文明ハッカーズ2 〜智慧の使い手と夢追う少女たち〜

藍条森也

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第一話 ギフテッド少女と空飛ぶ部屋

ミッション6 新しい文明を創造せよ

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 そして、『空飛ぶ部屋』作りははじまった。
 自称・地球進化史上最強の天才、藍条あいじょう森也しんやの構想をもとに、ギフテッド少女、時任ときとうかあらが設計し、必要な品を発注する。
 作業に必要な場所は茜工務店社長、あかね瀬奈せなが提供した。『空飛ぶ部屋』を名乗るからには内装も欠かせない。宇宙船のように『座れるだけ』というわけにはいかない。きちんと『部屋』としての機能と美しさとを備えていなければならない。
 部屋作りとなれば家造りの専門家、茜工務店の社員たちの出番である。美しさに関しては各務かがみ彫刻ちょうこくの若き担い手、青木あおきつかさが腕によりをかけて内装を仕上げていった。
 それらすべてに必要な資金は売れっ子マンガ家、赤岩あかいわあきらが提供する。
 そして、一連の作業をブログに記し、世間の耳目を集めるのが藍条森也の妹にして現役JK、緑山みどりやまさくら。
 それはまさに富士幕府ふじばくふ初の、総力を挙げたプロジェクトだった。
 『空飛ぶ部屋』とは言え、基本は飛行船。飛行船そのものはすでに完成した技術と言っていい。創業期の自動車産業のように手探りで一つひとつ作っていくのとはわけがちがう。極端な話、必要な部品を買い集めて組み立ててしまえば出来てしまう。まして、手がけるのはIQ180越えのギフテッド少女、時任かあら。その最高ランクのギフテッドが売れっ子マンガ家のほとんど無尽蔵と言える冨を使って作るというのだ。困難などあるわけもなく『空飛ぶ部屋』作りは順調に進んだ。
 およそ一月あまりで試作機は完成した。『空飛ぶ部屋』であるからには家に置かれていなくてはならない。森也の家の屋上を作り替え、そこに搭載できるようにした。左右に大きく伸びた二枚の翼――水素ガスを詰めた気嚢きのう――は途中で下向きに折れ曲がり、家の壁を覆うようになっている。飛行船の宿命である『巨大な気嚢』を少しでもコンパクトに収納するため、森也が考えた工夫である。
 森也の家の屋根に乗せられた『空飛ぶ部屋』。その姿を森也をはじめとする富士幕府の主要メンバーが勢揃いで見上げている。
 「とりあえず、試作機は出来上がったわけだ」
 森也が腕組みしながら言った。
 「しかし、だいじょうぶなのか?」
 瀬奈が言った。ボーイッシュな顔立ちに隠しきれない不安がにじみ出ている。
 「この飛行船、使っているのは水素ガスだろう? 水素ガスは可燃性だ。もし、火が点いたりしたら……」
 その場合、言うまでもなく家ごと吹き飛ぶことになるだろう。そして、もちろん、家のなかに人がいれば、その人も一緒にだ。
 森也は平然たる様子で答えた。
 「都市ガスやガソリンは爆発しないとでも思っているのか?」
 「「い、いや、それは……」
 「都市ガスだって、ガソリンだって爆発する。おれたちはそれを承知で当たり前に使っている。だったら、水素ガスが使えないはずがない。必要なのは使い方に習熟することだ」
 「そ、それはそうだけど……」
 「安心してくれ、瀬奈どの」
 時代がかった呼び方をしたのは、かあらである。
 「水素ガスはこの世でもっとも軽い気体だ。火が点けばどんどん上昇していくから燃え広がる心配は少ない。都市ガス以上に安全だと言える」
 そう言われてそれで完全に納得したわけではない。しかし、かあらは目的を同じくするチームの一員。仲間である。その仲間が心血を注いで設計した試作機なのだ。これ以上、疑い、難癖を付けるかのような真似は『スポーツマン』たる瀬奈には出来なかった。
 ――かあらは仲間だ。仲間を信用しなくて『チーム』と言えるか!
 瀬奈は自分をそう叱咤した。
 かあらの方は改めて森也に言った。
 「ただし、兄上。これはあくまでも試作機だ。機体はもちろん、搭載したAIもまだまだ未知数。兄上の要求通りの性能が出せるかどうかはわからない。とくに翼部分はコンパクトに収納するために折り曲がるように作ったからな。その点の強度が充分かどうかも現状では不明だ」
 「そんなことは承知の上だ」
 森也はかあらの言葉に対し、きっぱりとそう答えた。
 「最初からなにもかもうまく行くなんて思っちゃいない。だが、『空飛ぶ部屋』について回るのは技術上の問題だ。技術上の問題は技術の進歩によって解決できる。これから、実際に使っていくなかで一つひとつ課題を見つけ、解決していく。そうして完成品へと近づけていく。試作機はあくまで試作機。それが完成したのはゴールではない。いま、ようやくスタート地点に立った。それだけのことだ」
 「うむ。デビューするのはゴールではない。それからつづくマンガ家生活のはじまりに過ぎない。そういうことだな」
 マンガ家らしい例えを使って見せたのはあきらである。
 「その通りだ。これははじまりに過ぎない。これを皮切りに新しい発想、新しい技術を生み出し、新しい世界を生み出す。人類の誰もいまだかつて見たことも、想像すらもしたことのない、新しい魅力に満ちた新しい世界をだ」
 「新しい世界……。そんなことをあたしたち、日本がやるの?」
 森也の言葉のスケールに圧倒されたのだろう。つかさが心細そうな声をあげた。
 「『日本』ではない。我々、富士幕府がやるのだ!」
 富士幕府将軍、北条三世赤岩あきらが将軍たるの誇りを込めてそう言い切った。
 「そうだ。日本なんぞじゃない。やるのはおれたちだ。おれたち、富士幕府がやるんだ。新しい世界を生み出し、その魅力の前に万人をひれ伏させ、憧れを抱かせ、真似させる。それが、『新しい文明を築く』と言うことだ」
 ゾクリ。
 森也の言葉に――。
 さくらの背筋を何かが走り抜けた。
 ――新しい文明を築く。
 ――万人をひれ伏させ、憧れを抱かせ、真似させる。
 森也の語る言葉のなんと恐ろしいことだろう。その恐ろしい計画に自分もたしかに参加している。こんな計画に参加できる一〇代女子が世界中にいったい何人いる? 自分はそこに参加している。少しばかり学校の勉強が出来ると言うだけの、なんら特別なものをもたない普通の女子高生に過ぎない自分が。
 藍条森也の妹。
 その立場によって。
 藍条森也の妹に産まれた。それは運不運の問題であって、自分で手に入れた立場ではない。だったら――。
 ――その幸運を貫く。藍条森也に付いていく。絶対に。
 さくらは改めてそう決意した。
 「さて、藍条よ。この『空飛ぶ部屋』になんと名付ける?」
 あきらが言った。
 森也の答えはすでに決まっていた。
 「部屋えもん」
 「部屋えもん?」
 珍妙にも、おちゃらけているようにも思える言葉に瀬奈が首をかしげた。
 森也は説明した。
 「『空飛ぶ部屋』は単なる部屋でもなければ、乗り物でもない。高度なAIを備え、家主の友として人生をより豊かにしていく。そんな未来世代のパートナーだ。ならば、その名は部屋+ドラえもんがもっともふさわしい」
 森也はそう言い切ってからつづけた。
 「これは固有名詞ではない。普通名詞だ。自動車や飛行機と並ぶ、独立した乗り物なのだからな」
 「しかし……それならなおのこと『部屋えもん』なんておかしな名前じゃないか?」
 もっと格好良い名前にした方がいいんじゃないか?
 瀬奈はそう思った。しかし、かあらは不思議そうに尋ねた。
 「別に、わたしはおかしな名前だとは思わないが?」
 「えっ?」
 「『部屋えもん』をおかしな名と感じるのは日本人だけだ。インド育ちのかあらにとってなんらおかしな名前ではないように、日本人以外の人間にとってはおかしくも何ともない」
 「な、なるほど……」
 最初から世界を相手にしている森也にとって、『日本人にとってどう感じるか』など問題外、と言うわけだ。
 「部屋えもんが普通名詞だと言うならだ、兄上。この試作機固有の名前はなんとする?」
 かあらの答えに森也は直接には答えなかった。
 「かつて、日本に『豊川とよかわ順彌じゅんや』という人間がいた。豊川順彌はいまだ脆弱ぜいじゃくだった日本の工業力を引きあげ、日本を豊かに国にすること。それをこそ自分の使命とし、日本初の純国産車メーカー『白楊社はくようしゃ』を立ちあげた。結局、海外メーカーとの競争に敗れ、消え去ったが、白楊社はその後の工業立国日本の礎となった。そして、豊川順彌は自らが『大伴家』の血筋であることから、自分たちの作りあげた日本初の純国産車を『オートモ号』と名付けた」
 そう言って森也は一枚の木製プレートを取り出した。つかさに言ってあらかじめ作らせておいた各務彫刻のネームプレートである。
 そこには『Oh! 友』の文字が彫り込まれていた。
 「おれたちはその歴史の上に立っている。先人の偉業に敬意を表し、史上初の部屋えもんを『Oh! 友号』と名付ける」
 そして、森也は皆に言った。
 「さあ、乗り込むぞ。初飛行だ」
 森也の言葉に――。
 全員が動きはじめた。そこには、まるで敵のアジト目がけて進んでいくスーパー戦隊のような高揚感があった。
 森也たちは大友号に乗り込んだ。居住部分の大きさは六畳一間ほど。これだけの人数が一度に入るとさすがに手狭に感じる。とは言え、いまこの場でそんなことを気にするものは誰もいなかった。
 かあらが操縦席に座り、自作のAIを起動させた。
 ゴクリ、と、さくらは唾を飲み込んだ。もちろん、無人でのテスト飛行はすでに何度も行い、飛行性能、安全性は共に確認してある。しかし、やはり、こうして実際に乗って空を飛ぶとなると緊張感が高まってくる。
 ふわり、と、不思議な浮遊感があってOh! 友号が空に浮かんだ。窓から見える地上の景色がどんどん小さくなっていく。全員の口から声にならない感嘆の声があがった。
 ――ああ。
 さくらはエクスタシーにも似た感覚を味わっていた。
 ――そうか。これが『未来を作る』と言うこと。
 さくらはそのことを実感していた。

          第一話完。
          第二話につづく。
 
 
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