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第六話 歴史の真実と反撃ののろし
三四章 力の仏
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庵の前にひとりの少年、いや、童子が立っていた。
男子とも女子ともつかない中性的な美しい顔立ち。小さな体を見慣れないゆったりした服装に包んでいる。どう見ても、このような山の頂に住むのにふさわしい服装とは思えない。
しかし、立っているだけで見て取ることの出来る気品ある物腰。その姿はまるで、人里はなれた寺院で生涯、神に仕える神官のようにも見えた。
「よくぞ、おいでくださいました」
童子が言った。ちょっと首をかしげながらにこやかな笑みをたたえ、涼やかな声で。気品にあふれながらも愛らしい仕種だった。
「あなたが目覚めしもの?」
そう問いかけるアーデルハイドの声がめずらしくとまどっているのも無理はない。鬼部にして『近づかないようにしている』と言うほどに畏れ敬う存在にしては、この童子はあまりにも若すぎた。と言うより、幼すぎた。どう見ても七、八歳。最大限ひいき目に見ても一〇歳には届いていないだろう。
――人は見た目ではない。
よく言われる言葉だが、それにもしてもやはりこの童子は『目覚めしもの』として畏れ敬われるには幼すぎるように見えた。
童子は涼やかな笑みをたたえて答えた。
「いいえ、ちがいます。ぼくは目覚めしものではありません」
――でしょうね。
アーデルハイドたち全員がそろってそう思った。
「ぼくは目覚めしものの式神です」
「しきがみ?」
はじめて聞く言葉にアーデルハイドが首をかしげた。
「従者と思っていただけばけっこうです。それより、ここまでくるのはさぞ大変だっでしょう。風呂の用意がしてありますので、まずは疲れを流してください」
「風呂⁉」
チャップがはしたないほど嬉しそうな声をあげた。自分でもすぐにそのことに気付いて口を押さえ、顔を真っ赤にしたが、そう叫びたくなるのも無理はない。それぐらいここに来るまでの道のりは大変なものだった。
童子はもてなす側の見本、とも言うべき態度でチャップの叫びを無視し、三人を庵のなかに招いた。廊下を歩きながらつづけた。
「食事の用意もしてあります。風呂からあがりましたらお召しあがりください」
食事の用意。
そう聞いた途端――。
チャップの腹が恐ろしく健康的な音を立てた。
チャップはまたも真っ赤になったが誰も責められないだろう。地獄のよう山道を踏破するために想像を絶する体力を使ったというのに、ろくに食べていないのだから。体中の筋肉が骨格そのものを食いつぶしてしまいそうなほどに腹が減っている。栄養を欲している。一息ついたことでそのことが感じられた。
「目覚めしものは『訪れたいものはいつでも来るように』と言い残していたと聞いたのだけど」
「ええ、その通りですよ。我が主はいつでも、どなたでも歓迎します」
アーデルハイドの言葉に童子が答えた。
「その割には人を寄せつけない場所に住んでいるのね。あの道のりは目覚めしものに会うための試練と言うこと?」
「いえ、そう言うわけではないのですが……」
童子は思わず苦笑したようだった。
「あなた方が体験した苦難は単なる自然現象なのですよ」
「自然現象? あれが?」
チャップが思わず『嘘つけ!』とばかりに言ってしまった。失礼な態度にはちがいながあの苦難を思えば無理もない。
童子はまたもチャップの態度を無視した。まったく、客の失礼を見て見ぬ振りとはもてなす側の鑑である。
「この山は標高によって春夏秋冬が別れているのです。麓から上に登るにつれて春、夏、秋、冬、とね」
――ああ、なるほど。
童子の言葉にアーデルハイドたちも納得した。標高によって四季がかわるとは不思議な話だが、なにしろここは鬼部でさえ近づこうとしない聖地なのだ。なにがあってもおかしくはない。
「ですから、我が主としては別に、試練を与えるとか、たやすく人が来ないようにとか、そんなことを考えているわけではないのですよ。ただ、なにぶん、我が主はなんというかその……少々、頑丈すぎる方でしてね」
苦笑せずにはいられない、と言うことなのだろう。童子は幼い見た目には似合わないなまめかしいほどに紅い唇に白くてほっそりした指を立てて笑っている。
「自分が平気で踏破出来てしまえるものてすから、他の方々も大丈夫だと思い込んでいるのですよ」
「平気で踏破出来るって……」
チャップがさすがに、あきれた声を出した。
「それは、目覚めしものだからと言うこと?」
アーデルハイドの問いに童子はやはり、苦笑しながら答えた。
「いえ、あの方は目覚めしものになられる前からそうでしたよ」
「なる前? 生まれつきの目覚めしものではないと言うこと?」
「ええ。あの方は修行を重ねることで目覚めしものとなられたのです」
やがて、風呂場に着いた。童子は三人を湯殿に案内すると、自分は礼儀正しく場をはなれた。
アーデルハイドたちは雪に濡れた服を脱ぐと体を洗い、湯船に身を沈めた。満足の吐息をもらした。湯の温かさがじんわりと体に染み渡り、疲れが溶けだしていく。湯のなかには香料でも含まれているのかほのかにかぐわしい香りがしている。本来の快活さを失ったままのカンナでさえ、その湯の効能か、表情に明るさを取り戻したように見える。
「お着替えはこちらに。皆さまのご衣装は洗濯しておきます」
湯殿の外から童子の声がした。着替えを用意してくれたらしい。その上、汗と雨と雪にまみれた服を洗ってくれるとはありがたい限りである。
アーデルハイドたちは風呂からあがった。乾いたタオルで体をふき、用意されていた服に着替えた。童子がきていたのと同じ、ゆったりした異国風の服だった。
――ああ。乾いた服を着られるのがこんなに贅沢なことだったなんて。
三人ともにそう思った。
それから、食事をご馳走になった。『箸』とか言う二本のボウをつかっての食事はやっかいだったが、童子に教えてもらいながらどうにか食べ終えた。食後のお茶を飲んで人心地つく。
「心のこもったおもてなし、感謝いたします。世話になっておきながらさっそくで失礼かとは思いますが……」
アーデルハイドが口調を改めて童子に言った。
「目覚めしものに会わせていただけますか?」
「もちろんです」
童子はにこやかに答えた。
「我が主は客人との面会を拒絶することはございません。ただ、いまはちょうど、お務めの時間でして」
「お務め?」
「この山の邪気を払うのですよ」
「邪気を払う?」
「実際に見ていただいた方が早いでしょう」
同時はそう言って立ちあがった。
案内された庭は雪山の頂に建つ庵とは思えない、穏やかな春の空気に包まれた場所だった。心地よく暖かな空気に満たされ、柔らかい日差しが降りそそぎ。足元は花で埋め尽くされ、いっぱいの花をつけた木々が立ち並ぶ。空には蝶が舞い、鳥たちの鳴き声が満ちている。
楽園。
まさに、そう言いたくなるような場所だった。
そのなかに、ひときわ大きく古い木があった。その前には小山が盛られていた。いや、『小山』と思えたのは一瞬の錯覚で、それは一個の生物の肉体だった。ただ、その肉体の放つ気があまりにも大きく、濃密なものだったので一瞬、小山と思ってしまったのだ。
それぐらい、巨大な肉体だった。
その生物は巨木に向かって、大きく腰を割った姿勢で立っていた。両足をまっすぐ横に伸ばし、膝を直角に曲げている。両の手はその膝の上に置かれている。アーデルハイドたちに対しては背と尻を向けている格好になる。そして、その後ろ姿には衣服の類はなにひとつ身につけていなかった。
恐ろしく大きな肉体だった。頭部は一抱えもある巨岩のよう。その頭を支える首は千年を経た古木のように太く、たくましく、そして、ゴツい。肩幅はアーデルハイドたち三人を合わせたよりもなお広そうで、そこからさらに末広がりにふくれながら象のような腹へとつづいている。その胴体を支える尻はまぎれもなく巌そのまま。そこから伸びる二本の脚は宮殿を支える柱そのもの。清々しいまでの力感に満ちている。
この肉体の前では、かの熊猛将軍ウォルターや、〝歌う鯨〟の首領エイハブでさえ子供のように見えてしまうだろう。それほどに破格の大きさであり、風格のある肉体だった。
ふいに――。
その肉体が動いた。
その巨体からは考えられないほどに軽々と足がもちあがった。それに連れて上半身が横に倒れ、ほとんど地面と水平になった。もちあげられた足はまっすぐに天を突いている。
――この巨体がこんなにも柔らかい仕種が出来るのか。
そう思わせる仕種だった。
突然――。
天を突いていた足が振りおろされた。轟音を立てて、足の平が地面に打ちつけられた。地鳴りか響き、大地が揺れた。それぞれに戦士としての訓練を受けているアーデルハイド、カンナ、チャップの三人がそろってよろめいた。雑に作られた掘っ立て小屋程度ならこの一撃で崩れ去っていたにちがいない。それほどにすさまじい衝撃だった。平然としていたのは式神の童子だけだった。
逆の足がもちあがった。体が逆方向に水平に倒れ、足が天を突く。そして、また、地面目がけて振りおろされる。
轟音。
地鳴り。
地響き。
それが交互に繰り返された。
童子が説明した。
「醜足と言います」
「しこあし?」
「はい。ああして地面を踏みつけることで、その地に住まう邪気を追い払うのです」
――邪気を追い払う? あんなことで?
そう思わなかった言えば嘘になる。しかし――。
その醜足の迫力を見て、聞いて、感じれば、たしかにいかなる邪気も退散せずにはいられないと納得出来る。
「この庵には四方にひとつずつ、四つの庭があります」
童子がつづけた。
「それぞれの庭が春夏秋冬に対応しております。一日に一度ずつ、四つの庭を巡って醜足を踏み、須弥山から邪気を追い払う。それが、我が主の務めなのです」
幾度か醜足が踏まれた。その旅に轟音が響き、地鳴りが広がり、大地が揺れた。
ふうう~、と、長く太い息を吐く音がした。どうやら、『お務め』が終わったらしい。その巨大な肉体からはまるで真っ赤に熱した金属のように濛々たる蒸気があがっている。
その生物がまっすぐに立った。振り向いた。一糸まとわぬ姿をアーデルハイドたちに見せつけた。にかり、と、その顔が笑った。
それは、人だった。
頭に角はなく、口に牙も生えていない。その特徴からすればまぎれもなく人間。しかし、その肉体はいままでに見たどんな鬼部よりも太く、雄々しく、たくましい。
「よくきた」
その生物が言った。
アーデルハイドたちがなにをしてに来たのか、なにを望んでいるのか、すべてを承知しているかのような物言いだった。
「わしが目覚めしもの。力の仏」
男子とも女子ともつかない中性的な美しい顔立ち。小さな体を見慣れないゆったりした服装に包んでいる。どう見ても、このような山の頂に住むのにふさわしい服装とは思えない。
しかし、立っているだけで見て取ることの出来る気品ある物腰。その姿はまるで、人里はなれた寺院で生涯、神に仕える神官のようにも見えた。
「よくぞ、おいでくださいました」
童子が言った。ちょっと首をかしげながらにこやかな笑みをたたえ、涼やかな声で。気品にあふれながらも愛らしい仕種だった。
「あなたが目覚めしもの?」
そう問いかけるアーデルハイドの声がめずらしくとまどっているのも無理はない。鬼部にして『近づかないようにしている』と言うほどに畏れ敬う存在にしては、この童子はあまりにも若すぎた。と言うより、幼すぎた。どう見ても七、八歳。最大限ひいき目に見ても一〇歳には届いていないだろう。
――人は見た目ではない。
よく言われる言葉だが、それにもしてもやはりこの童子は『目覚めしもの』として畏れ敬われるには幼すぎるように見えた。
童子は涼やかな笑みをたたえて答えた。
「いいえ、ちがいます。ぼくは目覚めしものではありません」
――でしょうね。
アーデルハイドたち全員がそろってそう思った。
「ぼくは目覚めしものの式神です」
「しきがみ?」
はじめて聞く言葉にアーデルハイドが首をかしげた。
「従者と思っていただけばけっこうです。それより、ここまでくるのはさぞ大変だっでしょう。風呂の用意がしてありますので、まずは疲れを流してください」
「風呂⁉」
チャップがはしたないほど嬉しそうな声をあげた。自分でもすぐにそのことに気付いて口を押さえ、顔を真っ赤にしたが、そう叫びたくなるのも無理はない。それぐらいここに来るまでの道のりは大変なものだった。
童子はもてなす側の見本、とも言うべき態度でチャップの叫びを無視し、三人を庵のなかに招いた。廊下を歩きながらつづけた。
「食事の用意もしてあります。風呂からあがりましたらお召しあがりください」
食事の用意。
そう聞いた途端――。
チャップの腹が恐ろしく健康的な音を立てた。
チャップはまたも真っ赤になったが誰も責められないだろう。地獄のよう山道を踏破するために想像を絶する体力を使ったというのに、ろくに食べていないのだから。体中の筋肉が骨格そのものを食いつぶしてしまいそうなほどに腹が減っている。栄養を欲している。一息ついたことでそのことが感じられた。
「目覚めしものは『訪れたいものはいつでも来るように』と言い残していたと聞いたのだけど」
「ええ、その通りですよ。我が主はいつでも、どなたでも歓迎します」
アーデルハイドの言葉に童子が答えた。
「その割には人を寄せつけない場所に住んでいるのね。あの道のりは目覚めしものに会うための試練と言うこと?」
「いえ、そう言うわけではないのですが……」
童子は思わず苦笑したようだった。
「あなた方が体験した苦難は単なる自然現象なのですよ」
「自然現象? あれが?」
チャップが思わず『嘘つけ!』とばかりに言ってしまった。失礼な態度にはちがいながあの苦難を思えば無理もない。
童子はまたもチャップの態度を無視した。まったく、客の失礼を見て見ぬ振りとはもてなす側の鑑である。
「この山は標高によって春夏秋冬が別れているのです。麓から上に登るにつれて春、夏、秋、冬、とね」
――ああ、なるほど。
童子の言葉にアーデルハイドたちも納得した。標高によって四季がかわるとは不思議な話だが、なにしろここは鬼部でさえ近づこうとしない聖地なのだ。なにがあってもおかしくはない。
「ですから、我が主としては別に、試練を与えるとか、たやすく人が来ないようにとか、そんなことを考えているわけではないのですよ。ただ、なにぶん、我が主はなんというかその……少々、頑丈すぎる方でしてね」
苦笑せずにはいられない、と言うことなのだろう。童子は幼い見た目には似合わないなまめかしいほどに紅い唇に白くてほっそりした指を立てて笑っている。
「自分が平気で踏破出来てしまえるものてすから、他の方々も大丈夫だと思い込んでいるのですよ」
「平気で踏破出来るって……」
チャップがさすがに、あきれた声を出した。
「それは、目覚めしものだからと言うこと?」
アーデルハイドの問いに童子はやはり、苦笑しながら答えた。
「いえ、あの方は目覚めしものになられる前からそうでしたよ」
「なる前? 生まれつきの目覚めしものではないと言うこと?」
「ええ。あの方は修行を重ねることで目覚めしものとなられたのです」
やがて、風呂場に着いた。童子は三人を湯殿に案内すると、自分は礼儀正しく場をはなれた。
アーデルハイドたちは雪に濡れた服を脱ぐと体を洗い、湯船に身を沈めた。満足の吐息をもらした。湯の温かさがじんわりと体に染み渡り、疲れが溶けだしていく。湯のなかには香料でも含まれているのかほのかにかぐわしい香りがしている。本来の快活さを失ったままのカンナでさえ、その湯の効能か、表情に明るさを取り戻したように見える。
「お着替えはこちらに。皆さまのご衣装は洗濯しておきます」
湯殿の外から童子の声がした。着替えを用意してくれたらしい。その上、汗と雨と雪にまみれた服を洗ってくれるとはありがたい限りである。
アーデルハイドたちは風呂からあがった。乾いたタオルで体をふき、用意されていた服に着替えた。童子がきていたのと同じ、ゆったりした異国風の服だった。
――ああ。乾いた服を着られるのがこんなに贅沢なことだったなんて。
三人ともにそう思った。
それから、食事をご馳走になった。『箸』とか言う二本のボウをつかっての食事はやっかいだったが、童子に教えてもらいながらどうにか食べ終えた。食後のお茶を飲んで人心地つく。
「心のこもったおもてなし、感謝いたします。世話になっておきながらさっそくで失礼かとは思いますが……」
アーデルハイドが口調を改めて童子に言った。
「目覚めしものに会わせていただけますか?」
「もちろんです」
童子はにこやかに答えた。
「我が主は客人との面会を拒絶することはございません。ただ、いまはちょうど、お務めの時間でして」
「お務め?」
「この山の邪気を払うのですよ」
「邪気を払う?」
「実際に見ていただいた方が早いでしょう」
同時はそう言って立ちあがった。
案内された庭は雪山の頂に建つ庵とは思えない、穏やかな春の空気に包まれた場所だった。心地よく暖かな空気に満たされ、柔らかい日差しが降りそそぎ。足元は花で埋め尽くされ、いっぱいの花をつけた木々が立ち並ぶ。空には蝶が舞い、鳥たちの鳴き声が満ちている。
楽園。
まさに、そう言いたくなるような場所だった。
そのなかに、ひときわ大きく古い木があった。その前には小山が盛られていた。いや、『小山』と思えたのは一瞬の錯覚で、それは一個の生物の肉体だった。ただ、その肉体の放つ気があまりにも大きく、濃密なものだったので一瞬、小山と思ってしまったのだ。
それぐらい、巨大な肉体だった。
その生物は巨木に向かって、大きく腰を割った姿勢で立っていた。両足をまっすぐ横に伸ばし、膝を直角に曲げている。両の手はその膝の上に置かれている。アーデルハイドたちに対しては背と尻を向けている格好になる。そして、その後ろ姿には衣服の類はなにひとつ身につけていなかった。
恐ろしく大きな肉体だった。頭部は一抱えもある巨岩のよう。その頭を支える首は千年を経た古木のように太く、たくましく、そして、ゴツい。肩幅はアーデルハイドたち三人を合わせたよりもなお広そうで、そこからさらに末広がりにふくれながら象のような腹へとつづいている。その胴体を支える尻はまぎれもなく巌そのまま。そこから伸びる二本の脚は宮殿を支える柱そのもの。清々しいまでの力感に満ちている。
この肉体の前では、かの熊猛将軍ウォルターや、〝歌う鯨〟の首領エイハブでさえ子供のように見えてしまうだろう。それほどに破格の大きさであり、風格のある肉体だった。
ふいに――。
その肉体が動いた。
その巨体からは考えられないほどに軽々と足がもちあがった。それに連れて上半身が横に倒れ、ほとんど地面と水平になった。もちあげられた足はまっすぐに天を突いている。
――この巨体がこんなにも柔らかい仕種が出来るのか。
そう思わせる仕種だった。
突然――。
天を突いていた足が振りおろされた。轟音を立てて、足の平が地面に打ちつけられた。地鳴りか響き、大地が揺れた。それぞれに戦士としての訓練を受けているアーデルハイド、カンナ、チャップの三人がそろってよろめいた。雑に作られた掘っ立て小屋程度ならこの一撃で崩れ去っていたにちがいない。それほどにすさまじい衝撃だった。平然としていたのは式神の童子だけだった。
逆の足がもちあがった。体が逆方向に水平に倒れ、足が天を突く。そして、また、地面目がけて振りおろされる。
轟音。
地鳴り。
地響き。
それが交互に繰り返された。
童子が説明した。
「醜足と言います」
「しこあし?」
「はい。ああして地面を踏みつけることで、その地に住まう邪気を追い払うのです」
――邪気を追い払う? あんなことで?
そう思わなかった言えば嘘になる。しかし――。
その醜足の迫力を見て、聞いて、感じれば、たしかにいかなる邪気も退散せずにはいられないと納得出来る。
「この庵には四方にひとつずつ、四つの庭があります」
童子がつづけた。
「それぞれの庭が春夏秋冬に対応しております。一日に一度ずつ、四つの庭を巡って醜足を踏み、須弥山から邪気を追い払う。それが、我が主の務めなのです」
幾度か醜足が踏まれた。その旅に轟音が響き、地鳴りが広がり、大地が揺れた。
ふうう~、と、長く太い息を吐く音がした。どうやら、『お務め』が終わったらしい。その巨大な肉体からはまるで真っ赤に熱した金属のように濛々たる蒸気があがっている。
その生物がまっすぐに立った。振り向いた。一糸まとわぬ姿をアーデルハイドたちに見せつけた。にかり、と、その顔が笑った。
それは、人だった。
頭に角はなく、口に牙も生えていない。その特徴からすればまぎれもなく人間。しかし、その肉体はいままでに見たどんな鬼部よりも太く、雄々しく、たくましい。
「よくきた」
その生物が言った。
アーデルハイドたちがなにをしてに来たのか、なにを望んでいるのか、すべてを承知しているかのような物言いだった。
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