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第四話 現実を知る
二〇章 男装騎士チャップ
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「自分も鬼界島に連れて行ってください!」
早馬を飛ばして追いかけてきた騎士は、馬からおりるなりそう叫んだ。体に比べて大きすぎる鎧を着ているために、動くたびに鎧が動いてガチャガチャと耳障りな音を立てる。若々しい顔に浮かぶ表情の必死さときたら、放っておけば地面に五体を投げ出して懇願しかねないほどのものだった。
アーデルハイドはその騎士の顔を見つめた。その顔には覚えがあった。三年前、ウォルターの屋敷で一度、会ったことがあるだけの相手だが、その顔と名前を思い出すのに苦労する必要はなかった。
アーデルハイドの記憶力がそれだけ優れている、と言うこともある。
しかし、それ以上にその一回限りの出会いは忘れられないものだった。
「チャップ卿……でしたね。三年前、メイズ銅熊長の残された資料を届けてくれた」
「覚えていてくださいましたか!」
チャップは顔いっぱいに喜びを爆発させた。その喜びは自分のことを覚えていてくれたことに対してではなく、『メイズ銅熊長の残した資料』に言及してくれたことに対するもののようだった。
アーデルハイドはうなずいた。
「もちろんです。あなたの届けてくれた資料は今後の人類にとって宝となるもの。すべての資料は書き写し、人類全体で共有する記録となっています。かくも貴重な資料を届けくれたあなたの働きには感謝の言葉もありません」
「と、とんでもありません……! メイズ銅熊長の残された資料にそれだけの価値を認めてくださって、自分こそ感謝します」
チャップはしゃちほこばって答えた。その態度は見る人を『どれだけメイズのことを慕っているんだ』と、呆れさせるほどのものだった。
「アーデルハイドさま」
横からカンナが口を出した。拗ねたような口調といい、ふくれっ面といい、敬愛する主人が自分を差し置いて見ず知らずの男と親密そうに話しているのがよほど気にさわったらしい。実際、アーデルハイド以外はチャップとは初対面なので無理もない。
アーデルハイドは同行者たちにチャップのことを紹介した。
「かの人はレオンハルトの騎士、チャップ卿。三年前、熊猛紅蓮隊の一員として鬼界島に遠征し、帰還した人物です」
紹介されてチャップは、あわてて騎士の礼を取った。
「ほう。鬼界島から生きて帰ったのか。そいつはどうして、見た目とちがってなかなかの勇士じゃねえか」
エイハブがニヤリ、と、笑いながら言った。『鬼界島から帰還した』と聞いて、興味をもったらしい。獣染みた巨漢のエイハブを前にすると、チャップの小柄な体格が強調され、ますます小さく見える。文字通りのおとなと子供、と言うより、親と子に見えてしまう。チャップにしてみればさぞかし不本意なことだったろう。
「で、その勇士さまがなんの用だってんだ?」
エイハブが尋ねた。
チャップがムッとした表情になったのは、自分はあくまでもアーデルハイドを相手に話をしているのに横から口を挟まれたからである。また、エイハブの『勇士さま』という言い方がわざとかどうかはわからないが、からかい半分に聞こえるものであったことも一因だろう。
とは言え、チャップとしてはアーデルハイドの同行者に喧嘩を売りに来たわけではない。『あくまで自分の話し相手はアーデルハイドさまおひとり』とばかりにアーデルハイドから視線をそらさず、大きすぎる鎧に包まれた胸をそらして言った。
「アーデルハイドさまが鬼界島に赴ふ聞きしました。それで、追ってきたのです。自分も同行させてください。メイズ銅熊長を探したいのです」
「メイズ銅熊長を……」
「メイズ? 銅熊長ってことは、熊猛紅蓮隊の下級士官ってことだな。何者なんだ?」
「鬼界島に遠征した勇士のひとりです」
アーデルハイドがそう答えた。
銅熊長メイズ。
天下無双の剛勇だが、単純さでも無双だったウォルターの影響か、戦場以外のことがまるで目に入らなくなっていた熊猛紅蓮隊。そのなかにあっておそらくはただひとり、情報と補給の重要性を理解し、先見の明をもっていた士官。
それが、メイズ。
そのために、ウォルターに幾度となく意見して、疎まれていた男。そのなかでも鬼界島の地理をつぶさに観察して図面に残し、それらの資料をチャップに託した男。ウォルターの単純さを危惧して熊猛紅蓮隊の敗北を予想し、全滅を防ぐためにチャップに指示して冒険者たちの応援を手配させた男。いざ、熊猛紅蓮隊が壊滅の危機にさらされたときには仲間たちを生きて帰らせるために自らしんがりとなり、鬼界島に、鬼部の群れの前に残った男。そして、そのまま生死不明となった男……。
「メイズ銅熊長は必ず生きています!」
チャップは迷いのない確信をもってそう叫んだ。
「いまも鬼界島のどこかで生き延びて、人類のための活動をつづけているはず。自分はなんとしてもメイズ銅熊長を探し出して、合流したいのです」
「おいおい、そいつは無理だろ」
エイハブがはっきりと呆れた声で言った。
「敵の本拠地に置き去りになって三年。それで生きてるわけがねえ。生きているとしても奴隷――いや、鬼部のことだから家畜か――そんな扱いだ。人類のための働きなんざできるわけがねえ」
「黙れ!」
「はっ?」
「メイズ銅熊長を侮辱するな! メイズ銅熊長が鬼部なぞに屈するものか! 必ず生きていて、いまも人類のために戦っているんだ! それを否定するやつは……」
チャップは腰の剣に手をかけた。
「おっ?」と、エイハブの表情がかわった。愛用の獲物である銛を握る手に力を込めた。
エイハブとしては別にチャップと喧嘩する気などない。これだけの体格差がありながら、しかも、〝歌う鯨〟の首領相手にこうも堂々と叫んでのける気概はむしろ、エイハブの好むところ。いきなり剣に手をかける向こうっ気の強さも腹が立つよりもむしろ、お気に入り。とは言え――。
――悪漢集団の親玉としちゃあ、喧嘩を売られて買わねえってわけには行かねえからなあ。
エイハブは舌なめずりしながら銛をかまえる。いかに『気の良いオヤジ』に見えようとも、血の掟に支配される悪漢集団の親玉。自分に挑んできたものはぶちのめす。そうでなければ親玉ではいられないし、そもそも、そんな振る舞いを好むからこそ、親玉の地位にいるのだ。
チャップとエイハブ。
若き騎士と熟練の悪漢。
大きすぎる鎧を着込んだ小柄な人物と、分厚い筋肉の鎧をまとった巨漢。
対照的なふたりは一触即発だった。もちろん、実際にやり合うとなればエイハブが一撃でチャップを仕留めることになるのだが……。
そのとき、アーデルハイドが動いた。土埃の舞う街道よりも、王宮の舞踏会会場にふさわしい優美な足取りでチャップとエイハブの間に割って入った。あまりになめらかなその仕種に、さしものエイハブでさえ呆気にとられ、戦意をなくしてしまった。
アーデルハイドはチャップに話しかけた。
「メイズ銅熊長には、わたしも思い入れがあります。三年、わたしがレオンハルトを追放されたとき、『必ず補給を届ける』というわたしの言葉を信じ、民から略奪しないことを約束してくれたのはメイズ銅熊長だけでしたから。わたしもメイズ銅熊長は生きていると信じたい。できることなら、探し出したい。そう思っています」
「それなら……!」
チャップの顔がパアッと明るくなった。アーデルハイドはその希望を摘み取るように手厳しく言った。
「ですが、わたしは鬼界島に戦いに行くのではありません。鬼部のことを知りに行くのです。武器の類は一切、もっていきません。なにがあろうと戦って解決する気はありません。あなたにそれができますか? 騎士であるあなたに?」
「も、もちろんです……!」
チャップは気圧されたように、それでも思いきり背筋を伸ばして答えた。
「それが、アーデルハイドさまのご意志だというのなら従います。ですから、自分も一緒に……」
「なに言ってるの、だめに決まってるでしょう!」
もう耐えられない、とばかりにカンナが叫んだ。その目はひどくつりあがり、怒りの炎が燃えている。
「アーデルハイドさまは妙齢の貴婦人なのよ! 男なんかと一緒に旅が出来るわけないでしょう!」
「そ、それは……」
チャップは思わぬ攻撃にうろたえたようだった。
思わず言葉を失ったチャップにかわり、アーデルハイドがカンナに尋ねた。
「つまり、男でなければいいのね?」
「えっ? え、ええ、まあ、それは……」
「だったら、問題ないわ。かの人は女性だもの」
アーデルハイドのその言葉は――。
その場にいる全員を凍りつかせた。
チャップは大きすぎる鎧を脱ぎ、私服姿となって再び姿を現わした。恥ずかしそうにうつむくその姿。『女』としての姿を人目にさらすのはもう何年ぶりだろう。男子としても短めの髪のせいか少年的な印象ではあるが、その顔の繊細な作りはたしかに女性のものだった。常に大きすぎる鎧を身につけていたのは、その小柄な体格にあう鎧がなかなかなかったからだが、女性特有の体の線を隠すためでもあった。
「……なんで、男の振りなんかしてたのよ?」
カンナが睨みつけながら尋ねた。と言うより、詰問した。騙されていたのがよほど悔しいらしい。
「じ、自分はどうしても人類のために戦いたくって……熊猛紅蓮隊に入って鬼部と戦うのが夢だったんだ。でも、当時のレオンハルトでは、女は家庭に籠もって子供を産むことしか許されなかったから。熊猛紅蓮隊に入るためには男の振りをするしかなかったんだ」
「でも、軍隊に入るからには身体検査ぐらいあるでしょう。良くごまかせたわね」と、エムロウド。
「当時の熊猛紅蓮隊は消耗が激しくて新兵募集に躍起になってたからそのへん、甘くなっていたんだ。あとは医師にいくらか渡してやれば、ごまかしてくれたし」
「なるほどね」と、リーザ。
「でも、ハイディ。あんた、よく、かの人が女だってわかったわね。あたしは男だとばっかり思ってたわ」
リーザの言葉にエイハブとエムロウドもコクコクとうなずく。カンナは腹が立ちすぎてうなずくどころではない。
「『戦は他家にさせておけ。幸運なるエドウィン家よ、汝は結婚せよ』。婚姻政策によって成りあがったのが、わたしのエドウィン家。格好をかえたぐらいで男女を見間違えたりしないわ」
当然のごとく、そう答えるアーデルハイドであった。
「とにかく、カンナ。チャップが女性である以上、同行を拒否する理由はなくなった。そうでしょう?」
「そ、それはまあ……」
カンナは口ごもった。ジロリ、と、チャップを睨みつけた。たしかに、女性の身となれば同行を拒否する理由はない。とは言え、騙されていたとなればそれはそれで腹が立つ。同行者として迎え入れる気にはとてもなれない。
「た、たしかに騙していたのは悪かったけど……自分はどうしてもメイズ銅熊長を探しに行きたいんだ。騙していたのは謝る。この通り。だから、認めて。お願い!」
チャップは懇願した。そのままにしておけば地面に身を投げだしかねない勢いだ。
アーデルハイドがカンナに対し、諭すように言った。
「カンナ。チャップ卿は熊猛紅蓮隊の全滅を防ぎ、貴重な資料を持ち帰ってくれた英雄よ。無下にするものではないわ」
「……はい」
カンナはうなずいた。納得したわけではないが敬愛する主人にそう言われてはそれ以上、こだわるわけにも行かなかった。
「それじゃ……!」
「ええ。チャップ卿、あなたにも同行してもらいます。ただし、忘れないで。わたしたちは戦いに行くのではなく、鬼部のことを知りに行くのだと言うことを。武器はなし。護身用の短剣ひとつでも持ち込んではならない。どんな状況になろうとも戦って解決しようとしてはならない。そのことを誓ってください。騎士として」
「はい!」
早馬を飛ばして追いかけてきた騎士は、馬からおりるなりそう叫んだ。体に比べて大きすぎる鎧を着ているために、動くたびに鎧が動いてガチャガチャと耳障りな音を立てる。若々しい顔に浮かぶ表情の必死さときたら、放っておけば地面に五体を投げ出して懇願しかねないほどのものだった。
アーデルハイドはその騎士の顔を見つめた。その顔には覚えがあった。三年前、ウォルターの屋敷で一度、会ったことがあるだけの相手だが、その顔と名前を思い出すのに苦労する必要はなかった。
アーデルハイドの記憶力がそれだけ優れている、と言うこともある。
しかし、それ以上にその一回限りの出会いは忘れられないものだった。
「チャップ卿……でしたね。三年前、メイズ銅熊長の残された資料を届けてくれた」
「覚えていてくださいましたか!」
チャップは顔いっぱいに喜びを爆発させた。その喜びは自分のことを覚えていてくれたことに対してではなく、『メイズ銅熊長の残した資料』に言及してくれたことに対するもののようだった。
アーデルハイドはうなずいた。
「もちろんです。あなたの届けてくれた資料は今後の人類にとって宝となるもの。すべての資料は書き写し、人類全体で共有する記録となっています。かくも貴重な資料を届けくれたあなたの働きには感謝の言葉もありません」
「と、とんでもありません……! メイズ銅熊長の残された資料にそれだけの価値を認めてくださって、自分こそ感謝します」
チャップはしゃちほこばって答えた。その態度は見る人を『どれだけメイズのことを慕っているんだ』と、呆れさせるほどのものだった。
「アーデルハイドさま」
横からカンナが口を出した。拗ねたような口調といい、ふくれっ面といい、敬愛する主人が自分を差し置いて見ず知らずの男と親密そうに話しているのがよほど気にさわったらしい。実際、アーデルハイド以外はチャップとは初対面なので無理もない。
アーデルハイドは同行者たちにチャップのことを紹介した。
「かの人はレオンハルトの騎士、チャップ卿。三年前、熊猛紅蓮隊の一員として鬼界島に遠征し、帰還した人物です」
紹介されてチャップは、あわてて騎士の礼を取った。
「ほう。鬼界島から生きて帰ったのか。そいつはどうして、見た目とちがってなかなかの勇士じゃねえか」
エイハブがニヤリ、と、笑いながら言った。『鬼界島から帰還した』と聞いて、興味をもったらしい。獣染みた巨漢のエイハブを前にすると、チャップの小柄な体格が強調され、ますます小さく見える。文字通りのおとなと子供、と言うより、親と子に見えてしまう。チャップにしてみればさぞかし不本意なことだったろう。
「で、その勇士さまがなんの用だってんだ?」
エイハブが尋ねた。
チャップがムッとした表情になったのは、自分はあくまでもアーデルハイドを相手に話をしているのに横から口を挟まれたからである。また、エイハブの『勇士さま』という言い方がわざとかどうかはわからないが、からかい半分に聞こえるものであったことも一因だろう。
とは言え、チャップとしてはアーデルハイドの同行者に喧嘩を売りに来たわけではない。『あくまで自分の話し相手はアーデルハイドさまおひとり』とばかりにアーデルハイドから視線をそらさず、大きすぎる鎧に包まれた胸をそらして言った。
「アーデルハイドさまが鬼界島に赴ふ聞きしました。それで、追ってきたのです。自分も同行させてください。メイズ銅熊長を探したいのです」
「メイズ銅熊長を……」
「メイズ? 銅熊長ってことは、熊猛紅蓮隊の下級士官ってことだな。何者なんだ?」
「鬼界島に遠征した勇士のひとりです」
アーデルハイドがそう答えた。
銅熊長メイズ。
天下無双の剛勇だが、単純さでも無双だったウォルターの影響か、戦場以外のことがまるで目に入らなくなっていた熊猛紅蓮隊。そのなかにあっておそらくはただひとり、情報と補給の重要性を理解し、先見の明をもっていた士官。
それが、メイズ。
そのために、ウォルターに幾度となく意見して、疎まれていた男。そのなかでも鬼界島の地理をつぶさに観察して図面に残し、それらの資料をチャップに託した男。ウォルターの単純さを危惧して熊猛紅蓮隊の敗北を予想し、全滅を防ぐためにチャップに指示して冒険者たちの応援を手配させた男。いざ、熊猛紅蓮隊が壊滅の危機にさらされたときには仲間たちを生きて帰らせるために自らしんがりとなり、鬼界島に、鬼部の群れの前に残った男。そして、そのまま生死不明となった男……。
「メイズ銅熊長は必ず生きています!」
チャップは迷いのない確信をもってそう叫んだ。
「いまも鬼界島のどこかで生き延びて、人類のための活動をつづけているはず。自分はなんとしてもメイズ銅熊長を探し出して、合流したいのです」
「おいおい、そいつは無理だろ」
エイハブがはっきりと呆れた声で言った。
「敵の本拠地に置き去りになって三年。それで生きてるわけがねえ。生きているとしても奴隷――いや、鬼部のことだから家畜か――そんな扱いだ。人類のための働きなんざできるわけがねえ」
「黙れ!」
「はっ?」
「メイズ銅熊長を侮辱するな! メイズ銅熊長が鬼部なぞに屈するものか! 必ず生きていて、いまも人類のために戦っているんだ! それを否定するやつは……」
チャップは腰の剣に手をかけた。
「おっ?」と、エイハブの表情がかわった。愛用の獲物である銛を握る手に力を込めた。
エイハブとしては別にチャップと喧嘩する気などない。これだけの体格差がありながら、しかも、〝歌う鯨〟の首領相手にこうも堂々と叫んでのける気概はむしろ、エイハブの好むところ。いきなり剣に手をかける向こうっ気の強さも腹が立つよりもむしろ、お気に入り。とは言え――。
――悪漢集団の親玉としちゃあ、喧嘩を売られて買わねえってわけには行かねえからなあ。
エイハブは舌なめずりしながら銛をかまえる。いかに『気の良いオヤジ』に見えようとも、血の掟に支配される悪漢集団の親玉。自分に挑んできたものはぶちのめす。そうでなければ親玉ではいられないし、そもそも、そんな振る舞いを好むからこそ、親玉の地位にいるのだ。
チャップとエイハブ。
若き騎士と熟練の悪漢。
大きすぎる鎧を着込んだ小柄な人物と、分厚い筋肉の鎧をまとった巨漢。
対照的なふたりは一触即発だった。もちろん、実際にやり合うとなればエイハブが一撃でチャップを仕留めることになるのだが……。
そのとき、アーデルハイドが動いた。土埃の舞う街道よりも、王宮の舞踏会会場にふさわしい優美な足取りでチャップとエイハブの間に割って入った。あまりになめらかなその仕種に、さしものエイハブでさえ呆気にとられ、戦意をなくしてしまった。
アーデルハイドはチャップに話しかけた。
「メイズ銅熊長には、わたしも思い入れがあります。三年、わたしがレオンハルトを追放されたとき、『必ず補給を届ける』というわたしの言葉を信じ、民から略奪しないことを約束してくれたのはメイズ銅熊長だけでしたから。わたしもメイズ銅熊長は生きていると信じたい。できることなら、探し出したい。そう思っています」
「それなら……!」
チャップの顔がパアッと明るくなった。アーデルハイドはその希望を摘み取るように手厳しく言った。
「ですが、わたしは鬼界島に戦いに行くのではありません。鬼部のことを知りに行くのです。武器の類は一切、もっていきません。なにがあろうと戦って解決する気はありません。あなたにそれができますか? 騎士であるあなたに?」
「も、もちろんです……!」
チャップは気圧されたように、それでも思いきり背筋を伸ばして答えた。
「それが、アーデルハイドさまのご意志だというのなら従います。ですから、自分も一緒に……」
「なに言ってるの、だめに決まってるでしょう!」
もう耐えられない、とばかりにカンナが叫んだ。その目はひどくつりあがり、怒りの炎が燃えている。
「アーデルハイドさまは妙齢の貴婦人なのよ! 男なんかと一緒に旅が出来るわけないでしょう!」
「そ、それは……」
チャップは思わぬ攻撃にうろたえたようだった。
思わず言葉を失ったチャップにかわり、アーデルハイドがカンナに尋ねた。
「つまり、男でなければいいのね?」
「えっ? え、ええ、まあ、それは……」
「だったら、問題ないわ。かの人は女性だもの」
アーデルハイドのその言葉は――。
その場にいる全員を凍りつかせた。
チャップは大きすぎる鎧を脱ぎ、私服姿となって再び姿を現わした。恥ずかしそうにうつむくその姿。『女』としての姿を人目にさらすのはもう何年ぶりだろう。男子としても短めの髪のせいか少年的な印象ではあるが、その顔の繊細な作りはたしかに女性のものだった。常に大きすぎる鎧を身につけていたのは、その小柄な体格にあう鎧がなかなかなかったからだが、女性特有の体の線を隠すためでもあった。
「……なんで、男の振りなんかしてたのよ?」
カンナが睨みつけながら尋ねた。と言うより、詰問した。騙されていたのがよほど悔しいらしい。
「じ、自分はどうしても人類のために戦いたくって……熊猛紅蓮隊に入って鬼部と戦うのが夢だったんだ。でも、当時のレオンハルトでは、女は家庭に籠もって子供を産むことしか許されなかったから。熊猛紅蓮隊に入るためには男の振りをするしかなかったんだ」
「でも、軍隊に入るからには身体検査ぐらいあるでしょう。良くごまかせたわね」と、エムロウド。
「当時の熊猛紅蓮隊は消耗が激しくて新兵募集に躍起になってたからそのへん、甘くなっていたんだ。あとは医師にいくらか渡してやれば、ごまかしてくれたし」
「なるほどね」と、リーザ。
「でも、ハイディ。あんた、よく、かの人が女だってわかったわね。あたしは男だとばっかり思ってたわ」
リーザの言葉にエイハブとエムロウドもコクコクとうなずく。カンナは腹が立ちすぎてうなずくどころではない。
「『戦は他家にさせておけ。幸運なるエドウィン家よ、汝は結婚せよ』。婚姻政策によって成りあがったのが、わたしのエドウィン家。格好をかえたぐらいで男女を見間違えたりしないわ」
当然のごとく、そう答えるアーデルハイドであった。
「とにかく、カンナ。チャップが女性である以上、同行を拒否する理由はなくなった。そうでしょう?」
「そ、それはまあ……」
カンナは口ごもった。ジロリ、と、チャップを睨みつけた。たしかに、女性の身となれば同行を拒否する理由はない。とは言え、騙されていたとなればそれはそれで腹が立つ。同行者として迎え入れる気にはとてもなれない。
「た、たしかに騙していたのは悪かったけど……自分はどうしてもメイズ銅熊長を探しに行きたいんだ。騙していたのは謝る。この通り。だから、認めて。お願い!」
チャップは懇願した。そのままにしておけば地面に身を投げだしかねない勢いだ。
アーデルハイドがカンナに対し、諭すように言った。
「カンナ。チャップ卿は熊猛紅蓮隊の全滅を防ぎ、貴重な資料を持ち帰ってくれた英雄よ。無下にするものではないわ」
「……はい」
カンナはうなずいた。納得したわけではないが敬愛する主人にそう言われてはそれ以上、こだわるわけにも行かなかった。
「それじゃ……!」
「ええ。チャップ卿、あなたにも同行してもらいます。ただし、忘れないで。わたしたちは戦いに行くのではなく、鬼部のことを知りに行くのだと言うことを。武器はなし。護身用の短剣ひとつでも持ち込んではならない。どんな状況になろうとも戦って解決しようとしてはならない。そのことを誓ってください。騎士として」
「はい!」
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