壊れたオルゴール ~三つの伝説~

藍条森也

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第二部 絆ぐ伝説

第一話一〇章 弟子入り

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 「よく来たな。客人」
 ――白骨が喋った!
 ロウワンはさすがに仰天ぎょうてんした。両目と口を丸にして、声にならない叫びをあげた。しかし、一時の衝撃が過ぎるとすぐに気付いた。
 ――あ、ああ、そうか。天命てんめいことわり
 マークスが船に自分の魂を移したのと同じだ。この人物はおそらく、自分の死に際に自分自身に天命てんめいことわりをかけ、本来なら失われる魂を自らの死体に押しとどめたのだ。そうすることで人としての意識を保った。つまり『生ける死者』となったのだ。
 しかし、意識は保てても死んだ肉体を保つことは出来なかった。血肉は長い時間の侵食によって失われ、こうして骨だけが残った。そういうことなのだろう。
 骨だけになったこの身では意識は残っていても、動くことはもはや出来ないだろう。いったい、この状態でどれだけの間、ひとりでいたのだろう。
 一〇年、二〇年、いや、あまりにきれいな白骨の状態からして一〇〇年単位の時がたっているのだろう。その間たったひとりで、身動きもできず、訪れるものもなく、ただ椅子の上でじっと座り込んで……。
 そう思うとロウワンは胸に切なさが込みあけてきた。
 「……お疲れさまでした」
 思わず、そう言っていた。その言葉に――。
 白骨は笑ったように見えた。思わず、吹き出した。そんな感じだった。
 「お疲れさまとな?」
 「あ、す、すいません……。つい、そんな気が……」
 「詫びる必要はない。まあ、たしかに身動きはとれんがな。こうなってしまえば食べる必要も、排泄する必要もない。つまり、身動きする必要もないと言うことだ。別に困りはせん。それに、この島にはこいつらがいるからな。退屈もしなかった」
 白骨はロウワンの思いを汲み取ったのだろう。そう語った。
 『こいつら』というのはサルたちのことにちがいない。このサルたちは護衛と思っていたが、それだけではなく家族同然の存在らしい。
 「しかし、この身を見て最初に言うことが『お疲れさま』とはな。おもしろい少年だ」
 言われてロウワンは気付いた。他人の家に勝手に上がり込んでおいてまだ挨拶もしていないことに。姿勢を正し、しゃちほこばって名乗った。
 「失礼しました! 僕はロウワン。勝手に上がり込んで申し訳ありませんでした。こんな格好で失礼ですが、これにはわけが……」
 クックックッ、と、白骨から苦笑する声が漏れ聞こえた。
 「そういうことを言ったわけではないのだが……。まあ良い。久しぶりの客人。大したことはできないが、もてなしはさせてもらおう。と言っても、私にはなにもできないがな。この家がやってくれる」
 白骨が言うと――。
 どこからか椅子が運んでこられ、その場に置かれた。さらに、熱いお茶をいれたティーカップと茶菓子までが運ばれてきた。
 さすが、天命てんめいいえ。まるで、目に見えない精霊の召使いがいるみたいだ。ロウワンは驚きながらも椅子に座った。
 「いただきます」
 礼儀上、お茶を口にした。
 ――こんな、何百年もほったらかしだったみたいな家のお茶なんて飲んで大丈夫かな?
 そんな不安はあったが家主の好意だ。勝手に上がり込んだ身としては断るわけにはいかない。
 幸い、お茶は普通の味だった。変な味も匂いもしない。どうやら、意識をもつこの家は茶葉の保管に関しても完璧だったらしい。そのことに安心して、ロウワンは一口だけ飲んだカップを置いた。
 「さて。私の紹介がまだだったな。私はハルキス。『もうひとつの輝き』のハルキス」
 「もうひとつの輝き?」
 「かつて、騎士マークスによって作られた機関だ」
 「騎士マークス⁉」
 ロウワンは叫んだ。口のなかにお茶が残っていれば残らず吐き出してしまうという、とんだ粗相そそうをしでかすところだった。もっとも、そうしたところでハルキスという白骨は気にもしなかっただろう。それどころではなかったのだ。
 「騎士マークスを知っているのか!」
 もちろん、骨だけとなった体はピクリとも動かない。それなのにその声、と言うより、意識は椅子を蹴倒して立ちあがりそうな勢い。その落差がなんとも奇妙だった。
 「はい! 僕は騎士マークスの記憶にふれたんです」
 ロウワンは急いで説明した。
 騎士マークスの幽霊船に乗り込んだこと。
 そのなかで騎士マークスの死体と天命てんめい巫女みこさまに出会ったこと。
 騎士マークスの記憶にふれ、千年前の戦いを見たこと。
 そして、〝鬼〟の船から海に飛び込み、この島に漂着ひょうちゃくしたこと……。
 それらを聞いたハルキスは感慨かんがいぶかい声をあげた。
 「……なんとな。騎士マークスの記憶にふれた人間が我がもとを訪れるとは。これも、騎士マークスの導きか」
 「あの……あなたは騎士マークスの時代の人なんですか?」
 「そうではないのだが……最初から話した方が早いだろう。長くなるが聞くが良い。そもそものはじまりは騎士マークスの時代。亡道もうどうつかさとの戦いが終わった後のことだ。
 その頃、騎士マークスは世界の騎士たちをまとめあげ、亡道もうどう世界せかいに侵された世界の復旧に励んでいた。それは、全人類の総力を挙げた一大事業だった。亡道もうどうに侵された土地や生き物を焼き払い、浄化し、新しい土や生き物たちを運び、世界を再生させていく。
 それは気の遠くなるような作業だった。なにしろ、世界の大半が亡道もうどうに侵され、似ても似つかない姿にかわっていたのだからな。そのような日々を過ごすうちにマークスは思った。
 『本当にこんな方法しかないのか? もっと他に良い方法があるんじゃないか』
 とな」
 「良い方法?」
 「そうだ。
 亡道もうどうに侵された土地や生き物は焼き払い、浄化するしかないのか。もとに戻す方法はないのか。
 新しい土を運ぶためにはいちいち船に乗せて運ぶしかないのか。もっと簡単に、もっと多くの土を運ぶ方法はないのか。
 そこで、マークスは世界中の若い学者たちを集め、ちがう方法、ちがう技術を研究させるための機関を作りあげた。それが『もうひとつの輝き』」
 「もうひとつの輝き……」
 「この名前に関しては説明するまでもあるまいな。いままでの方法とはちがう、人類を導くための新しい輝きとなることを願っての名前だ。その後、マークスは天命てんめい巫女みこをさらって姿を消した。だが、『もうひとつの輝き』はその後も活動をつづけた。
 と言っても、大っぴらにではない。いままでにない、まったくちがう方法を見つける。口で言うのは簡単だがたやすくできることではない。研究しても研究しても成果はあがらず、費用を食うばかり。存在意義そのものにも疑問がもたれるようになった。
 『いままで通りの方法でちゃんとやってきたというのにどうして、新しい方法なんか研究する必要があるんだ』
 とな。
 人員は増えず、研究費の助成も受けられず、限られた人員と予算で細々と、それこそ地下に潜り、秘密結社かなにかのようにコソコソと活動をつづけるしかなかった。
 それでも、『もうひとつの輝き』の人員たちが研究を諦めなかったのは『新しい方法を求めた騎士マークスの思いに応える』という使命感があったからだ。
 そして、時は流れていった。亡道もうどうつかさとの戦いが終わってから最初の一〇〇年は亡道もうどうにおかされた世界を再生することに手一杯だった。
 次の一〇〇年は多少の余裕は出たが、まだまだ復旧のために力をそそがなくてはならなかった。
 その次の一〇〇年になってようやく世界の復旧は終わり、人々は現世うつしよを楽しめるようになった。その頃には亡道もうどうつかさとの戦いの記憶は薄れ、単なる伝説に過ぎなくなっていた。
 それは確かに幸福な時期だった。なんの心配もなく人生を謳歌おうかできたのだから。しかし、それは同時に次の不穏を招く時期でもあった。そして、亡道もうどうつかさとの戦いから五百年。ついに、そのときがきた」
 「そのとき?」
 「戦争だ」
 「戦争⁉」
 「そうだ。亡道もうどうつかさとの戦いの記憶が薄れ、何不自由なく暮らせるようになると、人間たちは自らの欲望を叶えることを第一とするようになった。
 人と人が。
 人と国が。
 国と国が。
 それぞれの利害をぶつけあい、争いはじめた。そして、ついに、国と国のいさかいが全面的な戦争に発展した。それからはあっという間だった。全世界規模ですべての国が関わる大乱が発生した。その大乱のなか、各国は亡道もうどうつかさとの戦いの記録をすてはじめた」
 「亡道もうどうつかさとの戦いの記憶を……。なぜです?」
 「戦争とは言え他国を侵略しようとすれば大義名分がいる。
 『これこれこういう理由があるから、この侵略は正しいのだ』
 国民に対し、そう説明できるだけの根拠がいる。そう語るためにはかつては対等の仲間として同じ立場で戦ったことがある、などという記憶は邪魔にしかならなかったのだ」
 ――やっぱり、そうか。
 ロウワンは深くうなずいた。
 『この世界は国と国が争っている。そんななかではかつてはともに戦った仲間だったと言うことは邪魔になったんだと思う』
 ロウワン自身、〝詩姫うたひめ〟に対し、そう語った。それは推理、と言うよりはただの直感に過ぎなかった。その直感が正しかったことがこうして語られたのだ。
 ハルキスはつづけた。
 「そして、私だが……私はその時代の人間だ。その頃、私は若かった。世の中を少しでもよくしたい。そのために自分に出来ることをしたい。そう希望に燃える若者だった。
 そのために必死に勉強した。二十歳を超える頃にはちょっとは名の知られた学者となっていた。そして、私は『もうひとつの輝き』の存在を知り、その一員となった。
 仲間を得た私は熱心に討議を重ねた。国はなぜ、戦争を起こすのか。どうすれば、戦争なき世を作れるのか。そのなかで私たちは新しい国家形態を考案した」
 「新しい国家形態?」
 「そうだ。国が戦争を起こすのはなぜか。そこには大きくわけてふたつの理由がある。ひとつは領土を得るため。もうひとつは人々を支配するため。そこで、私たちはその原因そのものをなくすことを考えた」
 「原因そのものをなくす? どういうことです?」
 「領土があるから領土を巡る争いが起こる。ならば、領土をなくしてしまえば良い。
 国に民衆の支配権があるから、国は人々を支配しようとする。ならば、民衆の側が国を選べば良い。
 その考えのもと、私たちは従来の領土国家という概念がいねんを捨て、都市としもう国家こっかと言う概念がいねんを提唱した」
 「都市としもう国家こっか?」
 「都市を基本単位として、その都市一つひとつを網の目のようにつなぎあわせることで成立する国家。都市としもう国家こっかにおいては都市がすべてであり領土はない。また、どの国の支配を受けるかは都市の側が決める。各国の法を比べ、自分の望む法をもつ国と契約する。
 国の側からすれば『我が国と契約すればこれだけのいいことがある』と都市を納得させることが出来れば、その都市と契約を結び、統治することが出来る。戦争によらず、支配都市を増やせるのだ。
 戦争以外の方法で支配都市を増やせるなら戦争をする必要もなくなる。
 そう考えてな」
 「すごいじゃないですか!」
 ロウワンは叫んだ。純粋に感銘を受けていた。国と国の争いをなくすためにそんな方法があるなんて。
 ――あれ? でも、それならどうして、僕たちの時代はそんな仕組みになっていないんだ?
 いまのこの時代でも国は領土をもち、戦争に明け暮れている。ハルキスたちの計画がうまく行ったならそんなことにはなっていないはずだ。
 ハルキスは語った。
 「我々は弾圧を受けたのだ」
 「弾圧?」
 「そうだ。国によって徹底的に弾圧され、『もうひとつの輝き』は壊滅させられた」
 「どうして⁉ 戦争のない世界を作るなんて素晴らしいことじゃないですか」
 「私たちもそう思っていた。だが、国の側からすれば私たちのしていることは既存きぞんの秩序への叛逆はんぎゃくに他ならなかった。秩序への叛逆はんぎゃくはすなわち、悪。悪は滅ぼさなければならない。そういうことだ」
 「……そんな」
 「我々は軍に追われ、バラバラに逃げた。地下に潜り、闇に潜み、研究をつづけようとした。だが、国は執拗しつように追ってくる。そして、私は残り少なくなった仲間たちと相談し、決めたのだ。
 こうなっては仕方がない。バラバラに逃げよう。大部分は捕まっても誰かひとりだけでも逃げ延びられるように。そして、逃げた先で研究をつつけよう、とな。
 それぞれがそれぞれの方法で、それぞれの方向へ逃げるなか、私は天命てんめいせんを使って海にのがれた」
 「ひとりで、ですか?」
 「いや、ひとりではない。家族同然に過ごしていたサルのつがいとだ」
 ああ、そうか。そのサルのつがいが子どもを作り、増えることで、この島にサルの群れが出来上がったのか。
 「そして、私はこの島にたどり着き、家を建て、どうにかもってくることの出来たすべての資料を前に、研究をつづけた。自らの研究を完成させ、いつか、人の世に戻り、戦争のない世界を実現させる。そのためにな
 ときとして海賊がやってくることもあったが、ともに来たサルのつがいがすべて追い払ってくれた。海賊たちが剣を振りまわすのを見て、いつの間にか自分たちも剣を扱うことを覚えてな。両足と尻尾、三本の剣を同時に操る剣技の前にはさしもの海賊たちも太刀打ちできなかった。そのつがいが自分たちの子に剣の扱いを教え、その子が自分の子に、さらにその子が……と、代々、伝えられてきた。おかげでいまではこうして頼もしい剣士団が出来上がったというわけだ」
 ――それじゃ、サルたちは自分で剣の扱い方を身につけたのか。
 人間が剣の扱い方を教えたのだと思っていた。そうではなかった。サルが自分たちで工夫し、身につけたのだ。言われてみればたしかに、人間では両足と尻尾に剣をもつなどという剣技は思いつかないだろう。サルたち自身が創意工夫で生み出した剣術だからこそ、『三刀流』が出来上がったのだ。
 手話も海賊たちが伝えたものだそうだ。海賊のなかにはこの島に住み着き、死んでいったものたちもいた。そんな海賊たちが意思の疎通のためにサルたちに手話を教えた。だからこそ、サルたちはロウワンも知っている海賊流の手話を使う。
 教えた側としても本気で思っていたわけではないだろう。まさか、サルが手話を覚えるなんて。しかし、サルたちは見事に手話を覚えた。その手話を子から子へと伝えてきた。だからこそ、いまこうして群れを成しているサルたちも手話を使うのだ。
 ロウワンはサルたちの知恵に舌を巻いた。
 ハルキスはつづけた。
 「そして、私はサルたちに守られながら研究をつづけた。だが……」
 ハルキスの言葉にはじめて、苦悩に満ちた悔しさがにじんだ。
 「私はこの島から出ることが出来なくなった」
 「出ることが出来なくなった? どうして?」
 「私は乗ってきた天命てんめいせんを海からつづく洞窟のなかに隠した。海賊の目につきにくくするためにな。だが、いつの間にかその洞窟に『うみ雌牛めうし』が住み着いていたのだ」
 「うみ雌牛めうし⁉ あの伝説の海の怪物……」
 うみ雌牛めうし
 それがいかなる存在なのか。
 その正体はなんなのか。
 それは誰も知らない。
 ただ、古くから『うみ雌牛めうし』という名で呼ばれる怪物のことは知られていた。それこそ、ガレノアの船に乗るまで海に出たことなどない町育ちのロウワンでさえ、幼い頃から知っていたほどに。
 「そうだ。もっとも、本当に伝説に言ううみ雌牛めうしかどうかはわからん。そもそも、うみ雌牛めうしの正体そのものがわかっていないのだからな。私が勝手にそう呼んでいるだけだ。そう呼ぶにふさわしい巨体と力をもっていたからだ。そして、私はそんな怪物が洞窟のなかに住み着いたことに気付いていなかった。船の点検に行ったところ不意を突いて襲われ、生命を失った。以来、私はずっとここにいる……」
 ハルキスの語りが終わった。
 その場に降りた沈黙には計り知れない重みがあった。
 「ロウワン。そう言ったな」
 「はい」
 「しょ対面たいめんの、しかも、年端としはもいかぬ子どもである君にこんなことを頼むのは気が引ける。だが、どうか、引き受けてくれまいか。私の研究すべてを引き継ぎ、人の世に持ち帰り、今度こそ、戦争のない世を築いてほしい」
 「ハルキスさん……」
 「君に途方もない重荷を背負わせることになるのは承知している。だが、天命てんめいことわりをもってしても永遠にこの身にとどまっていることは出来ん。効果がつづいている間に別の誰かがやってくるとは限らん。どうか、引き受けてはくれまいか。頼む」
 そう語るハルキスの言葉は心からの真摯しんしさに満ちていた。
 ロウワンはまっすぐにハルキスの目を見た。白い骨だけの、ただの穴だけになった目を。
 「それはダメです」
 「そうか……やはり、重荷に過ぎるか」
 ハルキスの声は聞くからにがっかりしたものだった。だが、同時に、納得したものでもあった。こんな重荷、わざわざ背負おうという物好きなどいるはずがない……。
 しかし、ロウワンははっきりと口にした。
 「ハルキスさん。あなたが僕に頼むんじゃない。僕があなたに頼むんです」
 「なに?」
 「僕は国と国との戦いを収めたい。人の世をひとつにまとめたい。そして、亡道もうどう世界せかいとの戦いを終わらせ、天命てんめい巫女みこさまを人間に戻す。でも、そうするには僕は無力すぎる。だから、お願いです。ハルキスさん。僕を鍛えてください。僕にあなたのすべてを叩き込み、それができるだけの人間に育ててください。お願いします!」
 そう叫んで――。
 ロウワンは上半身ごと頭をさげた。しばしの沈黙の後――。
 クックックッ。
 白骨の死体からこらえきれないといった様子の笑い声がもれた。
 「……おもしろい。つくづくおもしろい少年だ」
 「ハルキスさん」
 「我が弟子になるか。しかし、私は厳しいぞ。生ある頃から弟子泣かせの師匠として有名だったのだからな」
 「望むところです!」
 「よかろう、ロウワン! お前はいまより私の弟子だ。私のすべてを叩き込んでやるぞ!」
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