文明ハッカーズ2 〜智慧の使い手と夢追う少女たち〜

藍条森也

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第二話  発動! プロジェクト・太陽ドル

プロジェクト4 控室に侵入せよ!

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 「いざ征かん! 推しのもとへと。いとしのしろハーに我が愛を伝えるのだ!」
 と、赤岩あかいわあきらは先頭に立ってふぁいからりーふの控え室に突撃した。もちろん、一般客がいきなり控え室に立ち入ることなど許されるはずもなく、その手前で制止させられた。
 「ここはタレントの控え室よ。一般客は立ち入り禁止」
 そう言ってきた人物は警備員ではなかった。ビジネススーツを身にまとった二〇代後半の女性。スラリとした長身で、整いすぎた顔立ちとスリムな体型が『キツそう、怖そう、冷たそう』という三重苦の印象を与えるが、仕事さえ選べば女優として立派にやって行けそうな雰囲気がある。はやりの悪役令嬢転生をさせたらさぞかし様になることだろう。
 あきらが上機嫌にその女性に言った。
 「おお! その顔、知っているぞ。『ハンターキャッツ』社長、倉田くらたあおいだな。いやいや、社長自らタレントの付き人とはあっぱれあっぱれ、めてつかわす」
 「な、なによ、あなた……」
 二流所の芸能プロ、『ハンターキャッツ』社長、倉田葵は露骨ろこつに『アブない人』を見る表情になって後ずさった。完全に引いている。
 まあ、当然だろう。見た目ばかりは小柄で華奢きゃしゃ、お人形のように可愛らしい女の子――に見える女性――が、袴姿はかますがたにちょんまげ、手には扇子せんすという珍妙ちんみょうな出で立ちで突然、やってきて、馬鹿殿丸出しの口調でそんなことを言ってのけたのだ。警戒しない方がどうかしている。
 「藍条あいじょう! 教えてやれい」
 両手を腰に当ててふんぞり返ってそんなことを言い張ったのだから、葵はますます引いている。頭のなかでは『警察に通報した方がいいか』と考えているにちがいない。
 森也しんやは葵が携帯を取り出す前に、自分の方が一冊の本を取り出した。『海賊ヴァン!』の愛蔵版第一巻である。
 葵のご紋宜しく――と言うか、完全にそれをパクって――『海賊ヴァン!』を突き出しながら、見ている方が恥ずかしくなるような小芝居を演じてのける。
 「控えおろう! ここにおわすお方をどなたと心得る。天下の売れっ子マンガ家、赤岩あきら公なるぞ!」
 「ハッ、ハー!」
 いきなり平身低頭してひれ伏すあたり、さすが小なりとは芸能プロの社長。『お約束』というものをよくわかっている。
 「……な、なにが起きたの?」
 目の前で展開された小芝居が理解出来ないさくらが戸惑いの声をあげた。森也は説明した。
 「『海賊ヴァン!』はアニメ化、ゲーム化もされているし、毎年、映画にもなっている。原作者である赤岩に気に入られれば、所属タレントをゲスト声優や歌い手として使ってもらえるかも知れないからな。そりゃ、ひれ伏しもする」
 「……なるほど」
 「ささ、どうぞ、こちらへ」
 と、葵はすっかり低姿勢になって案内する。
 「うむ。良きかな、良きかな」
 と、あきらは扇子を片手でパタパタやりながら、高笑い。
 ともあれ、森也たちはへいこらする芸能プロ社長に先導され、ふぁいからりーふの控え室へと侵入した。
 「誰⁉」
 鋭い誰何すいかの声があがり、非難と警戒の視線が森也に集中する。女子の控え室にれっきとした成人男性が侵入したのだ。当然の反応だろう。森也もその点はわかっているから軽く頭をさげただけでなにも言わない。
 五人はすでにステージ衣装からTシャツに短パンという軽装に着替え、タオルで汗を拭いたり、ペットボトルのスポーツドリンクを飲んだりして一息ついているところだった。
 葵がそそくさとセンターでエースの赤葉あかばに近づき、耳打ちする。パアッ、と、赤葉の顔が輝いた。
 「『海賊ヴァン!』の作者さまですか! あたし、赤葉と言います、大ファンなんです、いつも読んでます!」
 ほとんど加速装置を付けているかのような速度であきらに近づき、両手で手を取って熱烈に語ってみせる。本当にファンかどうかは怪しいものだが、自分にチャンスをくれる――力のある――相手に全力でこびを売るのはプロとして当然だろう。即座に自分を売り込めるあたり、大したプロ根性である。
 もちろん、美少女も、媚を売られるのも大好きなあきらはこの態度に上機嫌である。
 「うむうむ、良きかな、良きかな。わたしのことは『レッドの兄貴』と呼ぶがよい。そして、こやつは『ブルーの兄貴』だ」
 と、あきらは自分と森也を紹介した。
 赤葉は目をキラキラさせて森也に向かう。
 「はじめしまて! 赤葉と言います。あの、あなたは?」
 「藍条あいじょう森也しんや。『罪のしきよめ』を連載していた」
 「藍条森也?」
 赤葉の表情がキョトンとしたものになった。
 ――藍条森也?
 知らない。
 ――『罪のしきよめ?』
 知らない。
 ――連載していた?
 過去形。
 ――なんだ、雑魚か。
 脳内検索の結果、そう判断したにちがいない。一瞬で森也に興味をなくし、あきらのもとに戻った。そのわかりやすい行動はいっそ、清々すがすがしいほどだった。
 「なに、あの態度。失礼すぎない?」
 さくらはさすがに腹を立てたようだが、森也はむしろ、感心したようだった。
 「はっきりしていていいじゃないか。ああいうタイプは好きな方だ」
 「……はあ」
 他のメンバーもこの機会に売り込んでおくよう社長にうながされたのだろう。あきらのことを囲みはじめた。ただひとり、白葉しろはだけが赤葉の熱烈歓迎オーラに弾かれた様子で近づくこともできず、ひとりポツンと突っ立っている。
 「さくら」
 「あ、うん」
 兄に言われ、さくらは白葉に近づいた。
 「こんにちは、白葉さん」
 「あ、たしか……緑山みどりやまさくらさん」
 「覚えていてくれたのね、ありがとう。素敵なステージだったわ」
 と、常識人らしく、とりあえず心にもないお世辞だけは言っておく。
 「あ、ありがとう……!」
 白葉の方はお世辞と知ってか知らずか、緊張した様子で体ごと頭をさげた。あわてふためいたその様子からして日頃、ろくに褒められたことがないのだろう。まあ、この地味で平凡な容姿とあのステージ姿では当然だろう。
 「それで、あの、この人は、あたしの兄で藍条森也」
 「さくらの兄の藍条森也です。よろしく」
 と、森也は軽く頭をさげる。
 白葉もあわてて頭をさげた。
 「あ、こ、ご丁寧ていねいにどうも。白葉と言います。よろしくお願いします」
 慣れないなりに必死に礼儀正しくしようとはしている。その必死さはたしかに応援したくなるものではあった。
 「先に言っておくが、おれは売れないマンガ家だ。それでも、この数年間、プロのマンガ家として暮らしてきた。君から見れば先輩芸人であることはちがいない」
 「は、はい……!」
 「その立場から言わせてもらう。君の芸はとうてい、プロの水準には達していない。ステージに立ち、他人から金と時間を受け取れるだけのレベルとはとても言えない」
 「うっ……」
 そのことは重々、承知しているのだろう。白葉は言葉に詰まった。
 「そもそも、君がアイドルに向いているとは思えない。容姿はともかく、精神的にな。ああも緊張しているようではな。そのことは自覚しているようだが、その君がなぜ、アイドルを目指した? その理由を聞きたい」
 そう問われて――。
 白葉は覚悟を決めたかのように一語いちご区切りながら答えた。
 「あ、あたし……あたしは、いまが、人生の、ピーク、なんです」
 「人生のピーク?」
 その言葉にいぶかしそうに首をひねったのはさくらであって、森也は言葉の意味を汲み取っていた。
 「わかってます。あたしは見た目も地味だし、才能もない。赤葉あかばちゃんみたいなはなやかさはないし、ダンスもうまくない。黒葉くろはちゃんみたいな美人じゃないし、青葉あおばちゃんみたいな歌唱力もない。黄葉おうはちゃんみたいに子供の頃から訓練していて演技力があるわけでもない。なんにもない、普通の、いえ、普通以下の人間です。そのあたしが人生でほんの一瞬でも輝けるとしたら、女子高生であるいましかないんです」
 「そんな……」
 あまりに悲観的な言い草にさくらが眉をひそめた。意見しようとした。そのさくらを手をあげて制しておいて、森也が尋ねた。
 「だから、アイドルになったのか? 一瞬でも輝くために」
 「……はい」
 コクリ、と、白葉は深くうなずいた。
 「そうか」
 と、森也は小さいが優しい笑みを向けた。
 ――兄さん、この笑顔が反則なのよね。
 妹にしてそう思わせる笑顔である。
 「それは大した根性だ。そして、実際にステージに立つまでにこぎ着けたのはすごい。たしかに立派だ。そうと聞けば応援したくもなるな」
 パアッ、と、白葉の表情か一気に明るく輝いた。
 「もうひとつ、聞いておきたい。もし、いまよりもっと売れるチャンスがあるとしたら、それをものにする覚悟はあるか?」
 「あります!」
 白葉は即答した。
 その反応の速さといい、力強さといい、ステージ上でオロオロしていたヘタレアイドルと同一人物とは思えないほどである。
 「そうか」
 森也はうなずいた。
 「いいことを教えておこう。赤岩のやつは君の健気けなげさがひどく気に入ったようだ。君の応援団長に勝手に就任した」
 「えっ?」
 「そのとお~り!」
 いつの間にやってきたのか、例によって例のごとく、やたらとふんぞり返った偉そうな態度で赤岩あきらがそこにいた。身長的には白葉よりも低いぐらいなのに、態度と風格は一〇〇倍も大きいのが凄い。
 「がんばれ、しろハー! この赤岩あきらがおぬしの応援団長だ。必ずや、トップアイドルにしてみせるぞ」
 「は、はい……! よろしくお願いします」
 あきらの勢いに圧倒されながらもとにかくそう答える白葉である。
 そのやり取りをよそに――。
 森也は気が付いていた。
 赤葉が、そんな白葉をものすごい視線で睨み付けていることを。
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