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第二部 絆ぐ伝説
第二話二〇章 全速前進!
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「ハルベルトの船団が現れました!」
泡を食って船室に飛び込んできた見張りの声に――。
ロウワンはバッと音を立ててベッドから跳ね起きた。その俊敏な動きはつい先ほどまで酒に酔い、ひっくり返っていた子どものものとは思えなかった。
そのまま得物を狙う肉食獣の勢いで駆け出し、見張りの横をすり抜け、甲板に向かう。そのロウワンのあとをビーブとトウナ、それに、ガレノアたちが追った。
甲板ではすでにどんちゃん騒ぎに興じていた海賊たち――いまでは、自由の国の軍人――が、船縁に集まり、海の彼方に視線を向けている。
今のいままで飲めや歌えの大騒ぎを繰り広げ、全員、浴びるように酒を飲んでいたというのに、正体をなくしているものはひとりもいないのはさすが、酒と揺れには慣れている海賊たちだった。
そこに現れた新しい年下の頭に気付き、海の男たちは道を空けた。ロウワンは男たちの間を進み、船縁に立った。その後ろにトウナとビーブ、ガレノアたちがつづく。
ロウワンは海の向こうに目をやった。望遠鏡をのぞくまでもなく穏やかな波の向こう、海の深い藍色と、空のさわやかな青色とにはさまれて、小規模な船団が波に揺られて浮いていた。ひときわ豪奢で贅を凝らした装飾を施した船を中央に、その両隣に一隻ずつ、計三隻の大型帆船がそこにいた。
中央の船のマストには旗艦であることを示しているのだろう。黒字に深紅の糸で刺繍されたジョリー・ロジャー――斜め十字に交差した長い骨の上に浮かぶ頭蓋骨という意匠の海賊旗、『死の王』の旗がはためいている。
海を行くほとんどの船はこの『死の王』の旗を目にした途端、『もう助かる見込みはない』とすべてをあきらめ、手も足も出なくなってしまうのだ。
もちろん、ロウワンと百戦錬磨のガレノア海賊団はそんな気の弱さとは無縁だった。
「……あれがハルベルトとやらの船団か」
ロウワンが尋ねた。どこまでも落ち着いた、不安の欠片も感じさせない声だった。
「ああ、そうだ」
ガレノアが忌々しそうに答えた。こちらも堂々とした口調であり、不安とか、心配とか、そんなものが入り込む余地はまったくなかった。
「そうだって……あの大きさと大砲の数。あれは軍艦だろう。しかも、中央の船は三級艦、両脇の船だって四級艦。あれはもう『海賊団』なんていう次元じゃない。れっきとした艦隊だろう」
一般に、軍艦は大きさと搭載している大砲の数によって一級艦から六級艦にわけられ、それぞれに用途が決められている。このうち、四級艦までは戦列艦と呼ばれ、海戦の主力となる船である。
搭載されている大砲の数は四級艦で五〇門から六三門。三級艦で六四門から八九門。二級艦で九〇門から一〇〇門。そして、一級艦ともなれば一〇〇門以上。
ハルベルトの『艦隊』は三級艦一隻に四級艦二隻。大砲の数は少なくとも一六四門。多ければ二一五門にも達する。もちろん、船の大砲は船の両側面に並べて配置されているので、すべての大砲を同時に向けることは出来ない。それでも、全大砲の半分、甲板上の回転砲塔もふくめれば半分以上の大砲が向けられていることになる。
それだけの数の大砲が次からつぎへと砲撃してくるのだ。轟音が絶え間なく鳴り響き、海は嵐のように揺れている。
ガレノアが吐き捨てるように答えた。
「あの野郎はローラシア貴族のお坊ちゃんだからな。親父に泣きついて中古の軍艦を用意してもらったんだろうさ」
「なるほどな」
と、ロウワンは納得してうなずいた。
相手は純粋な戦闘用軍艦三隻。こちらは商船をぶんどり、武装しただけの帆船が一隻。これでは、いくら名うてのガレノア海賊団でも敵うはずがない。
「なぜ、こんな近くに接近されるまで気がつかなかった⁉ 見張りはなにをしていた⁉」
操舵手のプリンスが怒鳴った。怒鳴りつけられた見張りは『ヒッ』と小さく悲鳴をあげて身をすくめた。
怒鳴りつけた操舵手は黒人であり、怒鳴りつけられた見張りは白人。
上位にある黒人が部下の白人に怒鳴りつける。
そんなことは陸の世界では決して起こりえないことである。まさに、海の世界、いや、海賊の世界ならではのことだった。
「す、すんません……。つい、一緒になって騒いじまって」
見張りは身をすくめたまま答えた。
そのせいで見張りの仕事も放り出してしまい、実際に砲撃されるまで接近に気がつかなかった、というわけだ。
「こいつあ、おめえのヘマだぜ、ロウワン」
ガレノアが手厳しい口調でそう言った。
「頭ともあろうものが、見張りを徹底するよう指示をすることもなくひっくり返っちまったんだからな。最悪、気がつかねえうちに砲撃を食らって沈んでいたかも知れねえ。そうなりゃ全員、あの世行き。お前のヘマのせいで仲間がみんな、死んでいたかも知れねえんだぞ」
言われて、ロウワンは真摯な表情でうなずいた。
「まったくだな。これでは、頭失格だ。面目ない」
トウナは、そんなやり取りを見聞きしてなにやら不思議な思いだった。
自分たちはいま、まちがいなく敵からの砲撃を受けているのだ。波の向こうに浮かぶ三隻の船はいずれもこちらに船の腹を向け、ズラリと並んだ二段構えの大砲を見せている。
その大砲からはひっきりなしに砲弾が撃ち出され、放物線を描いて宙を飛び、海に落ちては海面を揺らしている。ひっきりなしに撃ち出されるせいで砲撃音が途切れなくつづき、それが自然な状態であるかのように感じられるほどだ。それなのに――。
その場にいる海賊――元海賊たちの誰ひとりとして不安がる様子がない。船を沈められることを怖れる様子がない。男たちだけならまだしも、一〇歳の女の子であるナリスでさえ、怖がるそぶりひとつ見せていない。それどころか興味津々の体で波の向こうの船団を見つめている。
トウナはもちろん、海賊たちとちがって砲撃されるなんてはじめての体験。それを思えば恐怖にすくみあがり、恐れおののいても不思議はない。と言うより、それが普通の反応だろう。それなのに、まわりがあまりに平然としているものだから『怖がる方がまちがいなの?』という思いが先に立ってしまい、恐怖も不安も感じる間がなかった。
海賊たちが平然としている理由はロウワンが語ってくれた。
「まだ二〇〇メートルはある。こんな距離で大砲を撃ったって当たるわけがない。と言うより、届きもしないぞ」
なるほど、ロウワンの言うとおり、撃ち出された砲弾はどれもはるか手前に落ちて海面を揺らすばかり。その勢いで船を揺らすばかりで当たる様子はまったくない。
間近で見れば見上げるばかりに巨大な船も、広大な海に浮かんでいれば木の葉同然。そんなもの相手に長距離から狙って当てられるものではない。そもそも、それほどの長距離に届くほどの大型大砲を船に載せるなどできはしない。船同士の砲撃戦は通常、一〇〇メートル以内の至近距離で行われるものだ。
「それなのに、こんなに撃ちまくるなんて。威嚇にしても砲弾の無駄すぎるだろう。なにを考えているんだ?」
「派手好きなやつだからなあ」
と、コックのミッキーが、果物ナイフでリンゴの皮をむきながら語るような口調で言った。
「とにかく、格好付けたくって撃ちまくっているんだろうさ」
「格好付けたくてって……そんなことのために、こんなに大砲を無駄撃ちする余裕があるのか?」
「腐っても貴族のお坊ちゃんだからなあ。得に、戦争がはじまって以来、どの国も他の国の船や居留地を襲撃させるのに躍起だからな。親父に泣きつけばいくらでも補給してくれるんだろうよ」
「なるほど」
と、ロウワンはうなずいた。なにやら、決意したような表情だった。
「つまり……向こうの艦隊には大砲の弾やら弾薬やらがたっぷりあるわけだ」
「そういうこった」
ガレノアが舌なめずりしながらうなずいた。女とは思えない獰猛な表情。眼帯に覆われていない片目が剣呑な光に輝いている。
大砲の弾に火薬に銃弾。いずれも、北の国々と契約していないガレノア海賊団にとっては他者からぶんどる以外に補給しようのない貴重品であり、これから先、戦乱の時代を生き抜くためには必須の代物である。
「で、どうするんでえ、お頭、いや、国王」
『国王』と、ガレノアは挑発するような口調でロウワンに尋ねた。
『国王』は迷わなかった。きっぱりした口調で宣言した。
「決まっている。連中を制圧し、傘下に収める! 怖れるな、この船は天命船だ。あんな砲撃を食らったりはしない。一気に接近し、相手旗艦に乗り込んで勝負をつける! 切り込み隊、総員準備! 目標、ハルベルト海凶団!」
オオオッ!
と、プリンスを筆頭に海鳴りのような響きがあがった。
ローラシアの奴隷という立場から逃走し、ガレノア海賊団に入ったものはプリンスひとりではない。ほかにも何人も同じ境遇の船員がいる。そんな船員たちにとってローラシアの船を襲うのは願ってもない復讐の好機。しかも、相手が貴族のお坊ちゃまとなれば……!
海賊たちはたちまち、水を得た魚のごとく活動を開始した。ビーブも尻尾に握ったカトラスを振りまわしてやる気満々である。
そのなかでトウナはひとり、戸惑っていた。自分はどうしたらいいのだろう?
その問いに指示を出したのはロウワンだった。
「トウナ。君はナリスたちと一緒に船室に避難していろ。船室ではマーサの指示に従ってくれ」
「な、なんで、あたしが……!」
トウナは思わず怒鳴った。船の扱いに関しても、戦いにおいても素人なのは承知しているが、一〇歳のナリスと一緒にされるのは気に入らない。
――あたしだって剣の稽古はしてきたわ!
「これ以上、ロウワンに重荷を背負わせる気はないわ。今度こそはあたしが自分でやる」
トウナはその決意を忘れてはいなかった。
そんなトウナに向かい、ロウワンは冷徹なほどに落ち着いた口調で言った。
「君はまだひとりも殺していないからだ」
「うっ……」
「まさか、人を殺したことのない人間が、海賊同士の戦いで役に立つなんて思っていないだろうな?」
「それは……」
そう言われると一言もない。まだ人を殺す前のロウワンがタラの島でどんな姿をさらしたか。殺す覚悟さえあればたやすく殺せたブージ相手にぶん殴られ、起きあがることも出来なかったその姿をトウナは忘れてはいない。
「……わかったわ」
トウナは溜め息交じりに言った。
「たしかに、あたしでは足手まといね。おとなしく船室でまっているわ。でも、ロウワン。気をつけて。必ず、無事に帰ってきてね」
「もちろんだ。おれはこんなところで死ぬわけにはいかない」
「大丈夫」
ドン、と、自分の胸を叩いて言ってのけたのはプリンスだった。
「切り込み隊隊長として、『王』の身はおれが守ってみせる」
「ええ。お願い」
トウナにそう言われ――。
黒人の青年は頬を赤くしたが、生まれついての黒い肌のおかげで誰にも気付かれずにすんだのは幸運だった。
そして、『王』はまっすぐに前を見据え、号令を発した。
「『輝きは消えず』号、全速前進! 敵船団、中央の船に叩きつけろ!」
泡を食って船室に飛び込んできた見張りの声に――。
ロウワンはバッと音を立ててベッドから跳ね起きた。その俊敏な動きはつい先ほどまで酒に酔い、ひっくり返っていた子どものものとは思えなかった。
そのまま得物を狙う肉食獣の勢いで駆け出し、見張りの横をすり抜け、甲板に向かう。そのロウワンのあとをビーブとトウナ、それに、ガレノアたちが追った。
甲板ではすでにどんちゃん騒ぎに興じていた海賊たち――いまでは、自由の国の軍人――が、船縁に集まり、海の彼方に視線を向けている。
今のいままで飲めや歌えの大騒ぎを繰り広げ、全員、浴びるように酒を飲んでいたというのに、正体をなくしているものはひとりもいないのはさすが、酒と揺れには慣れている海賊たちだった。
そこに現れた新しい年下の頭に気付き、海の男たちは道を空けた。ロウワンは男たちの間を進み、船縁に立った。その後ろにトウナとビーブ、ガレノアたちがつづく。
ロウワンは海の向こうに目をやった。望遠鏡をのぞくまでもなく穏やかな波の向こう、海の深い藍色と、空のさわやかな青色とにはさまれて、小規模な船団が波に揺られて浮いていた。ひときわ豪奢で贅を凝らした装飾を施した船を中央に、その両隣に一隻ずつ、計三隻の大型帆船がそこにいた。
中央の船のマストには旗艦であることを示しているのだろう。黒字に深紅の糸で刺繍されたジョリー・ロジャー――斜め十字に交差した長い骨の上に浮かぶ頭蓋骨という意匠の海賊旗、『死の王』の旗がはためいている。
海を行くほとんどの船はこの『死の王』の旗を目にした途端、『もう助かる見込みはない』とすべてをあきらめ、手も足も出なくなってしまうのだ。
もちろん、ロウワンと百戦錬磨のガレノア海賊団はそんな気の弱さとは無縁だった。
「……あれがハルベルトとやらの船団か」
ロウワンが尋ねた。どこまでも落ち着いた、不安の欠片も感じさせない声だった。
「ああ、そうだ」
ガレノアが忌々しそうに答えた。こちらも堂々とした口調であり、不安とか、心配とか、そんなものが入り込む余地はまったくなかった。
「そうだって……あの大きさと大砲の数。あれは軍艦だろう。しかも、中央の船は三級艦、両脇の船だって四級艦。あれはもう『海賊団』なんていう次元じゃない。れっきとした艦隊だろう」
一般に、軍艦は大きさと搭載している大砲の数によって一級艦から六級艦にわけられ、それぞれに用途が決められている。このうち、四級艦までは戦列艦と呼ばれ、海戦の主力となる船である。
搭載されている大砲の数は四級艦で五〇門から六三門。三級艦で六四門から八九門。二級艦で九〇門から一〇〇門。そして、一級艦ともなれば一〇〇門以上。
ハルベルトの『艦隊』は三級艦一隻に四級艦二隻。大砲の数は少なくとも一六四門。多ければ二一五門にも達する。もちろん、船の大砲は船の両側面に並べて配置されているので、すべての大砲を同時に向けることは出来ない。それでも、全大砲の半分、甲板上の回転砲塔もふくめれば半分以上の大砲が向けられていることになる。
それだけの数の大砲が次からつぎへと砲撃してくるのだ。轟音が絶え間なく鳴り響き、海は嵐のように揺れている。
ガレノアが吐き捨てるように答えた。
「あの野郎はローラシア貴族のお坊ちゃんだからな。親父に泣きついて中古の軍艦を用意してもらったんだろうさ」
「なるほどな」
と、ロウワンは納得してうなずいた。
相手は純粋な戦闘用軍艦三隻。こちらは商船をぶんどり、武装しただけの帆船が一隻。これでは、いくら名うてのガレノア海賊団でも敵うはずがない。
「なぜ、こんな近くに接近されるまで気がつかなかった⁉ 見張りはなにをしていた⁉」
操舵手のプリンスが怒鳴った。怒鳴りつけられた見張りは『ヒッ』と小さく悲鳴をあげて身をすくめた。
怒鳴りつけた操舵手は黒人であり、怒鳴りつけられた見張りは白人。
上位にある黒人が部下の白人に怒鳴りつける。
そんなことは陸の世界では決して起こりえないことである。まさに、海の世界、いや、海賊の世界ならではのことだった。
「す、すんません……。つい、一緒になって騒いじまって」
見張りは身をすくめたまま答えた。
そのせいで見張りの仕事も放り出してしまい、実際に砲撃されるまで接近に気がつかなかった、というわけだ。
「こいつあ、おめえのヘマだぜ、ロウワン」
ガレノアが手厳しい口調でそう言った。
「頭ともあろうものが、見張りを徹底するよう指示をすることもなくひっくり返っちまったんだからな。最悪、気がつかねえうちに砲撃を食らって沈んでいたかも知れねえ。そうなりゃ全員、あの世行き。お前のヘマのせいで仲間がみんな、死んでいたかも知れねえんだぞ」
言われて、ロウワンは真摯な表情でうなずいた。
「まったくだな。これでは、頭失格だ。面目ない」
トウナは、そんなやり取りを見聞きしてなにやら不思議な思いだった。
自分たちはいま、まちがいなく敵からの砲撃を受けているのだ。波の向こうに浮かぶ三隻の船はいずれもこちらに船の腹を向け、ズラリと並んだ二段構えの大砲を見せている。
その大砲からはひっきりなしに砲弾が撃ち出され、放物線を描いて宙を飛び、海に落ちては海面を揺らしている。ひっきりなしに撃ち出されるせいで砲撃音が途切れなくつづき、それが自然な状態であるかのように感じられるほどだ。それなのに――。
その場にいる海賊――元海賊たちの誰ひとりとして不安がる様子がない。船を沈められることを怖れる様子がない。男たちだけならまだしも、一〇歳の女の子であるナリスでさえ、怖がるそぶりひとつ見せていない。それどころか興味津々の体で波の向こうの船団を見つめている。
トウナはもちろん、海賊たちとちがって砲撃されるなんてはじめての体験。それを思えば恐怖にすくみあがり、恐れおののいても不思議はない。と言うより、それが普通の反応だろう。それなのに、まわりがあまりに平然としているものだから『怖がる方がまちがいなの?』という思いが先に立ってしまい、恐怖も不安も感じる間がなかった。
海賊たちが平然としている理由はロウワンが語ってくれた。
「まだ二〇〇メートルはある。こんな距離で大砲を撃ったって当たるわけがない。と言うより、届きもしないぞ」
なるほど、ロウワンの言うとおり、撃ち出された砲弾はどれもはるか手前に落ちて海面を揺らすばかり。その勢いで船を揺らすばかりで当たる様子はまったくない。
間近で見れば見上げるばかりに巨大な船も、広大な海に浮かんでいれば木の葉同然。そんなもの相手に長距離から狙って当てられるものではない。そもそも、それほどの長距離に届くほどの大型大砲を船に載せるなどできはしない。船同士の砲撃戦は通常、一〇〇メートル以内の至近距離で行われるものだ。
「それなのに、こんなに撃ちまくるなんて。威嚇にしても砲弾の無駄すぎるだろう。なにを考えているんだ?」
「派手好きなやつだからなあ」
と、コックのミッキーが、果物ナイフでリンゴの皮をむきながら語るような口調で言った。
「とにかく、格好付けたくって撃ちまくっているんだろうさ」
「格好付けたくてって……そんなことのために、こんなに大砲を無駄撃ちする余裕があるのか?」
「腐っても貴族のお坊ちゃんだからなあ。得に、戦争がはじまって以来、どの国も他の国の船や居留地を襲撃させるのに躍起だからな。親父に泣きつけばいくらでも補給してくれるんだろうよ」
「なるほど」
と、ロウワンはうなずいた。なにやら、決意したような表情だった。
「つまり……向こうの艦隊には大砲の弾やら弾薬やらがたっぷりあるわけだ」
「そういうこった」
ガレノアが舌なめずりしながらうなずいた。女とは思えない獰猛な表情。眼帯に覆われていない片目が剣呑な光に輝いている。
大砲の弾に火薬に銃弾。いずれも、北の国々と契約していないガレノア海賊団にとっては他者からぶんどる以外に補給しようのない貴重品であり、これから先、戦乱の時代を生き抜くためには必須の代物である。
「で、どうするんでえ、お頭、いや、国王」
『国王』と、ガレノアは挑発するような口調でロウワンに尋ねた。
『国王』は迷わなかった。きっぱりした口調で宣言した。
「決まっている。連中を制圧し、傘下に収める! 怖れるな、この船は天命船だ。あんな砲撃を食らったりはしない。一気に接近し、相手旗艦に乗り込んで勝負をつける! 切り込み隊、総員準備! 目標、ハルベルト海凶団!」
オオオッ!
と、プリンスを筆頭に海鳴りのような響きがあがった。
ローラシアの奴隷という立場から逃走し、ガレノア海賊団に入ったものはプリンスひとりではない。ほかにも何人も同じ境遇の船員がいる。そんな船員たちにとってローラシアの船を襲うのは願ってもない復讐の好機。しかも、相手が貴族のお坊ちゃまとなれば……!
海賊たちはたちまち、水を得た魚のごとく活動を開始した。ビーブも尻尾に握ったカトラスを振りまわしてやる気満々である。
そのなかでトウナはひとり、戸惑っていた。自分はどうしたらいいのだろう?
その問いに指示を出したのはロウワンだった。
「トウナ。君はナリスたちと一緒に船室に避難していろ。船室ではマーサの指示に従ってくれ」
「な、なんで、あたしが……!」
トウナは思わず怒鳴った。船の扱いに関しても、戦いにおいても素人なのは承知しているが、一〇歳のナリスと一緒にされるのは気に入らない。
――あたしだって剣の稽古はしてきたわ!
「これ以上、ロウワンに重荷を背負わせる気はないわ。今度こそはあたしが自分でやる」
トウナはその決意を忘れてはいなかった。
そんなトウナに向かい、ロウワンは冷徹なほどに落ち着いた口調で言った。
「君はまだひとりも殺していないからだ」
「うっ……」
「まさか、人を殺したことのない人間が、海賊同士の戦いで役に立つなんて思っていないだろうな?」
「それは……」
そう言われると一言もない。まだ人を殺す前のロウワンがタラの島でどんな姿をさらしたか。殺す覚悟さえあればたやすく殺せたブージ相手にぶん殴られ、起きあがることも出来なかったその姿をトウナは忘れてはいない。
「……わかったわ」
トウナは溜め息交じりに言った。
「たしかに、あたしでは足手まといね。おとなしく船室でまっているわ。でも、ロウワン。気をつけて。必ず、無事に帰ってきてね」
「もちろんだ。おれはこんなところで死ぬわけにはいかない」
「大丈夫」
ドン、と、自分の胸を叩いて言ってのけたのはプリンスだった。
「切り込み隊隊長として、『王』の身はおれが守ってみせる」
「ええ。お願い」
トウナにそう言われ――。
黒人の青年は頬を赤くしたが、生まれついての黒い肌のおかげで誰にも気付かれずにすんだのは幸運だった。
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