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第二部 絆ぐ伝説
第三話六章 惚れた!
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――気付いたか。そうでなくっちゃな。
ロウワンは男に気付かれたことをやけに嬉しく感じていた。心が沸き立つ。自然と笑みがこぼれる。思えば、他の目的もなく、命のやり取りをするでもなく、ただ単純に強い相手と勝負をする――つまり、喧嘩をする――のは、これがはじめてだ。
――強い相手とただ単純に勝負するって、こんにワクワクすることだったんだな。
ロウワンはそのことに血をたぎらせていたが、まわりの客たちも同じように沸き立っていた。
「おいおい、今度はあの小僧が挑むつもりらしいぞ」
「まだ、ほんのガキじゃないか」
「けど、剣の持ち方はなかなか様になってるぞ」
「こいつはおもしれえや。いいぞ、小僧! やっちまえ!」
と、声をあげ、腕を振りあげながら囃し立てる。床に転がったままのゴロツキたちは『勝負の邪魔!』とばかりに次々と引きずっていき、店の外に放り出す。
「お前ら、ゴロツキが生きようが死のうが知ったこっちゃねえ! おれたちの楽しみを邪魔するな!」
と、言わんばかりの態度が潔い。
トウナは心配そうに場を見つめ、ビーブは例によって興奮して叫びながら跳びはねている。
男がはじめて口を開いた。
「やつらの仲間……ではないな。わざわざ挑むつもりか」
「一手、ご教授!」
ロウワンのその叫びに――。
男は今し方、納めたばかりの太刀を引き抜いた。血まみれのまま鞘に納められたはずの太刀には――。
曇りひとつなかった。
まるで、今し方、鍛えられたばかりのような見事な煌めきを放っている。血糊の跡など刀身のどこにもない。
――血糊を食った? やはり、普通の太刀ではないな。
そう思うと、なおさら心が沸き立つ。
ロウワンが動いた。右足を大きく一歩、前に踏み出した。体が横を向き、右側面を男にさらす格好になった。
ロウワンの右腕が動く。下から左方向に旋回し、そのまま一回転して男に向かう。手にしたカトラスが大きく満月を描いて男の頭上に降りおろされる。
なめらかなその斬撃はしかし、男には当たらなかった。男のわずか前を通過して空を裂いただけだった。ロウワンが間合いを誤ったのではない。男が完全に距離を見切り、動くとも見せずに動いて後ろにさがり、ギリギリの距離でかわしてのけたのだ。
もちろん、こんな一撃で当たるとは思っていない。ロウワンは素早く足の位置を入れ替えた。前に出ていた右足が後ろに引かれ、後ろにあった左足が前に出る。今度は先ほどとは逆に左半身をさらす格好になった。
今度は左腕が動いた。地面すれすれから三日月が立ちのぼり、男を斬り裂こうと白線が閃く。
男はそれもかわした。ロウワンの体がすかさず左方向に旋回する。その勢いのままに右腕が水平に振るわれる。男はそれもかわす。ロウワンの体はそのまま回転をつづけ、左足が前に出る。それと同時に左腕が振るわれ、次の一撃を放つ。
男はそれもかわす。ただ単に後ろにさがってかわしているのではない。左方向に弧を描くようにしてかわしている。そのため、行き場のない壁際に追い込まれることもなく、余裕をもってかわしていられる。
ロウワンの回転斬りが何度かつづいた。息をとめることなく、まるでダンスのように動きつつづける。そのため、攻撃がとまることはない。
――なんだ、なんだ。同じことしかしないじゃないか。
観客がそう思いはじめたまさにその瞬間、ロウワンの振るう剣の角度がいきなりかわった。水平に振るわれていた左腕がいきなり跳ねあがり、頭上に舞った。再び満月を描いてまっすぐに振りおろされる。
突然の軌道の変化。しかし、男は動じる素振りすら見せない。落ち着いていままで通りの動作を繰り返し、その攻撃をかわす。しかし――。
――こんな攻撃が当たるなんて思っちゃいない!
ロウワンは心に叫ぶ。
ロウワンの本命。
それは次の一撃。
右足が大きく前に踏み出され、同時に右腕が雷光の勢いで繰り出された。男の胸元へと鋭い突きが襲いかかる。
この突きの一撃こそが本命。
通常の突きとはちがう。
ロウワン独特の突きだ。
通常の右片手突きであれば、まず左足を踏み出したあと、上半身をひねりながら右突きを繰り出す。その時点で時間と力を消費する。
左足を踏みだし、
足をとめ、
体をひねり、
突く。
『とめる』、『ひねる』というふたつの動作が含まれる分、時間がかかる。攻撃が遅れる。さらに、『とめる』動作によって体重移動による勢いが殺されてしまう。あとに残るものはただ単に上半身をひねった勢い。せっかくの体重移動による勢いと威力を自分で殺し、よけいな時間をかけた遅く、鈍い一撃だけ。
ロウワンの突きはちがう。
右足を前に出すと同時に右腕を突き出す。通常の剣術にある『とめる』、『ひねる』という動作がすべてない。その分、時間かかからない。相手の予想よりも短い時間で剣が繰り出される。
さらに『とめる』動作がないために、体重移動による勢いと威力がすべて剣に乗っている。
筋力ではなく、体全体の動きから生み出される力。
それこそが、まだまだ小柄な少年に過ぎないロウワンが、筋骨隆々たるおとなたち以上に威力ある斬撃を繰り出せる理由。
繰り出されたカトラスの切っ先が男の胸元を狙う。ロウワンは両の爪先を九〇度回転させた。それによって動きをさらに加速させ、間合いを伸ばす。
浮いた踵を激しく地面に叩きつけ、大地の反動を得る。その反動をそのまま威力にかえて剣に乗せる。
さらに手首を下に向けることで最後の加速を加え、もう一段の威力を加える。
通常の剣術には存在しない動き。
それこそが、ロウワンがハルキスの島で三刀流のサルたちを相手に磨き、身につけた、独自の剣術。相手の経験にない動きだけに事前に予測出来ない、いかなる達人もその瞬間、単なる素人にしてしまう動き。
男の表情がそのときはじめて強張ったことに気付いたものはいただろうか。
カトラスの切っ先が男の胸元に吸い込まれる。衣服を裂いた。その切っ先は惜しくも男の肌には届かなかった。しかし――。
たしかに、男の衣服を切り裂いてはいた。
ゴロツキたちは十数人いても衣服にふれることは出来なかった。それなのに、ロウワンはただひとりで男の衣服を切り裂いたのだ。
おおおっ、
と、まわりの観客たちからどよめきが起こった。
観客たちもそのことのすごさを理解したのだ。
ロウワンは右腕を引いた。渾身の突きを繰り出したことでさすがに動きがとまっていた。姿勢を整え『ふうぅぅぅ~』と、息を吐き出す。
男は数歩、後ろにさがった。それまでとはロウワンを見る表情がちがっていた。かすかではあるがたしかに、相手の強さを認める表情にかわっていた。
「……なるほど」
男は短く呟いた。
太刀を鞘に納めた。
――太刀を納めた?
そう思い、驚いたのはロウワンだけではなかった。まわりの観客からもいぶかしむ声があがった。
「おいおい、どうしたんだ、あいつ。剣をしまっちまったぞ」
「まさか、降参する気か?」
「いや、そんなはずないだろ。全然、やられてねえぞ」
「けど、自分からも攻撃しちゃいねえぞ」
そんな声などないかのように男が動いた。
――………!
ロウワンは驚愕した。
目の前にいきなり男の身があったのだ。まるで、空間そのものを消滅させて近づいてきたかのような恐ろしく疾い踏み込みだった。
袴に包まれた男の右足が跳ねあがる。男の膝がロウワンの腹にめり込んだ。
「ガハッ……!」
ロウワンは肺のなかの空気という空気をすべて、吐き出していた。それほどに重い一撃だった。
ロウワンの体は完全に浮きあがった。そこにもう一撃。今度は左拳が叩き込まれた。もろに胃袋を打ち抜かれ、胃液を吐き出した。
ロウワンの体はそのまま宙に飛び、床にたたきつけられた。
「ロウワン!」
「キキィッ!」
トウナが悲鳴をあげ、ビーブが叫び、観客たちがどよめく。
ロウワンは右手で胃袋を押さえてうずくまった。とっさには声ひとつ出せはしない。まるで、胃のなかに溶けた鉛を流し込まれたような重苦しい痛みがあった。
ロウワンはやっとのことで顔をあげた。男を見た。胃液に濡れた口を開いた。
「……お見事です。あなたの勝ちだ」
その言葉に――。
店内から一斉に緊張の波が消え去った。
「いい腕だ。その歳からは考えられないほどにな」
男が言った。表情も口調も相変わらず静かなものだが、その声にはたしかに相手を認める響きがあった。
「どこで身につけたかは知らんが、あの動きはそうそう見切れるものではない。並の使い手なら一方的に斬り捨てられるだろう。だが、独特の動きが意味をもつのは攻撃においてのみ。守りに入れば意味はない。そして、お前の剣技には距離がいる。間合いをつめられてしまえば役に立たない。生き残りたければ零間合いでも使える体術も身につけておくことだ」
わざわざそんな忠告をしたのは、武芸者としては信じられいほどの親切だった。それだけ、男はロウワンを認めたのだ。
男はそのまま店を出た。
トウナとビーブがロウワンに駆けよった。
「だいじょうぶ、ロウワン⁉」
「キキキィッ!」
「……あ、ああ、大丈夫。ちょっと、胃が重痛いけど」
店の親父や観客たちもよってきた。口々にロウワンに話しかける。
「よう、小僧。残念だったな。だが、まあ、気にすんな。お前さんはよくやったよ」
「そうそう。なにしろ、あのゴロツキどもはあれだけ雁首そろえてかすり傷ひとつつけられなかったのに、お前さんはたったひとりで傷つけたんだからな」
「まあ、相手が悪かったってことだ」
「気持ちのいい勝負を見せてもらった。一杯、奢らせてくれや」
口々に贈られる慰めや賞賛の言葉をロウワンはしかし、聞いてはいなかった。ロウワンの意識にあるものは男から食らった二発の打撃、それだけだった。
「……すごい」
「えっ……?」
トウナがいぶかしげに言ったのは、ロウワンが胃を押さえながらもやけに嬉しそうな表情を浮かべていたからだった。
「……あの疾さ、あの重さ。あれは、ガレノア以上。あんなに強いやつは〝鬼〟をのぞけば他に知らない。あいつだ、あの男だ。自由の国の顔として、どうしてもあの男がほしい……」
ロウワンは男に気付かれたことをやけに嬉しく感じていた。心が沸き立つ。自然と笑みがこぼれる。思えば、他の目的もなく、命のやり取りをするでもなく、ただ単純に強い相手と勝負をする――つまり、喧嘩をする――のは、これがはじめてだ。
――強い相手とただ単純に勝負するって、こんにワクワクすることだったんだな。
ロウワンはそのことに血をたぎらせていたが、まわりの客たちも同じように沸き立っていた。
「おいおい、今度はあの小僧が挑むつもりらしいぞ」
「まだ、ほんのガキじゃないか」
「けど、剣の持ち方はなかなか様になってるぞ」
「こいつはおもしれえや。いいぞ、小僧! やっちまえ!」
と、声をあげ、腕を振りあげながら囃し立てる。床に転がったままのゴロツキたちは『勝負の邪魔!』とばかりに次々と引きずっていき、店の外に放り出す。
「お前ら、ゴロツキが生きようが死のうが知ったこっちゃねえ! おれたちの楽しみを邪魔するな!」
と、言わんばかりの態度が潔い。
トウナは心配そうに場を見つめ、ビーブは例によって興奮して叫びながら跳びはねている。
男がはじめて口を開いた。
「やつらの仲間……ではないな。わざわざ挑むつもりか」
「一手、ご教授!」
ロウワンのその叫びに――。
男は今し方、納めたばかりの太刀を引き抜いた。血まみれのまま鞘に納められたはずの太刀には――。
曇りひとつなかった。
まるで、今し方、鍛えられたばかりのような見事な煌めきを放っている。血糊の跡など刀身のどこにもない。
――血糊を食った? やはり、普通の太刀ではないな。
そう思うと、なおさら心が沸き立つ。
ロウワンが動いた。右足を大きく一歩、前に踏み出した。体が横を向き、右側面を男にさらす格好になった。
ロウワンの右腕が動く。下から左方向に旋回し、そのまま一回転して男に向かう。手にしたカトラスが大きく満月を描いて男の頭上に降りおろされる。
なめらかなその斬撃はしかし、男には当たらなかった。男のわずか前を通過して空を裂いただけだった。ロウワンが間合いを誤ったのではない。男が完全に距離を見切り、動くとも見せずに動いて後ろにさがり、ギリギリの距離でかわしてのけたのだ。
もちろん、こんな一撃で当たるとは思っていない。ロウワンは素早く足の位置を入れ替えた。前に出ていた右足が後ろに引かれ、後ろにあった左足が前に出る。今度は先ほどとは逆に左半身をさらす格好になった。
今度は左腕が動いた。地面すれすれから三日月が立ちのぼり、男を斬り裂こうと白線が閃く。
男はそれもかわした。ロウワンの体がすかさず左方向に旋回する。その勢いのままに右腕が水平に振るわれる。男はそれもかわす。ロウワンの体はそのまま回転をつづけ、左足が前に出る。それと同時に左腕が振るわれ、次の一撃を放つ。
男はそれもかわす。ただ単に後ろにさがってかわしているのではない。左方向に弧を描くようにしてかわしている。そのため、行き場のない壁際に追い込まれることもなく、余裕をもってかわしていられる。
ロウワンの回転斬りが何度かつづいた。息をとめることなく、まるでダンスのように動きつつづける。そのため、攻撃がとまることはない。
――なんだ、なんだ。同じことしかしないじゃないか。
観客がそう思いはじめたまさにその瞬間、ロウワンの振るう剣の角度がいきなりかわった。水平に振るわれていた左腕がいきなり跳ねあがり、頭上に舞った。再び満月を描いてまっすぐに振りおろされる。
突然の軌道の変化。しかし、男は動じる素振りすら見せない。落ち着いていままで通りの動作を繰り返し、その攻撃をかわす。しかし――。
――こんな攻撃が当たるなんて思っちゃいない!
ロウワンは心に叫ぶ。
ロウワンの本命。
それは次の一撃。
右足が大きく前に踏み出され、同時に右腕が雷光の勢いで繰り出された。男の胸元へと鋭い突きが襲いかかる。
この突きの一撃こそが本命。
通常の突きとはちがう。
ロウワン独特の突きだ。
通常の右片手突きであれば、まず左足を踏み出したあと、上半身をひねりながら右突きを繰り出す。その時点で時間と力を消費する。
左足を踏みだし、
足をとめ、
体をひねり、
突く。
『とめる』、『ひねる』というふたつの動作が含まれる分、時間がかかる。攻撃が遅れる。さらに、『とめる』動作によって体重移動による勢いが殺されてしまう。あとに残るものはただ単に上半身をひねった勢い。せっかくの体重移動による勢いと威力を自分で殺し、よけいな時間をかけた遅く、鈍い一撃だけ。
ロウワンの突きはちがう。
右足を前に出すと同時に右腕を突き出す。通常の剣術にある『とめる』、『ひねる』という動作がすべてない。その分、時間かかからない。相手の予想よりも短い時間で剣が繰り出される。
さらに『とめる』動作がないために、体重移動による勢いと威力がすべて剣に乗っている。
筋力ではなく、体全体の動きから生み出される力。
それこそが、まだまだ小柄な少年に過ぎないロウワンが、筋骨隆々たるおとなたち以上に威力ある斬撃を繰り出せる理由。
繰り出されたカトラスの切っ先が男の胸元を狙う。ロウワンは両の爪先を九〇度回転させた。それによって動きをさらに加速させ、間合いを伸ばす。
浮いた踵を激しく地面に叩きつけ、大地の反動を得る。その反動をそのまま威力にかえて剣に乗せる。
さらに手首を下に向けることで最後の加速を加え、もう一段の威力を加える。
通常の剣術には存在しない動き。
それこそが、ロウワンがハルキスの島で三刀流のサルたちを相手に磨き、身につけた、独自の剣術。相手の経験にない動きだけに事前に予測出来ない、いかなる達人もその瞬間、単なる素人にしてしまう動き。
男の表情がそのときはじめて強張ったことに気付いたものはいただろうか。
カトラスの切っ先が男の胸元に吸い込まれる。衣服を裂いた。その切っ先は惜しくも男の肌には届かなかった。しかし――。
たしかに、男の衣服を切り裂いてはいた。
ゴロツキたちは十数人いても衣服にふれることは出来なかった。それなのに、ロウワンはただひとりで男の衣服を切り裂いたのだ。
おおおっ、
と、まわりの観客たちからどよめきが起こった。
観客たちもそのことのすごさを理解したのだ。
ロウワンは右腕を引いた。渾身の突きを繰り出したことでさすがに動きがとまっていた。姿勢を整え『ふうぅぅぅ~』と、息を吐き出す。
男は数歩、後ろにさがった。それまでとはロウワンを見る表情がちがっていた。かすかではあるがたしかに、相手の強さを認める表情にかわっていた。
「……なるほど」
男は短く呟いた。
太刀を鞘に納めた。
――太刀を納めた?
そう思い、驚いたのはロウワンだけではなかった。まわりの観客からもいぶかしむ声があがった。
「おいおい、どうしたんだ、あいつ。剣をしまっちまったぞ」
「まさか、降参する気か?」
「いや、そんなはずないだろ。全然、やられてねえぞ」
「けど、自分からも攻撃しちゃいねえぞ」
そんな声などないかのように男が動いた。
――………!
ロウワンは驚愕した。
目の前にいきなり男の身があったのだ。まるで、空間そのものを消滅させて近づいてきたかのような恐ろしく疾い踏み込みだった。
袴に包まれた男の右足が跳ねあがる。男の膝がロウワンの腹にめり込んだ。
「ガハッ……!」
ロウワンは肺のなかの空気という空気をすべて、吐き出していた。それほどに重い一撃だった。
ロウワンの体は完全に浮きあがった。そこにもう一撃。今度は左拳が叩き込まれた。もろに胃袋を打ち抜かれ、胃液を吐き出した。
ロウワンの体はそのまま宙に飛び、床にたたきつけられた。
「ロウワン!」
「キキィッ!」
トウナが悲鳴をあげ、ビーブが叫び、観客たちがどよめく。
ロウワンは右手で胃袋を押さえてうずくまった。とっさには声ひとつ出せはしない。まるで、胃のなかに溶けた鉛を流し込まれたような重苦しい痛みがあった。
ロウワンはやっとのことで顔をあげた。男を見た。胃液に濡れた口を開いた。
「……お見事です。あなたの勝ちだ」
その言葉に――。
店内から一斉に緊張の波が消え去った。
「いい腕だ。その歳からは考えられないほどにな」
男が言った。表情も口調も相変わらず静かなものだが、その声にはたしかに相手を認める響きがあった。
「どこで身につけたかは知らんが、あの動きはそうそう見切れるものではない。並の使い手なら一方的に斬り捨てられるだろう。だが、独特の動きが意味をもつのは攻撃においてのみ。守りに入れば意味はない。そして、お前の剣技には距離がいる。間合いをつめられてしまえば役に立たない。生き残りたければ零間合いでも使える体術も身につけておくことだ」
わざわざそんな忠告をしたのは、武芸者としては信じられいほどの親切だった。それだけ、男はロウワンを認めたのだ。
男はそのまま店を出た。
トウナとビーブがロウワンに駆けよった。
「だいじょうぶ、ロウワン⁉」
「キキキィッ!」
「……あ、ああ、大丈夫。ちょっと、胃が重痛いけど」
店の親父や観客たちもよってきた。口々にロウワンに話しかける。
「よう、小僧。残念だったな。だが、まあ、気にすんな。お前さんはよくやったよ」
「そうそう。なにしろ、あのゴロツキどもはあれだけ雁首そろえてかすり傷ひとつつけられなかったのに、お前さんはたったひとりで傷つけたんだからな」
「まあ、相手が悪かったってことだ」
「気持ちのいい勝負を見せてもらった。一杯、奢らせてくれや」
口々に贈られる慰めや賞賛の言葉をロウワンはしかし、聞いてはいなかった。ロウワンの意識にあるものは男から食らった二発の打撃、それだけだった。
「……すごい」
「えっ……?」
トウナがいぶかしげに言ったのは、ロウワンが胃を押さえながらもやけに嬉しそうな表情を浮かべていたからだった。
「……あの疾さ、あの重さ。あれは、ガレノア以上。あんなに強いやつは〝鬼〟をのぞけば他に知らない。あいつだ、あの男だ。自由の国の顔として、どうしてもあの男がほしい……」
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