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第二部 絆ぐ伝説
第一一話一一章 プリンスとトウナ
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「お前の首をかききってやるからな!」
セアラは痛烈な勢いでその一言をマークスⅡに叩きつけ、そのまま頭から湯気を立てて部屋を出て行った。鼓膜が破れそうなほど大きな音を立てて荒々しく扉を閉めたのは、マークスⅡに対する腹立ちをそのまま扉にぶつけたからだ。
セアラが湯気を立てる後ろ姿を消したあと、八つ当たりされた扉は閉まりきることができずにブラブラと揺れていた。ちょうつがいがギイギイ音を立てて八つ当たりに対する抗議の声をあげている。
はああ、と、メリッサとセアラの母であるマートルがため息をついた。
「ごめんなさい、マークスⅡ。あの子、昔からお姉ちゃんっ子だから」
「かまいません。おれがメリッサを守れなかったのは事実。そのことでセアラやあなたから責められるのは当然です。でも……」
と、マークスⅡは『ここだけは譲れない』という断固たる決意を込めて、メリッサとセアラの母に告げた。
「そのことを謝る気はありませんよ。あなたに対しても、セアラに対しても。そんなことをすれば、メリッサの覚悟を汚すことになる」
「わかっているわ」
マートルは短く答えた。そう答えるその姿には、崇高なまでの『母』としての誇りがにじんでいた。
「あの子は、メリッサはこの世界を、愛する夫を守るために自らのやるべきことを為した。母として、同じ女として、そのことを誇りに思いこそすれあなたを責める気はない。まして、詫びてもらうつもりなんて一切ないわ」
マートルは『母』としての愛と誇りを込めてそう言いきった。そこには、
「セアラもいずれはわかってくれる」
という思いも込められていた。
マークスⅡは妻の母の言葉に対し、言葉として返すことはなかった。ただ黙って頭をさげただけだった。
「マークスⅡ」
トウナがやや気遣う様子を見せながらそれでも、毅然とした態度で告げた。
「のんびりしている暇はないわ。メリッサの思いに報いるためにも早く準備を進めないと」
「その通りだ」
マークスⅡは力強くうなずいた。その点に関して迷いなど微塵もない。
「プリンス、〝ブレスト〟・ザイナブ、ボーラ団長。それに、方天将軍、ヴァレリ将軍。軍の再編成と配置を急いでくれ。ハーミドはこの場で起きていることを記事として世界中に伝えてくれ。すべての人間がこの戦いのために団結できるように。ドク・フィドロは医療体制の充実を。実戦部門であろうと、それ以外であろうと、亡道の司との戦いに勝利するためには欠かせない要素だ。それぞれの分野で最大限の力を尽くすことを要求する」
マークスⅡのその言葉に――。
名指しされた人物たちは一斉にうなずき、覚悟を示した。
「それと、〝ビルダー〟・ヒッグス。鉄道網の建設は世界の運命を左右する喫緊の課題だ。セアラたち『もうひとつの輝き』と協力して可能な限り早急に整備してくれ」
「わかっている」
〝ビルダー〟・ヒッグスは重々しくうなずいた。その断固たる決意みなぎる表情はプリンスや〝ブレスト〟・ザイナブたち、命を懸けて戦う実戦部門の責任者と比べても遜色ないほどの緊張感に満ちていた。
「大陸鉄道網の建設。これは、おれ個人にとっても胸躍らされる計画だ。技師としての人生の集大成として、おれ自身の人生の総仕上げとして、全力をあげてやらせてもらう」
〝ビルダー〟・ヒッグスが覚悟を決めてそう言うと、ブージがあわてて口を挟んだ。
「お、おいおい、ちょっとまてよ。まるで、自分の仕事みたいに言ってるがこの計画の発案者はおれだぞ。パンゲア内での鉄道建設を請け負うのもおれの会社だ。作業員の多くは兵士どもを借りるが、物資その他、建設に必要なものはすべて、おれの会社で調達するんだからな。当然、その働きに対する支払いはきちんとしてくれるんだろうな? 英雄さんよ」
「もちろんだ。いまも言ったように、大陸鉄道網の建設は世界の運命を左右する重大な要素だ。その点に関して出し惜しみするつもりはない。支払いに関しては可能な限り要求に応じる」
「へへっ。そうこなくっちゃな。愛してるぜ、雇い主さんよ」
「あなたが愛しているのは雇い主ではなくて、雇い主の支払う金でしょう」
トウナに冷淡な口調でそう言われて――。
ブージはたちまち顔をしかめた。泣き出しそうな表情になった。
しかし、マークスⅡにとってはそんなことはどうでもいいこと。ブージが愛しているのが雇い主本人であれ、雇い主の支払う給料であれ、やるべきことさえやってくれれば文句を言う筋合いはない――と言うより、ブージに愛されても気持ち悪いだけであるし。
そして、『満足するだけの給料さえ』支払えば、ブージがきわめて有能で信頼できる人物であることをマークスⅡは知っている。その点において不安はまったくなかった。
マークスⅡは立ちあがった。セアラとは対照的にごく静かに、礼儀正しく。音もなく椅子をひき、静けさのなかに堂々たる貫禄をにじませながら一同に向かって言った。
「それでは、すぐにそれぞれの役割を果たしてくれ。のんびりしている時間はない。すべてはこの世界を守るための時間との勝負だ」
マークスⅡのその言葉に――。
その場にいる全員が一斉に立ちあがった。
そして、行動ははじまった。
新兵が加わったことで部隊の再編成が行われた。
三つにわけられた部隊は一隊が砦の守りにつき、一隊が休息のためにボーラに率いられてサラフディンに戻った。そして、残る一隊は〝ビルダー〟・ヒッグスに率いられて鉄道建設に取り組みはじめた。
地面をならし、鉄材を運び、杭を打ち込み……朝から晩までつづく重労働。鍛えられた兵士たちでさえ体力の限界が来るような激しい業務。それでも、誰も文句ひとつ言わずに仕事に励んでいる。この鉄道建設こそが自分たちが生き残るため、家族や友人を生き残らせるために最も重要な存在だとわかっていたから。
そこには、〝ビルダー〟・ヒッグスの尽力も大きかった。
『技師人生の集大成として、おれ自身の人生の総仕上げとして』
〝ビルダー〟・ヒッグスのその言葉に嘘はなく、ありったけの情熱を込めて鉄道建設に邁進した。その思いが作業員たちにも伝わり、つらい作業も未来を夢見て行うことができたのだ。
一方で終始にこにこ顔なのがブージである。仕事のたびに自分に支払われる給料を計算してはその額にニンマリし、喜びのあまり奇声をあげながら仕事に没頭している。その見た目はともかく、信頼できる仕事ぶりなのは確かだった。
セアラとマートルは砦の防衛強化のために爆砕射の改良と調整に余念がなかった。マークスⅡに対して深い怒りを叩きつけたセアラだが、それを理由にサボタージュするほど子どもではない。なにより、
「ボクが失敗すれば姉さんの名誉に傷がつくことになるからね。姉さんのためにも絶対、絶対、ボクがこの戦いに勝利させてみせる」
その言葉のもと、まわりがちょっと引いてしまうぐらい精力的に活動している。
亡道の司の巣くう大聖堂ヴァルハラへの侵攻。
その準備が進むなかでも亡道の怪物たちによる昼夜を問わない攻撃はつづいている。マークスⅡ、野伏、行者の三人がいるために亡道の力も押さえられ、撃退ははるかに容易になっていた。当然の結果としてマークスⅡに対する兵士たちの信望はいやましたが、それはそれとして難題もあった。
「実際、おれたち三人がこの場に固まっているのは効率が悪いし、危険ですらあるのだが……」
野伏が言った。
「亡道の力に対抗できるのは現状、おれたち三人しかいない。そのおれたちが一カ所にまとまっている以上、他の場所を攻撃されたら対処できない。その意味では、おれたちは別々の場所にいた方がいいのだが……」
「なにしろ、相手がどこを攻めてくるか見当がつかないからねえ」
行者が少女のように白くて細い肩をすくめてみせた。血のように紅い唇にあるかなしかのかすかな苦笑が浮いていた。
「人間相手ならいつ、どこを狙ってくるか一応の見当はつく。でも、相手は亡道の司だ。補給を考える必要もなければ、戦略的価値などを気にする必要もない。それこそ、いつでも、どこでも、攻め込むことができる」
「亡道の司の目的はこの世界をまるごと呑み込み、滅ぼすことだからな。どこからはじめてもいい。それだけに、どこを攻めてくるかまったくわからん。分散して守りを固めようにもどこをどう守ればいいのか見当もつかん」
野伏と行者、経験豊富なふたりの言葉にマークスⅡも深刻な表情を浮かべた。
「となると、守っているのはますます不利だ。むしろ、こちらから仕掛けることで相手を誘うべきか」
マークスⅡの言葉に野伏が答えた。
「人間相手ならそうするべきだ。しかし、相手は亡道の司。こちらが攻めて出たところで誘いに乗るとは限らん」
「だね。なにしろ人間の軍とちがって、亡道の軍勢には補給拠点や戦略的な拠点を守る必要がない。こちらが攻め込んでもそんなものは無視してよそを襲うかも知れない。結局、本拠地である大聖堂ヴァルハラを一気に突くしかないと思うよ」
「結局、それか」
と、マークスⅡはため息をついた。そのため息にどれほど深い意味があるか。それがわかる人間がこの世に何人いただろうか。
「しかし、ヴァルハラは遠い。現状ではとてもではないけどそこまでたどり着くことはできないだろう。兵の数も足りなければ、物資の集積も足りない。補給拠点もこれから作っていかなくてはならないし……それまで、亡道の司が行動を起こさずにいるとは思えない」
「レディ・アホウタがヴァルハラの偵察に出てはいるが……」
野伏がそう言ったそのときだ。
「敵襲! 亡道の怪物どもが表れたぞ! その数およそ二千! 群れをなした化け物どもだ!」
その叫びを聞いた瞬間――。
マークスⅡ。野伏。行者。三人の表情がかわった。将来を見越し、策を練らなければならない指揮官の顔から、戦うがために戦う戦士の顔へと。
「行くぞ。野伏、行者。まずは迫り来る亡道の怪物どもを滅ぼす」
「ああ」
「了解」
マークスⅡの言葉に野伏は重々しく、行者は軽薄なぐらい軽やかにうなずき、三人は出陣していった。その姿を兵士たちが歓呼をあげて見送っている。
「マークス、現代の英雄マークスⅡ、おれたちの勇者!」
兵士たちのそんな声に押されて出陣していくその姿はまさに『英雄』。世界の運命を自ら背負った勇者と呼ぶにふさわしいものだった。
そのマークスⅡたちの姿を――。
砦の上からプリンスがジッと見つめていた。
その夜。
プリンスは妻であるトウナに話しかけた。
「トウナ。君に話がある」
セアラは痛烈な勢いでその一言をマークスⅡに叩きつけ、そのまま頭から湯気を立てて部屋を出て行った。鼓膜が破れそうなほど大きな音を立てて荒々しく扉を閉めたのは、マークスⅡに対する腹立ちをそのまま扉にぶつけたからだ。
セアラが湯気を立てる後ろ姿を消したあと、八つ当たりされた扉は閉まりきることができずにブラブラと揺れていた。ちょうつがいがギイギイ音を立てて八つ当たりに対する抗議の声をあげている。
はああ、と、メリッサとセアラの母であるマートルがため息をついた。
「ごめんなさい、マークスⅡ。あの子、昔からお姉ちゃんっ子だから」
「かまいません。おれがメリッサを守れなかったのは事実。そのことでセアラやあなたから責められるのは当然です。でも……」
と、マークスⅡは『ここだけは譲れない』という断固たる決意を込めて、メリッサとセアラの母に告げた。
「そのことを謝る気はありませんよ。あなたに対しても、セアラに対しても。そんなことをすれば、メリッサの覚悟を汚すことになる」
「わかっているわ」
マートルは短く答えた。そう答えるその姿には、崇高なまでの『母』としての誇りがにじんでいた。
「あの子は、メリッサはこの世界を、愛する夫を守るために自らのやるべきことを為した。母として、同じ女として、そのことを誇りに思いこそすれあなたを責める気はない。まして、詫びてもらうつもりなんて一切ないわ」
マートルは『母』としての愛と誇りを込めてそう言いきった。そこには、
「セアラもいずれはわかってくれる」
という思いも込められていた。
マークスⅡは妻の母の言葉に対し、言葉として返すことはなかった。ただ黙って頭をさげただけだった。
「マークスⅡ」
トウナがやや気遣う様子を見せながらそれでも、毅然とした態度で告げた。
「のんびりしている暇はないわ。メリッサの思いに報いるためにも早く準備を進めないと」
「その通りだ」
マークスⅡは力強くうなずいた。その点に関して迷いなど微塵もない。
「プリンス、〝ブレスト〟・ザイナブ、ボーラ団長。それに、方天将軍、ヴァレリ将軍。軍の再編成と配置を急いでくれ。ハーミドはこの場で起きていることを記事として世界中に伝えてくれ。すべての人間がこの戦いのために団結できるように。ドク・フィドロは医療体制の充実を。実戦部門であろうと、それ以外であろうと、亡道の司との戦いに勝利するためには欠かせない要素だ。それぞれの分野で最大限の力を尽くすことを要求する」
マークスⅡのその言葉に――。
名指しされた人物たちは一斉にうなずき、覚悟を示した。
「それと、〝ビルダー〟・ヒッグス。鉄道網の建設は世界の運命を左右する喫緊の課題だ。セアラたち『もうひとつの輝き』と協力して可能な限り早急に整備してくれ」
「わかっている」
〝ビルダー〟・ヒッグスは重々しくうなずいた。その断固たる決意みなぎる表情はプリンスや〝ブレスト〟・ザイナブたち、命を懸けて戦う実戦部門の責任者と比べても遜色ないほどの緊張感に満ちていた。
「大陸鉄道網の建設。これは、おれ個人にとっても胸躍らされる計画だ。技師としての人生の集大成として、おれ自身の人生の総仕上げとして、全力をあげてやらせてもらう」
〝ビルダー〟・ヒッグスが覚悟を決めてそう言うと、ブージがあわてて口を挟んだ。
「お、おいおい、ちょっとまてよ。まるで、自分の仕事みたいに言ってるがこの計画の発案者はおれだぞ。パンゲア内での鉄道建設を請け負うのもおれの会社だ。作業員の多くは兵士どもを借りるが、物資その他、建設に必要なものはすべて、おれの会社で調達するんだからな。当然、その働きに対する支払いはきちんとしてくれるんだろうな? 英雄さんよ」
「もちろんだ。いまも言ったように、大陸鉄道網の建設は世界の運命を左右する重大な要素だ。その点に関して出し惜しみするつもりはない。支払いに関しては可能な限り要求に応じる」
「へへっ。そうこなくっちゃな。愛してるぜ、雇い主さんよ」
「あなたが愛しているのは雇い主ではなくて、雇い主の支払う金でしょう」
トウナに冷淡な口調でそう言われて――。
ブージはたちまち顔をしかめた。泣き出しそうな表情になった。
しかし、マークスⅡにとってはそんなことはどうでもいいこと。ブージが愛しているのが雇い主本人であれ、雇い主の支払う給料であれ、やるべきことさえやってくれれば文句を言う筋合いはない――と言うより、ブージに愛されても気持ち悪いだけであるし。
そして、『満足するだけの給料さえ』支払えば、ブージがきわめて有能で信頼できる人物であることをマークスⅡは知っている。その点において不安はまったくなかった。
マークスⅡは立ちあがった。セアラとは対照的にごく静かに、礼儀正しく。音もなく椅子をひき、静けさのなかに堂々たる貫禄をにじませながら一同に向かって言った。
「それでは、すぐにそれぞれの役割を果たしてくれ。のんびりしている時間はない。すべてはこの世界を守るための時間との勝負だ」
マークスⅡのその言葉に――。
その場にいる全員が一斉に立ちあがった。
そして、行動ははじまった。
新兵が加わったことで部隊の再編成が行われた。
三つにわけられた部隊は一隊が砦の守りにつき、一隊が休息のためにボーラに率いられてサラフディンに戻った。そして、残る一隊は〝ビルダー〟・ヒッグスに率いられて鉄道建設に取り組みはじめた。
地面をならし、鉄材を運び、杭を打ち込み……朝から晩までつづく重労働。鍛えられた兵士たちでさえ体力の限界が来るような激しい業務。それでも、誰も文句ひとつ言わずに仕事に励んでいる。この鉄道建設こそが自分たちが生き残るため、家族や友人を生き残らせるために最も重要な存在だとわかっていたから。
そこには、〝ビルダー〟・ヒッグスの尽力も大きかった。
『技師人生の集大成として、おれ自身の人生の総仕上げとして』
〝ビルダー〟・ヒッグスのその言葉に嘘はなく、ありったけの情熱を込めて鉄道建設に邁進した。その思いが作業員たちにも伝わり、つらい作業も未来を夢見て行うことができたのだ。
一方で終始にこにこ顔なのがブージである。仕事のたびに自分に支払われる給料を計算してはその額にニンマリし、喜びのあまり奇声をあげながら仕事に没頭している。その見た目はともかく、信頼できる仕事ぶりなのは確かだった。
セアラとマートルは砦の防衛強化のために爆砕射の改良と調整に余念がなかった。マークスⅡに対して深い怒りを叩きつけたセアラだが、それを理由にサボタージュするほど子どもではない。なにより、
「ボクが失敗すれば姉さんの名誉に傷がつくことになるからね。姉さんのためにも絶対、絶対、ボクがこの戦いに勝利させてみせる」
その言葉のもと、まわりがちょっと引いてしまうぐらい精力的に活動している。
亡道の司の巣くう大聖堂ヴァルハラへの侵攻。
その準備が進むなかでも亡道の怪物たちによる昼夜を問わない攻撃はつづいている。マークスⅡ、野伏、行者の三人がいるために亡道の力も押さえられ、撃退ははるかに容易になっていた。当然の結果としてマークスⅡに対する兵士たちの信望はいやましたが、それはそれとして難題もあった。
「実際、おれたち三人がこの場に固まっているのは効率が悪いし、危険ですらあるのだが……」
野伏が言った。
「亡道の力に対抗できるのは現状、おれたち三人しかいない。そのおれたちが一カ所にまとまっている以上、他の場所を攻撃されたら対処できない。その意味では、おれたちは別々の場所にいた方がいいのだが……」
「なにしろ、相手がどこを攻めてくるか見当がつかないからねえ」
行者が少女のように白くて細い肩をすくめてみせた。血のように紅い唇にあるかなしかのかすかな苦笑が浮いていた。
「人間相手ならいつ、どこを狙ってくるか一応の見当はつく。でも、相手は亡道の司だ。補給を考える必要もなければ、戦略的価値などを気にする必要もない。それこそ、いつでも、どこでも、攻め込むことができる」
「亡道の司の目的はこの世界をまるごと呑み込み、滅ぼすことだからな。どこからはじめてもいい。それだけに、どこを攻めてくるかまったくわからん。分散して守りを固めようにもどこをどう守ればいいのか見当もつかん」
野伏と行者、経験豊富なふたりの言葉にマークスⅡも深刻な表情を浮かべた。
「となると、守っているのはますます不利だ。むしろ、こちらから仕掛けることで相手を誘うべきか」
マークスⅡの言葉に野伏が答えた。
「人間相手ならそうするべきだ。しかし、相手は亡道の司。こちらが攻めて出たところで誘いに乗るとは限らん」
「だね。なにしろ人間の軍とちがって、亡道の軍勢には補給拠点や戦略的な拠点を守る必要がない。こちらが攻め込んでもそんなものは無視してよそを襲うかも知れない。結局、本拠地である大聖堂ヴァルハラを一気に突くしかないと思うよ」
「結局、それか」
と、マークスⅡはため息をついた。そのため息にどれほど深い意味があるか。それがわかる人間がこの世に何人いただろうか。
「しかし、ヴァルハラは遠い。現状ではとてもではないけどそこまでたどり着くことはできないだろう。兵の数も足りなければ、物資の集積も足りない。補給拠点もこれから作っていかなくてはならないし……それまで、亡道の司が行動を起こさずにいるとは思えない」
「レディ・アホウタがヴァルハラの偵察に出てはいるが……」
野伏がそう言ったそのときだ。
「敵襲! 亡道の怪物どもが表れたぞ! その数およそ二千! 群れをなした化け物どもだ!」
その叫びを聞いた瞬間――。
マークスⅡ。野伏。行者。三人の表情がかわった。将来を見越し、策を練らなければならない指揮官の顔から、戦うがために戦う戦士の顔へと。
「行くぞ。野伏、行者。まずは迫り来る亡道の怪物どもを滅ぼす」
「ああ」
「了解」
マークスⅡの言葉に野伏は重々しく、行者は軽薄なぐらい軽やかにうなずき、三人は出陣していった。その姿を兵士たちが歓呼をあげて見送っている。
「マークス、現代の英雄マークスⅡ、おれたちの勇者!」
兵士たちのそんな声に押されて出陣していくその姿はまさに『英雄』。世界の運命を自ら背負った勇者と呼ぶにふさわしいものだった。
そのマークスⅡたちの姿を――。
砦の上からプリンスがジッと見つめていた。
その夜。
プリンスは妻であるトウナに話しかけた。
「トウナ。君に話がある」
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