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第5話

貧富の差をなくすのだ!

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 貴族や裕福な商人たちの屋敷が建ち並ぶ町のなか。
 きれいに整備された舗装路の上を、ユートピア王家の御用車が今日もえっちらおっちら走っている。甲虫を思わせる古式ゆかしいその車体。少々頼りなく感じる奥ゆかしいエンジン音。そして、車体に誇らしく描かれたユートピア王国の紋章。
 乗り込むはユートピア王国第三王子ユートン殿下と、そのお付きのメイド三姉妹、アイラ、ビーナ、シータ。今日もきょうとて長女のアイラがハンドルを握り、ビーナとシータは後部座席中央に鎮座ましますユートン王子の両脇を固めている。
 そのユートン王子は車のなかから道行く人々の様子を見て満足げにおおせられた。
 「うむうむ。道行く人は皆きれいに着飾り、化粧も怠っておらぬ。連れているペットも皆、毛の色艶も良ければ丸々と太ってもいる。経済的に裕福なのみにあらず、心の余裕もある証拠。ここは見た目にたがわず豊かな町のようだ」
 「すれちがう人々の様子から、そこまで見てとられるとは」
 「その鋭い観察眼、まさに、王族の鑑」
 「ユートンさま、さすがです!」
 メイド三姉妹の完璧な連携賛辞を浴びて、ユートンは心地よさげに扇で顔をパタパタやった。
 「はっはっはっ。この程度、王族ならば当然のこと。民の暮らしを守ることこそ、我ら一族の聖なる義務なのだから。しかし、日の当たるところには影が出来るもの。この町にも、日の当たらぬ奥深い影を感じる。すぐにその場に向かい、我が輝きをもって照らしてやろうぞ」
 「ご遊興中の身でありながら、その気高いお心」
 「すべての臣民を愛するその高潔なるご精神」
 「ユートンさま、さすがです!」
 メイド三姉妹の連携賛辞をその身に乗せて――。
 ユートピア王家の御用車はえっちらおっちら走っていく。

 やってきたのは下町方面。
 これが本当に一続きの町なのかと思うほどに、先ほどまでとは様子がちがう。見るからに間に合わせの端材で作った間に合わせの掘っ立て小屋が建ち並び、職にあぶれたらしい男たちが昼間から酒瓶を転がしてゴロゴロしている。
 道はどこも舗装などされてはおらず、土と砂利の入り交じったなかにペンペン草が生えている。空気の流れも考えずにバラバラに掘っ立て小屋を建てたせいだろう。心なしか空気も淀んで感じられる。ドブ臭い匂いがするのは、下水道の整備もろくに行われていないからにちがいない。
 そんな下町へとやってきたノートン王子は車をとめ、優雅な身振りでお降りになられた。淀んだ空気のなかで扇で顔をパタパタやりながらおおせられた。
 「ふむふむ。ひとつの町でこうまでちがいがあるものか。これは捨ておけぬ。ユートピア王国第三王子として、民の苦難を救ってやらねばなるまい」
 「「「ユートンさま、さすがです!」」」
 メイド三姉妹が完璧なコーラスを披露したそのときだ。
 あたりから一〇人ばかりの男たちがジリジリと集まってきた。皆、飢えた野犬の目をしている。腹を空かせ、己のみじめさに震え、怒りと憎しみをたぎらせている目だ。
 いずれも両手で鉄パイプや木の棒を握りしめている。姿勢を低く、ジリジリと接近してくる。完全に臨戦態勢での接近。
 襲いかかり、ぶちのめしてやる。
 そう決意しての接近だった。
 「無礼者!」
 そんな男たち相手にメイド三姉妹の長女アイラが一喝した。
 「こちらにおわすお方をどなたと心得る ユートピア王国第三王子ユートン殿下と知っての狼藉ろうぜきか!」
 「なに? 第三王子だと?」
 「すげえ。思った以上の大物だったぜ」
 「王子さまとなりゃあ、人質としても、交渉の条件としてもうってつけだ。おい、ぬかるなよ。生け捕りにするんだ」
 「おう!」
 男たちのその叫びに――。
 メイド三姉妹は一斉にうなずいた。
 「そうか。ユートン殿下と知った上で乱暴らんぼう狼藉ろうぜきに訴えるか」
 「ならば、こちらも遠慮は無用」
 「王家に仕える護衛メイドの実力、思い知れ」
 連携を極めたその言葉と共に――。
 メイド三姉妹は風となった。

 一分とたたないうちに男たちは全員、その場に這いつくばっていた。手にした武器はへし折られ、顔と言わず、体と言わず、痣だらけである。そして、メイド三姉妹は――。
 何事もなかったかのようにその場に立っている。
 汗ひとつかいてはいない。
 「はっはっはっ。あっぱれ、あっぱれ。さすが、王家に仕える護衛メイド。見事な腕の冴え」
 「畏れ入ります、ユートンさま」
 と、メイド三姉妹は乱れてもいないスカートを直しながら、頭をさげた。
 「この程度、護衛メイドならば当然です」
 「ユートンさまの身の安全をお守りするのが我らの役目なれば」
 「うむうむ。善きかな、善きかな。頼もしきメイドたちよ。さて、それでは……」
 と、ユートンは男たちのボスとおぼしき相手に近づいた。
 顔に大きな痣を作って這いつくばってはいるが、意識ははっきりしている。もちろん、話を聞き出すためにあえて気絶させなかったのだ。他の男たちは全員、意識を失って倒れ込んでいる。
 ユートンは男の前で膝をついた。視線を合わせた。慈悲深い、そう言ってもいい声でお尋ねになられた。
 「さて。不埒ふらち千万せんばんなる狼藉ろうぜきものよ。なにゆえ、余を襲ったのか語るが良い。『人質』だの『交渉』だの、そんな言葉を使うところを見ると単なる物取りではあるまい。事情を語るが良いぞ」
 「ふん。誰がてめえなんぞに言うか。しょせん、あんたらみたいな雲の上の人間に、おれたちの苦労なんてわからねえんだよ」
 「これこれ、そう決めつけるものではないぞ。話してみなければわからぬではないか。とにかく、事情を語ってみせよ」
 「うるせえってんだよ!」
 男は叫んだ。倒れ込んだ姿勢のまま、ユートンの足を蹴りつけた。
 「ふむ。なるほど。素直に話す気はないか。ならば、仕方がない。アイラ、ビーナ、シータ。そなたたちの出番だ」
 「「「「はい、ユートンさま!」」」
 メイド三姉妹は完璧なコーラスで答えると、男の前に立ちはだかった。冷徹な目で見下ろしながら宣告する。
 「我ら、ユートピア王家を影より支えし護衛メイドの一族」
 「その歴史は政敵から情報を引き出すための拷問術を、芸術にまで高める歴史でもあった」
 「祖先より受け継がれし拷問術。その身をもって味わえ」
 男の顔色は――。
 紙のように白くなった。

 「改めて問います」
 冷徹なる目で見下ろしながらそう言うアイラを前に、男は這いつくばって答えた。
 「は、ははあっ! なんなりとお聞きくださいませ、女王さま!」
 そう叫び、アイラたちを見上げる目にはもはや、先ほどの反抗的な態度は微塵みじんもない。従順な奴隷のものとなっている。
 受けた男は例外なく、あらぬ趣味に目覚める。
 そう言われるメイド三姉妹の拷問術。その洗礼を受けた男はすでに『女王さま、もっとお仕置きしてください!』状態である。
 アイラはそんな要望など無視して尋ねた。
 ――ああ、その冷徹さ。それこそまさに、女王さま。
 と、もはや完璧な『イヌ』と化した男は感動に打ち震える。
 「お前たちは何者です? なにゆえ、ユートンさまを襲ったのです?」
 「は、はい、我々は実は反乱軍の一員でして……」
 「反乱軍?」
 「はい。この町はもともと貧富の差が激しかった場所ですが、ここ一〇年ばかりでますますひどくなりまして。とうとう耐えきれなくなったものたちが貴族や町の商人相手に反乱を仕掛けることになりまして……。
 そこに、王国の紋章をつけた車に乗って立派な身なりの御仁ごじんが現れた。こいつはきっと王国の要人にちがいない。人質にとればうまいこと交渉を運べる。そう思い、さらおうとしましたわけでして……」
 「ほほう、それは面白い」と、ユートン王子。
 「誰であれ、自分の生活を守るためには戦うもの。その意気や良し。しかし、手段は歓迎出来ぬな。どれ。その反乱軍とやらのアジトに案内するが良い。このユートン。見事、問題を解決してみせようぞ」
 「「「ユートンさま、さすがです!」」」

 そして、男に案内されてやってきた反乱軍のアジト。
 そこには五〇人からの男がいて、武器もそろっていた。しかし――。
 突如、闖入ちんにゅうしてきたメイド三姉妹によってまたたく間に制圧された。そして――。
 芸術の域にまで高められた拷問術を味わい尽くし、一瞬にしてメイド三姉妹の忠実なる奴隷と化した。
 「ふむふむ、なるほど。自分たちは町の商人や貴族によって搾取さくしゅされている。だから、商人たちを倒して自分たちの権利を取り戻す。そういうことか」
 「は、はい、さようでして……」
 と、メイド三姉妹の忠実な奴隷と化した反乱軍のリーダーは平身低頭、ふんぞり返るユートンに答えてみせる。
 「ふむふむ、なるほど。貧富の差に不満をもつのはよくわかる。しかし、貧民よ。そなたは日頃の食糧を誰から買っている?」
 「はっ? そ、それは、町の商人から……」
 「では、日々、着ている服は?」
 「そ、それも、商人たちから……」
 「その他の日用品は?」
 「商人たちから……」
 「それでは、諸君らの冨がすべて町の商人に吸われてしまうのは当然ではないか。なにゆえ、敵視する商人から品を買う? 同じ貧民から買えば貧民街で資金がまわり、経済も潤うというのに。なにゆえ、そうしない?」
 「そ、それは……町の商人の品の方が安く買えるので……」
 「いかん、いかんぞ。安いからと言って、自分よりも金持ちから買っていては、金持ちはますます金持ちになり、貧しいものはますます貧しくなるばかりではないか。
 自分より貧しい人間から買い、自分より金持ちに売る。
 そうすれば、貧富の差など自然となくなるというのに。そなたたちは、他人を恨む前に、自分たちの行動こそが貧富の差を作りあげているのだと知るべきだ」
 「し、しかし、貧しいおれたちとしては、少しでも安い方を買うしかなくて……」
 「ふむ。まずは同じ貧民の商う、割高の商品を買えるようになるのが先決か。ならば、なおのこと、金持ち相手の商売をするべきだな。町の貴族や裕福な商人たちがそなたたちから品を買うようになれば、金はどんどん入ってくる。その金を使って、同じ貧民から商品を買えば、下町全体が潤う。
 貴族や商人は、諸君を搾取さくしゅする敵ではなく、諸君を裕福にしてくれる顧客となる。そうなれば、争う必要もあるまい。諸君たちは自分たちの行動によって貧富の差をなくし、万人を幸せに出来るのだと知ることだ」
 「し、しかし、この下町に貴族や商人相手に売るものなんて……」
 「はっはっ。善きかな、善きかな。このユートンに任すが良い。アイラ、ビーナ、シータ! いまから言うものを即刻、用意せよ。この町から、貧富の差をなくすのだ!」
 「「「ユートンさま、さすがです!」」」

 数日のあと、ユートンとメイド三姉妹は反乱軍の主立った人間たちを連れて町長を務める貴族のもとを訪れた。
 「こ、これは、ユートン殿下……! まさか、王家のお方がこのような小さな町を訪れてくださるとは……」
 「はっはっ。善きかな、善きかな。堅苦しい挨拶など無用。それよりも、すぐに本題に入ろうぞ」
 ユートンはお茶が出されるのをまつこともなく、話を切り出した。
 「なんですと! 下町の貧民どもが反乱ですと!」
 「さよう。その主立ったものたちをここに連れてきた」
 「おお、さすがは聡明をもってなるユートン殿下! 早々に反逆者どもを捕えてきてくださったのですな」
 「いや、そうではない。捕えたのではない。このものたちと商談にきたのだ」
 「商談ですと?」
 「さよう。これを見るがよい」
 と、ユートンは紫の色の花穂を長く伸ばした鉢植えを見せつけた。
 「こ、これは……」
 「知っておろう。我が宮殿にて栽培されているロイヤル・クラウン・ラベンダーだ。王家御用達の薬師たちはこのラベンダーを使って若さを保つ香油を作っておる。おかげで、我が母はすでに六〇を超える身でありながら、いまなお衰えぬ若さを保っておる」
 ユートンはそう前置きしてからつづけた。
 「今後、下町のものたちにこのラベンダーを栽培させる」
 「な、なんですと⁉」
 「王家御用達の薬師たちの作る香油は門外不出の秘伝ゆえ、同じものを作らせることは出来ぬ。しかし、石鹸や香水を作ることはできる。そして、それだけでも充分に若さと美容の役には立つ。いかがかな? 貧民たちの作る石鹸や香水をこの町で買いとる契約を結んではくれぬかな?
 貧民たちが反乱を起こしたところでいずれは制圧されよう。しかし、それまでにその方たちに被害が出るのもたしか。その方たちが貧民の商売に投資し、産業を育てていけば貧民たちも豊かになる。争う必要もない。被害を受けることもない。その上、王家秘伝の薬草から作られた、若さと美容を保つ石鹸や香水が手に入るのだ。悪い話ではあるまい?」
 「そ、それはもう……しかし、そのものたちは同意しているのですかな?」
 「はっはっはっ。心配いらん。このものたちはすでに納得済みだ。そうであるな?」
 「はい、ユートンさま!」
 メイド三姉妹の従順な奴隷と化した男たちは声をそろえて叫んだ。
 「そ、そういうことでしたら、喜んで買いとらせていただきます!」
 町長のその言葉に――。
 ユートン殿下は心地良さげに扇で顔をパタパタやりながらおおせられた。
 「はっはっはっ。これにて一件落着!」
 「「「ユートンさま、さすがです!」
 メイド三姉妹の完璧なコーラス賛辞を受けて――。
 下町の大規模な整備が行われた。庭園が作られ、職にあぶれていた男たちが雇われ、ロイヤル・クラウン・ラベンダーが栽培された。
 そのエキスから作られる石鹸と香水が大量生産され、町に買い取られることで、昨日までの貧民たちもたちまち豊かな暮らしが出来るようになった。やがて、この産業は貴族や商人たちも巻き込み、町全体を潤す一大産業へと発展するのである。

 すごい、
 すごい、
 すごい!

 すごい、
 すごい、
 すごい!

 すご~い、
 すご~い、
 すごい、
 すごい、
 すごい!
 ユートンさまはさすがです!

 響き渡る町の人々の歓喜の声。舞い散るは無数の紙吹雪。お付きのメイド三姉妹と共にビートル型小型自動車に乗り込んだユートンはパレードの真っ最中。自動車の屋根に乗り、扇で顔をパタパタやりながら歓喜の声を受けている。
 「はっはっはっはっ! 善きかな、善きかな。これにて一件落着!」
 「「「ユートンさま、さすがです!」」」
 お付きのメイド三姉妹のコーラスをその身に受けて――。
 ユートピア王国第三王子ユートンは今日も征く。
                 完
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