一〇〇年後に目覚めたら百合イチャな日々がまっていた

藍条森也

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第三話 暮らしを支えてくれる人々に感謝を込めて!

二章 シゴデキ令嬢夕顔!

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 『目覚めの刻』の市庁舎。
 その最上階にある市長室。
 その部屋のなかで、部屋のあるじたる『目覚めの刻』市長、春日かすが夕顔ゆうがおは今日もまた仕事に励んでいた。
 部屋のなかにいるのは夕顔ゆうがおと堅物メガネ秘書のふたり。
 そして、もうひとり。朝陽あさひもそこにいた。このあと、夕顔ゆうがおと一緒にランチに行くためにやってきたのである。
 朝陽あさひの通う医療学校は授業時間の半分ぐらいは自主研究に当てられているので時間の融通が利く。学校での授業を午前中だけで切りあげて昼前に市庁舎までやってくるぐらい簡単である。
 ――それに、遊んでいるわけじゃないしね。一応、仕事がらみだから。
 心のなかでそう言い訳染みたことを思ったのは朝陽あさひ自身、少々、後ろめたい思いがあったからだけど。
 ともかく、朝陽あさひ夕顔ゆうがおに誘われるままに市長室までやってきた。そして――。
 例によって例のごとく、堅物メガネ秘書から敵意むき出しの視線で迎えられ、黙って片隅においてある椅子を指し示された。
 「邪魔にならないよう、その椅子に座ってジッとしていなさい」
 と言うわけである。
 口に出してそう言わないのは決して、断じて、朝陽あさひに対する気遣いなどではなく『いちいち、口にするなんて時間の無駄』という効率至上主義からの考えにちがいない。
 朝陽あさひ自身、仕事の邪魔にしかならないことはわきまえているし、仕事の邪魔をする気はない。そこで、おとなしく指し示された椅子に座り『まて!』をされたままの子イヌのようにじっと座っている、というわけなのだった。
 実際、堅物メガネ秘書のあの敵意あふれる目で見られては臆病な子イヌとなって固まっているしかない。
 ――それにしても。
 朝陽あさひはため息交じりに思う。
 ――夕顔ゆうがおの市長としての仕事ぶりって、やっぱりすごい。
 部屋に入って三〇分程度だというのに、その間にいったい何人の客が来たことか。
 もちろん全員、仕事の客である。『グラドル夕顔ゆうがお』に会いたい一心で市庁舎へと押しかけるファンの数はこの一〇〇倍ぐらいは多いのだが、そんな不届きものはすべて、市庁舎の警備員が追い返す。
 市長室へと向かう仕事の客たちが夕顔ゆうがおファンの恨みがましい視線でにらみつけられ、冷や汗を流すのは……『目覚めの刻』名物の光景である。
 夕顔ゆうがおは後からあとからやってくる客たちを前に話を聞き、指示を下し、片付けていく。市長室に入ってきてほんの数分、話したかと思うと退出し、次の客がやってくる。その客もほんの数分で仕事を終わらせられ、退出し……その繰り返し。
 そのスピード。ベルトコンベアーというか、行列バスターというか、とにかく、人間業とは思えないほどの早さで仕事が進んでいく。
 ――市長室にこもってないで会議室にでも行って、まとめて人と会った方が効率的なんだろうけど。
 夕顔ゆうがおの業務速度なら一対一よりまとめて多人数を相手にした方が早いはずだ。
 ――でも、夕顔ゆうがおだから仕方ないわよね。
 そう思い、うなずくしかない朝陽あさひであった。
 ようやく、市長室を訪れる人の流れが途切れた。これで、夕顔ゆうがおも昼休みには入れる……と思いきや、そうはいかない。
 客がいなくなった途端、堅物メガネ秘書が『これからが本番です!』とばかりに書類の山を夕顔ゆうがおのデスクの前にドサッと置いて、決済を求める。
 この程度、いつものことなので夕顔ゆうがおも別に気にしない。次からつぎへと書類に目を通し、許可と不許可の判断を下し、サインする。
 目の前で見るみる書類の山が減っていくのは見ていて気持ちが良いほど。それだけの書類の山を処理しながら夕顔ゆうがおはさらに堅物メガネ秘書の言葉にも耳を傾ける。
 「最近、ONMOの市場規模が急拡大しています」
 「そうみたいね。おかげで、市の方で予算を組んで購入する必要がなくなったのはありがたいことなんだけど……」
 夕顔ゆうがおがめずらしく眉間に皺を寄せ、むずかしい表情になった。そんな表情すらセクシーに見えてしまうのが超人的美女の特権。
 「そうか! あんな表情をすれば美女に見えるのか」
 と、勘違いした女子たちがこぞって真似て、なにかの故事が生まれそうな美女っぷりである。
 堅物メガネ秘書が夕顔ゆうがおの懸念を口にした。
 「たしかに、市の予算が浮くのは助かります。ですが、ONMOの規模が拡大しすぎて物価高を引き起こす結果になっては本末転倒です」
 「たしかにね。何事もバランスが肝心よね」
 夕顔ゆうがおはそう言ってひとつ、息をついた。
 ONMO。
 漢字で書けば恩網おんも
 ゴミの収集や下水の清掃、市内の配達、さらには農業……。
 これらの仕事は社会生活を行う上で絶対に欠かせない。
 そして、皮肉なことに、だからこそ高給を払うことができない。
 誰もが受けられなければならないサービスだからこそ、誰もが払える料金に設定しなければならない。そのために、給料をあげられない。
 社会に不可欠な仕事をしているからこそ安月給に甘んじ、誰からも評価されない。そんな暮らしを強いられる羽目になる。社会に必須とは言えない球遊びをしているだけの人間たちが何億という金を稼ぎ、スーパーヒーローとなって世界中からチヤホヤされるというのにだ。
 その理不尽を解消するために導入された制度。
 それがONMO。
 ゴミ収集、清掃、配達、農業……。
 それら、社会に不可欠でありながらまさにそれだからこそ安月給に甘んじなくてはならない労働者たち。その人々に金銭に加えてブラウニーポイントを給料として支払う。
 一方で、市が『ブラウニー広場』なるサイトを運営している。
 このサイトには『安月給で市民生活を支えてくれる人々の貢献に報いたい』と思う人間たちが自腹を切って各種商品を購入し、サイトに出品している。
 消費者は自身のもつブラウニーポイントを使って、それらの商品を購入できる。サイトに出品される商品は食料品や衣服などの生活品から旅行やホテルの宿泊券など多岐にわたる。使用されたブラウニーポイントは金銭での取り引き同様、出品者に渡される。
 つまり、サイトにより多くの商品を出品し、より多くの商品が買われた人間ほどブラウニーポイントがたまる、と言うわけだ。
 ブラウニーポイントとは言わば『社会的善行に対するポイント』なので、ブラウニーポイントを多くもっている人間ほど社会的な善行を行ってきた、と言うことになる。つまり『立派な人』との評判を得られる。
 そこに飛びついたのが『金は売るほどある! 欲しいものは『立派な人』という評判だ!』という金持ちたち。
 こぞって自腹を切って商品を購入してはサイトに出品し、ブラウニーポイントを稼ぎはじめた。そして、そのポイントの高さを見せびらかすようになった。
 そうなると金持ち同士、競争心が刺激され、ブラウニーポイントを稼ぐことに血眼になるようになった。
 おかげで、いまやサイトは商品であふれかえって飽和状態。そのために、以前は市として労働者に報いるために特別予算を組んで商品を購入していたのが、その必要がなくなった。かなりの予算が浮くようになった。それはいい。ありがたいことである。しかし――。
 「度が過ぎるのよね、金持ちって」
 夕顔ゆうがおは頭を抱えながらため息をついた。
 金持ちたちがあまりにブラウニーポイントを稼ぎたがり、大量の商品を購入してはサイトに出品するものだから、サイトが飽和状態になる一方で金銭で取り引きするマーケットで商品不足が起こっている。
 安月給の労働者たちを救うための制度であったのに、その精度のせいで物価高になった……などということになってはなんにもならない。物価高に苦しむ人々からの反発も大きくなるし、そんなことがつづいてはONMOという制度そのものが維持できない。
 「とにかく、ONMOの趣旨をきちんと説明して、単なるブラウニーポイント稼ぎの場にしないよう説得する必要があるわね。それは、わたしがやるとして、これまで避けられてきたサイトへの出品数の制限も考える必要があるわね。どの程度の制限をしたらどんな影響が出るか、シミュレーションさせておいて」
 そう堂々と指示する夕顔ゆうがおは見た目といい、全身からあふれる気品といい、まさに『シゴデキ令嬢』。『シゴデキ女子』ではなく『シゴデキ令嬢』なのが市長にしてグラドルであり、コスプレイヤーでもある夕顔ゆうがおらしいところ。
 ただ、どんなに『シゴデキ令嬢』に見えたところで、その服装は相変わらず。クレバスのように人を落とさずにはいない胸の谷間もまぶしい素肌ジャケットに、黄金の脚線美を惜しげもなく見せつけるミニスカート。仕事なのか、AVの撮影なのかわからない代物なのだが。
 ――こんなセクシーな市長がいたら絶対、仕事にならないわよね。
 朝陽あさひは、夕顔ゆうがおを見た誰もが抱く感想を抱いた。
 そして、心にうなずいた。
 ――そりゃ、秘書さんから『市長が職員の前に出ては仕事になりません』って、外出禁止にされるわ。
 そう心から納得する朝陽あさひであった。
 夕顔ゆうがおが日がな一日市長室に閉じこもり、向こうから人がやってくる……という非効率な仕事形態を取っているのは職員の注意力を奪って業務妨害しないよう堅物メガネ秘書に閉じ込められているからなのだった。
 なお、ONMOは経済力のない人々のための救済処置でもある。
 たとえば、ひとり暮らしの高齢者が家の片付けをしたいと思う。しかし、歳がとしなのでそんな力仕事はできない。年金暮らしなので業者を雇う金もない。
 そんなとき、『ブラウニー広場』に依頼を出す。すると、その仕事を請け負ってもいいという人が名乗りをあげ、引き受ける。当然、金銭は支払われないがそのかわり、その人物にはブラウニーポイントが付与される。そのブラウニーポイントを使って『ブラウニー広場』で買い物できる。
 そして、『ブラウニー広場』に商品を出品しているのは金には困らない人間たち。払えない人間にかわって、払える人間に払わせるのがONMOという仕組みである。
 『歩く業務妨害』春日かすが夕顔ゆうがおは、それからも異常なまでのスピードで仕事を処理していった。やがて、昼休みを告げるチャイムが鳴った。その瞬間――。
 夕顔ゆうがおのデスクに山積みとなっていた書類の最後の一枚が処理された。
 やったあっ! と、ばかりに清々しい笑顔を浮かべたのはもちろん夕顔ゆうがお……ではなく、堅物メガネ秘書の方だった。
 「はい。今日もスケジュール通り。わたしの完璧な時間管理の賜物たまものですね」
 そう言って、『やりきった!』という笑顔を浮かべている姿がちょっと怖い。
 「それでは、わたしは昼食に行ってきます。帰るまで一切、呼び出しなどはしないでください。そんなことはスケジュールに組んでいませんので」
 と、聞きようによってはかなり不気味なことを言う。
 上司である夕顔ゆうがおに頭をさげて挨拶し、身を翻す。その途中、朝陽あさひに向かってギロリ! と、敵意むき出しの視線を向けていく。朝陽あさひは闘犬ににらまれた子イヌのごとくビクッと身をすくめる。
 この堅物メガネ秘書、見た目通りの真面目一辺倒。真面目すぎるのか、仕事だけではなくて休みを取るときも超真面目。時間通りに休みに入り、時間通りに戻ってくる。
 『一秒たりとも時間が狂うなんて許さない!』とばかりに全身からオーラを噴きだしている姿は、はっきりと言って怖いものがある。
 そんな堅物メガネ秘書であるからもちろん、夕顔ゆうがおの仕事が遅れるなど許さない。昼休みまでにきっちり仕事が終わるよう秒刻みのスケジュールを組んでいる。
 その緊密さたるや『AIだって気が狂うんじゃないの?』と、見るものを恐れさせるほど。そんなスケジュールを平気で組む堅物メガネ秘書はもちろんすごいけど、
 ――それより、そんなスケジュールをこなしちゃえる夕顔ゆうがおの方がすごいわよね。
 そう思わずにはいられない朝陽あさひであった。
 ともあれ、堅物メガネ秘書は昼休みのために出て行った。途端に、朝陽あさひは地球から火星に移り住んだような気分になった。
 つまりは、全身にかかっていたプレッシャーが一気に軽くなった、ということである。
 もちろん、朝陽あさひも堅物メガネ秘書が仕事熱心なだけで悪い人ではないことはわかっている。わかってはいるのだが、
 ――真面目すぎる善人って、悪い人間より厄介よね。
 とはやはり、思ってしまう。
 とにかく、堅物メガネ秘書がいなくなったことで場の空気が一気に軽くなったので、朝陽あさひは開放感を味わった。本人の前では決してできない安堵の息をひとつ、ついた。
 同時に夕顔ゆうがおも両腕を伸ばし、大きく伸びをした。こちらも、
 「やりきった!」
 と、ばかりに開放感丸出しの笑顔だがこちらは多分、堅物メガネ秘書がいなくなったことに対してではなく、仕事が一段落ついたことに対しての開放感だろう。恐らく。きっと。
 「お疲れさま。夕顔ゆうがお
 朝陽あさひ夕顔ゆうがおに近づき、ニッコリ微笑みそう言った。
 『夫』が仕事に励んでいたならニッコリ笑って労をねぎらうのが『妻』の役割。朝陽あさひはその役割をすでに完璧にこなしていた。
 「ありがとお~、朝陽あさひぃ。朝陽あさひがそう言ってくれるからお仕事、がんばれるぅ~」
 夕顔ゆうがおはデレッデレの笑顔で朝陽あさひに抱きついた。ほのかな体温と甘い吐息。そして、官能的なまでの肌の匂い。それらに一気に抱きすくめられて、朝陽あさひは思わず体温が急上昇する。
 「ま、待ってまって! 今日はこれから蘭花らんふぁさんのお店でランチするんでしょ。早く行かないと予約の時間に間に合わないわよ」
 朝陽あさひが言うと夕顔ゆうがおは反則的にセクシーな唇に形の良い指を当てて得意の小悪魔スマイルを披露した。
 「ランチの前に、わたしを食・べ・て」
 「じゃ、あたしひとりで行くから」
 「あ~、まって、まって! お茶目な愛情表現じゃない。冗談じゃないんだからもっと真剣に相手してくれてもいいでしょお~」
 「冗談じゃないから問題なんでしょ。そういうことは家に帰ってから」
 「はあい」
 と、夕顔ゆうがおは拗ねたように頬をふくらませて返事をした。
 そんな表情がまた幼さとセクシーさとが絶妙にブレンドされてたまらなく魅力的。心臓の弱い高齢者などが見たら一発で心臓麻痺を起こしそう。夕顔ゆうがおだけはなにがあろうと、高齢者と結婚させてはいけない。
 夕顔ゆうがおは――自分の方が背が高いにも関わらず――朝陽あさひの腕に抱きつくと、朝陽あさひの肩に頭を乗せた。その仕種が甘えたがりの子ネコそのもの。朝陽あさひとしてもこんなふうに素直に甘えられるとやはり、愛おしさを感じる。
 「夕顔ゆうがお、いつもお仕事がんばってるものね。帰ったらいくらでも良い子、良い子するからそれまで我慢して」
 「わあ、嬉しい! ありがとう、朝陽あさひ。愛してる!」
 「あたしも。愛してる、夕顔ゆうがお
 結局――。
 隙さえあればイチャつくふたりなのだった。
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