりの種族ゼッヴォーカー。あまたの世界の滅びと再生を見届けてきたその知識と経験にかけて。
――第二の種族メルデリオ。我らの魔導の力を捧げよう。
――第三の種族イルキュルス。運命を読み解き、伝えましょう。
――第四の種族カーバッソ。我らが鍛えし空前の武器を与えよう。
――第五の種族ゴルゼクウォ。我らが力を未来のために!
――第六の種族ハイシュリオス。戦士たるの誇りにかけて、此度こそ雪辱を。
――第七の種族ミスルセス。亡道の世界に公平なる裁きを。
――第八の種族カーンゼリッツ。我らが蓄えしすべての英知をこの時代に。
空の彼方にぴったりとよりそう、霧で出来た巨人が現れる。
――未だ生まれぬふたつの種族。我らが生地と定めしこの時代のために。
足音が連鎖し、幾人かの人型がやってくる。
「空狩りの行者。我が身に宿る七曜の空にかけて」
「鬼を殺すもの。犠牲を強いるすべてのものを斬り捨てよう」
「『復活の死者』の末裔。我らが種族を生み出し、生きつづける機会をくれた恩義にかけて」
「『もうひとつの輝き』。二千年に及ぶ研究成果のすべてと共に」
二本足の翼の獣がやってくる。
「ダンテのリョキ! おれこそが最強の生命だと証明しよう!」
海を割って、幽霊船と巨大な雌牛とが寄り添いながら姿を現わした。
――騎士マークス。騎士として、全人類への責務を果たそう。……我が妻、サライサと共に。
――サライサ。母として、子供たちの未来を守るために戦いましょう。……夫マークスと共に。
続々と勇士たちが現れ、自らの決意を語る。
そう。この場にいるのは誰もが『自ら運命を選んだ』勇士たち。運命や、神を名乗る超越者に選ばれ、特別な力を与えられたものなどひとりもいない。誰もが、自ら自分の運命を選び、その運命を成就させるための力を、自らの鍛錬によって身につけたものたち。だからこそ、そこには揺らぐことのない断固たる決意がある。
むろん、わしも名乗りをあげる。他の勇士たちに劣らない決意と覚悟をもって。
――賢者マークスⅡ。千年の眠りのなかで鍛えし天命の理、いまこそこの世界のために!
わしのその一言を最後に――。
名乗りをあげる声は終わった。
残るはただひとり。人類最初の『運命を選びしもの』だけ。
全員の視線が一カ所に集中する。会場の中央。そこで、二千年前からまったくかわらぬ姿でハープをかき鳴らしつづけるその女性を。決して言葉を口にすることのないその女性、その女性の意思を、本人にかわって語る資格をもつものはここにはひとりしかいない。
幽霊船の身に魂を宿した騎士マークスが朗々たる声をあげた。
――天命の巫女。未だ世界を守りつづける天命の曲と共に!
その決意表明を合図に――。
マークスⅢは再び吹き出すマグマのような叫びをあげた。
「天も照覧あれ、我々の覚悟を! 我々はここに誓う! 我らの決意を必ずや全うすることを……」
バチ、
パチ、
パチ。
マークスⅢのその宣言に答え――。
天から拍手の音が降り注いだ。
全員の目が天に向かった。そこに、予想通りの姿を見出した。
「……来たか」
ニヤリ、と、マークスⅢが笑って見せた。
「亡道の司」
その鐘の音は天命の巫女さまの奏でる曲と混じり合い、大気を震わせ、自ら風となって世界の隅々まで広がっていく。
そう。これは戦いを告げる鐘、この天命の世界を守るための『最後の』戦いのはじまりを告げる音。
勇者マークスⅢが進み出た。野外会場のその舞台へと。
「これより……」
マークスⅢは大きく息を吸った。思いきり胸を張った。肚の底から噴火するような勢いで熱く、激しい言葉を放ちおった。
「『最後の』戦いに向けての決意表明を開始する!」
会議ではない。
協議でもない。
そんな段階はとうに終わっておる。この場にいる誰ひとりとしてこの戦いの意義を疑うものはおらぬ。誰もがこの戦いの意味を知り、自分たちの世界を守るためには戦わなければならないことを知っておる。
千年前の、わしの時代の戦いとはちがう。
あの時代の人間たちは過去の戦いの記憶を受け継いではいなかった。人と人の争いに明け暮れ、騎士マークスとその仲間たちの戦いを忘れておった。ために、充分な準備も出来ず、人類が一丸となって挑むことも出来なかった。そのために――。
あの戦いでも多くの犠牲を出すことになってしまった。
じゃが――。
此度の戦いはちがう。この時代の人間たちはわしらが残した戦いの記憶を受け継いでおる。千年にわたって伝えつづけた記憶。その記憶に従い『最後の』戦いに向けての準備を重ね、覚悟を決めてきた。もはや、言葉など不要。その決意を示すのみ。その事実に――。
わしはとうに失った目頭が熱くなるのを感じた。人の身のままであったなら滝のような涙を流しておったにちがいない。
――わしはまちがっていなかった。
そう確信できた。
――あとにつづくを信ず。
その一言を残し、人の身を捨てて天命の理そのものとなり、眠りについたのは正しかった。我らが子孫たちは見事に期待に応え、新たな文明を築き、『最後の』戦いを迎えようとしている。
わしはそのことがたまらなく誇らしかった。
マークスⅢが手にした剣を高々と突きあげた。
『最後の』戦いのための武器としてわしが作り出した剣。〝鬼〟の骨から削り出した混沌の邪剣。鬼骨。いまもなお、生々しい骨色をした剣身が日の光を浴びてぬらりと光る。
「勇者マークスⅢ! この場にて宣言する! この戦いに置いてただのひとりの犠牲も出さないこと、そして、この戦いを亡道との『最後の』戦いにすることを!」
マークスⅢはそう叫んだ。
そう。この戦いにおける『覚悟』とは勝つことではない。勝つなど当たり前。人類は過去に二度、亡道との戦いに勝ってきたのだから。この戦いにおける覚悟。それは、
ただのひとりも犠牲を出さないこと。
この戦いを最後に、亡道との戦いを終わらせること。
その二点。そのためにこそ――。
この時代の人間たちは、千年の長きにわたり力を蓄えてきた。
「集え! 自ら運命を選びしものたちよ!」
マークスⅢが叫ぶ。
その声に応じ、会場の上に八つの鏡が現れた。
――説明しよう。はじまりの種族ゼッヴォーカー。あまたの世界の滅びと再生を見届けてきたその知識と経験にかけて。
――第二の種族メルデリオ。我らの魔導の力を捧げよう。
――第三の種族イルキュルス。運命を読み解き、伝えましょう。
――第四の種族カーバッソ。我らが鍛えし空前の武器を与えよう。
――第五の種族ゴルゼクウォ。我らが力を未来のために!
――第六の種族ハイシュリオス。戦士たるの誇りにかけて、此度こそ雪辱を。
――第七の種族ミスルセス。亡道の世界に公平なる裁きを。
――第八の種族カーンゼリッツ。我らが蓄えしすべての英知をこの時代に。
空の彼方にぴったりとよりそう、霧で出来た巨人が現れる。
――未だ生まれぬふたつの種族。我らが生地と定めしこの時代のために。
足音が連鎖し、幾人かの人型がやってくる。
「空狩りの行者。我が身に宿る七曜の空にかけて」
「鬼を殺すもの。犠牲を強いるすべてのものを斬り捨てよう」
「『復活の死者』の末裔。我らが種族を生み出し、生きつづける機会をくれた恩義にかけて」
「『もうひとつの輝き』。二千年に及ぶ研究成果のすべてと共に」
二本足の翼の獣がやってくる。
「ダンテのリョキ! おれこそが最強の生命だと証明しよう!」
海を割って、幽霊船と巨大な雌牛とが寄り添いながら姿を現わした。
――騎士マークス。騎士として、全人類への責務を果たそう。……我が妻、サライサと共に。
――サライサ。母として、子供たちの未来を守るために戦いましょう。……夫マークスと共に。
続々と勇士たちが現れ、自らの決意を語る。
そう。この場にいるのは誰もが『自ら運命を選んだ』勇士たち。運命や、神を名乗る超越者に選ばれ、特別な力を与えられたものなどひとりもいない。誰もが、自ら自分の運命を選び、その運命を成就させるための力を、自らの鍛錬によって身につけたものたち。だからこそ、そこには揺らぐことのない断固たる決意がある。
むろん、わしも名乗りをあげる。他の勇士たちに劣らない決意と覚悟をもって。
――賢者マークスⅡ。千年の眠りのなかで鍛えし天命の理、いまこそこの世界のために!
わしのその一言を最後に――。
名乗りをあげる声は終わった。
残るはただひとり。人類最初の『運命を選びしもの』だけ。
全員の視線が一カ所に集中する。会場の中央。そこで、二千年前からまったくかわらぬ姿でハープをかき鳴らしつづけるその女性を。決して言葉を口にすることのないその女性、その女性の意思を、本人にかわって語る資格をもつものはここにはひとりしかいない。
幽霊船の身に魂を宿した騎士マークスが朗々たる声をあげた。
――天命の巫女。未だ世界を守りつづける天命の曲と共に!
その決意表明を合図に――。
マークスⅢは再び吹き出すマグマのような叫びをあげた。
「天も照覧あれ、我々の覚悟を! 我々はここに誓う! 我らの決意を必ずや全うすることを……」
バチ、
パチ、
パチ。
マークスⅢのその宣言に答え――。
天から拍手の音が降り注いだ。
全員の目が天に向かった。そこに、予想通りの姿を見出した。
「……来たか」
ニヤリ、と、マークスⅢが笑って見せた。
「亡道の司」
応援ありがとうございます!
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