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第一部
《すべての鬼の母》(6)
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「ド、ドラゴン……?」
シュランドは泡を食って言った。
「で、伝説のドラゴンがなんでこんなところに……あんたはいったい……」
「わたしは《すべての鬼の母》」
「《すべての鬼の母》?」
「そうだ。すべての《鬼》はわたしから生まれた。すべての《鬼》はわたしの娘」
ふふ、と、ドラゴンが笑った……ように思えた。
「まさか、再び我が娘が訪れることがあろうとはな。十年前のあの日、みな、殺されたと思っていたが。ひとりだけでも生き残っていたとは嬉しいぞ」
「あ、あんた……」
シュランドは畏怖の心に打たれながら呟いた。
「あんたが《すべての鬼の母》? あんたが陰陽の戦士の駆る《鬼》を産んだって言うのか?」
「そうだ」
「なら、頼む! おれのために《鬼》を産んでくれ!」
「なに?」
「あんたも知っているはずだ! 十年前、ヤシャビトの裏切りによって高天原は灰とされた! それ以来、人間は《すさまじきもの》の襲撃に怯え、ビクビクしながら逃げ隠れしなきゃならなくなってる。おれはヤシャビトの息子として、あの裏切り者にかわって《すさまじきもの》を倒し、みんなにもとの暮らしをさせてやりたいんだ! だから、頼む! おれのために《鬼》を産んでくれ!」
「それはできぬ」
「なぜだ⁉」
「見てのとおりだ」
「えっ?」
「わたしはすでに劣化して久しい。わたしの体はあちこちが岩にかわってしまった。新しい《鬼》を産む力はもうずっと前から失われている」
その言葉のとおり、ドラゴンの巨大な体はあちこち岩のようになり、朽ちているようだった。自力では動くこともできないだろう。
「そんな……」
「本来ならばそれでなにも問題はなかった。目的地は程近い。これまでにわたしの産んだ《鬼》たちだけで充分、《すさまじきもの》の侵攻は抑えられるはずであった。わたしはわたしの設計者の願ったとおり、必要な時間を稼ぐことができたのだ」
「設計者?」
「あの災厄を生き残った科学者たち」
「災厄? カガクシャ?」
「そうか。お前たち『創られた人間』はそんなことすら知らされていないのだったな。ならば、言っても詮なきことか」
「なんだ⁉ なにを言ってるんだ、あんたは!」
「だから、言っても無駄だ」
「ええい、なら、そんなことはいい! かわりに親父のことを教えてくれ! 《鬼》の母というなら知ってるんだろう、おれの親父、ヤシャビトのことを!」
「そうか。お前はヤシャビトの息子か。どうりで」
「知ってるんだな⁉」
「知っている。歴代の陰陽の戦士のなかでもっとも強く、もっとも清廉な男だった」
「なにが清廉だ⁉ あの男は人類を裏切ったんだぞ!」
「裏切り、か。さて。あれを果たして『裏切り』と呼んでよいものかな」
「なにを言ってるんだ⁉ ヤシャビトは人々を守る陰陽の司でありながら、その立場を捨てて《すさまじきもの》と一緒に高天原を破壊したんだぞ⁉ それが裏切りでなくてなんだと言うんだ!」
「ヤシャビトは人類が未来において犯す罪を未然に防ごうとしたのだ。考えようによっては彼こそ人類にもっとも忠実な存在だったと言えるかも知れんぞ」
「どういうことだ? 『未来の罪』ってなんのことだ?」
「だから、言っても無駄だ。とうてい理解はできん。本来の能力も記憶も封じられたいまのお前たちではな。この世界に迫る破滅も、この《船》の目的も」
「なにを言ってるんだ? 世界の破滅? 船? わからない、なにもわからない! わかるように説明してくれ!」
「だから、説明したところで理解できんと言っている」
それがドラゴンの答えだった。
「どうしても知りたければ父に会うがよい」
「父? ヤシャビトのことか⁉ あんたはヤシャビトがどこにいるか知ってるのか⁉」
「知っている」
「どこだ、どこにいる⁉」
「天球」
「天球? 天球ってあの空に浮かぶ? 太陽と月の面をもったあの天球のことか?」
「そう。その天球のことだ。ヤシャビトはそのなかにいる。己れの駆る《鬼》とともにな。もし、お前たちがヤシャビトの封印を打ち破ることができたなら、その《鬼》を駆って《すさまじきもの》と戦うこともできよう」
ふふ。
そこまで言ったとき、ドラゴンはそう笑った。ひどく人間くさく感じられる笑いだった。
「もっとも、すべてを知ればさぞ後悔することであろう。知らずにすめばどんなによかったかと思うことであろう。歴代の陰陽師たちも皆、そう思い、苦しみ、選択を迫られたのだ。
さて、お前はどうするのかな? すべてを知ったあとでもまだ《すさまじきもの》と戦うことができるのか、それとも、ヤシャビトと同じ道を歩むのか」
その言葉にシュランドは青くなった。
――裏切り者たる父と同じ道を歩む。
それだけはシュランドにとって受け入れることのできない侮辱だった。
「馬鹿を言うな! おれは親父とはちがう! 人々を裏切ったりするものか! おれは陰陽の戦士として《すさまじきもの》と戦い、人々を守るんだ!」
「ならば、行くがよい。お前がすべてを知ったときいかなる道をたどるのか。それを見届けるのもまた一興」
「どうやって?」
その静かな問いはそれまで黙ってやりとりを聞いていたカグヤのものだった。
「空に浮かぶ天球にどうやってたどりつけというの? 人間は空を飛べないわ」
あっ、そうか、と、ようやくシュランドはそのことに気がついた。尋ねるようにドラゴンを見た。ドラゴンは答えた。
「日向へ向かえ」
「えっ?」
「この世界でもっとも高き山、日向。その山頂に《天球に至る船》が眠っている。それを使え」
「……それを使えば天球に行ける。親父……ヤシャビトに会えるんだな?」
「そうだ」
「よし」
シュランドは静かにうなずいた。決意を込めたうなずきだった。ふたつの拳はしっかりと握り締められている。
「なら、おれは天球に行く。そこで親父と決着を付けてやる」
独り言のように呟いた。それからカグヤを見た。真っすぐに見つめた。
「カグヤ。君もきてくれるな?」
「……ええ」
シュランドの真っすぐな問いに――。
カグヤも静かにうなずいていた。
ふふ。
と、再びドラゴンが笑った。
「父のあとはその息子に仕えるか。それもよかろう。だが……」
突然、上のほうから激しい振動が伝わってきた。世界そのものが揺れ、いまにも天井が崩れ落ちてくるのではないかと思わせるほどの揺れだった。
「な、なんだ……?」
「《すさまじきもの》」
「なんだって!」
「《すさまじきもの》が現れた。地上を破壊している」
「しまった! 地上にはハヤトたちが残ってる!」
シュランドは叫んだ。叫ぶと同時に走り出していた。
「まって、シュランド!」
カグヤの制止も届かない。シュランドは地上めがけて一目散に走っていた。
たしかに、ハヤトは気に食わない相手だし、連中は悪いことなどなんとも思わない盗賊集団だ。だからといって、《すさまじきもの》たちに殺させるわけにはいかない。シュランドはもう、ただのひとりだって《すさまじきもの》に人間を殺させるつもりはないのだ。
だから走った。全力で走った。《すさまじきもの》たちを追い払うために。だが――。
地上までの距離はいかにもありすぎだ。シュランドが心臓が破れんばかりに走りづめ、やっと地上に戻ったとき《すさまじきもの》はすでにその姿を消していた。残っていたのはふたたび破壊された廃墟と盗賊たちの死骸だけ。生き残ったものはひとりもいなかった。
「……シュランド」
追い掛けてきたカグヤがシュランドの背中に声をかけた。シュランドは両拳を握りしめ、全身をこまかく震わせていた。彼の前には体を真っ二つにされたハヤトの死体があった。
ハヤトはかっと目を見開き、右手には巨大な蛮刀を握りしめていた。盗賊の長として仲間を守るために《すさまじきもの》に挑んだのだろう。だが、あっけなく返り討ちにされた。それにちがいなかった。
シュランドはハヤトの死体をにらみつけながら呟いた。
「なんでだよ。なんであんたが死ぬんだよ? あんたはおれをさんざんぶちのめしたじゃないか。あんなに強かったじゃないか。なのに、なんで……」
「シュランド……」
カグヤはそう呟くシュランドを痛ましい視線で見つめた。
シュランドにとってハヤトの死は衝撃だった。感情の面でも、理性の面でも、ハヤトの死をシュランドが悲しむ理由はない。だが――。
自分を散々に打ちのめした相手。
いつかきっと倒してやる。そう思い、見上げていた相手。
その相手があっけなく殺された。その事実がシュランドの心のなかにぽっかりと風穴を開けていた。
「だけど……だけど、なぜだ! なんで、《すさまじきもの》はこんな所にまで現れたんだ? ここはもうただの廃墟でなにも残っていないのに……」
「……わたしがいるからよ」
思いがけない少女の言葉にシュランドは愕然として振り向いた。カグヤは悲しさと申し訳なさの入り交じった瞳でシュランドを見た。
「ごめんなさい、シュランド。あなたはすべてを話してくれたのにわたしは隠していて。でも、これはわたしのせいで起きたこと。《すさまじきもの》はわたしを追ってやってきたのよ」
「なんだって?」
「ずっと……そうだった。《すさまじきもの》はわたしのいる所にはかならず現れる」
「そんな。どうして君が《すさまじきもの》に付け狙われるんだ?」
「わからない。わたしには記憶がないから……」
「記憶がない?」
こくん、とカグヤはうなずいた。
「ええ。わたしには昔の記憶がないの。気がついたときには旅をしていた。何年もなんねんも。自分が何者なのかを知りたくて、それを探すために旅をしてきた。でも……」
カグヤは辺りを見まわした。廃墟とそして、人間の死体しかないまわりを。
「わたしのいる所はかならずこの有様。わたしなんていないほうが……」
「な、なにを言ってるんだ! いないほうがいいなんてそんなことあるわけないだろう! 第一、《すさまじきもの》が君を付け狙っているなんてそんなことあるもんか。あいつらはどこにでも現れる。そして、殺しまくるんだ。偶然だよ。ただの偶然だ!」
「でも……」
「もし、本当に付け狙われているとしても心配なんかいらない。あいつらは全部、おれが倒す。絶対に倒す。そして君はおれと一緒に新しい高天原で暮らすんだ!」
「シュランド……」
「そうさ。君はおれが守ってみせる。君の記憶も取り戻す。だから……だからもうそんなことは言うな!」
シュランドは泡を食って言った。
「で、伝説のドラゴンがなんでこんなところに……あんたはいったい……」
「わたしは《すべての鬼の母》」
「《すべての鬼の母》?」
「そうだ。すべての《鬼》はわたしから生まれた。すべての《鬼》はわたしの娘」
ふふ、と、ドラゴンが笑った……ように思えた。
「まさか、再び我が娘が訪れることがあろうとはな。十年前のあの日、みな、殺されたと思っていたが。ひとりだけでも生き残っていたとは嬉しいぞ」
「あ、あんた……」
シュランドは畏怖の心に打たれながら呟いた。
「あんたが《すべての鬼の母》? あんたが陰陽の戦士の駆る《鬼》を産んだって言うのか?」
「そうだ」
「なら、頼む! おれのために《鬼》を産んでくれ!」
「なに?」
「あんたも知っているはずだ! 十年前、ヤシャビトの裏切りによって高天原は灰とされた! それ以来、人間は《すさまじきもの》の襲撃に怯え、ビクビクしながら逃げ隠れしなきゃならなくなってる。おれはヤシャビトの息子として、あの裏切り者にかわって《すさまじきもの》を倒し、みんなにもとの暮らしをさせてやりたいんだ! だから、頼む! おれのために《鬼》を産んでくれ!」
「それはできぬ」
「なぜだ⁉」
「見てのとおりだ」
「えっ?」
「わたしはすでに劣化して久しい。わたしの体はあちこちが岩にかわってしまった。新しい《鬼》を産む力はもうずっと前から失われている」
その言葉のとおり、ドラゴンの巨大な体はあちこち岩のようになり、朽ちているようだった。自力では動くこともできないだろう。
「そんな……」
「本来ならばそれでなにも問題はなかった。目的地は程近い。これまでにわたしの産んだ《鬼》たちだけで充分、《すさまじきもの》の侵攻は抑えられるはずであった。わたしはわたしの設計者の願ったとおり、必要な時間を稼ぐことができたのだ」
「設計者?」
「あの災厄を生き残った科学者たち」
「災厄? カガクシャ?」
「そうか。お前たち『創られた人間』はそんなことすら知らされていないのだったな。ならば、言っても詮なきことか」
「なんだ⁉ なにを言ってるんだ、あんたは!」
「だから、言っても無駄だ」
「ええい、なら、そんなことはいい! かわりに親父のことを教えてくれ! 《鬼》の母というなら知ってるんだろう、おれの親父、ヤシャビトのことを!」
「そうか。お前はヤシャビトの息子か。どうりで」
「知ってるんだな⁉」
「知っている。歴代の陰陽の戦士のなかでもっとも強く、もっとも清廉な男だった」
「なにが清廉だ⁉ あの男は人類を裏切ったんだぞ!」
「裏切り、か。さて。あれを果たして『裏切り』と呼んでよいものかな」
「なにを言ってるんだ⁉ ヤシャビトは人々を守る陰陽の司でありながら、その立場を捨てて《すさまじきもの》と一緒に高天原を破壊したんだぞ⁉ それが裏切りでなくてなんだと言うんだ!」
「ヤシャビトは人類が未来において犯す罪を未然に防ごうとしたのだ。考えようによっては彼こそ人類にもっとも忠実な存在だったと言えるかも知れんぞ」
「どういうことだ? 『未来の罪』ってなんのことだ?」
「だから、言っても無駄だ。とうてい理解はできん。本来の能力も記憶も封じられたいまのお前たちではな。この世界に迫る破滅も、この《船》の目的も」
「なにを言ってるんだ? 世界の破滅? 船? わからない、なにもわからない! わかるように説明してくれ!」
「だから、説明したところで理解できんと言っている」
それがドラゴンの答えだった。
「どうしても知りたければ父に会うがよい」
「父? ヤシャビトのことか⁉ あんたはヤシャビトがどこにいるか知ってるのか⁉」
「知っている」
「どこだ、どこにいる⁉」
「天球」
「天球? 天球ってあの空に浮かぶ? 太陽と月の面をもったあの天球のことか?」
「そう。その天球のことだ。ヤシャビトはそのなかにいる。己れの駆る《鬼》とともにな。もし、お前たちがヤシャビトの封印を打ち破ることができたなら、その《鬼》を駆って《すさまじきもの》と戦うこともできよう」
ふふ。
そこまで言ったとき、ドラゴンはそう笑った。ひどく人間くさく感じられる笑いだった。
「もっとも、すべてを知ればさぞ後悔することであろう。知らずにすめばどんなによかったかと思うことであろう。歴代の陰陽師たちも皆、そう思い、苦しみ、選択を迫られたのだ。
さて、お前はどうするのかな? すべてを知ったあとでもまだ《すさまじきもの》と戦うことができるのか、それとも、ヤシャビトと同じ道を歩むのか」
その言葉にシュランドは青くなった。
――裏切り者たる父と同じ道を歩む。
それだけはシュランドにとって受け入れることのできない侮辱だった。
「馬鹿を言うな! おれは親父とはちがう! 人々を裏切ったりするものか! おれは陰陽の戦士として《すさまじきもの》と戦い、人々を守るんだ!」
「ならば、行くがよい。お前がすべてを知ったときいかなる道をたどるのか。それを見届けるのもまた一興」
「どうやって?」
その静かな問いはそれまで黙ってやりとりを聞いていたカグヤのものだった。
「空に浮かぶ天球にどうやってたどりつけというの? 人間は空を飛べないわ」
あっ、そうか、と、ようやくシュランドはそのことに気がついた。尋ねるようにドラゴンを見た。ドラゴンは答えた。
「日向へ向かえ」
「えっ?」
「この世界でもっとも高き山、日向。その山頂に《天球に至る船》が眠っている。それを使え」
「……それを使えば天球に行ける。親父……ヤシャビトに会えるんだな?」
「そうだ」
「よし」
シュランドは静かにうなずいた。決意を込めたうなずきだった。ふたつの拳はしっかりと握り締められている。
「なら、おれは天球に行く。そこで親父と決着を付けてやる」
独り言のように呟いた。それからカグヤを見た。真っすぐに見つめた。
「カグヤ。君もきてくれるな?」
「……ええ」
シュランドの真っすぐな問いに――。
カグヤも静かにうなずいていた。
ふふ。
と、再びドラゴンが笑った。
「父のあとはその息子に仕えるか。それもよかろう。だが……」
突然、上のほうから激しい振動が伝わってきた。世界そのものが揺れ、いまにも天井が崩れ落ちてくるのではないかと思わせるほどの揺れだった。
「な、なんだ……?」
「《すさまじきもの》」
「なんだって!」
「《すさまじきもの》が現れた。地上を破壊している」
「しまった! 地上にはハヤトたちが残ってる!」
シュランドは叫んだ。叫ぶと同時に走り出していた。
「まって、シュランド!」
カグヤの制止も届かない。シュランドは地上めがけて一目散に走っていた。
たしかに、ハヤトは気に食わない相手だし、連中は悪いことなどなんとも思わない盗賊集団だ。だからといって、《すさまじきもの》たちに殺させるわけにはいかない。シュランドはもう、ただのひとりだって《すさまじきもの》に人間を殺させるつもりはないのだ。
だから走った。全力で走った。《すさまじきもの》たちを追い払うために。だが――。
地上までの距離はいかにもありすぎだ。シュランドが心臓が破れんばかりに走りづめ、やっと地上に戻ったとき《すさまじきもの》はすでにその姿を消していた。残っていたのはふたたび破壊された廃墟と盗賊たちの死骸だけ。生き残ったものはひとりもいなかった。
「……シュランド」
追い掛けてきたカグヤがシュランドの背中に声をかけた。シュランドは両拳を握りしめ、全身をこまかく震わせていた。彼の前には体を真っ二つにされたハヤトの死体があった。
ハヤトはかっと目を見開き、右手には巨大な蛮刀を握りしめていた。盗賊の長として仲間を守るために《すさまじきもの》に挑んだのだろう。だが、あっけなく返り討ちにされた。それにちがいなかった。
シュランドはハヤトの死体をにらみつけながら呟いた。
「なんでだよ。なんであんたが死ぬんだよ? あんたはおれをさんざんぶちのめしたじゃないか。あんなに強かったじゃないか。なのに、なんで……」
「シュランド……」
カグヤはそう呟くシュランドを痛ましい視線で見つめた。
シュランドにとってハヤトの死は衝撃だった。感情の面でも、理性の面でも、ハヤトの死をシュランドが悲しむ理由はない。だが――。
自分を散々に打ちのめした相手。
いつかきっと倒してやる。そう思い、見上げていた相手。
その相手があっけなく殺された。その事実がシュランドの心のなかにぽっかりと風穴を開けていた。
「だけど……だけど、なぜだ! なんで、《すさまじきもの》はこんな所にまで現れたんだ? ここはもうただの廃墟でなにも残っていないのに……」
「……わたしがいるからよ」
思いがけない少女の言葉にシュランドは愕然として振り向いた。カグヤは悲しさと申し訳なさの入り交じった瞳でシュランドを見た。
「ごめんなさい、シュランド。あなたはすべてを話してくれたのにわたしは隠していて。でも、これはわたしのせいで起きたこと。《すさまじきもの》はわたしを追ってやってきたのよ」
「なんだって?」
「ずっと……そうだった。《すさまじきもの》はわたしのいる所にはかならず現れる」
「そんな。どうして君が《すさまじきもの》に付け狙われるんだ?」
「わからない。わたしには記憶がないから……」
「記憶がない?」
こくん、とカグヤはうなずいた。
「ええ。わたしには昔の記憶がないの。気がついたときには旅をしていた。何年もなんねんも。自分が何者なのかを知りたくて、それを探すために旅をしてきた。でも……」
カグヤは辺りを見まわした。廃墟とそして、人間の死体しかないまわりを。
「わたしのいる所はかならずこの有様。わたしなんていないほうが……」
「な、なにを言ってるんだ! いないほうがいいなんてそんなことあるわけないだろう! 第一、《すさまじきもの》が君を付け狙っているなんてそんなことあるもんか。あいつらはどこにでも現れる。そして、殺しまくるんだ。偶然だよ。ただの偶然だ!」
「でも……」
「もし、本当に付け狙われているとしても心配なんかいらない。あいつらは全部、おれが倒す。絶対に倒す。そして君はおれと一緒に新しい高天原で暮らすんだ!」
「シュランド……」
「そうさ。君はおれが守ってみせる。君の記憶も取り戻す。だから……だからもうそんなことは言うな!」
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