壊れたオルゴール ~三つの伝説~

藍条森也

文字の大きさ
271 / 411
第二部 絆ぐ伝説

第一一話四章 怪物戦線

しおりを挟む
 「撃てっ!」
 プリンスの号令に従い、防壁上に並ぶ無数の爆砕ばくさいしゃが一斉に砲撃を開始した。
 その轟音はまさに雷鳴。何十という雷鳴が同時に鳴り響き、地上に向かって幾筋もの稲妻が降りそそぐ。
 まさに、そんなありさまだった。ただし、降りそそぐものは雷ではなく、大量の火薬を詰めた金属の砲弾。打ち据えるは大地ではなく、迫り来る亡道もうどう軍勢ぐんぜい
 何百という砲弾が一斉に放たれ、空気を裂いて飛翔し、叩きつけられる。爆発し、炎と金属片をまき散らし、暴風を吹きあらす。さしもの亡道もうどう軍勢ぐんぜいもたまらずに四散する。そのはずだった。しかし――。
 「なに⁉」
 信じられない。
 そう叫ぶ表情を浮かべ、驚愕きょうがくの声をあげたのはプリンスだった。
 防壁の上から戦況を俯瞰ふかんするプリンス。そのプリンスが見たものは爆砕ばくさいしゃの一斉砲撃にもかかわらず、速度を落とすことすらなく迫りつづける亡道もうどう軍勢ぐんぜい
 平たい板のようになった左腕。亡道もうどう軍勢ぐんぜいはその左腕を盾のごとくに頭上に掲げ、爆砕ばくさいしゃの砲撃を真っ向から受けとめていた。流線型の砲弾が左腕に当たり、爆発し、炎と爆風と共に金属片を飛び散らす。
 にもかかわらず、亡道もうどう軍勢ぐんぜいの左腕は傷ついた様子すらない。あらゆる衝撃を、炎を、熱を、飛び散る金属片すらも平然と受けとめて進軍してくる。迫ってくる。
 その歩調にはいささかの狂いすらない。これまで、迫り来る亡道もうどう怪物かいぶつたちを幾度となく吹き飛ばし、撃退してきた爆砕ばくさいしゃ。その爆砕ばくさいしゃがはじめて防がれたのだ。
 「馬鹿な! 爆砕ばくさいしゃの一撃は、この砦の防壁だって吹き飛ばせるんだぞ! やつらの腕は防壁より頑丈なのか⁉」
 プリンスがかのらしくもなくうろたえた声をあげるのも無理はない、それはあまりにも非現実的な光景だった。
 「……亡道もうどうつかさはこの世のすべてを取り込み、入り交じらせ、ひとつにすることができる、だったな。ならば、亡道もうどう怪物かいぶつ爆砕ばくさいしゃを防げる強力な材質を与えることも可能なのかも知れないが」
 ヴァレリが胃の辺りに重いしこりを感じているような表情で呻いた。思わず、服の袖で額を拭い、浮いてもいない汗を拭いていた。それぐらい、心理的な衝撃は大きかったのだ。
 もちろん、衝撃を受けたのは爆砕ばくさいしゃの砲撃手たちも同じ。あまりの光景に砲撃することも忘れ、うろたえ、互いにたがいを見やっている。目の前で起きていることがいったいなんなのか、説明を求めている。そんなことを説明できる人間などこの場には誰もいなかったが。
 「なにをしている⁉ 手を休めるな、砲撃をつづけろ!」
 百戦錬磨の方天ほうてんが檄を飛ばした。雷霆らいていのようなその声に砲撃手たちはハッとなった。我に返った。爆砕ばくさいしゃに取りつき、ありったけの砲弾を撃ちつづけた。しかし――。
 効果はない。放たれた無数の砲弾は亡道もうどう軍勢ぐんぜいを粉砕するどころか、その歩みをとめることすらできはしない。亡道もうどう軍勢ぐんぜいは盾のような左腕を掲げたまま呼吸音ひとつ立てることなく迫ってくる。ただ整然と、どこまでも静かに。しかし、着実に。
 やがて、爆砕ばくさいしゃの砲身が真っ赤になり、熱をもった。砲撃の限界が達したのだ。時間をおいて砲身を冷まさなければ、これ以上の砲撃はできない。
 かわって、地上から無数の銃弾が放たれた。砦の前に二重に張り巡らされた塹壕ざんごう。そのなかに身を潜めた兵士たちが一斉に小銃を放ったのだ。
 爆砕ばくさいしゃの砲撃すら通じなかった相手に『ただの小銃』がなんの役に立とう。盾となった左腕で身をかばう必要すらない。その強靱な肉体で撃ち込まれる銃弾を受けとめ、跳ね返し、進軍してくる。迫ってくる。
 撃ち込まれたすべての銃弾は迫り来る怪物たちの身をわずかにへこませただけで押し返され、勢いを失い、ポトリ、ポトリと地面に落ちていく。これほど情けない銃弾の姿は、『銃』という存在が発明されて以来、はじめてのことだったにちがいない。
 そして、亡道もうどう軍勢ぐんぜいの攻撃がはじまった。
 銃となった右腕。その右腕をやや上方に向けてかまえた。
 ポスン、
 ポスン、
 ポスン。
 この場の雰囲気にはあまりにも似つかわしくない間の抜けたような音を立てて、銃口から『なにか』が発射された。それがなんなのかはわからない。銃弾ではないことは確かだった。よく見ればグニャグニャした肉片のようなものだとわかっただろう。
 大きなアメーバ。
 そう言うのがもっとも的確だったかも知れない。
 肉片のような、アメーバのようなそれは、緩やかな放物線を描いて塹壕ざんごうのなかに潜む兵士たちの上に降り注いだ。そして――。
 悪夢ははじまった。
 兵士たちの身に降りそそいだ肉片は、まさに生きたアメーバのようにうごめき、兵士たちの身に潜り込んだ。
 悲鳴があがった。
 この世のものとも思えないおぞましい悲鳴が。
 肉片に潜り込まれた兵士たちは次々と変貌へんぼうを遂げていった。その身が裏返り、ふくれあがり、怪物へとかわっていく。亡道もうどう怪物かいぶつへと。そして、いままでの味方に向かって襲いかかる。
 塹壕ざんごうのなかはもはや、敵から身を守るための陣地ではなくなっていた。猛獣に食われるために放り込まれたおりだった。そのおりのなかで兵士たちは、つい先ほどまての仲間に襲われ、踏みつぶされ、食い殺されていく。
 悲鳴があがり、血しぶきが舞った。
 ゾッとするぐらい濃密な血の匂いが穴のなかに充ち満ちた。
 阿鼻あび叫喚きょうかん
 まさに、そう言うしかない光景が展開されていた。
 「なんだ、あれは⁉ まさか、あの銃はやつら自身の組織を撃ちだしているのか? 自分の身を銃弾として撃ち出すことで、ふれた相手を亡道もうどう怪物かいぶつへとかえるのか?」
 プリンスはそう察したが、理解できたからと言ってなにができるわけでもない。兵士たちが塹壕ざんごうのなかで次々と殺されていくのを指をくわえて見ていることしかできない。
 恐怖がさざ波のように砦中に広まった。兵士という兵士が顔を青くし、酸素を失ったようにあえぎはじめた。持ち場をはなれ、後ずさった。
 逃げているのではない。押しのけられているのだ。『逃げる』という意思すらもてないほどに恐怖に縛られている。その恐怖に押され、後ろへうしろへと押しのけられているのだ。
 ヴァレリがあわてて辺りを見回した。右を見ても、左を見ても、目につく限り怯えきった兵士たちの姿ばかり。
 「まずいぞ、プリンス! みんな、限界を超えた恐怖にさらされている。恐怖があまりにも深すぎて、逆にその場からはなれられずにいるが、なにかきっかけがあれば全員、恐慌に駆られて逃げだしてしまう。全面ぜんめん潰走かいそうすることになるぞ!」
 ヴァレリのその言葉に――。
 プリンスはグッと拳を握りしめた。黒い肌の顔の覚悟の表情を浮かべた。低く、しかし、断固たる決意を込めて言った。
 「打って出る」
 「なに⁉」
 「やつら相手に守りを固めても無意味だ。天命てんめいことわりを付与された武器を使って正面から戦うしかない」
 「無茶だ! 天命てんめいことわりを付与された武器はまだまだ少ない。すべてひっくるめても一万にも満たないんだぞ。やつらと正面きって戦うには少なすぎる」
 「では、どうする⁉ このまま一方的にやられて逃げ出すのか。そして、いつか、亡道もうどうに呑まれ、怪物へとかわるのをまつのか⁉」
 「それは……」
 ヴァレリは答えに詰まった。そう言われてしまえば、ヴァレリとしてもなにも言い返すことはできない。
 「ヴァレリ将軍。おれはプリンス陛下に賛成だ」
 方天ほうてんが言った。こんなときでもなお、重々しい落ちつきを保っているのはさすが、東方世界最強の宿将しゅくしょうとしての貫禄だった。
 「このままでは一方的に責め滅ばされるだけだ。もし、勝利することができるとすれば、その方法はただひとつ。やつらの将を倒すことだけだ」
 「やつらの将を……」
 「そうだ。野伏のぶせが言っていた。あの統一された動きは個々の意思をもたず、全体がひとりの将によって動かされているからだと。その将を倒しさえすれば統率を失い、単なる群れになるはずだと。いまは、その言葉に賭けるしかない。まだ余力のあるうちにこちらから打って出て、敵将を仕留める。それ以外に勝ちはない」
 そう言われて――。
 ヴァレリも覚悟を決めた。もとより、そのしぶとさを買われてレムリアから派遣された将である。いざとなったときの肝の据わり方は誰にも負けない。
 「うむ、方天ほうてん将軍。まさに、その通りだ。我がゴキブリ部隊の本領はその素早さとしぶとさにある。見事、敵の群れを突き破り、敵将を葬ってやろうではないか!」
 ヴァレリはそう言って胸を叩き、笑顔さえ浮かべて見せた。本心からの笑顔だとすればあきれるほどの剛胆さだし、虚勢を張っているのであればなおさら途方もない胆力だと言えた。
 「さあ、プリンス陛下! 指揮を執られよ! 我がゴキブリ部隊、存分に使われよ!」
 「我が黒鬼こっきぐん、全力で応えさせていただきますぞ!」
 ふたりの副将の言葉にプリンスはうなずいた。
 「行くぞ! 狙いはひとつ、敵将マルコシアスの首! すべての兵が獣となって、その首ただひとつを狙う!」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

断罪後のモブ令息、誰にも気づかれずに出奔する

まる
ファンタジー
断罪後のモブ令息が誰にも気づかれないよう出奔して幸せを探す話

ハズレ職業の料理人で始まった俺のVR冒険記、気づけば最強アタッカーに!ついでに、女の子とVチューバー始めました

グミ食べたい
ファンタジー
現実に疲れた俺が辿り着いたのは、自由度抜群のVRMMORPG『アナザーワールド・オンライン』。 選んだ職業は“料理人”。 だがそれは、戦闘とは無縁の完全な負け組職業だった。 地味な日々の中、レベル上げ中にネームドモンスター「猛き猪」が出現。 勝てないと判断したアタッカーはログアウトし、残されたのは三人だけ。 熊型獣人のタンク、ヒーラー、そして非戦闘職の俺。 絶体絶命の状況で包丁を構えた瞬間――料理スキルが覚醒し、常識外のダメージを叩き出す! そこから始まる、料理人の大逆転。 ギルド設立、仲間との出会い、意外な秘密、そしてVチューバーとしての活動。 リアルでは無職、ゲームでは負け組。 そんな男が奇跡を起こしていくVRMMO物語。

魔力ゼロの英雄の娘と魔族の秘密

藤原遊
ファンタジー
魔法が支配する世界で、魔力を持たない少女アリア・マーウェラ。彼女は、かつて街を守るために命を落とした英雄的冒険者の両親を持ちながら、その体質ゆえに魔法を使えず、魔道具すら扱えない。しかし、彼女は圧倒的な身体能力と戦闘センスを武器に、ギルドでソロ冒険者として活動していた。街の人々やギルド仲間からは「英雄の娘」として大切にされつつも、「魔力を捨てて進化した次世代型脳筋剣士」と妙な評価を受けている。 そんなある日、アリアは山中で倒れていた謎の魔法使いイアンを助ける。彼は並外れた魔法の才能を持ちながら、孤独な影を背負っていた。やがて二人は冒険の中で信頼を深め、街を脅かす魔王復活を阻止するため、「カギ」を探す旅に出る。 しかしイアンには秘密があった。彼は魔族と人間の混血であり、魔王軍四天王の血を引いていたのだ。その事実が明らかになったとき、アリアは「どんな過去があっても、イアンはイアンだよ」と笑顔で受け入れる。 過去に囚われたイアンと、前を向いて進むアリア。二人の絆が、世界を揺るがす冒険の行方を決める――。シリアスとギャグが織り交ざる、剣と魔法の冒険譚!

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...